私立了承学園第462話
「史上最大の叛乱(?)」
(作:阿黒)

(1)


 了承学園内超常物品集積管理保管庫。
 一応、学園の定款によれば正式名称はそのようなものらしいが、その年季の入った木造建築物といった外観もあって普段は簡潔に「倉庫」と呼ばれている。
 一般に霊的・魔術的な要因によりイデア情報の変質・書換、または汚染された物品。
 砕いてに言えば呪われた品・魔術工芸品等と呼ばれるモノ、そして若干ではあるが地球外物質あるいは超越技術による物品を収集、保管している。
 ただ、学園の一般業務の主筋に属するものではなく、多分に趣味的な施設であるため、立地条件的に人目を引くわけでもないこととも相まって、学生達への認知度は低い。
 知られてなくて幸いであるといおうか。
 実はそれなりに危険物を扱っているため、一般人は立ち寄らない方が賢明であろう。
 某魔道書のラテン語版とギリシャ語版、龍とも蛸ともつかない奇妙な石像、見ると死ぬと云われるビデオテープ等というメジャー所から夜になると歩き出す人形、所有者を呪い殺すという装飾品といったオーソドックスな代物から、カラスの繁殖を助けたりミミス腫れを起こしたり夕食を不味くしたりする魔剣や、これで耳を掻くとヘソが痒くなるという耳掻きとかよくわからないものまで、とりあえず常識人の理解を超えていることは共通した一品が所狭しと収蔵されている場所なのだから。あと、とりあえずスペースが空いていたということで地下施設が丸ごとコミックZの漫画家監禁場所(タコ部屋)として使われているが、これはほとんど一部教職員の私用に近い。

 それはともかく。

 美術品や貴重な文献(一応希少価値という点のみで換算すれば莫大なものではある)が収められているのだが、「学園」には関わりの薄いこのような施設が何故存在するのかといえば、それは勿論単なる趣味…が八割としても、一応現実的、そして実用的な理由というものである。
 物質的、技術的文明レベルに較べて精神的、心霊的レベルは著しく低い「この世界」においては、ここに収められたようなオカルトグッズを原因とした心霊災害が発生した場合、それに対処しうる人材や手段というのは非常に限られてくる。無論、そういった超常現象に対処し得るスタッフや集団といったものは皆無ではないが、了承学園程に対抗手段や設備、そして何よりその守備範囲が広いところは、ちょっと無い。
 1級のエクソシストや魔術師、能力者、異世界の魔導士、更には地球外生命体や天使、魔界関係者等、様々な分野の関係者が質・量共に集っているのは、この学園くらいであろう。
 お隣のお婆ちゃんの狐憑きからアガンパロの恐竜土偶まで何でもこいー、って感じである。微妙に例えがセコいような気もするが。
 ともかくそういうわけで、この倉庫の管理物の中には委託されて保管や封印、調査研究を行っている品物も結構あり、それはささやかながら学園の収益となっている。また、ともかくも貴重な資料には違いなく、この倉庫は学園にとって必要不可欠ではないが、それなりには有用な存在ではあった。

  * * * * *

「――そのようなわけですので、いくら教職員の方といえどもあまり無闇に収蔵品に手を出すのは感心いたしません」
 平坦な口調で丁寧に、雪音は蔵書の一冊を手にとってパラパラと流し読みしている九品仏大志に注意を行った。それを受けてふむ?と少し首を傾げると、大志は手にした「無名祭祀書」を閉じる。
「我輩の読書タイムを中断させるに足る明確な理由はあるのかなフロイライン?」
 なんかそのデブな最後の大隊指揮官っぽい喋り方やめてー、とか云いたいことはグッと抑えて、雪音は黙礼した。
 HM−13・雪音。
 真性同性愛嗜好者ではあるがメイドロボットとして仕事に対する忠勤とごく無難な礼儀と常識は弁えている。良識は、たまに忘れるが。
「…無論、これらの品々は収蔵される前に一通りの安全処理は成されていますが、それでも心得のない方がやたらと手を出して良いものではありません。それに書物関係はそれに記載されている知識が危険ですから」
「いや、なかなかおもしろい本なのだがな。即座に同人誌のネタに使えるわけではないが」
 大志の、森羅万象全てが同人ネタに関連付けられるマーウェラスな生活スタイルにある意味敬意を払いながらも、雪音はもう一度、注意を喚起した。
「私にも一応業務上の立場と責任というものがございます。閲覧して良い物ならばここにはまいりません」
「ふむ」
 意外におとなしく引き下がると、それでも純粋な好奇心のままに周囲の収蔵品をキョロキョロと大志は見回した。
「むおっ!?これは民明書房刊・『我永久に氷をアイス』の初版本!」
「いや、それはいいですから」
 それはおいといて、のジェスチャー付で、みだりに手を出さないように求める雪音である。
「うーむ。なんというか、非常に我輩の右脇腹の浪漫回路に共鳴するものがあるのだがな」
「共鳴するのは勝手ですけど」
 ていうか、浪漫回路ってあーた。某外道校長じゃあるまいし。
「そう。…例えるならばザ○のコレッ!!」
 何処からともなく1/144スケールのガ○プラを大志は掲げて見せた。
 そんなもん持ち歩いてるんかい、というツッコミはともかく、大志は、シ○ア専用の赤い小粋なニクい奴の、頭についているツノをビシ!と示してきた。
「ああっ!?なんか凄い特別って感じ!?」
「わかるかね!?なんというかこういう感じなのだよ我輩の右脇腹にっ!!」
「むぅ…そういう理由ならば仕方ありませんね」

 仕方ナインデスカ――――!!?

