「……ここ……は?」

 目を上げたはずなのに、私には何も見えない。
 とりあえず座り直そうと手を置いたところは、触り慣れた感触。回りが見えなくても、わかった。

 「まさか、ここって……あのMSの中……?」

 手に触れたのはストライクのものとよく似た、シート横のレバー。
 だとしたら気絶させられた私は、フレイの手でシートに投げこまれ、ハッチを閉められたということになる。
 彼女が何故このMSのハッチを開けられたのか、私にはさっぱり解らない。でも。

 「まずは、ここから出なきゃ……」

 あの呼び出しはフレイが、ミリィのいない時間帯をねらって、彼女のコンピュータから送信したものだと想像できた。
 迂闊に誘いにのるんじゃなかったと今更後悔しても遅い。とにかく、ここから出ることが先決。
 レバーが同じ位置ということはおそらく、他のスイッチ類も同じ場所なのだろうと考える。
 ハッチは中から開けられるはずだが、暗闇に慣れない視界ではそれが解らない。

 「どうしたら……」

 見つからないスイッチにいら立ちを覚える。
 いっそのこと、OSを起動させて、室内を明るくしようかとすら考える。

 「そうか、その方法があったんだ」

 ようやく暗闇に慣れてきて、うっすらと物の判別ができるようになった。
 開閉スイッチのような小さいものはまだ解らなくても、OSを立ち上げるためのスイッチは解る。
 してはいけないことをしているように思えて、私は小さく息を飲む。
 そして、いくつかのスイッチに触れた。



 「ん?」

 異変に気が付いたのは1人の整備員だった。

 「こいつに誰か触れたのかよ」

 横倒しの機体、胴体の部分にかけられていたはずの布がめくれている。
 不思議に思いながら後ろ手に指差しながら叫ぶと、皆一斉に首を振る。

 「おいおいおい、じゃあ誰がいじったんだぁ? 艦長に見つかったら銃殺だっていうのに」

 その整備員が触れようとして手を出したとき、レガールとキラが走り込んできた。

 「それに触れるな、お前も命令違反で処罰されたいか?」

 慌てて手を引っ込めて首を動かす彼を見ながら、キラは『すみません』と心の中で謝った。
 ただ整備員の彼も悪気があったのではないのに、怒鳴られたことに理不尽さを感じていないわけではないだろうし。

 「少尉! いるんだろう!」

 レガールはコックピットの開閉部にあたる場所を殴りながら叫ぶ。マリューから見せてもらったデータはすでに頭に入っている。
 同じXナンバーなのだから、この機体のコックピットも胴体中央に位置する。

 「ヤマト少尉は外部からハッチを開ける操作パネルを探してくれ、一刻を争う事柄だからな」

 「わかりました」

 キラにもこれがXナンバーであることは伝えてある。というよりも、伝えざるをえなかったことがますます彼を苛立たせていた。
 早く見つけてこちらから開けてやらなければいけない。早くしなければ最も避けなければならないことに、恐れていた事態になってしまう。
 左腰の辺りを探すキラ、レガールは右腰の辺りを探し始めた。



 「あ、やっぱり」

 私の考えは間違っていなかったらしい。モニターの明かりが十分とはいえないけれど、それでも手元を照らし出してくれた。
 やはりこれはXナンバーのMS。ストライクの兄弟機。
 第8艦隊と合流したときに託されたのなら、この機体だけ別の場所で作られたらしい。
 流れる文字の羅列に目を走らせながら、私は何故、私とキラ先輩が近寄るのを禁止されたかわかった。
 同時に艦長さんや、ハルバートン提督の考えも伝わってきた。

 「ごめんなさい。……せっかくのお心遣いに背きます」

 私は目を閉じて小さく謝ったあと、引き出したキーボードを叩き始めた。
 キラ先輩の書き換えたストライクのOSを一度見ている分、未完成なOSのどこを触ればいいかは解る。
 地上戦闘用に、砂の流動係数と熱対流を計算した運動パラメータに変更した。
 程なくして、小さく鳴った電子音がすべての処理を終えたことを示してくれた。

