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  『魔女の帰還』:著作権/アキ様

 序章  魔女の決断

「デザインはわりと気に入っているのだが…似合っているかな? どうだろう?」
 黒に近い濃紺の軍服を身にまとった私はロバート・ラプターの前でクルリと回ってみせる。
 彼は腰掛けていたベッドから立ち上がると涼しげな瞳に微笑みを浮かべ、まるで値踏みをするかのように色々な方向から私の姿を眺め始める。
「似合っていますよ、とても…」
 突然後ろから抱きしめられ、耳元でそう呟かれた。
「ジャンヌ、何故スペシャルズに入ったのですか?」
 唐突に聞かれ、私は即答することが出来なかった……。
 しばしの思案の後、ようやく口を開く。
「…私は…自分の信念に従ってここにいる…例え裏切り者と罵られてでもここに所属して戦う事こそが目的を成就させる近道だと思ったから……
 以前シルヴィアに貰った手紙にもあった『戦う理由』、『物事の本質』……それらも踏まえて出した結論だ。3年前のように死に場所を探すような戦いはしないよ…」
 彼は私を抱きしめたままジッと聞いていてくれている。
 私の言葉は更に続く。
「私が入隊した理由は、ロバートがここにいる理由とは違うかも知れない……でもね…理由や動機が違っても……お前と一緒に居られるから……と言うのも……理由の一つ……
 ただ……お前に何の相談もなく入隊したのは悪かったと思ってる………ごめんなさい……」
 ロバート腕をそっと掴んで謝罪をする…。
 するとロバートは掴まれた腕で私の軍服のボタンを一つ外し胸元へと手を滑り込ませてきた。
「……こ、こら…よさないか……初犯だから注意だけで済ますが……今後私が軍服でいる時にこんな事をしたら許さないからな……」
 顔は見えないがロバートは私の耳に息を吹きかけながら意地の悪そうな笑みを浮かべているだろう…。
「今後……はね。分かりました。しかし、貴女も私に黙って入隊したことですし、今回はこれで貸し借り無しとしましょう」
「…もう……ばか……」
 ………それ以上の言葉は、ロバートの濃密な口づけに遮られてしまった……。

第一章  魔女の憂鬱

 スペシャルズは私を准級特尉待遇で迎えた。
 さらに2名の部下がつく事にもなった…。
 私に言わせれば「絵に描いたような貴族」と言ったような部下だ。
 一人はブラウンの髪で整った顔立ちのアルベルト・フォード特士。もう一人は紅茶色の髪で大柄なフランツ・ルードリッヒ特士。
 初めて会った時の2人は慄然とした敬礼を私に向けたものの、背を向け際に見せた嘲りの表情はまだ覚えている。
 貴族どころかアースノイドでもない、更には女性でもある私を明らかに見下している。
 3年前、多くの友人達を失ったときに2度と指揮など取らないと思っていたものの、上層の決定には逆らえない。これも軍に戻った以上はやむを得ないことか。

