帰ってきたときと同じように、キラの手を借りつつ、2人は廊下を歩いていた。




「……あの、さっきはすみませんでした」

 ためらいがちにかけられた声が、小さく謝る。

「え、何か僕、謝ってもらうようなことをした?」

「キラ先輩の手を……掴んじゃったこと……」

「あ、ああ、あのこと」

 頬を赤くしたままでこくりと頷いた彼女につられて、キラの方も少し赤くなる。

が握り返してくれるなんて思ってもみなかったし、初めてだったから最初は驚いたけどね。
 ぜんぜん気にしなくていいよ。むしろ、僕はとてもうれしかったし。
 それに、あのことは僕の方が謝らなきゃいけないんだから。
 ……プラントでのこと、は口にしたくなかったんだよね」

「いつかは知られてしまうこと、話さなきゃいけないことでしたから……。
 それでも、いざとなると、やっぱりためらっていたんです」

 は言葉を続けた。

「プラントにいた頃、私が不安そうな顔でいたら、いつも誰かが私の手を握ってくれていたんです。
 アスランさんやニコル、ミゲルさん、ラスティさん。ディアッカさん、イザークさんも。
 そのことを思い出していたときにキラ先輩が手を握ってくださったから、ちょっとだけ安心できて……」

「……ふーん」

 少し遠くを見つめてわずかに頬を染めているを見ていて、キラは面白くない。
 アスラン以外はわからなかったけれど、おそらく、クルーゼ隊の面々であることは容易に推測できた。

「皆さん、私のことをすごく気遣ってくれて、事ある毎に手を握ってくれたり、抱きしめてくれたんです」

「……そう。だから、僕の手を掴んでくれたんだ……」

「え?」

 その呟きに、は歩みを止めた。
 立ち止まったキラは彼女の手を振りほどく。

「僕はアスランでも、ましてやの知ってる人たちじゃない。
 代わりが欲しいなら、誰か他の人を探したほうがいいよ」

「……すみません……、やっぱり不快にさせてしまったみたいでごめんなさい」

「まったくだよ」

 向かい合ったキラが半歩前に出ると、一歩後ろに下がった。その背中が狭い廊下の壁に触れる。

「僕は誰の代わりでもないし、代わりになれない。わかってる?」

 左手を壁について、右手で彼女の髪の一房をすくいとって指にからめる。
 から視線をそらさずに、上目使いのキラは髪の先に口付けた。

「そ、それはわかってますけど……」

「本当に?」

 そう言いながら今度は胸元のリボンを指にかけ、その端に口付けるキラ。
 相変わらず視線はを見つめたまま。
 キラの一連の仕種に早くなる鼓動。それを止めたくて、は言葉を紡ぐ。

「本当です! っていうか、髪やリボンを触ってキスするのはやめてください」

「いやなの?」

「いやです」

「それじゃ……」

 リボンから離れた手が上にあがる。その次の行動を予測して、はぎゅっと目を閉じて、唇をかんだ。
 しかし、ぺちりと響いた軽い音は想像していなかった穏やかさ。
 そっと瞼をあげたの瞳には、小さく苦笑するキラの姿が映る。

「男の前で軽々しく目を閉じるものじゃないよ。
 好きな子にそんなに無防備にされちゃ、理性が飛んで、このまま襲いたくなるじゃないか」

「なっ……。バカなこと言わないでください」

「バカなこと言ってるかどうか、試してみる?」

「謹んで辞退させていただきます。だから、離してください。
 第一、私は『興味がある』対象で『恋愛』対象じゃないはずですよね?」

 必死で顔を背けながら言うに、キラは大きくため息をついた。

「あのね……、僕は好きじゃない女の子の手を握ったり抱きしめたりなんかしないんだけど」

「そうなんですか。だったら好きじゃない子に触ったのは、私が初めてですね。
 手を退けてもらえませんか?
 私の部屋はすぐそこですし、今日はおとなしくしています。
 だから、先輩も早くブリッジに戻った方がいいと思いますが」

「……フラガ少佐に止められたけど、やっぱり僕、送り狼になるかも」

「だから、その単語の意味がよくわからないんです」

「ふぅん」

 の言葉に、クスリと微笑んだキラは、両手で彼女の顔を挟み込んだ。
 そうされたことで逃れられなくなった彼女の視線は、彼の視線を真っ正面から受け止めることになる。

「出会ったばかりだって言われるだろうけれど、僕はが好きだよ。だから……」

「だから……なんですか?」

 内心の動揺を必死で隠しつつ、オウム返しに問いかける

「だから、の初めてはもらっちゃうね」

「え、ちょ、うそっ……」

「嘘なんかじゃない。ちゃんと実行するし」

 触れる寸前で動きを止めて、キラはうろたえるに笑いかけた。
 思わず動きを止めて目を開いた彼女に構わず、そのまま、己の唇をのそれに重ねる。
 ゆっくり10秒数えて離れると、彼女はヘナヘナとその場にへたり込んでしまった。
 そんな彼女の様子を見下ろしながら、キラはペロッと上唇を舐めて言う。


のファーストキス、確かにいただきました」

「……とっとと帰れ、変態っ!!」

 真っ赤になったままで、は履いていたヒールを脱いで、彼に向けて投げつける。
 しかし、それは2つとも易々と避けられ、明後日の方角に飛んでいってしまった。

「唇を重ねた相手に、変態はひどいな」

「お前は初めてだと思ってるみたいだけど、おあいにくさま。俺はキスなんかとっくに経験済みなんだよ!
 わかったらさっさと帰れ。早く帰らないと連絡して取り押さえにきてもらうぞ」

「おっかしいなぁ。そんなに真っ赤になってるんだから、絶対初めてだと思ったんだけど」

「うううう、うるさいうるさい。ブリッジへ戻れ、このアメジストの色魔!」

 片手を壁について何とか立ち上がったは、自分の部屋に飛び込む。そして電子ロックが掛かった音が鳴り響いた。

「口実もできたことだし、また部屋に入ることができるね」

 投げ散らかったヒールを集めると、それを手にしたまま、キラはロッカールームに向かった。



黒マント製作機から
  徐々にキラとヒロインの壁がなくなってきたのか、会話が成立するようになってきました。
  で、キラがヒロインに『好きだ』発言。でも、あっさり流して無視するヒロインって……。
  この作品、キラ夢ですから。たとえ無視していようとも!
  キラ夢だということをアピールするためにも、キスシーンを入れてみました。
  でも、力が入ったのはその前だったり。
  髪やリボンにキス……見上げるキラはちょっと黒入っているのを想像してくださいな。
  さてさて、ヒロインのファーストキスについては、この次で明らかになります。


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