「教えるべき事」〜エンフィールド大武闘会より〜
   


 目は口ほどにものを言う。
 大きく見開かれた目は真摯な心を素直に伝え、その願いを断る事を難しく思わせた。
(こいつの願いを断る奴は鬼だろうな。)
 そう考えた俺は自分としては当然の、だが目の前の少年にとっては意外な答えを口にした。
「断る。」
 その言葉を聞いた少年の顔は明らかに落胆の色を表していた。
「...そう...」
「ここをどこだと思ってる?闘って勝利をもぎ取る場所だぞ。お願いして勝ちを貰おうなんて奴は卑怯者の烙印を押されるんだ。しびれ薬を盛って敵を蹴落とす方が俺はよっぽど好きだぜ。」
 そこまで言われて少年は腹を決めたようだ。
「分かったよ。次の試合はちゃんと闘うよ。闘って...勝つよ。」
「そうか。期待してるぜ。」
 少年は少しこわばった笑みを見せて俺の控え室から出ていった。

 この日、俺は朝からエンフィールド大武闘会に参加していた。途中、シャドウがしびれ薬を参加者全員に盛ったおかげで、武闘会は滅茶苦茶になっていた。だがカッセルじーさんの家まで行ってたった一つ有った解毒剤を貰ったおかげで自分だけ通常状態、残りの奴等は半病人状態と言う訳だ。
 今回の大武闘会の話題は何と言ってもケビンと言う少年だろう。何しろ去年の優勝者リカルドや準優勝者レオン等の優勝候補を破ってここまで来たのが、まだ子供とも言える少年なのだから話題にならない方がおかしい。
 そのケビンが俺の次の相手だが、試合前に俺の控え室に来て「勝たせて欲しい」と言ってきたのが先ほどの会話だ。
「あれで良かったんスか?あの子がかわいそうッス。」
 テディは俺をにらむ様に見上げて言ったが、俺の心は変わらない。
「ああ。...テディ、そう思うんなら俺が闘ってる間にあの子の事を調べておいてくれないか?」
「ウ、ウィッス」
 テディが急いで駆け出して行くのを見ながら、俺はケビンとの試合の準備を進めた。

 闘技場全体を揺るがす大歓声、その音が集中する一点に俺とケビンが向かい合っていた。
「始め!」
 審判の試合開始の合図が闘技場に響き渡ったが、二人とも動かない。ケビンはどうやって闘えば良いか分からないかのように戸惑っていたし、正直俺もケビンの出方を待っていたのだ。
(本当にこいつがレオンやあのオッサンを倒したのか?)
「どうした!?闘わなきゃ勝てないぜ!」
 俺の一喝で金縛りが解けたかのように、ケビンは叫びながら俺に突進して殴り掛かってくる。そして武器も持たない手で拳骨を作って殴り、足で蹴るだけの単調な攻撃を繰り返すだけだった。いや、端から見ていれば、それは子供が駄々をこねているようにしか見えないだろう。それほど攻撃とは程遠いものだったのだ。
 だが、ケビンの気持ちはその表情から、その拳からはっきりと伝わってきた。
(勝つんだ。勝って...絶対優勝するんだ!)
 攻撃を繰り返していたケビンもついには息が上がり、攻撃の手を休めた。肩で息をしながら、しかし、俺を睨み付ける気迫は衰えていなかった。
(やはりオッサンは...)
 そう確信した俺は、ついにケビンへの攻撃を開始する事にした。瞬時に低く構え、ケビンのみぞおちに掌底打を一発当てた。
「フンッ!」ドッ「うっ...」
 小さな体は吹き飛ばされて地面に落ちた。そのまま起きないので近くに寄って見ると、どうやら気絶したようだ。
「止め!」
 審判の合図もそこそこに、俺はケビンを抱え上げ医務室まで運んだ。

 ケビンを医務室のドクターに任せた後、俺はリカルドと話をしていた。どうしても言いたい事が有ったからだ。
「オッサン、あの子との試合を棄権したのか?」
「ああ。」
「理由は体のしびれではなく、ケビンに同情して...だな?」
「あの子からは理由を聞いていないが、大方は察する事ができたよ。」
「それは俺も分かったよ。でもまさかあんたが棄権するとは思わなかったな。あんたは闘う事に関しては私情を挟まない人だと思っていたんだが。」
「闘う前に気持ちで負けていたのだよ。それほど彼の勝利への執着心は強かった。それに...私も人の親だと言う事だ。」
「なるほど、親ね。」
 今日まで幾度と無く強いリカルドを見てきたが、今この瞬間、別人と思えるほどリカルドが小さく見えていた。
「じゃあ、親としてあんたがケビンに教えた事は一体なんだ?『どんな闘いの場所でも一所懸命お願いすれば勝ちを譲ってもらえる。』その事だぜ。そんな幸運が人生の中で何度も有るはず無いじゃないか。俺はそんなきれい事をガキ共に教える気はないんでな。闘う事、そして勝つ事と負ける事を...そう現実って奴を教えてやったまでだ。あの子は恐らくこれからも闘っていくだろうよ。闘い続けて...いつか勝つよ。」
 リカルドは下を向いたまま答えようとしない。
「オッサン...あんた、ファイターとして失格だな。」
「フッ...そうかもしれんな。」
 リカルドはそう言うと、寂しく笑った。