 スペシャルズに入隊してから2週間後。私に偵察任務が下された。
 私に配備されたのはスペシャルズ主力量産MS『エアリーズ』。
 機動性、出力、強度どれをとっても申し分ないが、格闘戦用の武器とシールドが無いことが少し心許ない。
 出撃前に格納庫で自機の調整をしていると2人の部下がやってきた。
「やれやれ、偵察任務とはね…隊長が女だとろくな任務も回ってこないと言う訳か…」
「まったくだな、早いところゲリラ相手にでも戦果を上げ、あの女の上官になってアゴで使ってやりたいものだ」
 そんなやり取りを聞きつつも、無表情のまま彼等の前に姿を現す。
「…遅いぞ…すぐに出る……」
 悪びれた様子もなく敬礼をする2人。
 その態度は見るからにやる気の窺えないものであった、少しばかり苛立たしさを感じるが、それは口にしない。
 いちいち腹を立てていたらキリがない。
 聞くところによれば彼等の実家は高名な爵位を持つ家柄であるそうだから、早いうちに昇格され、どこかの部隊の指揮官に収まることになるだろう…。長い付き合いになるわけではないのが救いだった。
「…遅れずについて来いよ……」
 私のエアリーズは基地から飛び立った。みるみる地上から遠ざかる。
 エアリーズは簡単ながらも、歩行形態・飛行形態と変形機構を持つMSだ。
 地上戦、空中戦とそつなくこなすが、器用貧乏と言えなくもない。
 2人の特士は実際にMSを操縦するのは初めてで、私は2人がきちんと後を付いてきているかモニターで確認してみた。
「フォード特士、少し遅れているぞ…」
 聞こえているのかいないのか返答はない。距離を詰めてきたあたり、聞こえてはいると思うが…。
 やがて、私達はB19地区へと到着した。先日ゲリラとの戦闘が行われた場所だ。
 鬱蒼とした木々に覆われ戦跡は見て取れない、しかしここは紛れもなく地球人同士が戦った跡なのだ。
「フォード、ルードリッヒ両特士。降りられるスペースを探して降りるぞ。敵との遭遇も十分考えられる…警戒を怠るな」
 ミノフスキー濃度が少し高い…。
 モニターの数値を見ながら、一人そう呟く。
 やがて地表が近づきエアリーズは着地した。
 着陸した近辺は所々銃弾の跡、MSの残骸……。
 その中にGMのものと思われる残骸もあった。陸戦用に改修されてはいるが間違いなくGM…。
 ふと、脳裏に火星にいた頃の記憶が甦った。
(GM……まだ現役で働いているのだな……)
 コクピット内で小さく十字をきるとここで散っていったゲリラ、スペシャルズの兵士達に祈りを捧げた。
 この戦闘において、スペシャルズは補給物資を奪われている。
 今回の任務としては、まだめぼしい物資が残っていないかの確認というのが目的だった。
 物資の不足はどの陣営にとっても深刻……。
 分かってはいるが……ハイエナか残飯あさりのようだ……。
 そんなことを考えながらも私は付近の探索を始めた。
「? あれは…」
 前方に倒れたトラックを見つけ、近づいてみる。
 中には医療用の物資らしきコンテナが数点……。
 エアリーズのハッチを開け、地表に降り、コンテナの中身を調べてみる。
「解熱剤や解毒剤か……」
 ジャングル内での熱病や毒蛇、毒虫用の血清……。それらの品目が書き並べられている。
 密林内に拠点を置くゲリラにとっては貴重な薬だろう…。
 戦闘の最中、持ち去ることが出来ずに置き去られたのだろうか?
 兎も角、回収をするか……。
 コクピットに戻りハッチを閉めたその時だった。
「ベルヴィル隊長、敵がいますよ」
 ルードリッヒからの通信だ。ゲリラ側も我々と同じ目的か…。
「…どこだ?」
「3時の方向、4機、すべてMSです。機体は陸戦ガンダム1機、ザクU改3機です」
 こちらよりも1機多い……。交戦すべきか? ……いや、避けた方が良いだろう……リスクに対してメリットが少なすぎる。
「ルードリッヒ、フォード、撤退だ……」
「冗談でしょう? 隊長。 出世のタネが向こうから来てくれたんだ。歓迎しましょう」
「そうそう……敵前逃亡はいけませんねぇ、隊長殿」
「なっ!? バカな真似はよせっ!」
 そう私が言ったのと2機のエアリーズが空中に飛び立ったのはほぼ同時だった。
 地上からはマシンガンと180oキャノンの砲弾が飛ぶ。
 ルードリッヒはその攻撃をかわすとすかさずチェーンライフルによる反撃を開始していた。
 相手も戦い慣れているらしく、撃った後にはすぐ森林内へと姿を隠している。
 内心舌打ちをし、私はジャングルの木々の間を縫うように移動を始めた。
 やがて、上空へ向け射撃している1機のザクU改を視認する。
 スピードを上げそのまま体当たりを敢行。
 強い衝撃がコクピットを襲うが、備える間もなかった相手はそれ以上だろう……。
 予期せぬ攻撃に吹き飛び、倒れるザクU改にとどめのチェーンライフルを放つ。
 フォードとルードリッヒは思った以上に「出来る」ようだった。
 常に2人掛かりで1機を狙い、すでにザクを1機撃破し2機目のザクへと攻撃を始めている。
「心配は無さそうだな……」
 私は指揮官らしき陸戦ガンダムへと目標を変える。
 その時!!
 私のエアリーズの頭上、僅かなところを180oキャノンが轟音と共に通り過ぎていった。
「相手の狙いも私と言うことか…」
 木々を盾に移動を開始し、距離を詰める。
 樹木が途切れたと思った途端、再び正面から180oキャノンが襲う、咄嗟に木にぶつかりながらも真横に回避する。
「あまり時間は掛けられないのでな……一気に行く」
 ミサイルポッドの弾をすべて発射。爆煙が辺りを包む……。
 その中へと素早く進入し、相手の機影を見つけ、チェーンライフルを浴びせる。
 そして、一撃目は右腕、二撃目は右足を奪った……。
 片足を失い、倒れた陸戦ガンダムに私は照準を合わせる………。
「……すまないな……」
 チェーンライフルから放たれた光の筋は相手のコクピットを貫いていく……。
「……主よ…勇敢なる兵士達に魂の安息を………」
 短い祈りを捧げたのと、最後のザクが大破したのはほぼ同時だった。
 2人の部下に回線を開く。
「……帰投するぞ…」
 抑揚のない口調でそう告げ、私はエアリーズを飛行形態へと変形させた
(……医療品はそのままにしていこう…)
 ただの偽善行為、自己満足…そう言われたとしても正面から否定は出来ないだろう……。
 しかし、私はその時、そうしたかった……。

