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誓いは、嘘ではなかった。けれど、今日この日を迎えたことを、後悔はしない。彼女は、自分をゆるすだろうか。ほかの女を、花嫁に迎える彼を。

グレンフェルが左腕と、最愛の姫を失ってから五年がたつ。彼は兄サヴァスが病死したのち、二十歳で即位した。
妃を迎えるには、先延ばしにしていたのだが、宰相パーシアスを筆頭に、近頃打診はうけていたのである。それでも、拒んでいたのだが、ここにいたって結婚する気になったのは、廷臣たちの手柄というよりは、彼の腹心となっていたリノカによるところが大きい。

「もう、よろしいのではないでしょうか」

リノカは彼にそう言った。お相手はエドラーナ王の遠縁にあたる姫であられるし、世継ぎの御子も、他に御兄弟のおられない陛下にはぜひともいなくてはなりませんし。
そこでリノカは目を伏せた。

「シャンファイナ姫さまは、生きておられるのか、わかりませんもの……」

いまだ、エドラーナ公女シャンファイナの行方はしれない。彼女を擁して立ち上がった反乱軍は、サヴァスの的確な対応のまえに、あっけなく鎮圧された。しかし、彼らが旗印とした姫の姿はどこにも見えず、罪はとわないと公言したにもかかわらず、ようとして知れない。
たびたび、美しい女をみたとかいう情報はあったものの、ほとんどが信憑性のないもので、サヴァスの死後は捜索もうちきられた。どこぞで死んだものだろうとひとは噂する。しかし、グレンフェルにはどうしても信じられない。
どうしても、もう一度、逢いたかった。

「もう、よろしいのです。陛下」

そう言いながら、リノカは泣いた。忘れよう、考えまいとしても、隻腕のグレンフェルをみればいやがうえにも思い出されて、つらい。ましてや、彼の婚姻話を聞かされると、以前神に祈ったシャンファイナの幸せが鮮やかに浮かび上がり、悲しみが募るばかりだった。だから、もういいのだと、彼女は他ならぬ自分自身にいいきかせていた。

リノカの了承を得ても、グレンフェルには釈然としないものがあった。このまま結婚したとしても、花嫁を愛する自信がなかった。
正式に婚約を済ませるまえに、彼は相手の娘に会いに行った。なにもかも話して、そのうえで考えようと思った。

「私、かまいません。シャンファイナ姫と陛下のお噂は、エドラーナまでもきこえていたこと。私も、比翼の鳥の翼を無理に裂こうとはゆめ思いません。……でも、ひとのさだめとは、なんてむごい……」

娘の誠実さを、彼は好ましく感じた。この娘を、妃に迎えようと、決心した。

……巨大な大聖堂は静寂につつまれ、ひやりとした空気が、少女の指の感触をもつ。
彼のとなりには、こころもちうつむいた、豪奢な花嫁衣装の娘がいた。その金髪が、天窓の光を反射して、プラチナブロンドに一瞬輝く。

軽いめまいが彼を襲った。あまりの非現実的な光景。

まだ、これははやすぎる。こころは十七のまま、時はうごいていないのに。……シャンファイナ!

ふと、娘がこちらを見上げた。白い手袋をつけた手が、なにかを差し出す。反射的にそれを受け取って、彼はこらえきれず、大衆の面前であるというのに、泣いた。

青紫の、可憐な星の花の花束は。

『わすれな草』

FIN


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