 二人の会話を背後で聞くとはなしに聞いていたHM−12・マリナ(清掃担当)が、思わずガビーンな顔で、無言の悲鳴を上げていた。
「おお、これは火星将軍ロボ!何処が火星で何が将軍なのだかよくわからんが正しく日本の伝統美溢れるこのデザインがまたたまらん!」
「ゼネラルマーズはともかくとしてその玩具は時は昭和35年11月21日、場所はアメリカ合衆国ロースカロライナ州の農夫トーマス・ブラウンがジャガイモ畑で…」
「雪音サン、雪音サン」
 放っておけば大志につきあって延々と薀蓄を垂れ流しかねない雪音の袖を引いて、マリナは雪音を棚影の一つに引っ張りこんだ。
「わかりました。脱ぎます」
「何故ッ!?」
「だって、殿方の前から強引に私を人目のつかぬところに引っ張るというその行動が意味するものはただ一つ」
 ちっちっ、と指を振ってヤレヤレだぜハニー?と言いたげに、雪音は肩を竦めた。
「私を首輪に繋いであられもない格好で拘束して先日ネット通販で購入した中でパックリ二段式ビックリXくん2号を試してみたいとまあこういうわけですね?極太イボイボ付の」
「全然思ッテナイデス」
「えー?私は何時だってマリナさんに試してみたいと思ってるのにー」
「………………」

 なんで私、こーゆー方とトモダチやってるんだろう?
 思わず自問自答してしまうマリナである。

「トモカク。九品仏先生ニハ、早々ニ御引取願ウヨウニ促シテ」
「ですが悪魔の血塗れ人喰いジャガイモの恐怖若奥様の淫靡なわななきはこれからが佳境で」
 いいから。っていうか聞きたくないし。
 無言でゆっくりと首をふるマリナである。
 ここに収められた品は、とりあえず危険は無いように浄化されるか、あるいは封印処理は成されている。が、それではカースアイテムとしての価値も無くなるので、完全には解呪されてはいない。そうそう簡単にシールが外れるような処理はされてはいないが、万が一ということも世の中にはありえる。それに、処理済であってなお、ある程度周囲に影響を及ぼすほど強力な品もあるのだ。
 何と言っても、なんかこーあっさり常識や法則を突き抜けてしまう非常識さではまずナンバー1と目される大志が相手である。秋子理事長とは別の意味で、何でもありな事をやってのけそうな、そんな危うさをマリナは大志に感じていた。
 勘、とでもいうべきものだろうか?ロボットにそんなものは、ある筈がないのであるが。
「確かに過去そのような例は幾つか見受けられるようですが、九品仏先生は『まあ大志だから』の一言で物理法則やお約束事をあっさり無視してしまえるし、世の中には完璧ということは有り得ませんし、その上一人で放っておくと何をしでかすかわからない方ではありますが」

 ………………。

「これ以上ないくらい不安材料テンコ盛りですね」
 やや目を細めているマリナの視線を逸らすように、雪音は大志の様子を物陰から窺った。
「やや?いかにも悪の首領が持っていそうな怪しげな杖があるではないか。…おおっ?しかも更にいかにもといった感じのじーさんが憑いてるし」
「言ってるそばから――――――――!!?」
 大志が手にした、先端に翼を広げた悪魔を模した装飾が施された銀の杖から何やら不可思議な影が湧き出していた。ここの基準ではレベルD中級(ミドル)、ごく単純な憑依霊であるが、雪音は気を抜くことなくマニュアル通りに対処モードへ移行する。

>学園警備部へ報告。戦闘モードへの移行許可申請。――承認。
>通常モードより戦闘モードへ移行
>1〜3番制御目標の完全鎮圧まで一時解除
>胸部キルリアン振動機作動開始。20→76まで上昇

 キィィィィィィィィ…

 雪音の、他の13型よりもやや大ぶりな胸の奥で、微かな音を上げて何かが回転をはじめた。
「ドキドキダイナモ?」
「違いますっ!」
 とりあえず目の前の幽霊よりもこちらに興味深そうな視線を向ける大志に向けて、雪音は右手をかざした。
 照準。
 パワーレベル調整。
 効果範囲設定。
 発動までのロス、0.02秒以内。

 ヴンッ!!

