登山者達の足跡(第1回)
 ここでは「マウンテン」に挑戦した者たちの声をお届けします。
 まず最初はNagiさんからのレポートです。(8/27寄稿)

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97'夏山レポート

<読む前の注意事項>

・このレポートは多分ノンフィクションですが,筆者が登山前日四時間しか寝てなかった上,暑さでかなりまいっていたため,細かいところで一部記憶違いがあるかもしれません。そこらへんはあらかじめ御容赦の程を。
・筆者は,口に入るものならゲテモノだろうが何だろうが食べられる人間ですが,超辛党のため甘いものは普段ほとんど食べません。
・心臓の弱い方及び想像力が異常に豊かな方はあまり読むのをお勧めしません。
・一部ネタバレです。
・念のため言っとくと,ここは座○牢ではありません。


 1997年8月19日,私はうだるような暑さの中を十数名の同氏と共に歩いていた。その土地の名はいりなか。名古屋から少し離れた郊外にある閑静な住宅街である。ゆるやかな傾斜のかかった道路には車もまばらで,ただ照りつける太陽だけが我々の歩を鈍らせていた。いつもなら恨めしく思える真夏の容赦ない日差しも,今日に限っては,我々の行く末を案じる太陽の心遣いのように思えてならなかった。我々は言葉少なに歩き続けていた。
 太陽が傾きかけて来た午後四時ごろ,我々はやっと目的地に到着した。ごく普通の町並みのなかに,やけに異彩を放つ巨大な看板。そこにはアルプスを想わせる白い山々の絵と,「マウンテン」という巨大な文字が描かれていた。
 ‥‥‥‥ついに来た。いや,来てしまった。もう我々に戻るべき道はなかった。数人の者がその巨大な看板の前で撮影を行っていた。だがそこに普段の陽気さはなかった。それは死地に赴く兵士が,後に残す者達に対し,人としての尊厳を精一杯つなぎとめようと努力している光景であった。
 ‥‥‥‥‥‥あ〜,やめやめ。ずっとこういう調子で書くつもりだったけど,いいかげん疲れて来た。大体辛気臭い。つーわけで,我々一同は和やかな雰囲気で「山」に入った訳ですわ(こっちが本当)。


