+ BLUE SUNSHINE +





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照りつける太陽。
煌めく碧い海。
黒く重たい光りを放つ戦艦。
「うわー…これが…海かあ……」
駅を出た瞬間に、エドワードが感歎の声を上げた。
押し寄せる波の音も、太陽の光を受けて輝く海原も、エドワードには初めて見るもの
ばかりで学術的な興味と言うよりも純粋に目の前の光景に圧倒されている。
「噂には聞いてたけど、本当に真っ青なんだなぁ」
潮風を受けながら煙草を咥えたハボックが呟く。
人よりも色素が薄い彼には直接降り注ぐ太陽の光は眩し過ぎて、薄く色の入った
サングラスを掛けていた。
普段は垂れ下がった眦の所為で人が良さそうに見えるハボックだが、流石にサングラス
を掛けていると大柄な体格が災いしてか、軍人と言うよりも街のならず者と言った風体に
エドワードが可笑しそうにクスクスと笑う。
「…なんかさー、少尉…それ掛けてると極悪人ってカンジ」
「……悪かったな、人攫いみたいなツラしててよぉ。眩しいんだから仕方無ェだろ?」
ハボックがエドワードの頭を軽く叩くと、少年は『なんだよー』と不満そうに唇を尖らせた。
サングラスを掛けていても眩しいのか、ハボックは僅かに眉を寄せて掌で太陽光を遮る
ように庇を作る。
今日はアメストリス国防軍中央司令部の一師団が、南方の港町にある海軍第二司令部
に視察に訪れていた。
賢者の石に関する目新しい資料を探したいと、エドワードもその一行にくっついて来て
いる。
ちなみにアルは貨物車両に乗せられていて、まだ荷物検査の終了待ち状態だ。
エドワードが長旅で疲れた体を伸ばし、海の香りを思いっきり吸い込む。
「あー……なんかワクワクするなあ〜〜!!解放感っつーの?」
見知らぬ土地の空気と言うのは新鮮な気持ちに浸れるワケで、エドワードは珍しく
先程から子供のような感想しか発言していない。
知らず足取りも早足からスキップのような物に変わっているエドワードに、ロイがちらりと
視線を向けた。
「鋼の。ワクワクするのは結構だが、くれぐれも問題を起こさないでくれたまえよ」
今回の視察の責任者でもあるロイが、エドワードに一言釘を刺す。
するとエドワードは『あっかんべー』と舌を出して、こう言った。
「人をトラブルメーカーみたいに言うんじゃねーよ。
 大佐こそ女の人に声掛けまくったりすんなよな!」
エドワードのその言葉に、ホークアイ、ハボック、ブレダ以下全員が
「確かに」
「最もですね」
「大佐なら」
と次々と納得の声を上げる。
ロイはビシリとこめかみに青筋を浮かべてジロ、と全員を見渡した。
「…とにかく。全員気を付けて行動してくれたまえ。では、行くぞ」
「はい」
「ほーい」
「ういーす」
返事もまばらに、ぞろぞろと海軍の司令部まで移動を開始する。
足のコンパスの長さが違うエドワードが、一人とことこと後からついてくる。
「大将、ほら急げ」
エドワードの荷物をヒョイと持ち上げ、ハボックはエドワードの背中をポンと叩いた。
「自分で持つから良いよ、少尉」
「良いから良いから。疲れてんだろ。お兄さんが持ってやるよ」
ハボックがトレードマークの煙草を口にしたまま、にへらっと笑う。
「荷物泥棒!」
「なんとでも言え」
「悪人ヅラ!」
「だから眩しいんだから仕方無えっつってんだろ!」
列の後ろで大きいのと小さいのがじゃれ合っている様子は何とも微笑ましい。
そのうちにハボックがヒョイと身を屈めてエドワードの体に腕を回して抱き寄せた。
「エド、夜になったら俺の部屋に来いよ。夜の海を観ながら、エッチしようぜ」
誰にも聞かれないように、エドワードの耳元で甘く囁く。
エドワードは顔を真っ赤に紅潮させ、慌ててハボックの口に自分の掌で戸を立てた。
実はこの二人は恋人同士だったりする。
勿論これだけ公然とイチャついていればそんな事はハボックの同僚や彼の上官には
周知の事実なのだが、エドワードは誰にも気付かれたく無いと言い張って、無意味な
『友達のフリ』を続けているのだった。
そして、そんなエドワードを可愛いと碧い目の男が思っているのも、事実。
「な、な、何言ってんだよ!皆に聞かれたら…もぉ、少尉の馬鹿っ」
顔を真っ赤にしたまま前方へ駆け出すエドワードを眺めながら、ハボックはぷかりと
煙草の煙を吐き出してにんまりと笑う。
「……かんわいい〜〜…」


