通路でのひと悶着から2時間後。早いよなーと感心しながら、私は枠内にいた。

「いいな、白線の長さ、広さは5×5メートル。リングアウトは即失格。
 アルスター二等兵はナイフのほか、殴る、蹴るについては制限なし。
 少尉は両手を前にして、親指を結ぶ。そして、両手足首に3キロずつの重りをつける」

「女の子に3キロの重り?!」

「……キラ先輩、それって差別です」

 私が声のした方を睨むと、彼は黙った。

「でも、キラの言うこともわかるわ。私だって心配だもん……」

「平気ですよ。全部でたった12キロですから」

「……た、たったって……」

「本当はもっと重くても平気なんですけどね。
 これ以上だと蹴りを入れたときに相手にダメージ与えちゃいますし。とにかく、見てればわかりますよ」

 そう言った後、私はちらりとフレイ嬢を見て軽くため息。

「フラガ少佐か中佐、彼女にナイフの持ち方を少し教えて上げてください。
 士官学校で習ったことで結構ですから」

 普通のお嬢さまはアーミーナイフの持ち方なんて知らないよね。それをどうやって使うかなんて特に。
 刃渡り約20センチのナイフを半分持て余している、あれじゃ本当に何もできないって。刃物なんて果物ナイフも持ったことないんだろう。
 ムウ兄のナイフ講義が終わって、こっちを向いたフレイ嬢は構えだけは何とか様になっていた。……付け焼刃だったらあれが精一杯ってところですか。



「それじゃあ始めるぞ。時間無制限、リングアウトか降参、どちらかが戦闘不能となったら終わりだからな」

 私もフレイ嬢も頷いた。

「始め!」

 艦長さんの鋭い声が上がっても、私はその場に立ち尽くしたまま。

少尉? もう始まってるのよ?」

「わかってますよ? これもハンデの一環として考えてください。
 一応重りつき人間が先に動けないと思ったものですから」

「……ふざけないで、どこまで人をバカにすれば気が済むのよ!」

「別にバカにしたつもりはないけどな、俺が今お前にやってることは、さっきミリィにお前がやったことだ。
 自分が普通だと思ってたら、相手を傷付けてバカにしていることもあるって少しはわからせてやってるだけ」

「そんな口をこれ以上言えないようにしてあげるわ!」

 おおっ、体重の軽い女性に有効なやり方教えてやってんじゃねーの。
 ナイフの柄を両手で包み込んで勢いつけて体重ごと突き刺そうって? この方法は一撃必殺には向いてるわな。しかし、戦闘には向かないってわかってて教えたな。

 俺はがむしゃらに突っ込んでくるフレイ嬢をあっさり避け、右脇をすり抜けた。
 縛られた手を地面につけて視点にすると、振り返ろうとした彼女の手を蹴り上げる。さすがに素人さんの手を蹴り上げるのは躊躇われたんで、ナイフの腹を狙った。それでも俺の足に重りが付いている分、少し勢いが付いて、フレイ嬢は吹っ飛んだ。……堪えろよ、少しは。
 俺は落ちたナイフを拾い上げ、フレイ嬢の前に突き立てた。

「チェックメイト。……まだやるか?」

 俺の言葉に、悔しそうに顔を背けるフレイ嬢。俺は『それが懸命だな』と言い残して立ち上がると、彼女に背を向けた。
 あまりにもあっさりと付いた勝敗に、その場にいた皆が言葉を失っている。

「これでも思いっきり手加減したんです。けれど、やり過ぎでしたか?」

「……手加減……これで?」

 声の上げたのは副艦長で。

「してました。ナイフも持ったことがないような非戦闘員に本気出せるわけないじゃないですか。
 ……しつこい!」

 私に皆の視線が集中していたから気が付かれないと思ったのか。
 鋭い音がしたと思ったら、折れたナイフの刃が目の前に突き刺さっていたのだから、短い悲鳴を上げたフレイ嬢はその場にへたり込んだ。

「そうやって、適わない相手には後ろから刺せって教わった?」

「……くっ……何よ、アンタが本気出してないんなら後ろから狙ったっていいじゃない!」

「でも、後ろから狙ってもだめだったんですから。さぁ、ミリィたちに謝ってください」

「……悪かったわよっ!」

 吐き捨てるように言い残し、彼女はその場から走り去っていった。



、俺もやりたいんだがいいか?」

「へ?」

 私はムウ兄の申し出に間抜けな答えを返した。

「さっきのお嬢ちゃんとのナイフ戦じゃ、準備運動にもなってないって顔してるしな。
 俺は正規の軍人だし、ナイフ戦の訓練も受けてるぞ」

「……いいですけど……ハンデ増やします?」

「なんでさ?」

「さっきのは一応女の子相手ですから余分なGかけちゃいけないと思って、3キロの重りで止めたんです。
 でも、フラガ少佐の相手ならその倍は行ってもいいですよね」

 私は至極普通のことを言ったと思うんだけど……。

「全部で24キロかっ! お前はどれだけ人をバカにすれば気が済むッ!」

「……バカにしてませんよ。
 っていうか、ハンデつけてナイフ戦をさせる状況を仕組んだのはフラガ少佐です」

「そりゃあそうだけどさ……」

「一応ナチュラルとコーディネイターの差もあるので、わかってください」

 自分からこの事を口にするのは本当はものすごく嫌……なんですけどね……。

「生憎だけど、さん。この艦内に6キロの重りなんてないの。3キロまでしかないわ」

「……それなら仕方ないですね……。どうします?」

「やるに決まってるだろ。俺も男だ、妹分に負けるのはごめんだからな」

「それじゃ、フラガ少佐、新しいナイフを用意してくださいね」

「はぁ?」

「だって、アレ……」

 小さく肩をすくめた私がしばられた両手で指したのは、刃先が折れたナイフ。

「いつ折ったの……?」

 今まで気が付かなかったんですか、キラ先輩。

「さっき、後ろから切りかかって来たときですよ。飛ばすつもりが力変なトコにかけてしまいまして。
 すみません、艦長。装備品をあんなにしてしまって……。後で始末書を書いて提出します」

「わかりました。……でも、本当にいいの?」

「え、何がです?」

「フラガ少佐とナイフ戦をすること……」

 心配そうに見てくる艦長さん。本当に優しい。

「大丈夫ですよ。艦長さんたちも皆さんも、私がどこまでできるのか見たいのでしょう?
 フラガ少佐なら手加減は少なくて済みそうですし、少しは本気になれます。
 じゃ、今度は始まりの号令を副艦長さん、お願いできますか?」

「あ、ああ……」

「それと、キラ先輩。ちょっとこっちに来てもらえます?」

「何?」

 白線の端に歩いてきた私の元へ走り寄ってきた彼は嬉しそうで。軽く肩をすくめた私は、先輩の耳に口を寄せる。息がかかったのかくすぐったそうにした彼に。

「これからの模擬戦見ていて、これからも付きまとう勇気があればいいですけどね。
 私が本気になればキラ先輩なんか相手にならないってこと、理解してください」

 新しいナイフを持ってきたムウ兄を横目で確認して、私はその場を離れた。キラ先輩は何か言いたそうにしていたけれど、それは無視する。



黒マント製作機から
 2戦目の前にちょっと切ります。


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