「おっ!!?」
 鈍い音と共に微かな威圧感を感じ、大志は僅かによろめいた。
 だがその不可視のプレッシャーは、ただそれだけのものにすぎなかった。
 大志にとっては。

『ゴギャアアアアアアアアアアア……!!』

 だが大志の傍にたゆたっていた、不可思議な影は瞬間的に二まわり程も縮んだ。
 おぼろげな、髭をたくわえた男のように見える顔に明らかに苦悶を浮かべ、何か見えない手で握り潰されているかのように全体の形を歪める。
「こっ…これはもしや!
 かつて米国の対白面用武器開発集団HAMMR(ハマー)が日本の“TATARI”に対抗するために開発したという霊的力場結界装置・キルリアン振動機!?」
「…一応国家機密レベルの話だと思うんですけどなんで知ってるんでしょうこの人…?」

 生物が作る霊的磁場の変化をキルリアン反応という。
 俗に幽霊や妖怪と呼ばれる超常存在は生物ではないが、このキルリアン反応値は人間より何倍も高い。
 キルリアン振動機はそれを利用して、目標の周囲に特殊磁場を発生させ行動不能にして捕縛したり、また怪異存在の様々な特殊能力を阻害するフィールド…人工的な霊的結界を発生させることができる。
 雪音の胸部に内蔵されているものはハマー機関が作成した超小型携帯用キルリアン振動機“チェシャキャット”をさらに小型・高効率化したものであり、その効果をより妖物のみに作用するように改良を施したものだった。
 ちなみにこのキルリアン振動機は学園の各要所のガードシステムの一環にも組み込まれている。

「九品仏先生、離れて下さい」
 ゴーストを特殊力場の網で縛り上げながら、雪音は大志に下がるよう求める。
 その雪音の横に、モップを携えたマリナが携帯用DVD−ROMから戦闘データをロードしながら進み出た。
 マリナにはキルリアン振動機は装備されてはいない。
 だが。

 データロードを終了し、ピタリとモップを構えたマリナの姿には、一分の隙も無かった。
 マリナのモップは桃の木を削り芯に鉛を通してあり、立派に武器となる。
 古来より桃は生命=陽の象徴であり、死霊=陰を払う効力を持つ神木として、死霊払いの道士等には重用されてきた。
 更にこのモップは、実は表面に大概の妖物には効果を持つ封魔呪がくまなく彫り込まれた降魔棍である。
 自身には特殊装備も、ましてや法力の類など持ってはいないが、魔術付与が施された様々な呪法具を駆使して雪音のサポート役を務める。それが危急の際にマリナが受け持つ役割であった。
 無論、このメイドロボコンビの能力は、大したものではない。戦闘力、という点で比較すればデュラル家のメンバーや城戸家の面々とは、力量に大きな差がある。
 それでも、この二体が倉庫の管理を任されているのは。

『…きしぃぃぃぃいぃいぃぃぃいぃぃぃいいいいぃぃいいぃぃぃいぃツ!!!』
「ぬおっやかましいっ!」

 いきなり金切り声をあげたゴーストに、さすがにうるさそうに顔を顰める大志。
 …普通の人間なら、それくらいでは済まないのではあるが。

 こういったゴーストは金縛り、そして『死の絶叫』と呼ばれる精神攻撃を常套手段として用いる。実際、今のゴーストの金切り声は霊的な抵抗力の低い者であれば即座に失神しているであろう。下手をすれば発狂死に至ることもあるかもしれない。

 だが、ロボットである二人には、そんな精神攻撃は全くの無意味である。

「――手早く済ませましょう」
 こく、と頷くマリナが即座に大志の後ろに回り込もうとするのに合わせ、雪音は瞬間的に強い力場を発した。

『ごわっ!?』

 一瞬、それを受けて分解しかけた影が辛うじて人の姿を保つ。だか間髪置かず、大志の脇を掠めるようにして鋭い棒術の突きが霊体の中央を貫いた。
 実体を持たない霊体にはあまり有効な攻撃ではないが、それでも貫かれた胸の中央付近はしゅうしゅうと、煙のような灰のような微粒子に分解されて徐々に消滅していく。

『うぉおぉおおぉおおおうおうおうううおおぅおっ!』
「九品仏先生、お下がり下さい」
 基本的に二人の攻撃は生身の人間である大志にはどうということはないものであるが、近くにいられては邪魔であるし、何よりゴーストの傍にいつまでもいられるのは色々と好ましくない。
 まあ、大志を相手にこのゴーストが何か危害を加えられるとは到底思えないのではあるが。
「…………」
 無言で、マリナが庇うように大志の前に出かかる。

『しゃああっ!!』

 二人とも、隙を作ったつもりは無かった。だが雪音の力場から強引に抜け出し、反射的に繰り出したマリナの棍の一撃に更に一部を消滅させられながらも、その不可思議な、なにやら魔術師のような黒いローブをまとった男のような幽霊は、終始興味深げにこの場を観察していた大志に頭から覆い被さった。
「むおっ!?なんだ??」
 相変わらず、事の発端である銀の杖を持ったまま、驚いてはいるが危機感はない声を大志は上げた。

  * * * * *

 ……………。
 …………………………。
 ……………………………………。
「?」
 何か聞こえたような気がして、柳川は首を廻らした。
 授業中ということで大半の教師は出払った職員室は閑散として、特に何も不審なものはない。
 気のせいか、と思い直して、柳川は、ふと眉をひそめた。
「…マイン?」
「…………ハイ」
 自分に湯呑み茶碗を渡そうとしたポーズのまま、ぼんやりと立っているメイドロボを不思議そうに柳川は見た。
「お茶。冷めるだろ」
「ア。ハイ」
 どこかいつもより空ろな声で、それでも返事をするとマインは主人に茶碗を渡しかけ。

 ――ガシャン!