 それは見た目ごく普通の喫茶店だった。店内はちょっと広めではあったが,郊外の店ではまあ普通だろう。照明は少し弱く,なかなかに落ち着いた雰囲気だった。ここまでは聞いていた通り。
 しかし問題だったのは,我々一行の最終的な人数が二十人を越えてたということだった。果たしてこれだけの人数が一度に入って大丈夫なのか‥‥‥‥とか考えてたら奥の大部屋に案内された。少し椅子が足りなかったが,補完してなんとか全員が入室することができた。大部屋の照明はさらに弱く,クーラーもそれなりにきいていたこともあり,真夏の夕暮れとは思えない雰囲気を醸し出していた。
 席について一段落した私たちは,それぞれに注文を決めるためメニューをのぞき込んだ。ここで「山」をあまり知らない人のために説明しておくと,この店のメニューは異常に多い。どれくらい多いかはここの越後屋さんのHPに全メニューが掲載されてるので,一度ご覧いただきたい。シャレならんくらい多いです。よって「山」に行こうと思う人は,あらかじめある程度注文する品を絞っておくのが得策です。
 話を元に戻すと,皆あれやこれやと言いながらも,それぞれに注文を決めていった。私の注文はハナから決まっていた。この春に登場するや否や,あっというまに「山」最凶最悪のメニューとまで言われるようになった「バナナスパゲッティー」である。なんでもその味は筆舌に尽くしがたいらしく,これまでにそれを食べた人は皆,連日悪夢にうなされたとか。ちなみに私のほかに六,七人もの人間がバナナスパを注文した。なんでも夏はイチゴスパ(これもかなりすごいらしい)がやってないそうなので,その分バナナスパの人数が増えたと言う訳である。甘味系では他に抹茶スパを注文した人が三人いた。この時点で既にかなり異様なノリである。
 待つこと約三十分,一番初めにコスモスパが来た。大きな器に入れられたパスタを,何かダシのようなものをつけて食べるものである。はじめはこれが鍋スパかと思ったが,よく知った人に「真の鍋スパはこんな生易しいものではない!」と言われた。
 で,次にやってきたのがその鍋スパであった。それを持ったおばちゃんが部屋に入って来た瞬間,部屋にどっと大きなざわめきが巻き起こった。無理も無かった。直径約25センチ,高さ約15センチの円柱形の鍋に山盛りのスパゲッティーが詰め込まれているのである。その量は軽く一キロを越えていた。しかもパスタが太いため,ぐずぐず食べているとどんどん水を吸って増えて行くという悪魔のようなスパゲッティーなのである。と言うより,ここまでくると既にスパゲッティーとしての面影は微塵もなく,完全にうどんの世界である。
 しかし次に来たものはもっと強烈であった。私が見る初の甘味系スパ,抹茶スパである。それがテーブルに置かれた瞬間,半径一メートルの範囲がむせ返るようなあま〜い香りで支配された。甘いものが苦手な人なら,それだけで逃げ出しそうな強烈な匂いである。
 緑色のパスタの上に,無造作に積まれた大量の小倉あん。緑色といっても通常のおとなしい抹茶の緑などではなく,爬虫類の肌を思わせるようなぬめぬめとした光沢を放つ緑である。見ようによっては,知る人ぞ知る伝説のミミズキャンディー(アメリカ製)の抹茶版のようにも見える。
 私はバナナスパ完食の万全の準備を整えておくため抹茶スパは全く口にしなかったが,それを食べた人の口から出た言葉はただ一つ「甘い,甘い,甘い!」だけであった。結局抹茶スパを三分の一以上食べられた人は一人もいなかった。一同,少し盛り下がる。
 そしてついに「それ」は現れた。わざわざ名古屋に足を運んでまで私が対面する事を望んだ伝説の食べ物,バナナスパゲッティー。だがその第一印象は少し意外なものであった。
「‥‥‥‥思ってたほどたいしたことないな。」
 そうなのである。単純に量なら鍋スパ,見た目のエグさや匂いの強烈さなら抹茶スパにかなりひけを取るのである。もっとも匂いについては,抹茶スパの匂いのため鼻が死んでたという可能性も無きにしもあらずだが。量については,実はこの前日,大量のスパゲッティーとはどれくらいのものだろうと思い市販の300グラムのパスタを調理して食べて来たのだが,それより一回り大きいくらいであった。だが油断は禁物である。私があらかじめ仕入れていた情報によると,このパスタは単なるパスタではなく,油で炒めた固いパスタなのである。胃にかかる負担は見た目以上にきついであろうことは容易に想像できた。
