「浩之ちゃ〜〜ん」

 ・・・・・・・・・・・・

 う〜〜〜ん、反応なし。

「浩之ちゃん、朝だよ〜〜〜。ひ〜ろ〜ゆ〜き〜ちゃ〜〜〜ん!!!」
「分かった!!! 分かったからやめてくれ、あかり!!!」

 窓から顔を覗かせて浩之ちゃんが怒鳴る。

「ったく。すぐ下りて行くから家の中で待ってろ」
「うん」

 私は合い鍵を使って中に入っていった。

 いつもとまったく同じ朝。
 でも、ちょっとだけいつもと違う朝。

 だって、今日は・・・


しゅうがくりょこう☆(前編)



「まったく、朝っぱらからでけ〜声で『浩之ちゃん』はやめろって」
「うん、ごめんね。つい癖で・・・」

 登校途中の他愛のない会話。
 いつもと同じやりとり。
 それは、私にとっては一日の始まりを告げる大切な儀式。

「合い鍵持ってんだから、外で叫ぶ必要なんてないだろ?さっさと入ってくりゃいいものを」
「そうなんだけど。やっぱり、ね。外から呼ぶのが習慣になっちゃってて」
「なんだかなぁ」

 浩之ちゃんと結ばれた日。
 その日、私は合い鍵をもらった。
「いつでも好きな時に使ってくれ。勝手に入ってくれて構わないから」
 と、いう言葉と共に。

「次からは、最初から使わせてもらうね」
「あぁ」
「部屋まで起こしに行ってあげるね」
「あ、あぁ」
「そうすれば浩之ちゃんの寝顔を見ることも出来るし」
「・・・・・・・・・・・・(汗)」
「耳元で『あ・な・た。お・き・て☆』なんて囁いっちゃったり(うっとり)」
「・・・・・・・・・・・・(大汗)」
「それからそれから。目覚めのキスなんてしちゃったりして(ポッ)」
「だぁ〜〜〜!!! もういい、もういい。朝っぱらから恥ずかしいことを言うなって」
「・・・あ(汗)。ご、ごめんね、ちょっと調子に乗っちゃって。大丈夫だよ。実際にはそんなことしないから」
「なんだ、残念」
「えっ?」
「あっ! い、いや、その、なんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あかりにだったらしてもらってもいいかな〜なんて。め、目覚めのキスとか・・・
「(ボッ)」
「え〜〜〜と」
「・・・・・・・・・・・・」
「その」
「・・・・・・・・・・・・」
「つ、つまりそういうことだ。ははは・・・」
「う、うん。そういうことだよね。えへへ・・・」

 以前はこういった会話を露骨に嫌がっていた浩之ちゃん。
 でも、今は満更でもないみたい。
 ・・・もの凄く照れているけど。

 う〜〜〜ん。こういうのが、『恥ずかしい会話』ってやつなのかな?
 でも、ちょっと位いいよね。私たち『恋人同士』なんだから。(ぽっ



 そうこうしているうちに大分学校に近づいて来た。
 何人かの生徒が前を歩いている。

「けっこうみんなでかい荷物を持ってるなぁ」
「そうだね」
「お前が特別っていうわけでもなかったんだな」

 浩之ちゃんが、手に持った私の荷物を見ながら言う。

「浩之ちゃんの荷物が少なすぎるだけだよ(^^;」

 今、私たちはお互いの荷物を交換していた。
 私の荷物があまりにも重そうに見えたのか、浩之ちゃんが「持ってやる」と言ってくれたからだ。
 私は素直にその言葉に甘え、代わりに浩之ちゃんの荷物を持った。
 浩之ちゃんの、そんなさりげない優しさが嬉しかった。
 些細なことかもしれないけど、こういったことに凄く幸せを感じてしまった。

「んなことねぇって。大体、着替えと洗面用具一式だけで充分じゃねぇか」
「そう?」
「あぁ。もし足りない物があったら向こうで買えばいいし」
「ふぅん。男の人ってそういうものなんだ」
「まぁな。そんなもんさ」


 そんなことを話していたら・・・

「なんかイヤな予感がする」

 突然、浩之ちゃんがそんなことを言い出した。

「? ・・・なに?」
「志保」
「志保? 志保がどうかしたの?」
「ほら、俺とあかりが仲良く話をしてると決まってあいつが出てくるじゃねぇか」
「う〜〜〜ん、確かにそう言われればそんな気も・・・」
「だろ? だからよ、パターンでいくとそろそろ・・・」

 浩之ちゃんが言い終わる前に私たちはこっちに向かって歩いてくる志保の姿を見つけた。
 私たちを迎えに来てくれたのかな?

「やっぱり、な」
「あ、あはは(^^; ・・・でも、凄いね。本当に志保が来たよ」
「ま、あいつとも長い付き合いだからな。いい加減読めてくるぜ」
「ふふふ。かもね」



「ヤッホ〜! グッッッモーニンッッッ!!! お二人さん」

 クスッ。いつも元気だなぁ志保は。

「おはよう、志保」
「ウッス。相変わらずテンション高いな、お前は」
「うるっさいわね〜。いいじゃない。せっかくの修学旅行なんだから思いっきりテンション高めてな〜にが悪いっていうのよ」
「お前のテンションはいっつもレッドゾーンじゃねぇか。な〜にが修学旅行なんだから・・・だ」
「あんたねぇ〜、このお淑やかな志保ちゃんに向かってなんて暴言を吐くのよ!」
「だ〜〜〜れがお淑やかだって? 志保ちゃんはまだおねむの真っ最中なのかなぁ〜?」
「こいつは〜〜〜〜!!!」