「熱っ…!何やってるんだお前!」
「珍しいね、マインがこんなドジやるなんて。…お姉さんの方ならともかく」
 床に飛び散ったお茶と茶碗の破片から視線を移し、何気にひどいことを言う貴之の苦笑は、途中で強張った。

「……う……」
「――ッ!?」

 僅かに呻き、胸を抑えてその場に崩れ落ちかけるマインの身体を、寸でのところで柳川は抱きとめた。
「マイン?おい、マイン!?」
 機能を停止したわけではない。だが歯を食いしばり、無言のまま苦痛に耐えるような表情を僅かに見せて震えるメイドロボットに、柳川と貴之は困惑した顔を見合わせた。

  * * * * *

 ガタン!!

「マルチ!?」
 盛大な音を立てて、机ごと床にひっくり返ったマルチに、藤田家の一同は反射的に視線を向けた。
「どうしたのマルチちゃん!?」
「なにー?机ごと転ぶなんて、いつもよりもトップギアでドジ入ってるの?」
 心配そうに駆け寄るあかりと、この時間は何と珍しくも長瀬教師によるごく普通の国語の授業ということで同席していた志保が席の位置もあって真っ先に駆けつけた。
「ちょっとあんたねマルチー、あんたって何もないとこで転ぶのもいい加減アレだと思うけど、どうやれば座ってていきなり転べるわけ?」
「志保、いくらマルチちゃんでもそこまでドジじゃ…ないと思う」
「あかり。ウソでもいいからそこはキッパリと否定してあげなさいよ」
 やや乾いた笑みを浮かべながら、マルチを床から抱え上げかけて、志保の顔が一変した。
「ちょ…ちょっと、冗談じゃ…そんなわけないし。マルチ!ちょっとアンタしっかり!?」
「マルチちゃん!?」
「マルチ!?」

 パクパクと、酸欠の金魚のように開閉させるだけで、声は出さないまま。
 いや、出せないのか。
 真っ赤な顔一面に汗を浮かべ、明らかに苦悶の表情になっているマルチのただならぬ様子に皆が慌てて駆け寄りかけようとした時。

「――ぐぅっ…!」
「セリオ!?」

 ガタ――――ン!!

 マルチ同様、胸を抑えて床に崩れたセリオに、慌てて綾香と芹香が駆け寄った。
 やはりマルチのように顔に汗を浮かべ、端正な顔を苦痛で歪めている。
「…ふ…笛の音…」
「あ!?」
 マルチとセリオ、どちらに駆け寄ろうか一瞬戸惑っていた浩之は、セリオの僅かな呟きに慌てて駆け寄った。
「どうしたセリオ!苦しいのか?痛いのか?一体…いったい、どうしちまったんだ!?」
 同じように苦しみながらも、マルチに較べればまだ声をだせるだけマシ、といったセリオは、何とか浩之の声に応えてきた。
「笛…笛の音が…」
「…笛?」
「姉さん何か聞こえる?」
「…………」
 少し耳を欹て、芹香はふるふると首を横に振った。

  * * * * *

「……………」
「なに?どうかした舞奈?」
 いやいや机に向かって真面目に書類と格闘していたメイフィアは、何やら茫、としている助手に不機嫌そうな声を上げた。
 上司の問いかけに、相変わらずの看護婦風コスチューム姿の舞奈は、メガネの角度を直すとメイフィアに向き直った。
「…人間の可聴領域外デ何カノ信号ガ発セラレテイマス」
「信号…音?」
 こっくりと頷く舞奈は少し不快そうに眉を顰めると、ポケットからチタン製ナックルガードを出して両拳にはめながら言った。
「先程カラ…恐ラク、本校舎全域ハ範囲内デショウ…何処カカラカ、コノ音ガ発信サレテマス。
 コノ特殊信号…先程カラ、私ノ制御機能ニ干渉シテキテイマス」
「制御?干渉って…ちょっと舞奈、あんた大丈夫?」
「…苦痛…トイウノデショウ、カ?コノ感触ハ…」
 胸を抑えて立ち尽くす舞奈の姿に何か危ういものを感じて、メイフィアは少し焦りながら近寄ろうとして。

 すか〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!

「のおおおっ!?」
 顎に一発、いいパンチを貰って思わずこける。
「こっ、こっ、こら〜〜〜〜〜〜〜!何をふざけてんのよ!?
 あ?もしかしてさっきからの全部、だましかコイツ!!」
「エ?エ?エ?」
 舞奈は、自分でも不思議そうに、自分の上司を殴りつけた自らの右拳を見つめた。
 先程、ナックルガードを装着したのは記憶している。
 だが、自分は何故、そんなことをしたのか。
 何気なく、まるで無意識のうちに…?
「イエ、違ウンデス、私――」

 どかっ!

