永遠の存在

前編 日常と崩壊

 昔はそうでもなかった。体が弱いといっても、普通の生活はできたんだ。普通に学校に行って、普通に授業を受けて、普通に帰って来ることが出来た。  だけど、成長すると僕の体はどんどん弱くなっていった。そして、ついには学校に行くこともままならなくなっていた。  でも、それも特に嫌じゃなかった。僕はもともと、それほど人が好きじゃないんだ。ただ、音を奏でられないのだけは、ちょっと嫌だった。



 僕はいつもの道を散歩している。そして隣には、彼女がいる。それはごく当然のことだった。何度も繰り返されてきた光景だった。だって僕はずっと彼女と、・・・・姉さんと生きてきたのだから。そして、これからも・・・・。



 家は貧しい家庭だった。原因は僕だ。生まれつき体が弱く、病院通いをしなければ生きて行けなかった。父さんは毎日働いていた。朝からよる遅くまで働き、家で寝てはまた働きに行く。母さんも働きづめだった。睡眠時間を削り、仕事と家事をしていた。当然、僕にかまう暇は無く、僕は姉さんに育てられた。物心ついたときには、すでにそんな状況だった。そしてある日、

 プルルル、プルルル・・・・

 それは日常の終わりを告げる電話だった。  

「母さんが・・・・倒れたって」

 悲鳴にも似た姉さんの声。そこに追い討ちをかけるように、父さんの死の知らせも届いた。車にはねられたらしい。その後、直に母さんも息を引き取った。

 まるで、人の安っぽい同情を買おうとする、ドラマか何かみたいな展開だった。けど、現実に起こった『それ』は、さながら悪夢のようだった。

 一夜にして、たった一夜にして僕達家族の日常は壊れた。

 後に残されたのは、幼い姉弟と大量の保険金だった。

 その日から、僕は姉さんによって生かされていた。



 小学生のころは、病院通いさえ続けていれば普通に生活できた。けど、中学に入る前あたりからそんなこともできなくなり、やがて散歩が僕の日課となった。そんな僕のそばに、姉さんはずっとついていてくれた。片時も離れることなく。

 そのおかげで姉さんは、どれほどの幸せを逃しただろう?僕が言うのもなんだけど、姉さんは美人だった。その上性格も良かったし、頭も良かった。僕さえいなければ、姉さんならきっと幸せをつかんでいたはずだ。

 姉さんだけじゃない。父さんや母さんもだ。

 そう、僕さえいなければ・・・・。

 そんな風に思うと死にたくさえなってくる。でも、僕は生きることを望まれたんだ。だから僕は生きなくては行けない。



 僕はいつもの道を散歩している。そして隣には、彼女がいる。それはごく当然のことだった。何度も繰り返されてきた光景だった。だって僕はずっと彼女と、・・・・姉さんと生きてきたのだから。そして、これからも・・・・・・生きていくはずだった・・・・・・。

 目の前の景色が歪んでいく。体中の感覚が無くなっていく。胸が苦しい。頭が狂いそうだ。

「―――――――」

 何かを叫んだような気がした。わからない。もう何も。ただ一つだけ、

(僕は・・・・・・・・・・死ぬんだ)

 薄れていく意識の中で、それだけを理解していた。




○             ○             ○



 公園には、いつもと同じ光景が広がっていた。


 そんな中で、彼女はいつもの道を歩いていた。もちろん彼と一緒に。日常。まさにその言葉がぴったりだった。


 彼女は――氷上恭子は、弟である氷上シュンのために存在していた。


 無邪気にはしゃぐ子供達。それを見守る母親達。ベンチに座る老人。雑談をしながら歩いていく主婦の集団。そして、肩を寄せ合いながら歩く一組の男女。それは、永遠に続くかとも思える光景だ。


 しかし二人は知っていた。日常というもののもろさを。


 そして・・・、日常は崩れる。そう、あの遠い日と同じく、一瞬で・・・。


 シュンが突然苦しみだし、かすれた声で何かを言って倒れる。

 その瞬間、恭子にできることは何も無かった。

(私は、なんて無力なんだろう)

 恭子はただ無力感にさいなまれていた。

『後一回でも発作を起こしたら危険です』

 医師の言葉は確かな現実として降りかかってきた。

(これで、よかったはずよね)