 緊張しながらも,一口目を食べようとフォークを入れる。‥‥‥‥グサッ。なぜかパスタに突き刺さった。仕方ないので,そのままフォークを回して一口分持ち上げた。その刹那,パスタの山の奥底から,大量の湯気と鼻をつんざくようなバナナの匂いが立ちのぼって来た。周囲にどっと笑い声が生まれた。中には思わず目を背ける者もいた。だが私は構わずそれを口に含んだ。‥‥‥‥とてつもなく甘い,熱いバナナの味がした。が,この程度なら食べられないこともない。そう思っていると
「始めは大したことないけど,十口目くらいからきつくなるよ。」
とバナナスパ経験者に言われた。私は黙々と食べた。パスタの上にかけられた大量の生クリームと熱いバナナのせいで,スパゲッティーを食べているなどという感覚は微塵もなかった。
 私が十口目を食べ終え,まだいけるなと思っていたころ,早くもバナナスパの甘さに耐えられなくなった人々の悲鳴が聞こえて来た。中には「これ食べたの?」と言いたくなるくらい減ってないのに既にグロッキーになってる人もいた。多分甘いものが苦手なんだろう。私はそう思うことにしてまた黙々と食べ続けた。
 最初の山場は三分の一を食べ終えたころだった。私は始めて胃に重い感覚を覚えた。とたんに食欲が急激に落ち,フォークの進みが鈍くなった。それまではさして気にならなかったパスタの甘さと油っこさが急に喉を刺激し始め,やがてそれは限りない胸焼けへと変化していた。
 バナナスパを食べるということは,大量のアンコを食べることに似ている。皆さんも子供のころ,おはぎがおいしいからといってたくさん食べ過ぎ,胃ではなく胸のほうがむかついたという経験が無いだろうか。え?無い?無けりゃいいんですけどね,別に。
 それはともかく,私は口直しに水を飲むことにした。が,これが失敗だった。水を飲んでるときは気分がすっきりするのだが,次にパスタを食べたときに前の1.5倍くらいの甘さを感じるのだ。むやみに口直しはするべきではない。激しい後悔とともに私は悟った。
 そんなこんなでやっと半分食べ終えたころ,なんとれくせるさんが完食できそうだという情報が流れ込んで来た。見ると,なんと残り四分の一くらいのところまで来ているではないか!れくせるさんは
「後はゆっくり食べます。」
と,まだ少し余裕の表情だった。普段の私なら「くそう,負けてなるものか!」となるところだが,この胸の辺りで蠢いている蓄積された甘さを前にしては
「マイペースでいこうね,うん。」
と言うしか無かった。
 余談だがその少し前,もとひろさんが注文した納豆サボテンたまごとじスパ(だったかな?)が入室なさっていた。納豆があまり好きでない大阪人の私にとってこの匂いはきつかった。何でも,納豆もパスタと一緒に油で炒めてるため,匂いが倍増する仕組みになっているんだそうな。が,食べた経験のある人が言うには味はそれほどエグくないということであった。ちなみにその後,もとひろさんは見事それを完食なさった。
 さて,問題は私の方である。残り半分から残り三分の一にかけては,確かにつらくはあったが,そのつらさが増加することはほとんどなかったのでなんとかマイペースで食べることができた。その頃になると胸のむかつきは日常茶飯事になっていた。そして残り三分の一になったころ,なんとれくせるさんが完食なさった。とたんに周囲から驚愕と賛嘆の声がもれる。だが断言してもいいが,そのとき彼のすごさを一番よく理解していたのは間違いなく私である。所要時間約三十分。よくこんなものを三十分で食べられるもんだ。私はただただ感心するだけであった。
 ここで少し一段落しようとして,水を一杯飲んだあと,他のバナナスパ挑戦者はどうなってるかと覗きに行った。はっきり言って惨々たる有り様であった。四分の一も食べてない人が半分,残りの半分の人も,半分以上食べてる人は一人もいなかった。そしてその内まだ食べ続けている人は一,二人しかいなかった。
 私はため息をついて席に戻ると,またゆっくりと甘いパスタを口に運び始めた。一番つらい一口目を無理やり胃に流し込むと,後は黙々と食べ続けた。不思議と,途中でやめようという気は起こらなかった。量的には決して食べられない程ではない。とりあえずそう思うことにした。そうでも思わなければやってられなかった。
 だが残り少なくなったころ,急に危機は訪れた。これまで胸やけであったものが,ついに嘔吐感に変化したのだ。そんな馬鹿なと思う人がいるかもしれないが,人間というものは同じ味のものばかりを食べているといつかは吐き気を催すものなのである。私も下宿生活を始めたばかりのころ,貧乏なためインスタントラーメンばっかり食べていたらある日突然吐き気がし,その後半年間インスタントラーメンが食べられなくなったという恥ずかしい経歴を持っているのだ。