第二章  魔女の休息

 浅い睡眠から私は覚醒した。
 窓からは曇り空が見え、小さな雨水が窓をぬらしていた。
 あまり飾り気のない部屋の中を軽く見回し、枕元のボードに乗っている写真に視線を止めた。
 まだ15歳の頃の自分…。その隣には12歳だった妹。
 2人とも屈託のない笑顔をカメラに向けていた。
 妹が死んだのは14の時…いなくなってから7年…。もうそんなに経つのか…。
「グロリア……」
 何気なしに妹の名を口にしてみる。
 しばらくの間、写真を眺めた後ベッドから起きあがると手早く着替えを済ませた。
 今日は休暇であったが、軍服を身に纏う。
 休暇と言っても、基地内から出る予定もない為だ。
 食堂で軽い朝食を取った後、私は格納庫へ向かった。
 私は士官学校も出ていない。
 連邦軍に志願し軽い訓練の後、即戦場へと送られたため、MSのメンテはおろか、護身術、戦術戦略指揮などの訓練も満足には受けていない。
 今でこそ准級特尉などという階級を与えられてはいるものの、最も軍人らしくないのかも知れない。
 ほんの少し、MSを操る素質があったのだと思っている。
 しかし、それでも自分の乗る機体は暇さえあれば見ておきたいという気持ちが強く、格納庫へは日々頻繁に足を運んでいた。
 愛機であるエアリーズを足下から見上げる。
 昨日の戦闘で傷ついた箇所はすでに修繕されているようだ。
 私は近くにいた若い整備兵に機体識別用のマーキングを頼もうと声を掛けた。
「すまない…識別用のマーキングを頼みたいのだが……」
「これは、ベルヴィル准級特尉。了解しました」
 まだ若い整備兵は敬礼と共にそう答える。
「ですが、お聞きになっておられませんか? 特尉に新しく機体が配備されることになったのですが…そちらにマーキングを入れれば良いですよね?」
「……新しい機体?」
 初耳だった。
「はい。朝一番で届きました。良い機体ですよ」
 自分のことのように嬉しそうな顔で、そう言って私についてくるようにと促す整備兵。
 それに従って格納庫の奥へと歩を進めた。
 近づくにつれソレの黒いシルエットが徐々に明らかになる。
「……ガンダム……なのか?」
「はい。そうです。ファーストガンダムの正当後継機、ガンダムMKUです」
 整備兵は嬉しそうにそう言ったあと、少し間をおいてこう付け加えた。
「まぁ……コイツはそのプロトタイプなんですがね」
 プロトタイプが前線に回されてくると言うことは……もう完成したと言うことだろう。
「確かにエアリーズも良い機体ですが、コイツはプロトタイプとは言え、凄いですよ。出力、機動性、運動性、装甲、特に素晴らしいのは新設計のムーバブルフレーム。負けてるところは飛べないことくらいでしょうね。それから……」
 さも楽しそうに喋り続けている。
 私にしてみれば格闘戦用のビームサーベルと強度の高いシールドがあることが嬉しかったが。
「……と言うわけなんですよ。特尉、がんばって乗りこなして下さい」
「ああ…努力する」
 私は新しい愛機のコクピットに座ってみた。
 操作系統はほぼ一新したと言っていいだろう。
 しかし……これを自分の手足にしなくては…。
 脇に置かれていたマニュアルを手にするとコクピットを降りる。
 整備兵に向かい軽く敬礼をした後、レストルームへと移動した。
 まだ時間が早いためか誰もいない。自販機で紅茶を買い、窓際の席に腰を下ろす。
 飲み慣れた紅茶を味わいつつマニュアルに目を通してみる、スペックなどの項目は軽く読み流し、操作関連の項を食い入るように何度も読み返してみる。
 エアリーズよりはGMに近いようだ。
『何とかなるかな?』
 そういう気になってきたのはすでに時計は正午を回った頃だった。
 その後昼食を済ませ、軽くシミュレーションをこなした後、自室へと戻ることにした。
 軍服脱ぎ、シャワーを浴びた後、ゆったりとした私服へと着替える。
 ジャングル内に建設された基地とはいえ、内部は空調が効いており、長袖のシャツを着ていても快適に過ごせる。
 もっとも、多少暑かろうと半袖は着ないと思うが…。
 ジュニアハイスクールの頃から身長は友人達の中でも頭一つ抜けていた、さらに体型も大人の女性のそれになるのが早かった。
 おかげでよく男子生徒からの好奇の視線に晒されたものだ。
 それが嫌で肌の露出が少なく、身体のラインが分かり辛い服装ばかりしていた。
 その習慣がいまだに身に付いている。
 自分の子供っぽさが少し可笑しく感じたが、今更改められるようなものでもない。
「ふぅ……」
 ベッドに横たわり、目を閉じる。
(イギリスで過ごした半年、それは自分の中では幸せだったと思う…。
 しかし、自分は今戦場にいる。戦いが激化して行くにつれ、戦える力を持っていながらも安全なところに身を寄せている自分が我慢できなくなった…これが素直な気持ちかも知れない。私の戦いは3年前の火星から始まっている。途中で放り出すことは出来ない…。
 早く、この戦いを終わらせたい……)
 そんなことを考えているうちに、いつしか私はまどろみの中へと引き込まれていった…。