――二時間後。


ロイの願いも虚しく、事件は艦の甲板で起こった。
「ったく、セントラルの方々は呑気だねぇ。皆で遠足気分と来たもんだ」
一通り艦の見学を終えた一行は、各自で自由行動を取っていた。
ハボックとエドワードは甲板に出て海兵隊員が船の帆を張る様子を眺めていたのだが
少し離れた所から自分達を茶化す言葉を投げ付けられ、エドワードは思わず声の
聞こえた方向に視線を向けた。
すると、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら、こちらを遠巻きに見ている数人の
海軍兵士達と目が合う。
「何か言ったかよ、オッサン達」
喧嘩腰に相手に近づこうとするエドワードの肩をハボックが掴んだ。
「よせよ、大将。いちいちカッカすんなって」
苦笑を浮かべ、エドワードに無視するように言い聞かせる。
「でもっ…」
「でも、じゃないだろ。アイツ等こっちから手を出させるために嫌味言って来てるんだし。
 挑発に乗るんじゃ無ーいの」
ハボックの余裕のある言い方が気に食わなかったのか、逆に相手の男達が二人に
近付いて来た。
勿論、友好の握手など求める筈が無くリーダー格の男がハボックに睨みの利いた顔を
近付ける。
「おい、陸軍さんよぉ。俺達は遊びで艦に乗ってるワケじゃねーんだよ」
「はぁ」
「セントラルだかイーストだか知らねぇが、遠足気分で来た奴等に甲板ウロチョロ
 されちゃあ仕事にならねーんだよなあ」
「ですよねぇ」
煮え切らない態度のハボックに、エドワードはイライラし始める。
『なんで怒らないんだよ』と言わんばかりにハボックのシャツの裾をぐいぐい引っ張る。
『なんで怒らないんだ』と思ったのは相手達も同じだったようで、痺れを切らしたリーダー
格の男が突然ハボックの胸倉を掴んでグイと引き寄せた。
「おい、陸軍ってのはお前みたいな生っちろい腰抜けしかいねぇのか?」
明らかに喧嘩を売っている。
エドワードが両手を合わせようとするが、ハボックが右手でやんわりとそれを制した。
「まあ、あまり実践積んで無いんで。勘弁してくださいよ」
その言葉を聞いて、海兵達が可笑しそうに笑い出す。
「なんだよ、本当に腰抜けとはな。
 さっさと田舎に帰ってママにホットミルクでも作ってもらうんだな。
 小便臭くて適わねーからよ!」
ドン!と乱暴にハボックを突き飛ばすと、男達は引き上げて行った。
すっかり伸びてしまったシャツの胸元を軽く直しながら、ハボックは煙草を口に咥える。
と、パン!と頬を叩かれる小気味良い音がして、ハボックは咥えたばかりの煙草を
甲板に落としてしまった。
「…なんで俺、大将にビンタされなきゃなんねーのさ」
納得が行かない、と叩かれた右頬を掌で押さえながらハボックが甲板に落としてしまった
煙草を拾いあげる。
しかし、納得が行かないのは此方の方だと言わんばかりにエドワードは捲くし立てた。
「うっさいうっさい、少尉の馬鹿!!あそこまで言われて何で怒んねーんだよ!」
「…こんなトコまで来て喧嘩すんのも馬鹿らしいだろ。喧嘩した所でメリットも無いし」
「メリットとかそんなの問題じゃねーんだよ!
 少尉には男のプライドってのが無いのかよ!」
「…あー、まぁ…あっても無くても死にゃしないし?」
ハボックは困ったようにへらりと笑う。そんなハボックを見てエドワードはぷいと横を向き、
すたすたと歩きだした。
「お、大将どうした?」
ハボックが声を掛ける。
エドワードは振り返ってハボックを睨み付けると、再びそっぽを向いて歩きだした。
「別に?腰抜けに教える必要無いから。ついてくんなよ!少尉なんて大ッ嫌いだ!!」
そう言い放つと、操舵室への階段をガン、ガン!と乱暴に下りていった。
残されたハボックは煙草に火を点けるとぷかりと煙を吐き出し、一服してからエドワードの
消えた階下へと歩き出す。
「男のプライド…ねえ…」

――まさか鋼の大将にそんな事を説教されるとは。

ハボックはクスクスと可笑しそうに笑うと吸殻を備え付けの灰皿の中に押し込む。
「………そりゃ、人並みにはありますよ」
その呟きは、誰の耳にも届く事無く潮風に攫われていった。








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