 恭子は必死でそう考えようとしていた。最後まで日常にとどまるのがシュンの願いだった。自分はその願いをかなえてやることができたはずだ、と。

 公園にいた人が呼んだ救急車が到着するまで、恭子はただひたすら自分にそう言い聞かせていた。

 肩を寄せ合って生きてきた彼らの日常は、必然の未来を迎えることによって、崩壊した。



 緊急手術が行われていた。

 手術台に乗っているのは、シュンだ。

 その心臓の鼓動は、今にも止まりそうなほど弱々しかった。

「今夜がヤマだろう」

 医師のその言葉に、恭子は何の反応も示さなかった。

 ・・・・・・示すことができなかった。

(無理もない。親を失ってから、ずっと一緒に生きてきた弟が、もうすぐ死ぬんだから・・・・・・)

 その医師は、シュンの担当医だった。シュンの事も、恭子の事も、子供のときから知っている。

 親が死んだと聞かされた時、そして恭子が一人、シュンのために戦うと聞かされた時・・・・・・。

 彼はその時のことをありありと思い出すことができた。だからこそ、

「くそっ」

 やりきれない気持ちでつぶやく。

(俺は・・・・無力だ)

 彼も恭子と同じように、無力感にさいなまれ続けていた。



(認めなきゃ)

 恭子はただそれだけを考えていた。

(認めなきゃいけない。受け止めなきゃいけない。じゃないと生きていけないから。ゆっくりでもいいから・・・時間がかかってもいいから・・・。認めなきゃ。受け止めなきゃ)

 それはとてもつらいことだった。恭子にとってシュンは大きすぎる存在だった。

 シュンを忘れることはできない。だから、生きていくためには現実を受け止めるしかない。しかし恭子はもう限界だった。

(私はなぜ生きなくてはいけないのだろう?)

 答えはわかっていた。

(お父さんやお母さんが、そしてシュンが望んだから。私の幸せを)

 しかしその一方で思っていることもあった。

(私はもうだめかもしれない。生きていけない。いっそのこと、シュンと一緒に死にたい)

 それが、悲しい生活に明け暮れた少女の願いだった。

 そんな恭子に、一言言葉がかけられた。

「心臓が停止しました」

 全ては一言ですんだ。そして恭子は、行くあてもなく走りだした。



 行きついた場所は屋上だった。

(あの子は私の全てだった)

 それは家族愛をとうに超えたものだった。大切なものを失ってなお生きられるほど、恭子は強くなかった。

(それでも、生きなくちゃいけない)

 そんな風に揺れ動く恭子は、やがてある思いにたどり着き、そしてつぶやいた。

「もう嫌。この世界は悲しいことが多すぎる。もうこんな現実は嫌。まるで、まるで死ぬために生きてるみたいじゃない。そんなのもう嫌。こんなことなら・・・時が止まってほしい。死ぬことのない世界で、永遠にシュンと一緒にいたい。ずっとずっと・・・・・・」

 恭子の頬は、涙でぬれていた。

「でも無理よね・・・。永遠なんてない・・・」

 その時、恭子は気付いた。自分の前に立つ、少年の存在に。

「永遠はあるよ」

 彼は言った。

「ここにあるよ」

 恭子が顔を上げる。そこには、いるはずのない人物がいた。

「僕は、ずっといっしょにいられる」

 恭子は笑った。これが何であるのかを知った。そして、受け入れた。

 ・・・・・・そう。永遠の盟約は交わされたのだった。


<後編に続く>




   あとがき

 どうも。DILMです。

 またまたONEです。と、言っても、これは以前書いたのをHTMLにしただけなんですけどね。ですからそんなに手間はかかってないです。

 今回の(といってもまだ2作目ですが…)コンセプトは氷上の謎を暴く、です。

 そういうわけで…シリアスな上暗くなってしまいました。しかもネタばれしまくりですね。勘弁してください。

 後編もすぐに仕上げられると思います。ラストは、一応本編につながります。納得できるかどうかは解りませんが、読んで見て下さい。

 それでは。



 ☆ コメント ☆


 う〜む、シリアスです(^ ^;

 『ONE』本編を知っている方にとっては、非常に感情移入できるストーリーでしょう。
 私は…………氷上って誰?状態なので(^ ^;;;;;
 ごめんなさい。


 えっと、取り敢えずは、この姉弟がどうなってしまうのかが気になりますね。
 後編が楽しみです。
 尤も、『ONE』経験者の方は、すでにご存じなのかもしれませんけど(^ ^;


 DILMさん、ありがとうございました\(>w<)/



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