+ Panic!-2 +





『もう良いよ少尉の馬鹿!!テロリストにやられて死んじゃえ!!!!』
「なッ…こら、エドワー…」
俺の口が『ド』と言うよりも早くけたたましい音を立てて会話が途切れた。
手っ取り早く説明すると『クリスマスは一緒に過ごそう』と約束してたんだけど、
俺の仕事の都合上それをキャンセルせざるを得なくて恋人の逆鱗に触れた…
と言うワケだ。
ツー、ツー…と無機質な音で通話終了を告げる受話器を置いて、俺は深い
溜息を吐いた。
「…あーもう……めっちゃくちゃ怒ってやがんなあ……」
只でさえもこれから爆破テロの後始末に向かう俺の気持ちは一気に憂鬱モード。
それでも仕事だから仕方が無い。
仕事が終わらない事には家に帰ることも、可愛い恋人のご機嫌を取る事も
出来無いのだから。
スコップや麻袋をたんまりと用意して爆破事件のあった現場まで移動する
車両に乗り込もうとした、その瞬間。
「ハボック少尉!」
不意に誰かに呼び止められた。
車のステップに足を掛けたまま振り向くと、割と大佐と懇意に接してくれている
ロドルフォ大佐の部下の一人がメモを片手に俺に向かって物凄い勢いで走ってくる。
「あー…?…ありゃ確か…ロドルフォ大佐んトコの…」
ぜはぜはと息を切らしている相手の肩章に目をやると、俺よりも一つ階級が下の
准尉だった。
「……ホニャララ…准尉だっけ。どうしたんだよ、そんなに急いで」
確か何回か話をした事があるんだけれど、どうしても名前を思い出せなかった俺は
駆け寄ってきた男の名前を誤魔化しながら用件を促した。
「は、ハボック少尉!市街で銀行強盗が発生しました!」
「…んー…それは軍警察の管轄なんじゃねえの?」
「そ、それが……強盗が人質を取って銀行内に立て篭もってまして…それが…
 その人質が… あのエドワード・エルリックらしいとの通報が……」
………あ?
「…今、なんて?」
俺は頭半分くらい背の低い相手をまじまじと見ながら再び問い掛ける。
おいおい、今コイツ何て言った?
「ですから!!国家錬金術師のエドワード・エルリックが!
 人質に捕らわれているらしいんですよ!
 それでマスタング大佐が至急ハボック少尉に現場に急行するようにと…」
准尉が全てを話し終える前に、俺はそいつの手から現場への地図が書かれた
メモ用紙を奪い取り今までで一番素早く出動準備を整えると市街へと車を走らせた。
心臓が早鐘を打ち、ハンドルを握る掌が微かに震える。
「エド……無事でいてくれ……!!」



銀行に到着すると既に軍警察が包囲網を敷き、拡声器での犯人の説得に
当たっていた。
人混みを掻き分け、IDカードを見せてテープを潜ると現場責任者らしき人物に
声を掛けた。
「すいません、マスタング大佐の命令で只今到着しました!…現状は…!?」
敬礼もそこそこに責任者から状況を聞き出すと、どうやら犯人は二人組みで、
現在かなりの興奮状態にあるらしく全く説得に応じようとしないらしい。
そして厄介な事に、エドワードが人質に取られていると言うのも本当だった。
幸か不幸か人質はエドワードだけなので、強行突入を視野に入れた今後の
対策を練っている最中だと、現場責任者は俺にそう告げた。
夕方過ぎに俺が現場に駆けつけてから膠着状態が続いたまま、辺りはすっかり
闇に包まれていく。
コートを着ているとは言え、冬の冷え込みに肩をぶるりと震わせた。
ブラインドを下ろされている所為で中の様子が伺えないが、犯人達が差し入れを
受け付けないと言うのだからエドワードは昼から何も食べていない事になる。
緊張状態での体力の低下。そしてそれはそのまま精神力の低下に繋がる。
それは人質だけでなく、犯人達にも共通して言える事だった。
「…君。ハボック少尉だったか」
現場指揮の男が俺に目で合図を送る。
「………了解です」
寧ろこのタイミングで突入しないようなら、俺が直談判してでも突入しようと
痺れを切らしかけていた。
突入するのは全部で6人。俺を含めた3人が正面玄関から突入し、残る3人が
裏口と側面から突入する。
全員がインカムを装備し、犯人達に悟られぬように配置に着いた。
「…カウント……3、2、1、attack!!」
ガシャン!!
窓ガラスを割って最初に閃光弾を投げ込む。
窓ガラスに背を向けて、銀行内が大量の光に包まれたのを確認してから6人が
同時に突入した。
突入した瞬間に俺の視界に飛び込んで来たのは、両手足をロープで縛られた
状態で床に蹲っているエドワードの姿。
「うわあ、な、なんだ畜生!!」
犯人達は大量の光源に目をやられて完全に狼狽していた。
ダァン!
正面から突入した仲間が、犯人達に向けて発砲する。
「なッ…馬鹿野郎!!人質の安全確保が先だろうが!!」
充分に打ち合わせる時間が無かったとは言え、人質との間に充分な距離が
保たれているのが確認できていないうちに発砲するなんて馬鹿かコイツは!!
一人の強盗犯の肩に命中し、発砲の音に驚いたもう一人が闇雲に銃を構えた。
「……ヤベェ……ッ!!」
体勢を低くして床を蹴り、エドワードの体ごと包むように覆い被さる。
刹那。
「……ぐッ……!!」
俺の肩に鋭い痛みと熱が走った。
視力を奪われた犯人が闇雲に撃った銃弾の一つが俺の左肩に命中したのだと
認識する。
咄嗟に体を捻って撃たれた反動から相手の位置を割り出し、2発ばかりの発砲を
試みた。
残り一人の肩と腕を打ち抜き、犯人達は二人とも床で蹲って情け無い呻き声を
上げている。
「少尉殿!」
「…良いから、サッサとそいつらの身柄拘束しろ!!」
「イ、イエッサ!」
……どこまで使えねえんだよお前ら!!
犯人よりも一瞬お前らを打ち抜きたくなったぞ、オイ!
「…んーッ、…んぐ?」
俺の体の下で口をガムテープで塞がれたままのエドワードがもぞもぞと体を
芋虫のように動かした。
痛みと出血でフラつく体を何とか保ちながら、腕を伸ばしてエドワードの口に
貼られたガムテープを取り外してやる。
「…エド、大丈夫か?」
閃光弾の光で瞳をやられたのか、エドワードもまだ視力が回復していないようで
強く瞼を閉じたまま俺の声のする方向を頼りに、顔を此方に向けた。
「……少…尉?」
エドワードを拘束していたロープをナイフで断ち切り、生身の手首にくっきりと
痛々しい痕が残ってしまっている事に思わず眉を顰める。
「…かった…よ……」
手探りで俺を探し、胸元に縋り付いてエドワードが迷子になった子供のように
か細い声で体を震わせがら搾り出す。
「…恐かったよぉ………っ、少尉ぃ………」
エドワードはそれだけ告げると、閉じたままの瞳からぼろぼろと涙を零し、ついには
大声を上げて泣き始めた。
左肩は酷く痛いし、実は意識を保っているのもやっとの状態ではあったけれど、
今此処で俺が気を失ってしまったら……それこそ男が廃ると言うモンじゃないか?
結局俺は、どうにかしてエドワードを救急車に乗せるまでは意識を保つ事が出来た。



…そっから先は、ブラックアウト…。








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