<act W> お咎め無しになったとは言え騒ぎを起こしてしまった手前、ハボックは宿舎に戻って 残りの時間を過ごす事になった。 ソファにゆったりと座って、長いコンパスを組みながら海軍軍事施設の書類に目を通す。 ぱらぱらと書類を捲りながら、艦の規模や装備、海図等、必要なデータを頭の中に 記憶させていた。 背中を伸ばして大きなため息を吐く。 あの騒動の後から、エドワードの姿を見かけていない。 追い掛けようとしたが、ロイと事後処理をしていた為に見失ってしまったのだ。 艦の中を探してはみたものの、結局エドワードの姿を見つける事は出来なかった。 騒ぎを起こした後だけに艦の中をあちこちうろつく訳にも行かず、仕方無く宿舎に戻って 来たのは大分前の事だった。 「…どこに行ったんだか…」 吸い掛けの煙草を灰皿に押し付け、ソファから立ち上がる。 窓の外に目を移せば、太陽が海原に姿を落とす寸前の見事なまでのオレンジが空に 広がっていた。 ――コン、コン。 不意に、扉を叩く音がした。 ハボックは窓から扉に視線を移し、外の相手に向かって呼び掛ける。 「開いてますよ、どうぞ」 しかし、扉が開く気配は無い。 不思議に思い、自分から扉を開けに移動する。 「……少尉……オレ」 扉の外からか細い声が聞こえ、ハボックは穏やかな笑みを浮かべて扉を開けた。 「よぉ。あれから探したけど見つからなかったから、心配したぞ」 顔を見せたエドワードの頭にぽふりと手のひらを置いて、中に入るように促す。 エドワードは躊躇いがちな視線をハボックに向けてから、俯き加減に室内へと足を 進めた。 「コーヒー、飲むか?」 ソファに座ったエドワードにハボックは声を掛けた。 しかしエドワードはふるふると首を横に振って『いらない』、とそれを拒む。 ハボックはソファに座っているエドワードの隣に腰掛け、俯いたままの長い前髪を ピン、と引っ張った。 「いてっ」 思わずエドワードが顔を上げ、ハボックに非難の目を向ける。 ハボックは穏やかに笑うと不満気に膨らませた頬に掌をあててそっと撫で、 ちゅ、と軽い音を鳴らして口付けた。 「心配、したぞ」 淡いブルーの瞳が、エドワードを静かに見つめながら言った。 どう対応すれば良いのか解らず、エドワードは咄嗟に視線を逸らす。 ハボックはその腕を掴んで自分の胸に抱き寄せた。 強い力で抱き締められ、ハボックの胸に頬を擦るような体勢を強いられる。 エドワードは必死に首を横に振り、腕を伸ばしてハボックを退かせようとした。 だが、そんなエドワードの抵抗を許す筈も無く、ハボックは尚もエドワードの体を強く 掻き抱いた。 「少…尉…ッ」 息苦しさにエドワードが小さく呻いた。 「もっと早く俺がちゃんと怒ってたら…あんな事にならなかったのにな」 ハボックの顔が、エドワードの肩口に沈む。 「…あんな酷い事まで言われて…嫌だったろ。………ごめんな」 その言葉に、エドワードは目を見開いてぱちぱちと瞬かせた。 ――この人は、なんて優しいんだろう―― 公衆の面前で自分の機械鎧を嘲笑された事に、誰よりも腹を立ててくれたのは ハボックだった。 ハボック自身の事をどんなに揶愉されても顔色一つ変えなかった彼が。 自分の事で、あんなにも。 だけどそれを素直に受け止めるのは何だか少し気恥ずかしくて、エドワードは態と 頬を膨らませてチラリとハボックを見上げた。 「……さっきの怒った少尉、本気でちょっと恐かった。 オレの言う事全然聞いてくんねえし、オマケに一番最初にアイツをブン殴った時に さり気なくライター握ってたし」 「はは、やっぱバレてた?」 「うん。意外に喧嘩慣れしてるんだなーって」 「………幻滅したか?」 少し寂しそうに笑ったハボックの声にエドワードはハッとして、全力で首を横にブンブンと 振る。 「ううん、違うよ……嬉しかった。オレ専属のナイトみたいでさ」 エドワードが両手をハボックの頬に伸ばすと『いてっ』と声がして、ハボックの体が小さく 跳ねた。 「あ、ごめん!傷に触っちゃった?」 慌てて腕を引っ込めようとしたエドワードの手首を掴み、ハボックはその手の甲に唇を 寄せた。 「……俺に取っては、勲章みたいなモンだ」 そう言って、いつものように人懐こく微笑う。 エドワードを見つめる碧い瞳は、まるで海のように穏やかだった。 「エド、昼間俺が言った事…覚えてるか?」 その言葉にエドワードは一瞬キョトンとした顔を見せたが、すぐに言葉の意味を理解して 顔を真っ赤に紅潮させる。 「…あー…うー……海を見ながら、エッチするんだっけっか?」 ハボックはエドワードの体を抱き上げると大事な宝物を扱うように、そっとベッドの上に 横たわらせた。 「ナイトにご褒美をくださいますか?」 困ったような、照れ臭いような、恥ずかしいような…そんな表情でハボックを見上げた エドワードはコホン、と態とらしい咳払いを一つしてからクスクスと小さく笑って腕を 差し出し、ハボックの首に絡ませる。 「では、褒美を取らせてつかわそう」 芝居めいた互いの遣り取りに、暫し顔を見合わせると二人同時に笑い出した。 ゆっくりと、二つの影が重なり合う。 窓の外は、穏やかな海。 打ち寄せる波の音を遠くに聞きながら、二人は静かに眠りに落ちていった。 |