第1回「メテオ監督」誕生前夜

景気後退による売り上げ減により、赤字決算をだした。関西の「阪神デパート」はいまま
で所有していた、プロ野球チーム「阪神モーグリズ」を手放すことを表明。
そして、その球団を買収したのは「シンラー」とよばれる、老舗の玩具メーカーだった。

「シンラー」はテレビアニメのキャラクター玩具を売る典型的な玩具メーカーであったが、
3年前、開発部門のOLの案を元に製品化された、携帯用ペット育成ゲーム「チョコボっ
ち」がヒット、業界のトップに躍り出る。
その後、文房具メーカーとタイアップして作成した、
片手に化粧用コンパクトを持ったパンダを「洒落ぱんだ」として売り出し、それも
臨時ボーナスがでるほどヒットしていた。
「阪神モーグリズ」のオーナーにして「シンラー」の2代目社長、ルーファウスは買収し
た球団の選手を強引に全員解雇、その豊富な資金で日本、海外から有能な選手を集
め、新たなるチームを作ろうとしていた。

大阪、ミナミ

プロ野球選手のスカウトマンレノは、ミナミの繁華街のある雑居ビルのエレベータに乗っ
て地下へ降りていった。
「………」
停止して開いたエレベータの扉から見えた地階の廊下は物置と化していた。どこから運び
込まれたのか、古いたんすや、オフィス用のデスクが無造作につみあげられている。
その間をぬうようにしてレノは奥の扉へ進んでいき、開けた。
20坪ほどの広さのうす暗い部屋に青いライトや赤いライトがぼんやりとついているのが
見えた。スローテンポのレゲエの曲が耳に入ってきた。
手元がまったく見えなくなる寸前におとされた照明の中で、10名ほどの男達がそれぞれ
ポーカーや、ルーレットに興じていた。
ここは非合法カジノ……ひとたび警察にふみこまれたら、そこにいるだけで何もしていな
い人間も警察署に連行されてしまいそうな危険な場所にレノが訪れた理由はある人間に会
うことだった。
レノが部屋の奥へ入っていこうとすると、
「どなたかのご紹介で?」
一見の彼を店員らしい制服を着た若い男が呼びとめる。
身長2メートルはありそうな大男で、明らかに用心棒を兼ねているようだった。
「オーナーの紹介だぞ、と。レノが来たと伝えてくれないかな、と」
「ああ、レノ様ですね、お話はうかがっておりますよ。どうぞ、奥へ」
大男に案内されてレノはさらに奥へ通される。
プレートに「office」と書かれた鉄の扉をノックし、反応があるとレノに入るよう
目で促した。
レノが扉を開けて入ると先ほどの狭狭した店内とかわって広い部屋が現れた。
そこには支配人専用と思われるデスクがあり、机上には美しいカラーリングの最新型のア
ップル社のパソコンが置かれていた。手前には観用植物と、熱帯魚用の巨大水槽、奥には
1台のビリヤード台と、ソファセットが置いてあった。
「………」
キューが球を弾く音がカンと鳴った。
「あんたがこのカジノのオーナー、セフィロスさん?」
ビリヤードの傍らには一人の若い男がキューを構え直して球を打とうとしていた。
彼のその姿はいかにも、この世界の人間であるかを物語っていた。
デザインに余裕をもたせた白いスーツに、白いエナメルの靴、幾何学模様を原色であしら
ったシャツ、ヴェルサーチのものに似ていたが、本物かどうかは確かめることはできなか
った。そのシャツは大きく開かれ、よく鍛えられた胸板がのぞいていた。そこからのぞく
のは黒人がするような極太チェーン金のネックレス。右手にごついロレックスをはめていた。
金まわりのいい暴力団の幹部か、安物のイタリアンマフィアを思わせるそのいでたちが、
なぜか眉をひそめたくなるほど下品であると感じられないのは、その男がそれを着こなす
ための必須条件、長身と端正な顔だちを両方所有しているからだった。
190センチはありそうな身長に似合う長い足は白いスラックスに合っていた、長い銀色
の髪も、端正な顔も、その服の持っているくせの強さを中和している。
「そうだ」
はじかれた白球が4の数字の入った球をはじく。ごとんと端のポケットに球の入った音が
した。
「しかし…こんな街中で堂々と非合法カジノを経営しているなんてたいした心臓だな、と」
「………馬鹿と言いたいのか?」
「……大物だと誉めただけだぞ、と」
レノはビリヤード台を見た。セフィロスは彼と話していても球を突く手を休めない。
「府警の上の人間の1人と俺ははとこ同士でね、ガサ入れの情報はだだ漏れだ。おかげ様
で賭博に関しては警察の世話になったことはない」
「その点はぬかりがないというわけか……たいした男だな」
レノはその手つきに見入っていると、セフィロスの方からきりだした。
「ところで、球団のスカウトマンとやらの君が俺に何の用かな……」
レノは自分の仕事を思い出す。
「『阪神モーグリズ』の新オーナーのルーファウスが貴方に会いたいと言っている。プロ
野球の選手歴が短かった貴方のどこに興味を持ったか知らないが、一度でいい。ルーファ
ウスオーナーに会ってもらえないだろうか………」
しゅっというこすれる音がした。
セフィロスは優雅にもマッチを擦ってタバコに火をつけていた。
「コーチとして?選手として?」
紫煙がゆらりゆらりと天井にたちのぼってゆく。
ゆっくりとレノの方に顔をむけた。
煙の向こう側に猫のように光る碧色の瞳があった。
「………」
妙に他人を威圧するような視線にレノは一瞬とまどうと、小さく言った。
「監督…として…」


