バッシャーン!!!

 いきなりの音。水柱の上がったほうを慌ててみると、見覚えのある髪が沈んでいく。

!」

 叫んで飛び込みかけたカガリに『僕が行くから!』と制して、勢いよく床を蹴って飛び込んだ。
 沈んでいく彼女の瞳は固く閉じられ、体は身動き一つしない。もしかしたら意識がないのかもしれない。僕は力一杯水を掻いて、限界まで手を伸ばして、ようやくの手を捕まえた。
 彼女の脇に手を入れて抱え込んで、水面を目指す。

「大丈夫かーっ!」

 ぷはっと顔を出すと、叫ぶカガリ。
 答えたいけど、口を開けば僕まで水を飲んで沈みかねない。空いた手で手を振り返して、その後泳ぎ始める。抱えているはやはり意識がないのかぐったりしたまま。
 彼女の衣服と僕の衣服、水を吸って抵抗力を上げているけれど、それでも僕は一生懸命泳いだ。



「……はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 おかげで、甲板に戻りついての体を横たえた僕は疲れ切って、彼女の横に自分の身を投げ出した。

「キラ、の奴の息が止まってる!」

「ええっ!」

 その言葉に飛び起きた僕は、彼女の口元に手の平をかざす。触れるものがないと知ると、今度は左胸に耳を当てて鼓動を確かめる。

「カガリは誰か呼んできて! 今の体力落ちてる僕じゃ満足に走れない!」

「わかった!」

 心臓はまだ動いていた。だったら、ショックで呼吸停止しただけ。
 僕はのあごを少し上に向けて気道確保。そしてその鼻をつまんで、反対の手で口を開かせて。思い切り息を吸い込んだ後、僕は自分の唇で、の青ざめた唇を塞いだ。

「……人工呼吸とはいえ女の子にキスするんだぞ。少しはためらえよっ……」

 頬を赤らめたらしいカガリが去り際に言い残した言葉が耳に届く。でも僕は、恥ずかしいとか役得なんて、そんなことを考えている余裕はない。ただ、目の前の命を助けたいだけ。何度も彼女の肺に息を吹き込んだ。

「……んっ……」

 小さく身じろぎしたのに気がついて僕は息を送りこむのを止め、彼女の名前を呼びながら頬を軽く叩く。

「……っうっ、ゲホッゲホッ、ゲホッ……」

 激しい咳とともに、は飛び起きた。

「落ち着いて、何度も大きく息をして」

 僕はその背中をさすりながら、何度も彼女に言い聞かせる。

「……キ……ラ先……輩……?」

「大丈夫? 覚えてる? 、海に落ちたんだよ」

 咳き込んだせいで涙目のままの彼女の顔を、僕は覗き込んだ。



「ちょっと立ちくらみ起こしちゃったんです……。助けてくれてありがとうございました」

 前からよくあったこと。直射日光の下で時々こうなる。今回はその注意を怠っていた。

「べ、別にお礼はいらないって! 僕は当然のことをしただけなんだしっ……」

 ……あれ、いつもとなんか違いませんか?
 真っ赤になっている慌てているキラ先輩が、なんとなくですが、私より年下に見えるのは何故でしょう?

「あのね、お礼ならカガリに言ってあげてよ。
 僕だけの力と不安定な姿勢のままで、を助け上げることはできなかったんだか……ら……」

「キラ先輩っ?」

「……ごめん、もうげん……かい……」

 私は、バタンと倒れたキラ先輩の顔を慌てて覗き込んだ。

「……寝て……る……?」

 目の前の人が寝てる様子を見るのはこれで2回目。でも、まだ日は高いし、一体……?
 耳を寄せても聞こえてくるのは小さな寝息だけ。何故だか知らないけど、熟睡してるだけみたい。いくら何でも気の毒だから、とりあえず私は、キラ先輩の頭を自分のひざに乗せた。その時、小さな笑い声が聞こえたような気がして視線を移すと、先輩は気持ちよさそうな顔で眠っていた。



!」

 バタバタとやってきた声の主。その後ろにはレガール兄。

「艦長さん?」

 これはまた珍しいというかなんというか……。

「大丈夫か?」

「平気、心配しないで。艦長さんも驚かせて済みませんでした」

「無事だったんならそれに越したことはないわ。気にしなくていいのよ。
 だけど、溺れたのはさんでしょ? でもここに寝てるのはキラ君……よね?」

「キラの奴、最近いろいろ考えすぎてて、あまり寝られないって言ってたからな。
 を助けに飛び込んで、進み続けるAA追って結構泳いで。さすがに体力使い果たしたんだろ」

