プラントの1つ、マイウス市。そこに、ニコル=アマルフィの実家がある。
 久しぶりに戻ってきた息子の側から離れがたいのか少し渋りながらも議会に出かける父を見送り、彼は家の中の1部屋にこもった。
 大きな部屋の中にあるのは、黒光りするグランドピアノ。
 ふたを開いて、ニコルは鍵盤の1つに指を降ろす。高く澄んだ音に、小さな微笑みが零れた。
 たまにしか弾くことができないというのに、彼がいつ帰ってきてもよいように、両親は調律を欠かさないでいてくれるらしい。
 最初のうちは、奏でられる音に心を委ね、鍵盤を1つずつ鳴らしているだけだった。
 13の音、すなわち黒鍵を含む音階すべてを鳴らして一息付いて。ニコルはおもむろに両手を鍵盤の上に添えた。
 白い指が動く度に刻む旋律は、彼の心を穏やかに、また外界から切り離していく。
 母が微笑みながらその部屋を覗いたことなど、ピアノに捕らわれていたニコルに気づく余裕などなかった。



 ―――オペレーション・スピットブレイクが可決された。
 込められた真実を知っているのは、場に何人いただろうか。
 議場を退出し自室に戻った彼は、自らが強行して可決させた案件にくぐもった笑いを漏らした。
 本当の作戦は限られたものにしか知らされていないもの。
 そしてそれが成功すれば、この戦いの情勢は一気に変わる。
 パトリック=ザラは、それを信じて疑わなかった。
 別室では、彼の考えや行動に対しての嘲笑も上がっていることも知らずに。





 あの買い出しの日から、ザフトの動きもなく1週間が過ぎた。
 パナディーヤで受けた傷は痛みを伴わなくなり、跡もほとんど残りそうにない。
 鏡に映った己の肩を見て安心しつつ、は上着の袖に左手を通した。
 部屋を出ようとすると、机の上に置いてあるコンピュータが小さく鳴り、メールの入ったことを知らせる。

「……何だろ?」

 送信者はミリィの名前。それを見て、私は安心して開いてみた。
 しかし文面を見た瞬間、眉をしかめることとなる。



  君に見せたい物があるんだ。
  誰にも見つからないように、MSデッキの隅にある貨物の側まで来て欲しい。
  急いでるから、お願いだよ。                 キラ=ヤマト』