 「これで戦闘のたびに、キラ先輩とストライクの取り合いをしなくて済むね。
  それにAAの負担も軽くなるだろうし……私も頑張るから、一緒に頑張ろう、よろしく『』」

 一息ついた私は、背もたれに体を預けた。




 「中佐、起動してますよ」

 操作パネルを捜していた僕は、小さなうなりに気がついた。

 「何だって! 冗談じゃない、急いでハッチを開けるんだ!」

 そう怒鳴ってきた中佐。彼の言葉に、表情に、現れているのは焦りと不安。
 妹が未完成のMSに閉じ込められただけなのに、何をそんなに恐れているんだろう。
 もしかして、がOSを組み立ててしまうと思っているから?
 コーディネイターが組み立てたOSは、コーディネイターが乗ることになってしまうから?
 ヘリオポリス脱出時の僕のように、乗ることを強制させられてしまうと思っているから?
 ……でも、もう手遅れだろう。僕はそう確信していた。
 乗ることを強制されても、はそれを拒むことはしないだろう。そうでなければストライクのパイロットをかって出たりしない。
 それにOSが未完成だって、ストライクのを見ている分、組み立ては可能なはず。
 僕たちがいくら焦っても手遅れなんだ、もう……。
 目にした事実がそれを如実に語り、僕はパネルを捜す作業をあきらめた。


 「……もう、無駄です。
  中佐もアルテミスのことを覚えていらっしゃいますよね?
  MSの両目に光が灯ったとき、すべての作業が終わっているって。
  だから……をここから降ろしても、この機体は既に彼女によってOSが……」

 「うるさい!!」

 視線を下に向けたままの俺が叫んだ言葉に、ヤマト少尉が息を飲んだのがわかった。
 俺は拳をきつく握りしめる。

 「命令違反に処罰を加えなければならないから、そんな考えで俺は行動しているんじゃない。
  確かに命令違反は命令違反。罰しなければ、他の奴らに示しがつかないことだってわかっている。
  だが、1人の軍人として部下に処罰を与える前に、俺はあいつの兄だ。兄が妹のことを思って何が悪い?
  ……お前は、自分と血を分けたものが戦場に赴く痛みに耐えられるのか?
  あいつが俺の目の前で、反対に俺があいつの目の前で爆散するかもしれない恐怖に押し潰されないのか?
  これからあいつが背負わなければいけないものを、これ以上増やさせたいのか?
  もそうだし、キラ、お前だってそうだ。
  敵を倒すたびに、十字架が見えない傷となって心や体に残るんだぞ。
  それでも平気でいられるほど、コーディネイターは強いのか!?」



 レガールの叫ぶような言葉に立ちつくしたままのキラも、のシートで外部を見ていたも何も言えなかった。

 「……お兄ちゃんごめ……お兄ちゃ……ごめん……なさい……」

 ぽたり、ぽたりと。
 両手で口を覆ったままのの両目から、大粒の涙があふれてはひざの上に落ちる。
 自分の突発的な行動が周りを心配させることになってしまうこと。
 つい1週間前に実感し、反省したばかりだというのに、同じ過ちを繰り返した自分が情けなくて惨めなものに思えた。
 止まらない涙は、その証。そして、シート脇のパネルを操作する。



 空気が抜けるような音に続いて、のコックピットを新たな光が照らした。

 「お兄ちゃん!!」

 ハッチが開いたと同時に、はそのシートを蹴って目的の人物に縋り付いた。

 「……ごめ……なさ……私……」

 「わかってる。わかってるから」

 レガールの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。彼は彼女を落ち着かせるように、何度もその背中を軽く叩く。
 その様子を少し眺めていたキラだったが、こみ上げてくる感情を抑え切れずに、逃げ出すようにその場を去った。






 「……戻りました」

 キラがブリッジに入ると、出ていく前にいたメンバーのみならず、休憩に入っていたはずのマリューやフラガもいた。

 「少尉は見つかったの?」

 例の積み荷がおいてある位置は、ちょうどカメラは外れている位置。ブリッジから確認することはできない。
 マリューは艦長席から身を乗り出すようにして問いかけた。

 「はい。やはりあのMSの中に……。
  自分で入ったのか誰かに閉じ込められたのかはわかりませんが、僕はおそらく後者だろうと思います。
  僕たちが開閉パネルを捜していたら、中から出てきました」