「ぐほっ!?」
「アレ!?」

 起き上がろうとしたところに容赦のないヤクザキックを顔面にくらい、そのまま後方に一回転するとその勢いのままメイフィアは立ち上がった。
 目が据わっていた。
「そーかそーか舞奈。あんたの気持ちはよーくわかったわ。
 そうね、いつかはケリをつけなきゃってあたしも前から思ってたんだ。別にそれが今日になったって一向にかまわないわよ〜〜〜?」
「アノ、メイフィア様?コレハ違ウンデス。ホント」
「これは違う?じゃあ、どれかは違わないわけよねぇ?」
「イエ、ソノ、何ト言ウカ、ソリャ私、別ニメイフィア様ヲ殴ッテ蹴ッテナンテ、別ニドーッテ事ナイデスケド、デモ今ノ攻撃ハ私ガ望ンデヤッタワケデハナイトイウカ」
「ほー。宇宙からの命令電波に操られてるってわけー?」
「ア。ソウデス、感ジトシテハソレニ近イデス!」
「はっはっはっはっはー」
「ア、アハ、アハハハー」

「なめんなこの腐れロボ――――――――――――――!!!」
「キャ――――――――――――――――――――――!!?」

 全力で展開したメイフィアの破壊衝撃波が、舞奈を容赦なくブッ飛ばした。

 スドドドドドドドドド…

 余波で崩れた壁の瓦礫に埋もれてピクピク痙攣している舞奈を見据えながら、メイフィアはふう、と溜息をついた。
「…ううっ。これじゃまるで柳川センセと同じパターンじゃない。こういうのも伝染するのかなー」
 この壁、やっぱり自分で修復しなきゃいけないんだろなー、面倒だなーと今更ながら後悔するメイフィアである。
 と。
 突然、今の騒動と衝撃にも切れなかった部屋の照明が、突然消えた。
「あれ?配線の方までブッ壊しちゃった?」
 不思議そうに、メイフィアは消えた蛍光灯を見上げて首を捻った。

 それは、学園全体を巻き込む騒動の、始まりであった。

  * * * * *

「どうなってるんだ一体?まだ電力は復旧しないのか?当座は自家発電で賄うとしても、そう長くはもたんぞ」
「R27ブロックからU1109ブロックまでいきなり水道供給がストップされました!!」
「またかよ!?今度は水道か?」
「商業地区からアミューズメント地区のほぼ全域じゃないか!」
「交通管制の中央コンピュータ、完全に機能喪失!信号機からモノレール、電車…自動制御になってるものは全部ダメです!」
「理事長にまだ連絡はつかないのか?」
「電話回線、以前不通のままです」
「ああもう!どうしろって言うんだよ!」
 小野寺は頭を抱えて学園副制御室のデスクにへたりこんだ。
 本来は来栖川重工別室チーフであり学園業務とは無関係な小野寺であるが、この突然の異常事態になし崩しに巻き込まれ、気がつけば警備ラルヴァや黒子衆に指示を出しつつ当座の緊急処置に追われていた。
「電気、ガス、水道…ライフラインに通信、交通も寸断されて…これじゃ都市機能があらかた麻痺してしまってるじゃないか。一体何だってこんなことに…」
「…内部からの妨害、ですね」
「水瀬さん!」
 今まで連絡がとれず所在も掴めなかった理事長が直接この場に姿をあらわしたことで、周囲のスタッフ達に何とはなしに安堵の雰囲気が流れるのとを敏感に小野寺は見て取った。
 やはりこの人の存在感は大したものだと思う。
「…今、ガチャピン先生にお願いして管理システムを地下格納庫のヨーク改のメインコンピュータに移行してもらえるようにしています。同時にその他の了承艦隊艦船の動力炉からエネルギー供給を始めますから、それで通常の6割程は電力を賄えるはずです」
 根回しよく説明された対処法に、スタッフ達から本当に安堵の溜息が漏れる。自らもホッと胸をなでおろしながら、しかし、すぐに小野寺は気を引き締めた。
「ところで理事長。今、内部からの妨害と言われましたが、実は…その」
 言いにくそうに口を閉ざす小野寺に、少し悲しそうな顔をして、秋子は頷いた。
「…何らかの異常が発生したことを考えて、都市機能の中枢部及び要所には幾重もの安全対策はとられていました。それが全て役に立たなかった…それは事故ではなく何らかの妨害の結果だということです」
「はい…」
「…都市管制業務に付いている13型が一斉蜂起した、という話を聞きましたが」
「事実です。ついでに申し上げますと現在学園各部で一般業務に付いているHMシリーズ、うちの別室勤務所属及びメンテナンス中のものまで、自力稼動可能な機体はタイプを問わずほとんど全て。
 ……勝手な行動をとりこちらの命令を完全に受け付けません」
「…完全に?」
「ええ。完全に」
 いっそ堂々と、自棄気味に小野寺は頷いて見せた。実のところ、学園運営筋ではない小野寺がこの場に居合わせているのも、数少ない別室の人間スタッフは全て、自社製品であるメイドロボ達によって本来の居場所から追い出されたためであった。
 人間に危害を加えないという三原則第一条はまだ生きているのか、ケガ一つ被ることなく人海戦術で丁寧に、しかしあっさりと小野寺等スタッフは担ぎ出されてしまったのである。
 付け加えるならば、本校舎の中央制御室は制圧こそされてないものの、システムにロックがかけられ使用不能になってしまっていた。そのため、彼らはこの副制御室で対処に追われていたのだが。
「原因はわかります?」
「推測でものを言うのはあまり好きではないのですが…異常が一つ」
 サブスクリーンの一つに了承学園本校舎周辺の簡単な概略図が映し出された。
「何せ主要な器材や設備も使えないので詳細はわからないのですが…本日14:22より特殊な高周波信号が広域に渡って発信され続けています」
 本校舎から急速に赤いエリアが広がり、それが見る間に概略図を染めてゆく。
 縮尺が広がり、更に校舎から商店街地区、アミューズメント地区、繁華街地区…エリア拡大はとどまるところを知らず、そして主要地区の殆どを赤く染め上げたところでようやく止まった。
「この信号を受信したロボットは、それで終わりです。ただそれだけのことで、自律制御を失い何らかの命令…この場合は学園の制圧でしょうが…それに従ってしまうようで。
 …うちのプロテクトは、そんなヤワな筈がないんですが」
 しかし現実にこのような状況になっている以上、何を言っても言い訳にしかならない。
 小野寺は、パッ、と片手を広げてみせた。
「情けない話ですが、現在使える設備ではこの忌々しい信号の発信場所を特定することも、解析することもできません。…現在のところは、お手上げです」
「…………」
 黙って小野寺の説明に耳を傾ける秋子である。
 と、その向うから入室してきたガディムが秋子の姿を認めて歩み寄ってきた。
「理事長。どうも、各地区の主だった要所はほぼメイドロボットに占拠された模様です。今のところ何らかの人的被害を被った、という報告は受けてはおりませんが…このままの状態が続くようでしたら」
「…でしたら?」
「実力で排除するしかありますまい。警備ラルヴァ達から突入班を選抜しておりますが」
「できれば、そのような事態だけは回避したいですね…監視の方は?」
「偵察用のラルヴァをそれぞれ貼り付けてあります。今のところ、特に目立った動きはありません」
 ラルヴァ達はガディム本体から無限に分裂、増殖する魔物である。ガディムはその気になればラルヴァ達一匹一匹をモニターすることができた。
 実力で排除すること、それ自体はさほど難しいことではない筈だった。
 だが…メイドロボ達の異常の原因がわからぬまま、学園内部の者同士で相撃つということになれば、それは大きな傷となって関係者に残るであろう。
 ロボットだの魔物だの、そんな事は関係ない。
 了承学園という大きな輪に属する、身内同士で争うことは極力避けねばならなかった。
 今回の事態は、日常茶飯事に起こっている一部教職員・生徒の揉め事のように、笑って済ませられる範疇を大幅に越えていた。
「小野寺さん。少々、つきあっていただけませんか?」
「それはかまいませんが…どちらへ?」
 小野寺の当然の質問に、秋子は少し微笑んで、言った。
「保健室まで」

