逢児来福譚
昨日とは違う風景。
悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。
真夜中だというのに真昼の様に明るい真っ赤に焼けた空。
数え切れない程の飛行機が頭上を飛び交う。
雨の様に降り注ぐ焼夷弾が辺り一面に突き刺ささっては
噴き出した液体が舐める様に全てを燃やす。
炎は至る所から吹きあがり日常というモノを全て灰に変えていく。
頬を打つ熱風。倒壊する建物。息する事を許さない黒煙。
咽るかえるような何かが焦げた匂いが辺りに充満している。

胸に人形を抱き手を引かれ必死に走る。
雛の祝に父さんがくれたあたしの宝物。
あたしの手を引く母さんの背にはちいさな弟。
朝弟と見た路地のお花はどうなったのかな。桃色の小さな蕾。
母さんが大好きなあのお花。父さんが明日には咲くなぁって言ってたあの花は。

ねぇ母さんあたし達どこにいくの?
ねぇ母さんどうしてこんなにお外が熱いの?
ねぇ母さんお家がいっぱい燃えてるよ?
ねぇ母さん父さんはどおして一緒じゃないの?
ねぇ母さん…ねぇ母さん…

 ………怖いよぉ………

母さんが泣き出してしまったあたしの手をぎゅう…っと強く握る。
母さんは少し振りかえって笑ってくれた。

うん母さん。ごめんねもう怖くないよ。
もう泣かないよ。だいじょうぶだよ。
熱いなんて言わないよ。怖いなんて言わないよ。
母さんがいてくれるから怖くないもの。だからね母さん一緒にいてね。

あたしは母さんの手を握り返し必死に涙をこらえて走り続けた。

どこまで走っても風景は変わらず、熱気と悲鳴が絶えることはなく
まるで昔おばあちゃんに話してもらった地獄のように思えた。

ズガアァーーーーーーーーーーーーーーーーーンンンン!!!

突然の爆音と突風。
辺りから悲鳴と叫び声が湧きあがった。
母さんと手が離れる。
地面に叩きつけられた。息をするだけで体中がとっても痛い。
燃えた家屋がガラガラと崩れ落ちてくる。
火柱がそこかしこから立ちあがっている。

痛む体を起こそうと地面に手をついたとき
転んだ拍子に人形を落としてしまったのに気がついた。
辺りを見回すと燃えるリヤカーの側におちているのが見える。

やだよ!あたしのお人形が燃えちゃう…!
父さんがくれた大切なお人形なのに!
大切になさいねって母さんが言ってたお人形なのに!

必死に這う様に人形に近づくと
あたしはお人形が燃えてしまわない様にぎゅっと胸に抱きこんだ。

ほらもうだいじょうぶだよ。
早くこんな所から逃げようね。
こんな熱い所にはもういたくないよ…

弟が火がついた様に泣き出す声が聞こえ、母さんがあたしの方へ駆け寄ってくるのが見える。
母さんに手を差し伸べたその時―――――――――…

一瞬全ての音が消えたような気がした。
コマ送りの様に瓦礫があたしに向かって落ちてくるのが見える。
砕け散る瓦。舞い上がる火の粉。メラメラと燃えあがる全てのモノ。

我に返ったとき音という音が一斉に戻ってきた。
唸りを上げるサイレンの音。鼓膜が破れるかと思うほどの爆音。
悲鳴。怒声。全ての存在を打ち消す絶望の音。
あたしを包み込んでゆく紅蓮の炎の――――――――

「――――――――っ!!!」
そして、最後に聞いたのは多分、あたしを呼ぶ母さんの…声。
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