 ピーピーピー
 眠りに落ちたか落ちないかのその時に非常アラームが私を現実へと引き戻す。
「ベルヴィル准級特尉、補給部隊がゲリラに襲われました。休暇だとは思いますが…」
「…そんなことも言っていられないだろう…」
 通信兵の言葉の後に独り言のようにそう言い、ベッドから飛び起きた私は早々に着替え、格納庫へと向かった。
 通路の窓から見える鉛色の雲は、いつの間にか雨を小雨から本降りへと変えていた…。
 そんな中、私の短い休日は終わったのだ。

第三章 魔女の戒め

 格納庫へと向かう途中にルードリッヒと合流した。
「状況は分かるか?」
「三つに分けられた補給隊がすべて襲われたそうですよ」
「三つともか……」
 少し話が出来過ぎている……内通者でも?
 これは口にはしなかったが、同じ考えの者は多いだろう。
「それもかなり周到に計画が立てられていたらしく、各防衛に向かった我々の隊も苦戦しているようです」
「…分かった…。私達が向かうのはB27地区だな?」
 B27地区はこの基地から最も近い場所だった。
 格納庫ではすでにフォードが待機していた。
「フォード、ルードリッヒ両特士は先行して現状を確認だ。くれぐれも言っておくが、私が到着するまで仕掛けるなよ」
「隊長、そればかりは敵しだい…」
「いいか…。これは命令だ……」
 フォードの言葉を制し、そう告げた後各自素早く機体へと乗り込む。
 2機のエアリーズは勢いよく飛び出していったが、私はそうはいかない。
 整備兵の言っていた『負けてるところは飛べないってところ』と言う言葉をこんなにも早く実感することになるとは思ってもみなかった。
「多少なりともシミュレーションをしておいたのは正解だったか……」
 プロトガンダムMKUを起動させると、力強い躍動が全身に伝わってきた。
「よし…行くぞ…」
 バーニアを全開にすると強いGが身体をシートへと張り付かせる。
 黒い機体は降り続く雨の中、夕刻を迎え薄暗くなったジャングルへとその姿を消していった。