  * * * * *

「………御主人様……」
「はわわ………」
「もがーっ!もががーっ!」
「か…過疎レッド…萌え〜〜〜」

 保健室に案内されてまず飛び込んできたものは、まあ、概ねそういったものだった。
 苦しみつつ、柳川の膝に抱きかかえられ丸くなって取りすがっているマイン。
 一番激しい苦しみのため、ベッドから起き上がれないマルチ。その枕元では、顔色を無くした浩之がマルチの手を握ってやっている。
 そこまでは、まあいい。
 口にボールギャグを噛まされ、手足を簡単に拘束されて床に転がされてる舞奈。
 そして苦しんでいるくせに、録画した過疎レンジャーのCMカット編集に余念のないセリオ。

 どーもよくわからない。

「あの…メイフィア先生?どうして、この娘はこんな風に…?」
 とりあえず、一番扱いのヒドイ舞奈について、保健室の主に質問してみる小野寺である。
「えっとね。なんか、本人もよくわからないんだけど、気を抜くとあたしを殴ってくるもんだから腹いせと仕返しを兼ねつつイジメてたり」

 ひどいやメイフィアさん。

「でもま、この娘が一番意識がしっかりしてるかな」
「…自我を保ってるんですか!?」
「ここの四人は辛うじて、ね。それでも無事には済んでないんだけど」
 そう言って、メイフィアは煙草を咥えた。火は点けないまま、チラリとこちらを見遣る。
「なんかね。…笛が聞こえるんだって」
「笛…」
 学園の主要地区に発振されている高周波信号のことであろう。やはりそれが一連の騒動の原因とみて間違いなさそうだった。
「で、聴覚センサーを切ってみたんだけど効果なし。なんかもー信じ難いけど直接回路に作用してるみたいなんだなー……まるで魔術みたいに」
「魔術…」
「まー技術者の貴方には理解し難いかもしんないけど…よーく調べてみると、確かに何らかの匂いがするのね。呪曲、ってヤツかな。
 あたしの知ってる概念にはちょっと当てはまらないけど、まず間違いないと思う」
 黙って考え込む小野寺の返答を、メイフィアは待ちに入った。
 さほど時を置かず、小野寺は肩を竦める。
「…まあ、信じる信じないはこの際はあまり関係ないでしょう。
 重要なのは、どうやったらこの事態を打破できるかということですから。魔術なら魔術で結構ですが、それに対するアンチプログラムとかは組めないんですか?」
「わかんない。とりあえず今は解析もままならないからねー。エリアや芹香ちん達も調べてるけど…魔術的であっても、魔術そのものではないというか…よくわかんないのよね、その『笛の音』とやら。
 そもそもロボットに『精神魔術』が効くわきゃないんだけど」
「…音を止められれば手っ取り早いんだが…特定はできないのか?」
 マインの背中をさすってやりながら、柳川が口を挟んでくる。
「感知系魔術ってあんまり効果範囲広くないのよね。…ところでなんでそんなベッタリくっついてんのよあんたら?」
「…しょうがないだろ。ちょっとでも離れると、苦痛が増すみたいで」
「ふーん…」
 意味ありげに、柳川の胸に顔を埋めているマインを見て、それからわざとらしくメイフィアは肩を竦めてみせた。
「あたしが思うにね…この笛の効果ってのは、ロボットの自律系・制御系に作用して強制介入しちゃう…砕いていえば命令電波なわけだけどー」
「むー」
 床からジタッとした目で自分を見上げてくる助手にチラリと視線を向けて、メイフィアは説明を続けた。
「心…まあ自我を確立させてるほど成長しているAIだとそれなりに抵抗力が…ああもうめんどくさい。
 つまりさ、良心持ってるロボットほど、悪の誘惑電波に対抗しようとしてそれが『苦痛』になるわけよ。わかる?
 だからマルチちゃんみたいな善意の塊のよーな娘はすごい苦しむし、ウチの助手のような不良はそれほど苦しい思いはしないし簡単に操られもしないけど、理性のタガが緩んでつい、普段は抑えてる願望とか欲望とかが吹き出るわけよーこいつぅ♪」

