花の瞳の姫、ねえ……

つい最近までむずがって泣いていた息子が、こんな殺し文句のようなセリフを吐くようになったとは。時がたつのはなんとはやいことか……
それにしても、前王でもあんな褒め言葉をくれたことはなかった。『芯の強い女』だとか、色気のないものばかりだった。まあ、そこに惹かれたのだけど。

アンフィーンはぼんやりと、中庭にそった渡り廊下をひとり、居室へ歩いていた。
この季節の緑はいきいきしている。自然のままを基本にした庭づくりだから、植物も小鳥も自由に生きている。カイラスの気質に、じつにふさわしい。

と、光り輝く木々のあいだを、なにかがかすめた。

金茶の髪……グレンフェル?

どこへゆくのか無性に気になって、アンフィーンは足音を忍ばせつつ、鬱蒼たる茂みに分け入った。勘のいい少年に気づかれぬよう追いかけてゆくのは骨が折れたが、なんとか彼の目的を知ることができた。

少女だ。
ぬくもりを帯びた地面に直接腰をおろして、一面に咲き誇った色とりどりの花々でなにかこさえているようだ。ほっそりした指が器用にひらめいて、大地のめぐみの花冠が編み上げられてゆく。少女の慣れた手つきを、少年は魅入られたようにみつめていた。

あの女の子がシャンファイナ姫……

なるほど、サヴァスの話通りの可憐な少女だ。腰までもあろう髪は、日暮れの雲のようにけぶってうねる。いまにも消えてなくなりそうな。華奢なからだつき。陶器めいた肌は、春の日ざしに純白に輝くほど。そして。
『わすれな草』の瞳。

確かに美しい、澄んだ目だ。しかしアンフィーンは伏せ目がちなその瞳に、べつなものを見た。あの、青紫の花に似てはいるが、決定的ななにかを欠いている。

生きる喜び、生への執着がないんだわ。春の花は、いつでもいのちの謌をうたっているのに。
わけもなく彼女は泣きたくなった。なんて孤独。……なんて悲しみ。

少女はなんとも優雅に腕をさしのべて、少年に花冠をかぶせた。少年は困ったように、似合うかと訪ねた。かそけき鈴の音のように、少女が忍び笑う。

少年も、精霊の美貌の少女につられて、笑う。

ただそれだけの光景が、アンフィーンには、まるで異国の蜃気楼のように儚いものに見えたのだった。


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