「凸(でこ)と凹(ぼこ)」 第一話
第二話     



 ある種の馨しき香りは時には暴力となりえる。
その論理に従えば、イヴ・ギャラガーは現在暴行を受けている事になる。
「ねーねー、イヴちゃん。きょうはこのごほんをかりにきたの〜。」
聞きなれた甘い声にイヴは普段どおりの対応で返した。
「いらっしゃい、メロディさん。魔導書ですか?今度は王国初期のものですね。これは禁帯出ですけど、よろしいですか?」
「ふみ〜?おねーちゃん、きんたいしゅつってなーに?」
「図書館の外に持ち出しちゃダメって事よ、メロディ。」
(お酒臭い。)
 イヴにとっては仕事中に嗅ぎたくない匂いを、旧王立図書館には珍しいお客が持ち込んでいた。エンフィールドで最もここに縁が無いはずの橘由羅である。
「由羅さんが図書館へ来るのは珍しいですね。」
「お酒を買いに行く途中よ。メロディが図書館に行きたいっていうから、一緒に来ただけ。」
「ふみ〜。」
「それでしたら、退館していただけないでしょうか?お酒の匂いがひどくて、作業が進みません。」
「あら、こーんなに良い匂いなのに。だいたい私だってこんな辛気くさいところはお断りよ。イヴも良く我慢できるわね。」
「みみ〜?」
「私はここが気に入っていますから、我慢などしていませんよ。」
「んー、相変わらず固いわねぇ、イヴは。ねぇ、今度飲みに行きましょうよ。この前の飲みっぷり見てたけど、もっと慣れておかないと危ないわよ。」
「ふにゅ〜。」
「結構です。そんな事より、幸い今の館内には私たち3人しか居ませんから大目に見ていますが、他の方が来れば即刻退館していただきます。」
 二人が話している間、メロディは手にした魔導書をめくって読んでいたが、いきなり顔を上げて大声を張り上げた。
「えくす☆ちぇんじゃ〜!!」
「メロディさん、館内では静かにしてくださいと、あれほど...??」
 途端にイヴは奇妙な感覚に襲われて目の前が暗くなり、ほどなく力無くその場に倒れ込んでしまった。


 消毒液のキツイ匂いにたたき起こされてイヴは目を覚ました。どうやらクラウド医院らしい。
(私は確か...館内で作業をしていて...由羅さんと話していた時に...)
 天井を見ながらゆっくりと分析していると、トーヤ先生とディアーナが大声で話しているのが聞こえてきた。
「先生、メロディちゃんが使ったあの魔導書の魔法は有効なんでしょうか?もしそうなら一体どうしたら良いんでしょう?あの二人を何とか元に戻せないんですか?」
「うろたえるな、ディアーナ。魔法でああなった以上、医術ではどうにもならん。」
(うるさいわね、耳元でそんなに怒鳴らないで欲しいわ。)
 だがイヴが声のする方向に目を向けても、二人はいなかった。
(?...空耳にしては大きな声だったわね。)
 寝返りを打ってみると、隣のベッドに顔は見えないが黒のロングヘアーの人が横たわっているだけだった。
「でも、あれでは...」
(耳栓が欲しいところね。)
 耳をふさごうとして頭を抱えると髪の手ざわりがいつもと違う。毎日櫛通ししている髪の毛の手触りはしっとりして指の通りも滑らかなストレートだが、今の手触りは指に絡み付いてくるウェーブの掛かった髪のものだった。
(これは?)
 不審に思ってもっと触っていくと頭の上になじみの無い物体に当たった。しかも触ってる感触と同時に触られてる感触も伝わってくる。
(?!)
 ガバッとはね起きると、途端に胸のあたりから大きな反動が返ってきた。胸がずっしり重い。恐る恐る胸元を見るといつも見慣れてる自分の胸より、ひと回りほど大きな山二つ有った。
それにお尻のあたりに異物感がある。
「一体...何事?!」
 パニック寸前のイヴだったが、部屋に入ってきたトーヤに気付いて何とか平静を保てると思った矢先に、トーヤが予想外の言葉を口にした。
「どうやら気が付いたようだな、由羅。」
「先生、一体これは...!?今、何とおっしゃいました?」
「ディアーナ、鏡を持ってこい。...やっぱりそうか。これが今のお前なんだ、イヴ。」
 ディアーナが持って来た姿見に写った自分の姿を見て、イヴの時間は止まった。
「こ、これが...私?...あっ。」
 イヴはめまいを起こしてベッドに倒れ込んでしまった。そこに写っていたのはあの橘由羅だったのだ。


− 続く −


 今回のSSはイヴと由羅を使った良くある入れ変わりパターンをイヴ中心で書いていきます。
 ラストシーンまでの骨組みは決まってますので、後は打ち込む時間だけですから、結構早くお届できるでしょう。完結までしばらくお付き会いください。
 乞うご期待。



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98.1.23 越後屋善兵衛