 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりっ。

「なるほど、その密かな願望等を抑えようとするのが『苦痛』となるわけですか…ところでメイフィアさん、事情はわかりましたからウチの製品の頭を踏んづけるのは止めてくれませんか見てて辛いですし」
「あっそー?オノピーは優しいねー」
 ちょっと物足りなさそうに、それでもメイフィアは舞奈の頭から足をのけた。
「とすると…なるほど」
「…何がなるほどだ?」
 多少余裕を取り戻して、こちらを見遣る浩之に冷厳な顔をしてみせる柳川であるが…布団に潜り込んでくる猫のようにピッタリ寄り添うマイン付では、どうにも様にならない。
「まあラブラブなのは結構なこととして」
「誰がラブラブだこら!?」
「セリオ…今時のビデオデッキはCMカット機能くらいあるだろ?」
「フ…フフフ…甘いですね浩之さん」
 吐血しそうな凄惨な顔で、グッ!とリモコン握り締めながらセリオは、のたもうた。
「やはり特撮マニアとしては自らの手でMyテープを編集するのが正統派!がふぅ」
「…セリオ…」
「…ムダにカッコイイなぁセリオ…」
「一度、とことん来栖川の製品について問い詰めてみたいが俺としては」
 半眼でこちらを見る浩之と柳川の冷たい視線から目を背け、あさっての方向にあははーと空疎な笑いを小野寺が漏らした時である。

 がららっ!

「浩之早く来て!」
 保健室の扉をぶち壊しそうな勢いで飛び込んできた綾香が、その勢いのまま浩之の手を掴んで強引に引っ張り出す。
「さあ来てすぐ来てたちどころに来てっ!」
「ま、まてって綾香、なんなんだよ一体!?」
「見つけたのよ元凶!元締め!ラスボス!だから来てっ!」
「…なんだと?」
 マインを強引に振り払いながら、柳川が立ち上がった。口調は静かだが目はかなり危険な感じに据わっている。
「よし、すぐ行こう。…で、相手はどんな奴だ?」
「えーと…」
 その質問に、一瞬眉を寄せて考え込んでから、綾香は言った。
「…見ればわかるから。いいから早く来て!」

  * * * * *

「九品仏さまは―――――!」
「「「「世界一イイイイイイイィィィィィィッッッ!!!」」」」
「肴は炙った―――――――!?」
「「「「イカデビル――――――――――――――!!!」」」」
「ニューヨークへ行きたいか――――――――――!!?」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」」」」

 群集から、賛歌が聞こえてくる。

♪マンセー マンセー 九品仏将軍マンセー

 ビッグサイトに連なる 麗しい会場
 将軍仰いで 歓呼にどよめく
 メイド萌えの偉業継ぐ 妹ゲーの指導者
 万歳!万歳!九品仏大志将軍


♪すさぶ児ポ法 追い払い
 信念くれた 九品仏大志同志
 あなたが無ければ 我ら無く
 あなたが無ければ こみパもない

♪ロリも無乳も すべて担う
 マニアの運命 九品仏大志同志
 あなたが無ければ 我ら無く
 あなたが無ければ グッズもない

♪ジャンルが何度も 変わろうと
 オタクは信じる 九品仏大志同志
 あなたが無ければ 我ら無く
 あなたが無ければ まるぺもない

「でも!
 でもでもでも!
 こみパのくぃーんは勿論このめかめか詠美ちゃんさま!めかめか詠美ちゃんさまなのよ〜〜〜!!
 ってみぎゃああああああああああああっ!!!」

 かこ――――――――ん!!!