 「そうか。それじゃ、後は俺が変わってやる。お前も少し休め」

 肩に置かれた手。その声の主を、キラは見上げた。

 「おいおい、男に見つめられたって、俺はそんな趣味はないぞ?」

 「僕だってないですよ! というより、どうしてですか? 僕ならまだ……」

 「はいはい苦情は受け付けません。君はさっさと寝なさい、体調を整えるのも重要な役目だぞ」

 体格差のあるフラガに逆らえるはずもなく。キラは再びブリッジを追い出された。






 「フラガ少佐、どうしてヤマト少尉を追い出すような真似を?」

 シートのナタルは首をかしげつつ、フラガに問いかけた。

 「そろそろ虎も動き出す頃じゃないかと思ってね」

  「「え?」」

 図らずも同時に声を上げたマリューとナタル。普段何かとぶつかっている彼女等が同じ反応を示したことに苦笑しつつ、フラガは言葉を続けた。

 「あいつらが帰ってきたときの話じゃ、虎はがストライクのパイロットだってことを知ってるんだろ?
  しかしはMSを操れる状態でなくなったことも知ってるし、その原因が自分だということも知っている。
  だから、あいつの怪我がMSを操縦しても差し支えなくなる状態まで待っていたはずだぜ。
  そろそろ戦闘が再開されるんじゃないかと、俺は予想してるの。
  だったら、交代時間来てんだし、あいつには少しでも寝てもらわなきゃ。
  肝心のパイロットが徹夜明けの寝不足でフラフラじゃ、どうにもなんないでしょ」

 「でも、キラはブリッジじゃ……」

 上官達の会話にいきなり割り込む形になって、サイは慌てて己の口を塞ぐ。
 が、それはしっかりと届いたようで、案の定ナタルににらまれた。

 「確かに君の言う通りだ。キラは今までブリッジで火気コントロールの手伝いをしていた。
  でも、今回からは違うことになる。あいつもストライクで出ることになるからな」

 「どうしてッ……」

 「さっきの言葉にあったろう? 『開閉パネルを捜していたら、中から出てきた』って。
  あれはが自分でハッチを開けて出てきたってこと。……なら、その操作をどうやってやったんだ?
  それに、レガールとキラがあっちに行ってから時間も経っている。その間、はコックピットから出ていなかったんだ。
  ……最初のヘリオポリスのとき、キラの奴は、戦闘中の短い時間でOSを書き換えたって言ってたよな。
  今回はそれより長い時間があって、なおかつ、もストライクのOSを見てる。
  こういう言い方は好きじゃないが……。
  コーディネイターはナチュラルよりも優秀だ。の記憶力が俺達以下だとは言い切れないよな?」
 「ストライクを応用して、完全なものに組み立てた……そういうことですか……?」

 トノムラの言葉に、頷くフラガ。

 「なんてこと……」

 大きなため息のマリュー。

 「少尉の命令違反はいただけませんが、戦力が増えたのなら、それはむしろ喜ぶべきではないかと」

 「あなたならそう割り切れるわね」

 「ラミアス艦長、私は私的な意見を述べているのではなく、客観的に見て……」

 声を上げた彼女を遮るように座り直したマリューは、口を開いた。

 「……でもナタル。私達もハルバートン提督の命令に背いたことになるのよ。
  それも絶対に覆されることのない、最後の命令にね」

 そのセリフに、ナタルは反論すべき言葉を失った。
 『はぁ』とため息をついたフラガはボリボリと頭を掻いて、その視線を前に向ける。

 「まぁ、終わったことは仕方ないさ。あいつが自分の意志でOSに手を加えたんだ。
  ハルバートン提督だって、そのことをわかってくださっている。
  確かに、俺たちは命令違反をやらかしたのかもしれないが、次は同じ過ちを繰り替えさなきゃいいだけだ。
  ラミアス艦長も、バジルール中尉も、他の皆だってそう思うだろ?」

 「そう……ですわね……。
  それでは、今回の少尉の命令違反に関しては、私の方から軽い処罰を与えておきます。
  どうやら彼女も誰かに陥れられたようだし……。
  以後、少尉はGAT−X105からGAT−X106パイロットに異動となります。
  それに伴い、キラ=ヤマト少尉をブリッジクルーからGAT−X105パイロットに異動させます」



黒マント製作機から
  やっとここまで来たよぉぉぉぉ。って、今回はフラガ兄貴が出張ってますねぇ。いつもより長いし。
  兄に抱きつくヒロインに嫉妬するキラ。首根っこ掴まれるは怒鳴られるで、彼は少しご機嫌斜めなのでした。


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