<act U> 「あーもう!!少尉の馬鹿!!アホ!!意気地無しーっ!!」 第二甲板まで下りたエドワードは、思いっきり艦の壁を蹴り付けた。 ガン! ガン、ガガン!! …合計三回。 先程の怒りが収まらず、ついモノに八つ当りしてしまったのだ。 しかし此処は『海軍』と言う他人のテリトリー。 海兵達にしてみれば自分の家の壁を蹴られたのと同じ事で。 「おいコラ、そこのガキ!!何やってんだ!」 しまった、と逃げるよりも早く右手を掴まれる。 振り解こうとしたが相手の力が思いの他強く、アッと言う間にエドワードの体は壁に 叩きつけられた。 「い、て…」 背中に強い衝撃を受けて、思わず顔が歪む。 呼吸を整えながら相手の顔を確認すると…。 「あ!」 相手は先程自分達に絡んで来た男だった。 ドッグタグのプレート部分に『ナイル』と書かれてある。 星の数から察するに、彼も少尉の地位にあるようだ。 「さっきの腰抜けと一緒に居たガキじゃねぇか。 俺達の艦に蹴りくれやがって…おい、何とか言えよ」 何とか言えと言われても背中が軋んで声が出せないエドワードに、相手が苛立って 舌打ちする。 「大体、テメェみたいなガキがこんなトコまで何しにきやがった?」 「俺達の連れが如何かしましたか?」 不意に第一甲板から続く階段から聞き慣れた声がした。 エドワードがその声の方向に顔を向けると、ハボックがゆっくりと階段から降りて 来るのが見える。 いつものように人懐こい笑みを浮かべたハボックはエドワードに『…馬ぁ鹿』と唇だけを 動かして少々困ったような表情で頭をガリガリと掻いた。 「何をしたか知りませんけど、離してやってくれませんかね?痛がってるみたいだし」 ハボックがゆっくり歩み寄り、相手の肩に手を掛ける。 瞬間、ナイルの腕がハボックの手を振り払い、エドワードの体を自分の胸に引き寄せた。 「このガキ、艦を蹴りやがったんだよ。ちょいとお灸をすえてやんねーとな」 挑発的な態度でハボックを煽る。 ハボックは苦笑を浮かべ、前髪を掻き上げた。 「…離してもらえませんかね」 その穏やかな声の中に、静かな怒りの感情が見え隠れする。 それを知ってか知らずか、相手はエドワードの腕を掴んで捻り上げた。 その時の違和感にナイルが首を傾げ、エドワードの黒いジャケットを無理矢理剥ぎ取る。 「何す…っ!」 エドワードの顔が一気に蒼褪め、ナイルの腕の中でじたばたと暴れて抵抗した。 「…はぁーん。機械鎧ってワケか」 姿を現した機械鎧を見て、ナイルは茶化すように口笛を鳴らす。 物珍しそうに機械鎧の義手を眺め、ニヤニヤと野卑た笑いを浮かべていた。 「…セントラルは世程人材不足なんだなあ。 こんな半分イカれたような体の奴まで使ってるなんてよ。 …それとも、お前さん達の夜の性欲処理要員か?」 「この…!!」 あまりの言われようにエドワードが両手を合わせようとした瞬間。 それまでエドワードを拘束していたナイルの体が吹っ飛び、壁に叩き付けられていた。 「…え?」 突然の出来事に、エドワードは目をぱちぱちと瞬かせる。 さっきまで自分より後ろに居たハボックが、何時の間にかナイルの頭を鷲掴みにして 再び壁に強く叩きつけている姿が見えた。 「………おい、あんまり人を怒らせんじゃねぇぞ」 ハボックは怒りを顕わにして、再度壁に男の頭を叩きつける。 「ちょ、少尉…っ!やばいって…」 「煩ェ、お前は黙ってろ!!ここまでお前を馬鹿にされて黙ってられるか!!」 咄嗟にエドワードがハボックの腕を掴んで制止する。 その隙をついてナイルが体勢を立て直し、ハボックの顔面目がけ拳を繰り出した。 がつっ、と鈍い音がしてハボックの体がよろめく。 「少尉!」 エドワードが悲鳴のような声を上げてハボックの体を受けとめた。 「…の野郎ぉ…!」 殴られて切れた唇の端から流れる血を、乱暴に手の甲で拭う。 「腰抜けかと思ったら、意外とやるなあ?」 「…煩ェよ。どこぞの腐れ海兵なんかと一緒にすんな」 二人が立ち上がり、互いの額と額を擦り付けるほどに近づいて睨み合う。 「…やんのか?陸軍さんよ」 「……上等だ」 騒ぎを聞き付けて人が集まりはじめ、三人を中心にぐるりと取り囲むように 人垣が出来た。 まさかこんな大事に発展するとは思っていなかったエドワードは、集まって来た野次馬を 見て冷や汗が止まらない。 「……ど、どうしよう……」 エドワードは知らなかったのだ。 『ハボック少尉を怒らせるな』と言う事がセントラルやイーストシティの若い軍人達の 間では、暗黙の了解になっていると言う事を。 |