公女シャンファイナの母は薄幸のひとだった。
上流階級にやっとひっかかるくらいの家に生まれ、十五の歳にエドラーナ王宮に宮女としてあがることになったとき、彼女の運命の歯車は激しく回転し始めた。

彼女には、想いをよせる男がいた。
彼は近衛兵の一人で、身分の差と、ひっこみじあんな性格もあって、彼女はなかなか想いを伝えることができずにいた。
せめて彼に己の存在を知って欲しくて、公式の式典や、儀式のあとに開かれる会食などの給仕の仕事を進んでこなした。
ここにいれば、警護のあのひとも、私に気がつくだろうか。
甘い夢を描くのは楽しくて、いつしか輝くばかりの微笑みが、彼女に備わっていった。

娘の羽化したばかりの美しさに気がついたのは、片思いの男ではなく、そろそろ太りはじめたエドラーナ王であった。
王はさっそく彼女を欲しがった。たかだか宮女に拒みきれるはずはなく、彼女は王の寵姫とならざるをえなかった。王を愛せないまま彼女が身ごもると、王は都のはずれに館を一つ与えて、それきり彼女をかえりみることはなかった。のちにシャンファイナが生まれたその年に、焦がれ続けた男が、妻をむかえたと風の噂に知らされた……

母さまのようにはなりたくない。
シャンファイナは病で死んだ母を思い出す。
ずっと、なにかを待っているようだった。悲しみと憎しみにとらわれたまま、逝ってしまった母。
ひょっとしたら、シャンファイナの未来そのものであるかもしれない母。

あんなふうに、うつろな目のまま死にたくない。だから……だから、恋はしないと、ひとを好きになったりしないと誓ったのに。

よろこびの春ももうじき終る。
陽が良くあたる窓辺に置いた小鉢の青い星の花が、実を結ぼうとして、茎を長く長く伸ばしている。
本格的な夏か来るまえに、種を残して枯れてしまうひとときのいのち。
婚約者の少年は、シャンファイナの瞳がこの花のようだと言ってくれた。とても、綺麗だと。

うれしい。褒めてもらえたのだから。
……けれど、わたくしは花にはなりたくない。あなたのそばで、いっときの間ではなく、永久に、咲いていたいのです……

幼い頃、知らず思い描いていた理想のひとに、グレンフェルは酷似していた。馬にまたがり、ひとつに束ねた金茶の髪を風になぶらせる少年。瞳はいつも、楽し気な土色にきらめかせて。
でも、性格は少し違ったけれど。
シャンファイナは思わずくちもとをほころばせた。夢の少年よりも、グレンフェルの気性は激しくて、優しさに満ちていた。
嘘のような相似と相違。

今日も、暖かな庭園にたたずんで、少女は少年を待つ。
幸せなのに、なにより望んだ静かで穏やかな毎日であるのに、少女のわすれな草の瞳からは、不安のかげりが消えない。
それは、彼女の本質といってもよいもの。
決して、消え去ることはないのかもしれない。


ようやく折り返し地点に辿り着きました(汗)
あと半分!
がんばって読んでくださいね。
後悔……させることはない、はず、たぶん、なので(笑)


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