10.バスの中で(2月11日)
トメアスからベレンまで,約6時間。途中何度か休憩しながらバスは進む。道は決して良いとはいえず,時々雨も降っている。悪路に揺られながら,トメアスであった人達のことを思い出していた。
初めてお会いしたとき,南部さんは気難しそうな印象だった。船で川を渡るとき,トメアスの橋本さんの名前を出したら,表情が緩んだ。少しずつ色々な話をしているうちに,表情がどんどん柔和になってきたように思えたとは気のせいだろうか。学生時代から海外移住研究会に属し,大学を中退して移住してきたという。あの,日本人であるという強固な意識は一体なんだろうか。異国において,日本人が協力しあって生活していることにより,否応持つようになったものなのか,それとも,もともとそういう意識を持っていたのだろうか。二ッ森さんは,8人兄弟の2番目で,親からの農地を分割して相続して行くことで,どんどん一人の持ち分は小さくなることを危惧して,自分は海外に移住しようと考えたという。しかし,移住当時,役場勤めをしていたのだから,移住しなくてはならない理由があるとは思えない。
いかにも理知的な印象の南部さんと,豪快な二ッ森さん。二人が移住を決意した理由は同じではないだろう。夢,ロマンといったきれいごとだけで,生まれた国から離れ,海外に移住する決意ができるものなのだろうか。何か,日本を離れたいと思わせるに至ったそれぞれの事情があるのだろうか。
そのような考え方は,日本に生まれた以上,日本で暮らすのが当たり前で,そうしないのは特別な事情があるからだ,という先入観に基づいているかもしれない。生まれる国は選べなくても,生活する国は自由に選んで何の悪いことがあろう。特別な理由があると考えること自体おかしいのではないだろうか。
それにしても,ブラジルに暮らす日本人の間の強固な結び付きが少し見えたような気がする。一見したところ,彼らの社会は古くからの農村に見られる村社会とよく似ているようにも見えるが,実際は全く別物のように思える。日本的な村社会が,同質な者たちの無個性で閉鎖的な集まりであるとすれば,ここでの結び付きは,個性的・開放的なつながりに思える。もっとも,その「解放性」は,日本人・日系人に対してのみのもので,恐らくラテン系の人達にとっては閉鎖的と見えるだろうが。
蝶の採集目的で,今まで中国本土,東南アジアを旅してきたが,そこで接する中国人たちを見て,これが同じ中国人か,という印象が強かった。中国本土にいる中国人は,のんびりしていて,あまり頭を働かせる習慣が少ない,「いい人」が多いが,華僑は切れ者が多く,油断ならないといつも感じていた。この関係は,日本に暮らす日本人と,ブラジルにいる日本人の関係によく似ている。日本人が何も考えずに日々捨て去っているものを,大切に守りながら暮らしている人達。日本に住む日本人とは随分違っている。極端な言い方をすれば,1970年代を題材としたテーマパークを訪れたというのに近い。
バスは普段より少し早く,6時半過ぎにベレンのバスターミナルに着いた。二ッ森の娘さんは,家にいたときの,少し両親に甘えたような表情と異なり,隙のない引き締まった顔付きに変わっていた。