こぼれ落ちんばかりの星々が夜空を飾っている。
恥じらうかのように、細い、女の眉のかたちの月がかかっていた。
もうじき新月である。

(罪もないひとりの娘をさらうなどとシリスが知れば、どんな顔をするだろう。苦笑いでもするだろうか。それとも、俺を叱責するだろうか。しかし、かまうものか。シリスを殺したやつらに、目にもの見せてくれる。カイラス王のつらに、たっぷり泥を塗りたくってやる!)

エドラーナの反カイラス勢力が用意したこの仕事には、なにかと粗があったが、アズライトは気にもしていない。欲と権力に頭の腐ったやつらが立てた計画だ。はなからあてにしていなかった。
貴族たちは莫大な報賞を約束したが、そんなものもいらなかった。失敗すれば、当然彼らの存在が知れて、アズライト自身も処刑されるだろう。

(かまうものか。俺はあのときシリスと死んだ。ここにいるのは、ただの空の器。なんの存在意義もない……)

見上げれば、星々が神の視線でまたたく。一瞬、彼はかすかな恐怖に身を竦ませた。

「姫様、ついに枯れてしまいましたわ」

リノカはそう言って小鉢をシャンファイナに見せた。夜着のまま寝台に腰掛けていた姫は、そっとため息をついた。少女が泣き出すのではないかとリノカは危惧したが、シャンフィアイナは微笑んで問いかけた。

「……種は?」
「え、ああ、できているようですわ。ほら、こんなに小さな種が」

すっかり枯れた草の、花のあったところを指でもみほぐすと、それは小さな、胡麻のような種が転がりでた。

「ほんとう……」

シャンファイナは子供のように喜んで、種の収穫をはじめた。みるまに、少女の手のひらに黒い粒がのせられていく。

「リノカ、これを」

あらかた種をとってしまうと、彼女はそれらをリノカにさしだした。「大切に、次の春が来るまでしまっておいて」

受け取って、とりだした懐紙に包みながら、リノカは来年の春を思った。
この種が芽吹いて、あの青い花を咲かせる頃には、姫様と王子様は御結婚なされているだろうな。いまよりずっと、姫様はお美しくなられて、きっと、もっとお幸せな生活を送られる。そのうち可愛い御子もお生まれになって……
はやく、はやくそんな日が来ますように。……神様!

「リノカ? どうしたの?」

シャンファイナの心配そうな声に、リノカは我にかえった。

「あ、いいえ。……はやく、次の春がやってくるといいですね。また、あの綺麗な花が見たいです」

なぜか不安がつきまとう。杞憂だ。なにを考えているのかとリノカは暗い予感を振り払おうとした。
しかし、それは眠りについても、夢の中まで彼女を責めたてるのだった……


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