 数十分後、2人の特士は目的地区へと到着していた。
「敵がいることは間違いないと思うのだが……
 ルードリッヒ、何かいるか?」
「ミノフスキー濃度が高くてわからんな……いや! あそこだっ!!」
 そう言ったルードリッヒの機体を砲弾がかすめていく。
「ルードリッヒ! 隊長には悪いが、売られた喧嘩は…な?」
「うむ、ゲリラどもに力の差というものを教えてやろう」
 2機のエアリーズはジャングルへと急降下を開始した。
 その時、地表の木々の影から1機のドムが姿を現し、ジャイアント・バズーカを発射した。
「その程度!!」
 フォードは機体を左へと回避させる。
 しかし、その回避した方向には狙い澄まされた180oキャノンの一撃が待っていた。
 ドオォォォン!!
 黒煙を上げ降下していくフォード機を視界にとらえたルードリッヒは射撃のあった位置を推測しチェーンライフルを撃ち込む。
 だが手応えはない。すでに移動しているようだ。
「くっ! こちらだけ丸見えではな」
 悪態をつきつつも何とかジャングル内部へと身を隠すことに成功したルードリッヒ。
「フォード! フォード! 聞こえていたら応答しろ」
 何度か無線で呼びかけてはみたがフォードからの応答はない。
(あれで落ちたわけではあるまいに…)
「無様だな…敵の正確な数も把握できず、味方とはぐれ、地の利のないジャングルで孤立か……あの女には見せたくはない失態だ」
 地上からの攻撃を仕掛けてきた者はかなりの手練れだ。迂闊に飛び上がっては狙い撃ちになるのは必至。
 今こうして考えている間にも敵は距離を詰めているはず……。
 ルードリッヒは事ここに至って初めて戦場の恐怖を実感していた。
 四面楚歌。
 今の彼はまさにそれだった。
 首筋を冷たい汗がつたうのが分かる。
 その時だ。エアリーズのカメラが前方の茂みが僅かに揺れるのを捕らえた。
「うおぉぉっ!!」
 そこに向かってミサイルを発射する。
 しかし、やはり手応えはない。
「なんだ? どこに隠れているっ!?」
 緊張の糸が切れたのか、ルードリッヒは手当たり次第にミサイルを撃ち始める。
 が、ルードリッヒの乱射は一発の銃弾によって止められた。
 その一撃はエアリーズの右腕を肩から奪い取っていく。
『わざわざご丁寧に自分の位置を知らせてくれて助かったよ』
 姿を現した陸戦型GMからゲリラ兵士の声が聞こえ、とどめの銃口がエアリーズに向けられる。
「ばかな? ゲリラに……殺される…?」
「ルードリッヒ!! まだ生きているか?!」
 諦めかけたその時、フォードの声が回線から聞こえた。それと同時に自分に銃口を突きつけていた陸戦型GMが爆散する。
「フォード…来るのが遅いぞ…」
「無理を言うなよ、こっちの機体もガタが来ている」
 フォードの機体は上空での攻撃の際にバーニアを破壊されていた。
「フォード、癪だがここから撤退しよう」
「どうした? ルードリッヒ、弱気じゃないか。片腕でもゲリラごときに……」
『残念だが、ここから逃がすわけにはいかない』
 突然の声に振り返るフォード。そこにはドム、そして陸戦GMが銃口を向けていた。
『我々は帝国に荷担する寄生虫を見逃すほど寛容ではない』
「そのような旧式に負けるものかっ!! いくぞっ! ルードリッヒ!!」
「やめろ!! フォードっ!!」
 チェーンライフルを構えたフォードに制止の声を掛けたルードリッヒ……。
 その叫びは空しく宙を舞った。
 ビームライフルがエアリーズの頭部を貫き、ジャイアント・バズーカが腹部を直撃した。
 2歩、3歩と頭部を失ったエアリーズが後ろに後ずさり、そして仰向けに倒れた。
 腹部は…コクピットのあった場所が綺麗にえぐり取られている……。
「………」
 ルードリッヒは言葉を失っていた。
 目の前で友人が死んだ。自分達はしっかりと訓練を積んできた。その自分達がゲリラなどに後れをとるはずはないと思っていた。
 根拠のない自信……それは『恐怖』を感じたあの時に消し飛んでしまっていたのだ。
 だから……撤退しようとした…フォードを制止しようとした……。
 ルードリッヒはそんなことを考えていた。次は自分だと言うことも理解している。
 たが、なかなか彼の番にはならない。
 その僅かな間に戦況は一変していたのだ。
 背後からコクピットをビームサーベルで貫かれ静かに膝から崩れ落ちる陸戦GM。
 その異変に気付いたドムはその場から緊急退避を試みるも左腕を肘から切断されている。
「隊長……?」
 徐々に激しさを増す雨の中、ガンダムに似たシルエットを持つMSが立っている。
「馬鹿者が…自業自得と思え……」
「隊長…フォードが……」
「報告と泣き言は後で聞く…まだ……終わっていない…」

