花幻想〜わすれな草〜

「酒場」

雪は、日が落ちてもやむ気配を見せなかった。
神の純白の試練が、沈黙のうちに町を覆っていく。

古びた革靴を雪にすっぽり埋めながら、詩人はひとり、夕餉に忙し気な町を歩いていた。食欲をそそる匂いがそこかしこから漂う。空腹をしきりに訴える腹を苦笑まじりにかかえつつ、詩人は酒場を探した。胃をなだめるにも金がなさすぎる。急いで商売しなくてはならない。目がまわって、倒れてしまわないうちに。

やがて詩人は、ひときわ賑やかな立て看板の店をみつけた。楽し気な笑い声が聞こえる扉の前で、頭や肩につもった雪を払い落とし、詩人は店に入った。

「おやまあ! 詩人さんだよ。この雪の中を御苦労さんだねえ」

むうっとした暖気とともに、店の女将らしい貫禄のある女が詩人を出迎えた。

「さあ、お入り。今夜は、うたってってくれるんだろう?」
「ええ、しかし、先に食事をさせてもらえませんか。腹が減って死にそうなんです」

女将はあけっぴろげに笑った。そして詩人を暖炉の近くの一席に案内すると、厨房へ消えた。荷物をかたわらに置いて席に落ち着くと、詩人は酒場の客たちを観察し始めた。客の好みそうな歌を、貧乏詩人はうたわなくてはならないからだ。

小さな町とはいえ、ここの酒場は随分繁昌しているようだ。
仕事帰りの赤ら顔の男たち、彼らから小遣いを稼ぐ化粧紛々たる女達。ここらにまで戦の噂は広がっているのか、傭兵風の男達も酒杯を酌み交わしている。幾人かの若い夫婦や、恋人達もいた。
平和な酒場だった。
女将の人柄ゆえかもしれない。

「さあさ、たんとおあがり」
「ありがとう、いただくよ」

運ばれてきた旨そうな家庭料理に手をつけようとしたとき、目立たないカウンターの端に、恋人らしき若者たちを見つけた。

ふわふわした金髪の可愛らしい娘と、華奢な長剣を帯びた青年。茶色の瞳の青年は、長い髪をひとつに束ねている。剣を持つには、繊細な顔だちをしていた。

腹ごなしをしたあと、詩人は皮袋から竪琴をとりだしながら、ひとり合点したようにうなずいていた。準備をはじめた詩人に気がついたのか、酒場はいつの間にか静まっていた。
彼がなにを唄うのか、みなが息をつめて見守っている。

最初の一節が、詩人の手から流れ出た。

「あっ、『わすれな草』でしょ!」

あばずれた女が得意げに叫んだが、女将のひと睨みに口をつぐんでしまった。

詩人は神の声で唄い出す。

「みめぐみ深きセリアとセリオスの双子神よ、護りたまえ。万物に宿りたる精霊たちよ、我にちからを与えよ。この雪の夜に、この場に集った汝らの子らに、我がうたを聴かせよ。哀しきうた、あいのうた、そして、真実のうたである『わすれな草』を……!」


これは少し長い物語です。
が、もう完成してはいるので、早くすべてを
公開できると思います。
ダルイかもしれませんが、最後まで読んでくださると、
嬉しいです(^^)

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