「……あの先輩はぁ……」

 私はゴチる。呼び出しなんて無視しようかと思いながらも、指定してきた場所が気にかかる。

「あそこには近寄らないようにって言われたのに……?」

 キラ先輩の考えは解らない。……あの時以来、避けてばかりでろくに言葉を交わしていないせいもあるけど。

「……ああもぅ! 見つかったらキラ先輩のせいにする!」

 無視しようとする気持ちより好奇心のほうが勝って、私は人目を気にしながら指定された場所に向かった。



少尉、遅くないか?」

 覗き込んでいたモニターから顔を上げながら、ナタルは眉間にしわを刻む。

「……そう言われればそうですね。彼女、いつも5分前には現れていましたし」

 『どうしたんでしょう?』とトノムラも首をかしげた。交代時間は既に30分前に過ぎているのに、未だ彼女の姿は現れない。

「勤務を忘れるとは感心しないな。
 ハウ二等兵、CICの方は俺が見ていてやるから、ちょっと連れてきてくれるか?」

「わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」

 近寄って来たレガールに、ミリアリアは立ち上がって頭を下げ、彼女の与えられている部屋へと向かった。



がいないんです!』

 程なくして、彼女の部屋からブリッジに繋げられた回線。モニターにはミリアリアが写っていた。

「どういうことだ?」

『わかりません。ただ、コンピュータが起動したままで、何やらメールを受け取ったらしいんです』

「その送信者は?」

『それが……私なんです。さすがに文面はまだ読んでいませんけど、私が出したものじゃないです。
 送信されたのが今日の日付だから……』

 戸惑いながら言うミリアリアの様子を見ながら、少しナタルは考えて。

「ハウ二等兵。そのメールを読んでみろ。もしかしたら、彼女がそこにいない訳が書いてあるかもしれん」

『……はい』

 送信者が自分を名乗っているとはいえ、他人宛の手紙を読むのは少し気がひける。
 『ごめんね』と呟きながら、ミリアリアは問題のメールを開いて読み上げた。

「ヤマト少尉、お前……」

 聞き終えた途端、レガールは彼の襟首をつかみ上げた。

『キラ、いつの間に人の部屋に入って、メール送ったのよ!』

「僕じゃない僕じゃないですよっ!」

 ジタバタと暴れても、そう簡単にレガールの手は緩まない。

「しっかり最後に名乗ってるじゃないか。言い訳は見苦しいぞ。
 しかも、立入禁止と言っておいた場所に人の妹を呼び出しやがって」

「だから、僕は違いますよ。第一、今日はずっとここにいたじゃないですか!
 まだ交替してもらってないんですし、もちろんとは顔も合わせてません!」

「ああ、そうだったな……」

 ようやくそのことに思い当たったのか、レガールは手を放す。

「MSデッキには俺とヤマト少尉が行く。ハウ二等兵はこちらに戻ってこい」

 モニターの向こうの彼女が頷いたのを確認して、レガールは『後は頼む』と言い残し、キラはその後を追いかけてブリッジを出た。



「あの……キラ先輩?」

 呼び出された場所は、すこぶる見通しがよい。
 下手すれば整備の人に見つかりかねないので、私は物陰を移動しつつ、呼び出し人を呼んでみた。
 しかし、返ってくる返事はない。

「おられないんなら帰りますよー」

 軽く肩をすくめて私はその場を後にすべく方向を変えた。

  ガッ!!

 背後から殴られた。いきなりのことで反応できなかった。
 気を失う寸前、振り返った私の目に映ったのは、薄く笑う赤い髪の少女だった。



「これであんたも終わりよ」

 フレイは気絶したの体を引きずり上げて、開いている場所に突き落とした。

「あんた達がここに近付くのが御法度だって事は、私だって知ってるもの。
 それなのに、あんたはその言いつけを破ってここにいた。
 そしたらあんただけじゃなく、呼び出したキラも、監督不行きだったってあんたの兄貴も何等かの罰を受けるわ。
 そうよ、それでいいのよ。
 パパを殺して、私に恥を欠かせたコーディネイターなんか、血縁者もろともいなくなっちゃえ」

 クスクスと小さく笑いながら、フレイは開いていたハッチを音を立てないように注意しつつ降ろす。
 彼女がこの機体のコックピット、その開閉装置に気がついたのは偶然だった。
 フレイが手伝いで作業通路を右往左往していたとき、持っていた工具が隙間から落ちてしまった。
 それを拾いにきたときに見つけたのである。工学の知識のない彼女だが、あらかたの予想はついた。
 そして、今回のことを思いついたという訳である。

「さて、あんたの目が覚めたときの待遇が見物ね」

 操作パネルを隠すように布をかけ解りにくくする。そしてフレイはパタパタと走り去ってしまった。



黒マント製作機から
  あああ、なんてニコルたちの部分が少ないんだろう。アスラクは1回分消費したっていうのに。
  ニコルのこと、嫌いじゃないですからね。ピアノを弾くシーンだけにしちゃいましたけど、それでも力は入れましたから!
  そしてついに、第8艦隊から託されたMSの話に入りました。この次の回からMSの名前が変わります。
  フレイは自分のしようとしていた計画をつぶされて逆ギレ、キラとヒロインを苦しめるためには手段を選ばなくなります。
  今回はほんの序章。これからもっと悪女っぷりを発揮してもらうつもりです。
  虎との決戦はその後になりますが、砂漠の話はこの章で終わらせます。……長くなる確率は大きいですが。


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