第4章 魔女の邂逅

「そこ…隠れているつもりかっ!」
 バーニアを吹かし、大木の影へと斬りかかるプロトガンダムMKU。
 そのビームサーベルはシールドで受け止められる。
(……こいつ……強い……)
 自機のシールドで相手を弾き、自らも後方に飛び距離をとる。
「陸戦ガンダムか……これが隊長機?」
 その時、大きな雷鳴がとどろき、辺りが一瞬明るくなった。
 見えた……。
 その僅かな瞬間に陸戦ガンダムの肩に施された獅子のエンブレムが確かに見えた……。
 私はそのエンブレムを知っている…。火星脱出戦以来の銀髪の親友…。
「…シル……? シルヴィア・ランカスター……?」
「その声は……ジャンヌ・ベルヴィルだと!? どういうことだ……何故貴女がその機体に乗っている? スペシャルズだと!? 馬鹿な……何故貴女が……」
 3年ぶりのシルヴィアの声は少し狼狽気味だった。
 二度と会えない…そう思い諦めていた親友との予期せぬ再会に私も動揺していた。
 だが…ここに至って親友に戻るわけにはいかない……いかないのだ…。
「…シル…生きていたのだな……お互いの立場からは素直に再会を喜ぶことは出来そうにないが……」
 言葉の端も終わらぬうちに、己が心の乱れを振り払うかのように、一気に距離を詰めての連撃をシルヴィアに見舞う。
 流石のシルヴィアも少なからず動揺しているのか防戦一方となっていた。
「何故スペシャルズに属している? あの戦うにはデリケートすぎるジャンヌが……これは悪夢だと信じたい!」
 私の突きをシールドでいなすと今度は陸戦ガンダムが後方へと飛び、距離をとった。
「……だが、目の前に立ちふさがる敵がいるのならば、おめおめと殺られるわけ
にはいかない!」
 ……その言葉と裏腹に彼女からの攻撃がなかなか来ない……。
 降りしきる雨の中、2人の間に様々な想いの交錯した、短くも永い静寂が横たわる。
「……本気なのかジャンヌ? この3年間で何があった? よりによってこんな最悪の再会をするとは思わなかった……
私の残した手紙は読んでくれたのかジャンヌ? 私は今のようなスペシャルズの台頭を危惧していた。そして貴女だけには絶対に属して欲しくないと!
"物事の本質を見極める"とは何のために戦うかということだ。貴女が何を見、何を感じて今その機体に乗っているかは知らない。しかし私は、3年前に戦友達を殺し全世界の7割の民衆を罪も無く虐殺したムゲ=ゾルバドス帝国は許せない! ましてや地球人でありながら保身のために民衆虐殺に加わったスペシャルズはなおのことだ!」
 私とて帝国が地球にした虐殺のことは許せない。
 だが、私はここにいる。
 その答えは……。
「お前の言うところの"本質を見極めた結果"だよ……これが、私の出した答え…私自身の信念でここに立っている………残念だがこれは夢ではない…」
「この3年間で何があった? あの心優しいジャンヌがなぜそのスペシャルの方針に共感できる!?
分かっているのか? どんな名分を掲げていようと貴女がその引き金を引く度に、ムゲ帝王とグレスコがほくそ笑んでいるということをなぁ!!」
「……3年か……色々とあったよ、あっと言う間だった……でも、私を変えるには十分な時間だったよ。
 だが…これだけは言わせて貰おう…。
 私は帝国にも、俗物のジャミトフにも愚物のデルマイユにも共感を抱いたことはない。強いて上げるならばトレーズ司令…いやトレーズ司令の"言葉"が私の信念の根幹だ…。
 …私はスペシャルズを強くする! 私の信じている未来の為にっ!!」
 二つのビームサーベルが再び激しくぶつかり合い火花を散らす。
 格闘戦は、互角に思えた。
 この3年間戦い続けてきた強者、シルヴィアを相手に今の私が互角に戦えているのは機体性能のおかげだろう……。
(シルヴィアが生きていたことは心の底から嬉しく感じる。しかし、このまま戦えばいずれどちらかがどちらかの命を奪うことになるだろう……それならば……いっそ…)
「シル…このまま山賊行為を続けて本当に勝てる気でいるのか? お前らしくもなく無駄なことをしている……」
「無駄なことだと?」
 私の言葉に嘲笑混じりでシルヴィアは応える。
「無駄かどうかはこの先で分かる。私達は単なる物資の奪取が目的で襲撃をかけているのではない。
ジャンヌ、ゲリラ戦には4つの鉄則がある。1つ、ゲリラを受け入れてくれる民衆がいること。2つめに退却できる地域があること。3つめに武器などを支援してくれる勢力がいること。そして最後に最終的に成長して決戦できることだ。
 私達はこの4つの鉄則を満たせると判断した上で戦っているのだよ!」
 シルヴィアの攻撃が激しさを増す、私の言葉は彼女の怒りをかったようだ。
 幾つもの斬撃が装甲を削っていく。
 そんな中、私は更にシルヴィアが怒りを増すよう言葉を並べた。
「お前達ゲリラが帝国を刺激するから余計な犠牲が増えると何故分からない? 今、ここで私の軍門に下れば昔のよしみで命だけは助けてやらなくもないぞ……?」
 シルヴィアの猛攻をなんとか切り返し、今度は私が攻勢に出る…お互いに致命打は与えられぬままに……。
 幾度目の攻守交代となったのかは覚えていなかった。
「単なる刺激? 違うな。帝国側の成長を遅延させているだけのことだ。
そして私達地球解放戦線機構は機が満ちた時点で一気に反攻に出る! 全ては勝算あってのことだ。
余計な犠牲? 私達は全員勝利を信じて戦っている! スペシャルズのような敗北主義者とは違う!
同感できる主張があるならいざ知らず、罪も無い民衆を虐殺する集団にどうして降伏できる? 例え私の矢が尽き剣が折れようとも、私の意志を継いで戦ってくれる戦士達のために、最後まで相手の喉元に喰らいついてくれるわ!」
「ならばやってみろっ! 私の喉笛を食い破り、スペシャルズを潰し、帝国軍を退けてみろ!! お前の信ずるものが正しければ出来るはずだ!」
(…純粋……。
 …変わっていないな……それで良い…私を憎め……。
 かつての地球連邦軍の『腐敗した上層』がそのまま根を張ったスペシャルズ…恐らくは連邦と同じ運命をたどると思っている。その時に未来を任せられるのはシルヴィアのような者達だと思う…。
 だからこそ私は、真に地球の未来を安ずる者達の『試練』となる道を選んだのだから…。
 …それに親しい友人を失う悲しみは……彼女に味わって欲しくない……)
 一進一退の攻防が延々と続く…もはや決着はどちらかの死によるものしかない、そう感じられた…。
 そして、2体のガンダムが幾度目かの鍔迫り合いに入った時だった。
 ズズズウゥンッッッッ!!
 スピーカーの音が割れ、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音と共にモニターが光に包まれる。その直後にはコクピット内に火花が散った。
「…な? なんだ…?」
 状況を理解するまで数瞬を要した……2体のMSに落雷が直撃したのだ……。
 焦げ臭いにおいがコクピット内を漂う…電装系統に深刻なダメージ、機体反応が極端に落ちる。
(…やられる?)
 今攻撃されては防ぐ手だてはない。だがシルヴィアの攻撃は来なかった。
 奇しくも落雷は陸戦ガンダムにも同等の被害を及ぼしていたのだ。
 ややもあってシルヴィア機が大きく後ろに退く。
「……ジャンヌ、本当にスペシャルズに付いて民衆を虐殺するのか!? それがお前の今の真意ならば……お前は私の倒すべき敵だ!!」
(私は間違っても戦う力を持たない者に手は出さない…)
 そう喉まで出かかったが、私は敢えてその言葉に返答はしなかった。言い訳にしかならないと感じたから…。
 "お前は私の倒すべき敵だ" 
 自らが望んだ展開……。しかし、シルヴィアの口から直にその言葉を聞いたとき…心が軋むようだった…。
 私はシルヴィアの消えていった方向をしばらくの間見つめた……。そして、迷いを振り切るかのようにルードリッヒの方へと戻る。
 