 それとこれとが関係あるかは別として,とにかく偏りすぎの食事というのは体が拒否反応を起こすものなのである。酒で言うなら,そのときの私はまさに急性アルコール中毒寸前の状態にあった(それも何か違うぞ)。
 そこで私は強硬手段に出ることにした。残り全部をいっきにかきこむのだ。だが私は重要なことを忘れていた。パスタが固いため,飲み込む事ができる量は本当に限られていたのだ!見事作戦失敗した私は,これまでに無いものすごい吐き気を感じた。必死になってこらえていると,喉が痙攣するギュルギュルという痛ましい音が聞こえてきた。
 だがなんとかこらえきった私は,あわてて水を飲んで少し休憩をとった。頭がボーっとしていた。だがここまで来て諦める気はなかった。これでも伊達と酔狂だけは人一倍だと自負している。完食すると決めたからには完食するだけである。
 その後は作戦を変え,ただひたすらにゆっくりゆっくりパスタを口に運び続けた。そのころになると,一口食べるごとにもれなく嘔吐感のおまけが付いてきてとってもお徳だった‥‥‥‥てなことを考えてしまうくらいハイ(もしくはヤケ)になっていた。そして食べ始めてから五十分を過ぎたころ,なんとか完食を果たすことができたのである。とたんに,達成感と疲労感がごっちゃになって襲いかかって来た。はっきり言ってバカ丸出しであった。
 聞いた話ではバナナスパ完食だけでもそうそう見られるものではないらしく,ましてや二人完食などと言うのはかなり異例の事態らしかった。おまけに私とれくせるさんは共にメイヤーFC会員だったため,
「さすがに古代の食べ物で鍛えてる人は違う。」
と冷やかされてしまった。
 何はともあれ,ついにやった‥‥‥‥とか思っていたら,五人で一つ頼んだ辛口マンゴースペシャル(重さ約一キロのかき氷)が既に食べ始められているではないか!これは私も食べないと損だと思い,早速スプーンをとった。すると既に食べていた人達が
「これむちゃくちゃ辛いよ。」
と言って,一番シロップ(?)の濃いところを食べるように勧めてくれた。それならばとその部分をぱくっと食べてみたところ‥‥‥‥。
「う,うまいぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 さっきまでこの世のものとは思えないものを食していた私にとっては,それは正に天国の食べ物と言えた。おまけに私は普段からLEE(レトルトカレー)の30倍食べてるような人間なので,この程度の辛さなど辛いの内に入らなかった。余談だが,サラダにドレッシングのかわりにタバスコ大量にかけて変人呼ばわりされたこともあったりする。
 そう言う訳で,私はとりつかれたように辛口マンゴースペシャルをかき込み続けたのであった。周りからは
「Nagiさん変!絶対変!」
とお褒めの言葉までいただき,気分の方もすっかり回復したのであった。しかし食べ始めたのが遅かったせいで,三分の一くらいしか食べられなかった。次は是非とも一人で完食したい一品である。
 最後に「山」一番のお薦めと聞いていたジョッキコーヒー(ブランデー入り,とっても美味)をいただいて,私の夏山登山は見事達成。フッ,久々に手ごわい相手だったぜ‥‥‥‥。


 結局甘味系で完食できたのは僕とれくせるさんだけでした。残り四分の一くらいまで頑張っていた人が一人いましたが,あえなく轟沈なさいました。はたから見ると後ちょっとなのにと思える量でしたが,あの「残り四分の一の辛さ」は体験した人でないと絶対わかんないです。
 てなわけで,この奇々怪々なレポートを読んで下さった皆さん,名古屋にお寄りの際はぜひ「山」に登ってみることをお勧めします。地図ならここのHPに載ってます。人生変わるかもよ。
 最後に一言。若いうちの苦労は金を払ってでもしろと言いますが,そういう意味では
「あれで八百円は安すぎ(核爆)」



 Nagiさん、バナナスパ完食おめでとうございます。正に激闘の記録ですね。私はバナナスパは半分でダウンでしたよ。
 完食の有無に関わらず、皆さんからのレポートの寄稿をお待ちしております。

 今回の文字サイズ、色は私の独断で付けました。

投稿、ご意見はこちらまで。
1997/08/31 作成 越後屋善兵衛 zetigoya@dream.com