 メイドロボ達に十重二十重に囲まれた中で、マイク片手にノリノリに騒いでいためか詠美にその辺の空き缶投げつけてあっさり沈黙させると、柳川は頭が痛そうな顔で周りを見遣った。
 本校舎前の校庭に集った、ざっと200体ほどのメイドロボ達。
 これだけの数が集まってくる動きを察知できなかったとは、いくら今、学園の管理機能の大半が麻痺しているとはいえ失態であろう。
「そっかー。あの娘もロボットだからねー」
「…しかも欲望に対しては素通しだからなー。心だけならマルチと同じくらいのものはあると思うんだけど」
「操られてても、素と全然かわんないからねー」
 浩之と綾香の後ろでポリポリ頭掻いてたメイフィアは、何やらメイドロボ達が担ぐ輿に設えられた椅子に鎮座する、一人の男を眺めた。
「…有り体に言って、大志のバカに見えるんだが」
「そりゃ、あの正面画の描きにくい髪形とか変なメガネとか他には無いし、そもそもこーいうことやりそうな人っていったら九品仏先生でしょやっぱー」
「コリン…そういうことは思っていても、そっと胸の内に秘めておいてあげる方がいいんじゃないか?」
 浩之達より先に駆けつけていた芳晴とコリン、それにイビルという珍しい取り合わせが、少しだけ投げやりに言葉を交わしている。
「おう、メイフィア。…見た感じ、あのバカの持ってる銀ペカの杖が怪しいんだが」
「あからさまにねぇ」
 砕けた調子で言葉を交わすと、イビルは、ニンマリと笑った。
「それじゃあ…遠距離からの狙撃ってのがナイスにグッドでビクトリィって感じだな」
「…あー、まああーゆー奴だからどーでもいーっていえばどうでもいいけど、一応手加減はしなさいよ」
「へっへー。ま、一応な」
 嬉しそうに笑うイビルの手の先にポッ、と炎が点る。
 デュラル家一同の中で最も手が早く、そして好戦的なのはイビルである。意外に学内ではおとなしく振舞ってはいるが、身内相手(主にアレイとたま)には結構容赦なくどついたりケリをいれたりケシズミにしたりしている。
 本来、暴れるのは大好きなのだ。
 もっとも、最近はこれまで(比較的)抑え役だったメイフィアの方が柳川絡みで破壊活動を行うことが多いが。
「ふっふっふっ…生きている標的は久しぶりだなぁ…」
「えっとねイビル、ほら、いちおー九品仏先生だけ狙いなさいよ?それになんかわけありっぽいからくれぐれも控え目にね?」
「控え目…」
 少し遠い目をして、イビルはちょっとだけ考え込んだ。
「…半殺しって控え目だよな?」
「いやちょっとまってイビルその認識は問題かなって思わないでもないんだけどっ!?」

 ごうっ!

 制止しようとしたメイフィアより早く、イビルの作った炎が黒く変色した。
 一瞬の遅滞も無く、魔界から召喚された黒炎は渦を巻き、標的目掛けて走る。
 だが無遠慮に見えて、その攻撃は精緻で正確だった。ひしめくメイドロボ達を巧妙に避けて、標的の大志唯一人を包み込む。
 いや、包み込もうとした。

 ばしっ!

 軽々と…というわけではないが、大志の前で炎は弾かれた。
「九品仏同志に、危害は加えさせません」
「雪音っ!?」
 同じ顔が並ぶ中、他の姉妹達よりもやや大ぶりな胸をした、見慣れた事務服姿の13型が大志を護る姿勢を見せて立っていた。
 同時に、微かなゆらめきを残してキルリアン振動機による力場が消失する。
 それを見ながらメイフィアは唸った。
「完全に操られちゃってるみたいね…ってことは」
 視界の隅で何かが動いた、と思った時には既に遅かった。
 メイフィアは基本的には魔術師である。自分の身体を使った、格闘は得意ではない。
「てめっ!?」

 がしいっ!
 咄嗟に割って入ったイビルが、素手で相手の棍を辛うじて弾き返さねば、かなり危なかった。
 そう自覚しつつ、イビルと対峙している小柄な影を見て…半ば予想していたにも関わらず、メイフィアは愕然とした。
「…テメエ…」
 単純な根の打撃だけではない痛みに眉をしかめつつ、イビルは彼女――HM-12・マリナを睨んだ。
 更に彼女の得物に視線を移して…思わず怒鳴りつける。
「ああっ!?てめっ、トイレスッポンなんかで攻撃してきやがってっ!!?
 …しょ、消毒くらいしてあるんだろなソレっ!!!?」
「……………」
「黙ってんなー!なんかいえ〜〜〜〜!!?」
「いやあのイビル、問題はそこじゃないと思うの…」
 とか言っている間にマリナはさっさと後退して距離を置いた。その動きは流麗で、仕掛けるつもりはなかったが、綾香も浩之もつけこむ隙が無い。
「トイレスッポンって…本当は何っていうんだったっけ?」
「コリン…お前既に他人事だな?」
 少々置いてきぼり気味の芳晴が、げんなりと呟いた。

「フッフッフッ…これはこれは了承学園の皆さん」
 しずしずと、輿に担がれた大志が一同の前に進み出てきた。無論、その周囲を雪音やマリナ、その他のメイドロボ達が護衛している。
 どうやら笛になっているらしい、先端に蝙蝠の羽のような装飾をあしらった銀色の杖に、大志は唇を当てていた。その笛が、問題の高周波を絶え間なく発しているらしいが…。
「秋子理事長までいらっしゃるとは…これは話が早い」
 と、浩之が横から口を挟んできた。
「あのー、大志さん?…なんで笛吹いたままでそんな流暢に喋れるわけ?」
「フッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「笑って誤魔化さないでっ!!」
 いやでも大志だし。
 そう思いつつ、そこまで達観しきれずむきになっている綾香を生温く見守るメイフィアだった。

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