「動き出しちゃったってぇ?」

 声を上げたバルトフェルドは、ダコスタの用意した地図に目を落とす。

「……なるほど、タルパティア工場跡地に向かってるわけか。僕もあっちにいたら同じことを考えるだろうなぁ」

「出撃ですか?」

 興奮して声のうわずっているイザーク。バルトフェルドはそれに頷いた。

「レセップス発進。コード02、ビートリーとヘンリー・カーターに打電」

 他のクルーたちが慌ただしく動き出す。矢継ぎ早に指示を出していく彼を、改めて尊敬の目で見るイザークとディアッカ。

「女性に先にアクション起こさせちゃうなんて、悪いことしたなぁ」

 しかし、やっぱり理解できない上官であることも再認識せざるを得なかった。





「飯は食べたのか?」

 廊下を歩いていると、反対側から来た人に声をかけられた。

「……食欲、ないんですよ」

「何をヤワなことを言ってやがる」

 手首を捕まれて、そのまま引き摺られるようにして食堂へ連れていかれた。

「ほら、ここに座る! 俺はトレイを持ってきてやるから逃げるなよ」

「本当にないんですから……」

「戦闘前はちゃんと食って、血糖値上げておくのが基本なの。
 昔から言うだろうが『腹が減っては戦はできぬ』って。ソコから逃げたら、上官として軍事裁判にかけるぞ」

 カウンターの方へと去っていった広い背中を見ながら、小さくため息。
 その時、隣でガタリと音がする。僕は思わずそちらを見た。

「軍事裁判はちょっと大げさだが、戦闘前に血糖値を上げるのは大事なことだ。フラガ少佐は間違ってない。
 空腹で集中力が途切れがちになるのを避けたいなら、食欲がなくても何か口にしておけ」

「……ねぇ、僕の方を見てくれないの……?」

「視線を合わせなくても会話は成り立つ。俺は先に着替えてで待機に入るからな」

 トレイを手に去っていく
 出会ったときほどでなくても、彼女を囲む張り詰めた空気が、必要以上に僕との接触を拒んでいる。
 フラガ少佐のおかげで、せっかく彼女の隣に自然に座れたと思ったのに。あっという間に逃げられてしまった。

「あれ? の奴は?」

「少佐があっちに行ってしまってからすぐ、食べ終わって帰りましたよ」

「そうなのか。せっかくお前たち2人に話があったのになぁ」

 フラガ少佐は肩をすくめた。

「……僕たちに話……ですか?」

「まーな。ほら話している間にも食え。現地調達のものは旨いぞ」

 僕は何気なく視線を落としてビクリとする。……ドネル・ケバブ。

「ほら、ソースはヨーグルトの方が旨いぞ」

 ボトルを突き出してくる少佐に、1人の男が被った。

「虎も……そう言ってました……」

「ふぅん、味のわかる男だな。でも、そんなことは忘れちまえ」

「……え……?」

「お前もも、敵のことを知ってたってやり難いだけだろ。
 これから命のやり取りをしなければならないのに、つらくなるだけだ」

 フラガ少佐はそう言って、ケバブを口に運んだ。
 確かに、これから僕たちは、あの人たちと戦わなければいけないんだ。
 知り合いと銃を向け合う辛さを、僕はもう知ってる。
 だからこそ、フラガ少佐の意見が正しいことがわかる。でも……。
 僕にはあの時の問いかけが忘れられない。




 食堂でキラ先輩とはち合わせるとは思わなかった。余り言葉を交わしたくなくて、だから、逃げてしまった。多分今頃、ムウ兄が『忘れろ』とか何とか忠告しているんだと思う。
 パイロットスーツに着替え終わって、制服は半ば押し込む形になり、ロッカーを閉めた。
 でも、あの先輩がそう簡単に割り切れる?
 ……アスランさんと戦っているだけであんなに苦しそうにしているのに……。

「あぁっもう! キラ先輩のことは考えないって決めたばっかりだって言うのに!!」

 他人のことを気にかけてしまうなんて、家族以外ではムウ兄とミリィぐらいしかなかったのに。
 だめだ、だめだ。先輩のことは考えるのをやめなきゃ。
 私が他人を気にかけるようになったら、その相手からも気にかけてほしいと願うようになるから。
 気にかけちゃだめ。……気にしてほしいと思っちゃだめなんだから。
 気にかけてもらってそれにすがって甘えちゃだめなんだから……。




「……どうして僕を考えないようにするの?」

 考え事に集中していたせいか、カーテンの向こうの人影に気がつかなかったらしい。
 『しまった、完全に気を抜いてた』と思っても手遅れ。私の体は、正面からキラ先輩に抱きしめられていた。

「な、何のことですか?」

「多分まだここにいると思って、フラガ少佐の言葉を伝えにきたんだけど。
 どのみち僕も着替えなきゃいけなかったわけだし」

「先輩にメッセンジャーさせてしまったんですか。それはお手数をおかけしてすみません。
 ……でも、こんなことをする必要はないですよね。出撃前に投げ飛ばされたいですか?」

「それは勘弁してほしいけど。さっきの言葉を聞いてしまった以上は、簡単には投げられてあげられないよ。
 ちゃんと納得できる答えを聞かせてもらわなきゃ」

 よりにもよって一番聞かれたくない相手に聞かれるなんて。改めて自分の迂闊さを悔やむ。

「私が自分で決めたことですから。別にキラ先輩がその理由を知らなくてもいいことです」

「そんな説明じゃ納得できない。
 ちゃんと教えてもらってすっきりしないと、戦闘中気になって、注意が途切れちゃうかもしれないよ。
 それでストライクが撃墜されちゃってもいいの?」

「それは……」

 もし、本当にそうなってしまったのなら、間接的とはいえ、あまり目覚めのよいものでない。でも答えたくないし……。
 そんなとき。


『こらぁ、キラ=ヤマト少尉、少尉! とっととMSに搭乗せんかぁっ!!』


「……レガール兄、耳痛いっ……」

 大音量の放送で叫ばれて、私は思いっ切り顔をしかめた。ちらりと見たキラ先輩も同様みたいだったけれど、腕の力は緩んでいない。
 この隙に逃げ出してやろうかとしたとき。注意をこちらに戻した先輩と、視線があった。

「あーあ、呼び出されちゃった。仕方ないから、答えは戻ってから聞かせてもらうね」

 『これはそれまでの人質』と、キラ先輩は私の髪のリボンを解いた。慌てて取り返そうとするが、手が届かない位置に。

「返して欲しかったら、戦闘が終わったあと、僕の部屋においで。
 ほら、早くに行こう。また呼び出しかけられちゃうよ」

「え、あ、放してくださいっ」

「却下」

 私はキラ先輩に右手を捕まれたまま、デッキまでの道程を走らされた。



黒マント製作機から
  戦闘シーン……短く終わらせます。たぶん……。


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