 あ〜ぁ、また始まっちゃった。
 二人ったらいっつもこうなんだから。
「まあまあ、志保。落ち着いて。浩之ちゃんもあんまり酷い事言っちゃダメだよ」

 ちょっとだけ、本当にちょっとだけ語気を強めてたしなめる。
 せっかくの修学旅行なのに喧嘩しちゃダメだよ。

「そうだな。すまねぇ志保、言い過ぎた」

 浩之ちゃん、すぐに謝ってくれた。分かってくれたんだね、ありがとう。

「しょ、しょうがないわね。ま、特別に許したげるわよ。海よりも心の広い志保ちゃんに感謝するのね」
「あぁ、有り難くて涙が出てくるぜ」
「もう、二人とも〜(^^;」

 あらら、また始まっちゃった。
 でも、この方が浩之ちゃんと志保らしくていいかな。
 結局二人ともこういったやりとりを楽しんでいるんだよね。


「しっかし、あんた達って本当に仲が良いわね〜。こんな日まで二人揃ってご登校なんて。
ヨッ! 憎いよ、このオシドリ夫婦!!!」

 し、志保〜〜〜。いきなりなんてことを。

「ヘヘッ、まぁな。いいだろ」

 えっ?(ドキッ)

「(ポッ)ちょ、ちょっと〜。恥ずかしいよぉ〜」
「ハハハ・・・、わりぃわりぃ」
「もう〜〜〜。浩之ちゃんってば」
「あれ? 怒ったのか?」
「えっ? ううん。怒ってなんていないよ」
「そっか?」
「うん」
「良かったぁ〜〜〜。一瞬マジで焦っちまったぜ」
「そう? 実は、私って結構演技派だったりして?」
「・・・・・・・・・・・・あかり」
「なに?」
「調子に乗るな!」

 ☆ペシッ☆

「あっ。・・・えへへ」

 浩之ちゃんとの他愛のないやりとり。
 私の一番好きな時間。
 このまま、永遠に時が止まってしまえばいいのに。


「あ〜〜〜ぁ、見せつけてくれるわねぇ。あたしの存在なんてすっかり忘れてるもんねぇ〜」
「・・・あっ!」
「(ポッ)ご、ゴメンね、志保」

 いっけない。本当に志保のこと忘れてた。
 浩之ちゃんと話していると、周りのことが全然見えなくなっちゃう。
 俗に言う『二人の世界に入ってしまう』ってことなのかな?

「いいっていいって。んじゃ、邪魔しちゃ悪いからあたし先に行ってるわねぇ〜」

えっ? ちょっと?

「おい! なんだよ! そんな走っていかなくてもいいじゃねぇ〜か!!!」
「志保〜〜〜!!!」

 行っちゃった。
 志保ってば、呆れちゃったのかな?

「なんだあいつ? 何しに来たんだよ?」
「たぶん、私たちを迎えに来てくれたんだと思うけど・・・」
「一人でさっさと先に行っちまうんだったら迎えに来る意味が無いじゃねぇか」
「そうだね。でも志保はきっと私たちに気を使ってくれたんだよ。邪魔しちゃ悪いって言ってたじゃない」
「まぁ、そんなとこかな? ったくあいつも変なとこで気を回しやがって」
「うん」
「ま、いっか。俺はあかりと二人っきりの方が嬉しいし」

 ポッ

「浩之ちゃん・・・」
「あかり・・・」

 私は浩之ちゃんと手をつなぎたくて、そっと左手をのばした。
 私の動きに気付いた浩之ちゃんが右手をのばす。

 もう少しで繋がるという瞬間・・・

「おはよう。浩之、あかりちゃん」

 ドッキ〜〜〜ン☆☆☆

「うわっ!!!」
「キャッ!!!」

 ビ、ビックリした〜〜〜。

「どうしたの? 僕なにかしたかな?」

 その声に振り返ってみるとキョトンとした雅史ちゃんがいた。

「う、ううん。なんでもないの。おはよう雅史ちゃん」
「オ・・・オッス、雅史」
「???」

 タイミング良すぎだよ、雅史ちゃん。

「雅史の奴、タイミングを見計らってたんじゃねぇか? いくらなんでも絶妙すぎるぜ!?」

 浩之ちゃんが私に囁いてきた。
 同じこと考えてたんだ。えへへ、なんか嬉しいな。

「なに? なんの話?」
「なんでもねぇよ。雅史に関係あるけど、関係無い話さ」
「えっ? いったいなんなの? 教えてよ?」
「やなこった。勿体なくて教えられるか!」

 そう言って、浩之ちゃんは走り出した。
 私に『二人っきりはお預けだな』と、目で語りながら。
 『そうだね。修学旅行中は難しいかもね』私も目で応える。

「待ってよ、浩之! 教えてよ!!!」

 その後を雅史ちゃんが追いかけて行く。

 目の前で繰り広げられる、いつもの光景。
 私は笑ってそれを見ていた。



 ねぇ浩之ちゃん。
 二人っきりになれそうに無いのはちょっと残念だけど、みんなといっしょっていうのも楽しいよね。
 志保と雅史ちゃん。
 そして浩之ちゃんといっしょの時間。
 それってもの凄く楽しいよね。


 そんな素敵な時間がたくさん訪れそうな予感。


 修学旅行・・・

 そのスタートは最高だった。


Hiro



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