「シンラー」の社長室

ルーファウス社長つきの秘書ツォンは興信所から書留で郵送されてきたセフィロスの身返
調査報告書を読み上げていた。
「セフィロス……球界史上最短選手と呼ばれた男……大学野球出身でドラフト一位で指名
されたものの、その血の気の多さから、すぐ試合を乱闘にもちこんでしまうことで有名な
選手だった」
「彼が選手だった頃は僕は高校生だったけれど、あのエキサイティングな試合は今でも鮮
明に覚えているよ。なんてったって、読売ガーデンズとの試合で東京ドームの天井をバッ
トで突き破るような乱闘をしていたからね。毎日、ゲームを見るのが楽しみだった」
「1ヶ月という短いプロ野球選手として残した記録は12試合中10ヒット6ホームラン、
乱闘数30………?」
「試合数と乱闘数が合わないのは他チームの試合の乱闘にも加わっていたかららしい」
ルーファウスは嬉しそうに言った。 ツォンは報告書に書かれた監督として雇用するには全く
適用人材とは言えない経歴を読み上げた。
「現在非合法カジノのオーナー……大阪府内で野球賭博をしきっている……」
ツォンの顔が渋る。
「何故こんな人間を監督に?私が見るところ、彼は管理者たる監督に向いているとは思え
ませんが」
ルーファウスは社長室のデスクの上にさりげなくディスプレイされている「シンラー」の
ドル箱キャラクター「洒落ぱんだ」のぬいぐるみを片手で掴んだ。
「キャラクターだよ、キャラクターだツォン……」
「は?」
「これからのプロ野球はチームプレイではなく、キャラクターが大切なんだよ」
「…………」
ルーファウスはツォンにぬいぐるみをつきつけた。
「キャラクターもの……見てごらん、この不況の中、消費者が物を買い控えしている中で
唯一売り上げが伸びている」
「はあ………」
「野球のチケットの売り上げだけで満足するような、そこら辺の球団のオーナーと違って、
僕は他にも利益をあげようといろいろ考えているのさ。この僕は今回『阪神モーグリズ』
を買い取ったことで野球ファンを、『シンラー』のキャラクターものの購買層に引き込も
うと思っている。そんな庶民の皆様にぐっとくるキャラクターを持った人間達をスカウト
し、選手や監督、コーチとしてがんばってもらいたいと思っている」
「はあ」
ツォンは気がのらなそうな間の抜けた返事をした。
「セフィロス……彼とどう、キャラクターものがリンクするんです?」
ルーファウスはぬいぐるみを持ったままの手をぐぐぐぐぐと握った。
「彼はね!キャラクター商品にするには良い人材なんだよ」
「あーのー」
鈍い返事を返すだけのツォンにルーファウスは怒った。
「セフィロスの良さはね、あの強烈な個性!野蛮さ……。乱闘後の出場停止や、球界追放
処分が恐くていい子になりさがってしまったプロ野球の選手にはもう見られなくなった貴
重な野生すら感じる狂暴さ……!!!そして外見」
「……」
「白菜のたれさがったような前髪がトレードマークとなるあの髪型はキャラクターものに
しやすい、UFOキャッチャーなどで、ガングロのコギャルがきゃあきゃあ言って欲しが
りそうなデザインだ」
ルーファウスはデスクの引き出しに手をかけると、中より、ビニール袋に入った小物を取り
出した。
「試作品として僕が作ってみたセフィロスグッズの数々だ……。セフィロス携帯ストラッ
プに、トレーディングカード、セフィロス20分の1フィギュア…キーホルダーのおしゃ
べりセフィロス君…背中のボタンを押すと『バカヤローなめとんのか?』と叫ぶ…これは
絶対に売れる」
「おおおお、これはすばらしい……」
ツォンは叫んだ。
ルーファウスは二世社長であるが、その席に座る前には「シンラー」のキャラクターのデ
ザイン部門にいた。
手先が器用で仕事が速いというのが同僚達の話だった。
「…鈴木その子人形や、中村玉緒人形がうけてしまう世の中ですからね……でも……」
ルーファウスはきっとツォンを睨んだ。
「乱闘が起こる度に支払う罰金より、セフィロスグッズの売り上げが低い時には問題が発生
しますよね」
「そういうことがないように、ある程度、そのセフィロスを調教しておかないといけない な」
ルーファウスはほくそ笑んだ。
「なんて完璧な手段なのだろう…うっとり……」