「…ルードリッヒ特士、動けるか?」
「はい…なんとか……隊長は?」
「メインカメラなど、幾つか死んでいるが移動には支障はない…」
「…隊長……フォードが…死にました…」
 押し出すような声でルードリッヒが告げる。
 ここに来た時にフォードが死んだことは分かっていた…。あの機体を見れば一目瞭然だ。
「…ルードリッヒ……お前はこの戦いの中、死を意識したか? 恐怖を実感したか?」
「………はい…」
「恐らくフォードはそれを感じられなかったのだろう…。恐怖を感じることは恥じることではない……恐怖を感じることは兵士としての素質の一つだと思え……そして、フォードにはその素質が足りなかった……と言うことだ…」
 ルードリッヒから返事はなかった。
「物資が残っていたら回収しろ……いいな?」
「………はい」
 土砂降りの雨の中、2機のMSは散乱した物資の使えそうな物を回収した後、基地への帰還を始めた。。
 コクピットの中でアルベルト・フォード特士と自らが手に掛けたゲリラ兵の冥福を祈り、その場を逃げるように立ち去ったのだ。
 
 基地に到着すると、午前中にマーキングを頼んだ若い整備兵が駆け寄ってきた。
「特尉!! どうでした? プロトガンダムMKUは?」
「…良い機体だと思うよ……ただ、神の怒りに触れてしまったようだ……修理を頼む」
 なんのことやら? と言ったふうに怪訝な顔をする整備兵に落雷を受けたことを告げ上官への報告を終えた後、早々に自室へと戻った。
 熱いシャワーを浴びながらシルヴィアのことを考えていた……。
「……強いな……シルは……」
 3年前と少しも変わらない強い意志、懐かしい声…。
 彼女が生きていてくれた…そのことは嬉しい。
 私が出した結論の末、彼女と道を違えたこと……これも仕方のないこと…。
 昔のように戻ることは出来ないのが現実、それならばと…。
『憎まれる方が良い』
 シルとの戦いの間でそう思ったこと。
 間違ってはいないと思う。
 いや、間違ってはいない。
 彼女には、いつかこの馬鹿げた地球人同士の戦いに勝利して欲しいと思うし……私が死ぬ時はシルヴィアにとって"友"としてよりも"敵"としての方がずっと彼女のためになる…。
 親友を失う悲しみは痛いほどわかっているから……。
 すべて、心では納得している。
 …なのに…私はどうして泣いているのだろう……。
 ……この孤独感は何だろう……。

