「参ったな〜。」 仮眠を終えて、見上げた今朝の空は晴れていた。 “秋晴れ”というやつだった。 ところが雨雲は瞬く間に広がり、昼には本降りになった。 無論傘など持ってはいない。止む気配の無い空を見上げ、意を決する。 ―― 時刻は午後2時 ――― 「しゃーねーなぁ、走りますか。」 彼には時間が無かった。 終業時刻から1時間半程仕事が押してしまった。 最後の最後で見落としに気づき、修正に追われてしまったのだ。 秋の雨は、思いのほか冷たかった。 司令部からアパートまでは然程距離は無いのだが、雨露は素肌にまで達してる。 「うぇぇ〜、寒ぃ〜!」 ようやくアパートに駆け込むと、上着を脱いで襟元を摘むように持つ。 止め処なく雨滴が床に落ちていく。 頭を振り、髪の滴を払った。 階段を昇りきると、――自分の部屋の前に赤い塊がいた。 フードをすっぽりと被り、膝を抱え、その全てを赤いコートで覆っている。 「…あっちゃー。」 濡れた髪をかき上げながら、相当ご立腹であろう愛しい小犬を、どうやって宥めようか と考える。 ゆっくり歩みを進めながら 「…たーいしょ、ごめんな〜。…あの…」 ご機嫌を伺うハボックの言葉にエドワードがゆらりと動いた…。 ――― ドサッッ ――― 「エド!」 慌てて駆け寄り、抱き起こそうとした瞬間だった。 「…少尉…もう食えねぇよぉ〜…やる…」 派手に倒れたのにまだ起きないエドを、優しい微笑みで見つめる。 不意に鼻がムズっとして、 「―― ふぇ・・・くしょん!」 ハボックは大きなくしゃみをしてしまった。 全身に鳥肌が立つ。 このままでは2人とも風邪を引いてしまう。 部屋の鍵を開け、濡れた上着とシャツを脱衣所に置き、急いでエドを抱き上げた。 赤いコートが少し湿っていた。エドも雨に降られたようだ。 ベッドルームに運び、黒い上着と一緒に脱がせる。 タンクトップ一枚になった小犬は、シーツを巻き込み小さく丸まった。 ―――それにしても… 「起きねーなぁー、相変わらず…。」 所構わず寝てしまう上に、なかなか起きない。 可愛い反面、すこぶる不安になる。 こみ上げた想いに動けないでいると、ベッドの上の小犬がさらに縮まった。 シーツだけでは寒いようだ。 毛布を引っ張りだし被せると、ハボックは自分の身体を温めにバスルームへと向かった。 シャワーを浴び終え出て来ると、当然の事ながら、エドはそのままの格好で寝ていた。 毛布を少しめくり寝顔を見つめ、プックリとした頬にキスをする。 上半身裸で眺めていたので、ほてっていた身体が急に冷えてきた。 「―うぅ、寒ぃ!…お邪魔しまぁす…。」 ハボックはベッドに潜り込むと、後ろからエドに抱き付いた。 じんわりと体温が伝わってくる。 「…ぅう〜ん…」 小さな呻き声と共にエドの身体が反転して、手が腰の辺りに纏わりついてきた。 無意識のその行為が可愛くて、ハボックは改めて抱きしめると、程なく深い眠りに 落ちていった。 ― ぎゅるるるぅぅ ― エドは自分の壮絶な腹音で目が覚めた。 目の前には見慣れた胸板。 身体にはたくましい腕が絡みついている。 途中で雨に降られて、走って来たら、約束の時間の20分前に着いてしまった。 部屋のドアの前に座って、―それからしばらくしての記憶がない。 ベッドにいるという事は、またそこで寝てしまった様だ。 少し上の位置にある顔を見上げる。 (――少尉…睫毛長くねぇ?) 歳の割に幼く見える寝顔に触れる。 と、ハボックがピクリと反応して、身体が仰向けになった。 その拍子に自由の身になったエドは、もう一度顔に触れる。 またピクリと反応が返ってくる。 触れた手は義肢―恐らくその冷たさが原因だ。 鋼鉄の手を見つめてエドがニカッと笑った―『いいこと』を思い付いたのだ。 身を乗り出し、ハボックの顔を見つめる。 いつも自分を愛撫してくれる唇を冷たい指でなぞる。 「…ぅん…」 微かに漏れる声。 味を占めた義肢を胸元に移す。 突起をソッと撫でると、寝息が少し荒くなった。 それが妙に色っぽく聞こえて、エドの息も興奮の度合いを高めた。 暫く胸で遊んでいたが、小さな突起では満足出来なくなった腕が、微妙に膨らみ始めた 大きなそれへと伸びる。 「うわっ!」 突然、両腕を掴まれグイッと上に引かれた。 ハボックが意地悪く笑いかける。 「よくも弄んでくれたなぁ〜!」 ハボックに覆い被さる格好になったエドに大きな手が襲いかかる。 「っ!…あはっ はははっ 少尉!やめろよ〜!アハハハッ〜」 全身をくすぐられるエドはベッドの上で派手に暴れ回る。 ハボックはやっとの思いでバックをとった。 ―ぎゅるるるるぅぅぅ― またエドの腹の虫が豪快に鳴いた。 「プッ ハハハハ!」 「笑んなよ!も〜!腹減ってんだから仕方ねーだろ!」 エドを抱き締めたまま、ハボックはまだ笑っている。 空腹に耐え兼ねたエドが甘えた声をだす。 「…なぁ少尉ぃ、飯にしよ〜。」 その答えは首筋へと落とされた唇。 「いやだぁ…少尉!めし…」 唇の感触を心地よく感じながら、抵抗するが、ハボックはさらに強く吸い付いてくる。 そしてこう囁いた。 「知ってっか?エド…。腹減ってる方が、気持ちいーんだってよ…。」 「なっ!…なっ 何が…だよっ!」 真っ赤になった耳にもう一つ駄目押しをする。 「それに…運動後の飯のほうが美味いだろ?」 エドの唇を塞ぐとそのまま静かにベッドに沈める。 「バカ少尉…!もぅ…生半可じゃ…許さねーからなっ…!」 怒りながら求めてくるエドに、極上の笑顔をして、 「了解!!」 勢いよく首筋に吸い付く。 甘い…甘い声と、荒々しい息が、狭い部屋中に満たされていった…。 ------------------------------ →next |