阪神ドーム


セフィロスはレノに連れられて、今年の冬に完成したばかりの阪神ドームに来ていた。
スタンドを歩きながらレノは言った。
「ここのドームを客で一杯にして、さらにキャラクターグッズが売れる監督…というのが
オーナーの理想だぞ、と」
セフィロスは1塁側のスタンドの椅子のせもたれに足をのせて眼下に広がる真新しい人工
芝のマウンドを見た。
3塁の外野席の下でスコートを履いた女の子たちが10人ほど踊りの練習をしていた。
「あれは?」
「阪神のマスコットガール、と。社長の趣味でかなりレベルの高い美人を集めた」
「ほう……」
芝の上に置いてあるカセットデッキの音楽にあわせて軽やかに舞っている。
「一人……変なのがいるな…」
セフィロスは目を細めた。
「え?」
少女達の中で一人だけ妙に背が高く、スコートを履いていない者がいた。しかも、ダンス
がワンテンポずれている。
長い黒髪に赤い瞳が印象的だった。
「ああ、あれはヴィンセントだぞ、と、マスコットガールというよりはマスコットボーイと
いったところか。あの球団マスコットの『モーグリくん』の着ぐるみを着るんだぞ、と
着ぐるみは今制作中なので、ああして、素のまま練習しているんだぞ、と」
もたもたと動いて、隣のダンスをしている女の子の手に触れてしまい。睨まれて、切なそ
うな顔をする。
男にしてはかなり美人の部類に入っているだろう。
「あれに着ぐるみを着せてしまうなんてもったいないな…」
セフィロスはつぶやいた。
「ところで…俺はあんたの現役時代を知らないのだが、ポジションはどこだったのかな、
と」
「…大学時代はピッチャーだった。ミッドガル文化大学の「伝説のサウスポー」といえば
俺のことだ」
「…………」
信じられないという表情をしたレノを見ると、セフィロスはかがみ、白いエナメルの靴を
脱ぐと左手に持った。
「おい………」
「セフィロス投手の『伝説の左』を見せてあげよう」
セフィロスは優雅にかまえると投げた。
白い靴は1塁側のスタンドを離れると、弧を描いて3塁側のホームへ向かってとんでいっ
た。
ぱこおおおおおおおおおおおん
「をををををを」
ワンテンポはずれて着ぐるみダンスをしていたヴィンセントの後頭部に激突した。
ぱた
ひょろ長いシルエットが地面に突っ伏した。
「あれあれ」
セフィロスはつぶやいた。
「コントロールを誤ったようだ」
マスコットガール達が心配して、倒れたヴィンセントのまわりに集まってきていた。
たいしたことはなかったらしく、彼は頭をさすりながら起き上がった。
「おーい」
セフィロスはヴィンセントに向けて手を振った。
ヴィンセントは自分の意識を一瞬だけ奪った白い靴の持ち主の声に気づいて1塁側のス
タンドを見た。
「すまん、コントロールを誤ってしまった。申しわけないが、その靴を返してくれないか」
たったった……
セフィロスの言葉に素直に従ってヴィンセントは走り出す。
「なんだか小犬のように素直な人間だな、と、普通こういうことされて怒らないのか?」
「ほう」
セフィロスはかろやかに片足でスタンドの階段を降りていき、ネットをはさんで、近くま
で走ってきたヴィンセントを見下ろした。
「すまないな、痛かっただろう」
「別に……すぐ痛みはおさまりましたが……」
「靴を投げてくれ」
ヴィンセントは靴を投げる。
セフィロスの時よりも、勢いなく靴はくるくると回転しながらネットを越え、セフィロス
の手元に落下した。
「ナーイス!!!」
セフィロスは笑った。
ヴィンセントもはにかむように笑った。
「着ぐるみ担当だそうだな」
セフィロスはヴィンセントに言った。
「はい……」
「踊りがいまいちだが、着ぐるみにしてしまうにはもったいない容姿をしている……」
「?」
まったく意味不明の言葉にヴィンセントは首をかしげる。
セフィロスは靴を履くとヴィンセントに背を向けた。
「…いつかまた会うことがあるかもしれない」


スタンドを降り、球場のオーナールームへ向かう長い廊下を歩きながらセフィロスはレノ
に言った。
「……決めた」
「何を?」
「ここのチームの監督になる……」
レノはつぶやいた。
「ここの監督になるか否かはこれからルーファウスオーナーとの面接で決まる。あんたが
決められるものではない、と」
「決めた……絶対なってやる……」
セフィロスは強くつぶやいた。
*****************続く…… ***************

次回『オーナー、ルーファウスと乱闘』ギャラ問題でもめるセフィとルー

第二回を見る