「大変ッス!大変ッス!」
 テディか駆け込んできて俺達の間に割り込んできた。
「どうした、テディ。」
「あのケビンって子、教会の孤児院の子で、なんでも孤児院の財政が悪くなってるのを気にして今回の大武闘会に参加したらしいんッスよ。」
「やっぱりそんなところか。それだったら最初から俺達ジョートショップに代理を頼めば良かったのに。」
「それより武闘会の方ッスけど、他の選手がしびれ薬のせいでみんな棄権してしまって、さっきのケビンさんとの試合が事実上の決勝戦になったんス。」
「それじゃ俺が優勝って事か?」
「ええ。でもケビンさんの事が闘技場中の噂になって、ボクら悪役みたいに言われてるッス。」
「かまうもんか。賞金を受け取りに行くぞ。」
「あ、待って下さいッス!」

 俺が再び闘技場に出た時に、観客から一斉にブーイングの嵐が起こった。どうやら噂は完全に闘技場中に広まったらしい。多少は尾ひれも付いていただろうが。
 授与式は静粛とは程遠いレベルだったが、何とか賞金の目録を受け取ることができた。
 そして優勝者へのインタビューが始まる時に、俺は司会者が持っていた魔導拡声器を分捕り、未だ静まらぬ観客に対し吠え立てた。
「お前ら、ここに何を見に来てるんだ!?ここはボランティア活動の場所でもないし、学芸会をやる場所でもねえ!闘いを、そしてその結果の勝者を見に来たんだろうが!!」
 俺の声が響き渡り、観客席が徐々に静まり返っていく。
「ここでは勝ったものが正しいと証明する場所だろうが!俺に文句のある奴は、今すぐ俺の前に立てば良い!相手になってやらぁ。今日の大会で負けた奴でも構わないぜ!」
 そう言って俺は静まり返った観客席をぐるりと見渡した。恐らくこの中にリカルドもいる事だろう。
「どうした!誰も出てこないのか!?それなら俺の優勝は決まりだ。ようし、これから俺のやる事に文句を付けるなよ。俺はなぁ!!」
手に持った賞金目録を高々と上げて叫んだ。
「この賞金を教会の孤児院に寄付する事を宣言する!」
 その言葉が意外だったのか、場内からオオッというどよめきが上がった。
 言うだけ言った俺は出口に向けて歩き出した。観客はどのように対処して良いかわからないままざわめいていたが、その中の一点から拍手が起こり始めると堰を切ったように広がり、俺が出口に差し掛かった時には闘技場全体が揺れるほどの拍手が起こっていた。
 俺はその拍手を耳にしながら闘技場の廊下を一人歩いていた。
(オッサン、来年こそはケリを付けてやる。その為にも絶対に無実を証明してやるからな。)
 そう心に決め闘技場を後にして、ジョートショップへと向かった。アリサさんの待つあの家へ...。

Epilog  これから十年ほど後の事。大武闘会に優勝した青年が昔の借りを返す為に、優勝賞金をジョートショップへ寄付しようとしたが、アリサさんは頑として受け入れず、逆に青年が住み込む孤児院に寄付を勧めたという事が起こった。

− End −



後書き
 いやぁ、書いちゃいました、SS。ゲーム前は書く気は無かったのに、あの大武闘会のイベントが気に入らないから、自分で結末を付けてしまいました。どうやら不満なのは私だけでは無かったようですが、皆様いかがだったでしょうか?
 もしかしたら誰かが他所で書いているかもしれないけど、やっぱり自分で決着を付けたかったからねぇ。遅筆ながら挑んでしまいました。(このSSを書く為に「修羅の門」を第1巻から読み通してしまった。くう〜、燃える〜。)
 まだまだ悠久を極めた訳ではないので、ネタは出てくる事でしょう。気の向いた時にSSを書いて発表したいと思ってます。その時はよろしくお願いします。


ご意見、ご要望はこちらまで。
97.8.31 越後屋善兵衛