 『にしても、こいつ気持ちよさそうに寝てるな』と、カガリが仰向けに寝ているキラ先輩の頬をつついた。
 私も同感。……全く起きる気配ないし。

「う、う〜ん……」

 キラ先輩は彼女の手を払いのけて、そのままコロンと寝返りを打った。そのせいで、私の体の方を向いた先輩の寝息が、服を通して直接太股に触れる。

「……あら、まぁ……」

 これも寝ぼけて無意識なのだろう。私の手をキュッと握りしめたままで寝ている。その様子をくすくす笑いながら、楽しそうに見ている艦長さん。

「どーしよぉ……」

 さすがに寝ぼけた動作に腹を立てることもできず、私は困ったようにカガリを見上げた。

「仕方ないだろ、しばらくそのままでいてやれば?」

「そうね。今は半舷休息中でもあるし。
 ……それに、これだけ気持ちよさそうに寝てるのを起こすのは可哀相じゃない?」

「ヤマト少尉が疲れ切ってる理由に、お前が関与していないわけじゃないしな。
 以前と反対になってるが、目を覚ますまでは付き合ってやれ」

 『それじゃ、俺たちは戻るか』と、3人とも帰ってしまい。少し広い甲板の中央に座り込んだままの私と、熟睡しているキラ先輩とが残されてしまった。



 日差しは幾分和らいだものの、やはり海からの照り返しが眩しい。しかし濡れた服を乾かすには都合がよい。緩やかに吹き抜ける風は心地好くて、私の少し長めの髪と先輩の短い髪を弄んで。穏やかな時間の流れが、つい先日の命のやり取りを忘れさせてくれる。
 私の膝を枕にしているのが要注意人物だとはいえ、無防備な顔をして眠っているだけの彼を叩き起してまで逃げる気にはならない。
 ふと海面に目をやると、丸でAAに併走しているかのような魚の群れが、何度も跳びはねているのが見えた。精一杯生きている彼らが急に愛おしく思える。そして、次から次へと涙が零れた。
 戦火は今、どこで広がっているのだろう。
 どこかの陸地で、砂漠で、海の上で、空の上で?
 私たちは本当に、私たちが戦うたびに、人間ではない生き物たちが巻き添えになっていることに気がついているのだろうか。それをわかって、それでも刃を交えることしかできないのだろうか。
 無駄に摘み取られる命が少しでも減るなら、私は喜んでこの身を捧げる。それが私の誓いであり願いだから。

「泣かないで」

 伸ばされた指先が、私の頬を撫でた。

「っ!」

 起き上がった先輩は、うーんと思いっきり伸びをして。

「あらら、もう夕方だよ。……もしかして、ずっと僕の側に居てくれたの?」

「逃げたくても、手を捕まれてたら逃げられないですしね。敵襲もありませんでしたし」

「でも、ならそれくらい出来るんじゃなかった?」

 う゛……するどいところをつかれたかも。

「1人で泣かなくてもいいのに。無理しちゃだめだよ?」

「別に無理なんてしてませんよ」

「嘘。それじゃこの涙は何?」

 キラ先輩の指が、私のさっきとは反対の頬をぬぐった。

「ただの水です。……っていうより、後輩とはいえ女の子の体に軽々しく触らないでください。
 セクハラだって、艦長さんたちに言いつけますよ。その前に蹴られたいですか?」

「誤解しないで、セクハラじゃない。さっきのはお礼。長い時間膝を貸してくれてたお礼ね。
 本当にありがとう、久しぶりにゆっくり寝られたよ」

「……あれだけ熟睡してたんですから嘘じゃないみたいですし……その言葉、信じますけど……。
 何が先輩の睡眠を奪ってたのか教えてくれますか?」

「あれ、嫌いな相手のこと、興味あるの?」

 くすくす笑いながら言ったキラ先輩の言葉に、私は真っ赤になった。別に興味あるとかそんなつもりで聞いたんじゃないんだけど、ただ聞いてみたかっただけで。

「別に聞かなくてもいいです! それじゃ私はこれで……」

「バルトフェルドさんたちのこと」

「え?」

「MS戦って怖いよね。手応えがない分、人もあっさり殺せちゃうんだもん。
 でもパナディーヤでバルトフェルドさんやアイシャさん、他のザフトの人たちとすれ違って。
 僕と何が違うんだろう、AAの人たちと何が違うんだろうって考えて。
 あの戦いでバクゥを倒すたびに、ラゴゥを倒してしまって、僕の手は血塗られていくことに気が付いた。
 同胞殺し、人殺しという名前がぴったりになっていく。
 いつかはアスランもこの手で殺すことになるのかもしれない。
 拭いきれない血の上に、新たな血が塗り込められる。
 ……以前アルテミスで言われた『裏切り者のコーディネイター』、それがしっくりくるのがわかるよ。
 僕のやってることは『皆を守りたい』なんて綺麗ゴトを振りかざしただけの殺人なんだ。
 それに気が付いたから、バルトフェルドさんは僕のことを『バーサーカー』って呼んだんだよ」

 私は驚いていた。
 目の前の人はいつも強気でおちゃらけたような態度でしか私に接してこなかった。だから私はそれがキラ先輩の性格だと思って、関わりたくなかった。
 でも今目の前にいる彼の姿はちょっとつついたら破裂しそうなくらいに脆く見えて。これまでが虚像だったことを思い知らされた。もしかして、これがキラ先輩の本当の姿で、私だけじゃなくてミリィたち同じゼミの友達にもこんな姿を見せたことはないんじゃないか。いつも壁を1枚隔てたところで他人と接していたんじゃないだろうか。
 ――キラ先輩って、こんなに弱い人だったんだろうか?
 私は戸惑いながら、どう言葉を返していいのか考えあぐねてしまった。けれど、理屈じゃなくて体が先に動いた。

「先輩、そこで男の人が泣くのは卑怯ですよ?」

「ごめん……」




















 立ち上がろうとして両膝を付いていた私は。




















 キラ先輩の両頬を包み込むようにして。




















 流れる涙を唇で掬い取って。















 少し視線を絡ませたあと。




















































 ――――唇を重ねてた。



黒マント製作機から
  ついにやっちまったよ。
  考えるより先に体が動いたヒロイン。キラの唇を奪っちゃいました(笑)
  まぁ、この回の最初が人工呼吸で始まってるしねぇ。
  キスで始まりキスで終わる回だよ、わはははは。


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