 終章  魔女の誓い

 シルとの再会の夜、フランツ・ルードリッヒ特士の昇進と新しい配属の発表があった。一週間後には新たな任地に赴くそうだ。
 近いうちにこうなることは分かっていたのだが、アルベルト・フォードを一緒に昇進させてやれなかった事には少なからず責任を感じる。
 翌朝目覚めてベッドでそのことを考えているとインターホンが鳴った。
 誰か来る予定はないのだが…。
 寝姿の上に上着を羽織ってモニターを見るとそこには大柄な身体…。ルードリッヒが立っていた。
 何の用だ?
 そう思いつつもドアを開ける。
「どうした? ルードリッヒ上級特士」
「まだ、お休みでしたか? 申し訳ありません」
「いや、かまわんよ」
「…で、では、ベルヴィル准級特尉、今日はお世話になったお礼を言いに来ました」
 少々戸惑った…。まさか彼からお礼とは…。
 戸惑いを表情には出さずに彼の言葉を待つ。
「お気づきになっていたとは思いますが正直を言いまして、私は貴女のことを見下していました。ですが、今は短い間とは言え、貴女の部下であったことを嬉しく思います。
 ありがとうございました」
 出会った頃とは違った整然とした敬礼を私に向ける。
 私も敬礼を返し、ルードリッヒの目を見つめる。
 良い目になった…。私は特に何かを教えたつもりはないのだが…。
 悪い気はしなかった。
「誰だい? ジャンヌ」
 ルードリッヒを見送り、ドアを閉めた私の背中からベッドに横たわったままのロバートが声を掛ける。
「…部下だった男がお別れの挨拶に……な」
 上着を脱ぎ、ロバート以外にはあまり見せない笑顔を向けベッドへと腰を下ろした。
「なんだか、嬉しそうだね?」
「ふふ…部下から解放されたせいかもな?」
 意味ありげな笑顔のまま、ロバートのかたわらに横になる。
 そして、私はロバートに強く抱きついた。
「おいおい、本当にどうしたんだ?」
「なんでもないよ……なんでも……」
 ロバートの胸の中に安らぎを感じながら静かに目を閉じる。
 良い事もあった……しかし、それ以上に辛い事も……。
 もうしばらく、この安らぎに甘えていたかった。

 その日の午後、トレーズ・クシュリナーダ司令の演説があった。
 演説の後、人気のない兵舎の屋上で鬱蒼と広がる森林を見ながら、トレーズ司令の演説を思い起こしていた。
 スペシャルズ高官の中で唯一好感を持てる人物。
 3年前のフォン・ブラウン防衛戦においては同じ戦場で戦いもした人物。
 聞くところによれば、スペシャルズ結成の折りにも尽力したと聞いている。
 特殊部隊スペシャルズ。
 今では恐らく地球の大半が憎悪の対象にしている組織…。
 私はトレーズ司令は憎まれ役を買って出たように感じている。
 敢えて地球人の直接的な敵となり、帝国軍の直接介入を避けている……。
 そして、「後の兵士のために…」トレーズ司令の使われるこの言葉は、スペシャルズの兵士だけでなく、現在ゲリラと呼ばれている兵士達にも向けられているように思える。
 そう…まるで人類が帝国に勝てるようになるまでの時間を稼いでいるかのように……。
 最もこれは私の勝手な思いこみかも知れないが…。
 スペシャルズと地球解放戦線機構に代表されるゲリラ。
 どちらか勝ち残った方が地球を取り戻せばいい……。
 私自身の考えはそう落ち着いている。
 人は互いにしのぎを削り合い、もう一段高みに上がらなくてはならない時期にさしかかっているのかも知れない。
 その結果、彼等がより強く成長し、その為の礎となれるのならば私は喜んでこの身を捧げよう。
 しかし、彼等がそれに足らないのであれば……私はゲリラをこの手で潰す…。
 私一人の力などたかが知れてはいるが、地球奪還の悲願成就のために全力を尽くすことを神に誓う。
(シル…私は利口ではないようだ……許してくれと言うつもりもないが…貴女の親友であったことを誇りに…私は戦うよ…)
 いつも自分の誇りを見失わず、凛としていたかつての親友を瞼の裏に浮かべた…。
 ジャングルの湿気を帯びた風が私の頬をそっと撫で、長い髪が流れる。
 この豊かな緑を、自然を有する地球。
 これは今、人類の物ではない…しかし……いつかは……。
 
 この頃から地球各地での戦火は日増しに拡大していくこととなる。
 戦乱は数多の命を貪欲に飲み込み、未来はどんな姿へと変貌していくのだろう?
 その答えは…神ですら分からないのかも知れなかった…。

                                 end

 読んで下さった方々!! どうもありがとうございました(^^)
 至らぬ所も多々あるかとも思いますが最後までお付き合いしていただき感謝感激です。
 さらにこの場を借りまして、ご協力そして友情出演して下さったお二人。
 
 シルヴィア・ランカスター[シル(略)子様]
 ロバート・ラプター   [くま様]
 
 御両名様、誠にありがとうございましたm(__)m 今後とも益々お引き立てのことを…(笑)


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