「セリオの話」第3話 「セリオの災難」
byたっきぃ




2月13日夜 来栖川家厨房

カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夕食とその片付けも終わり人気のない厨房に、何やら金属同士がぶつかり、こすれあう音が響いていた。
音のする方へ向かってみると、そこでは二人の少女がお菓子作りに精を出していた。

「セリオ〜〜〜〜〜〜、生地の方はこんな感じでいいの?」
「っと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうですね、全体的によく混ざっていますよ。それじゃ、これを型に流し込んで焼き上げ
ましょう。綾香さま、お願いできますか?」
「いいわよ。型は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱりこれがいいわね」
そう言うと、綾香は物入れからハート型の型を取り出すと、内側にバターを塗り始めた。
これをやらないと、焼き上がった時にきれいに型から抜けないのだ。
「そうですね、明日はバレンタインですからね。・・・・・・・・・・・早く浩之さんにこれを渡したいですね」
トッピング用のナッツを砕いていたセリオも、明日に思いを馳せているせいだろうか、いつの間にか手が止まってしまっていた。
これには、さすがに綾香も苦笑いした。いつもはてきぱきと仕事をこなすセリオだが、今日に限ってはしばしば作業の手が止まりがちに
なっていたからだ。
「セ〜リ〜オ〜、手が止まってたらいつまで経っても出来上がらないわよ。まったく、しょうがないんだから〜〜〜〜」
「・・・・・・・・・・・・そ、そうですね!?す、すいませんでした!何しろ、バレンタインなんて初めてなもので、それで
つい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
綾香の声で我に返ったのか、セリオは慌てて作業を再開した。最後の方は照れ隠しなども入っていたように聞こえたりもする。
「ふふっ、ま、しょうがないかしらね。私だって、彼氏にチョコを渡すなんてこれが初めてだし。・・・・・・生地の方は流し終わったけど、
これでどう?」
「これくらいなら大丈夫ですよ。オーブンの方は暖めてあるんで、このまま入れても大丈夫ですよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・って、
綾香様はいわゆる"義理チョコ"なども渡した事がないんですか?」
「"義理チョコ"なんて、そんな強調しなくてもいいわよ・・・・・・・・・・・・・・・・っと」
オーブンに、生地を流した型を納めながら、綾香は話を続けた。
「もちろん、父親やセバスチャンには渡していたわよ。だけど、恋人に渡すというのは、ね。
それに、今まで女子校に通ってたから出会いの機会なんてロクになかったし、仮にあったとしてもセバスチャンがいるから・・・・・・・・・・・・・」
「た、確かに・・・・・・・・・・・・・・・そうかもしれませんね」
「それに、今まで私はあげる方よりもらう方だったから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、そっか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ふぅ

そう言うと、溜息と共に急に綾香の表情が沈んだものに変わった
「どうしたんですか?」
「セリオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・明日になれば分かるわ」
「明日になればって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どういう事ですか?」
綾香の言葉に、セリオは何が何だか分からないでいた。
「明日、学校に行けば全てが分かるわ」
「は、はぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ダメを押すようにして言われた綾香の言葉に、セリオはただあいまいな返事を返すしかなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それよりも、今のうちにチョコクリームの方を作った方がいいんじゃないかしら?」
「あ、そ、そうですね。それじゃ、チョコを溶かすのから始めましょう。ついでですから、トリュフも作りませんか?思ったより簡単に
出来ますよ。」
「トリュフか・・・・・・・・・・・・・・・そうね。ケーキだけよりは、チョコそのものも贈った方があいつも喜ぶかもしれないわね。いいわよ。
だったら、作り方を教えてくれないかしら?」
「あ、はい。それじゃ綾香さま、湯せんにかけるんでチョコを砕いていただけませんか?くれぐれも、正拳突きで砕いてまな板を
割らないでくださいね」
沈んだ空気を振り払うかのように発せられた綾香の言葉で気が晴れたのか、いつも以上にセリオの口も滑らかになっていた。
「あのね〜〜〜、そっちこそ、温度計代わりに指を突っ込んだりしないでほしいものね。ついでに、突っ込んだ指を舐めてまた突っ込み
直さないでほしいものだわ」
「綾香さまじゃないんですから、そんな事しませんって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?!」
調子に乗っていたセリオがふと背後にイヤな気配を感じると、そこには綾香が引きつった笑顔で立っていた。
完全に戦闘モードの綾香である。
「セ〜リ〜オ〜、今の言葉、聞き逃さなかったわよ〜〜〜〜。もう一度、私に聞こえるように言ってみなさい!」
「わ〜〜〜〜〜っ!綾香さまごめんなさい〜〜〜〜〜!!今のは聞かなかった事にしてください〜〜〜〜〜!」
この日、来栖川家の厨房からは夜がふけるまで明かりと声が消えることはなかったという・・・・・・・・・・・・・・・





そして、2月14日。
全国的に聖バレンタインデーのこの日、日本中ではおびただしい量のチョコレートが、愛の告白と共に、もしくは職場・学校の人間関係
を維持するために女性から男性へと渡されていた。
そして、寺女では・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「な、何でこんなに沢山のチョコが私の机に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セリオが、自らの机に山と積まれたチョコレートや各種プレゼントを前に固まっていた。そして、彼女の傍らでは綾香が驚きの表情を
隠せずにいた。
「ある程度は予想してたけど、まさかこれほどとはね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひょっとしたら、私以上にもらってるんじゃないの
かしら、この娘?」

綾香が驚いたのには理由がある。
いわゆる女子校のお約束に漏れず、ここ寺女でもバレンタインには女生徒同士でのチョコのやり取りが盛んに行われていた。
圧倒的に多いのは、憧れの先輩に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・というパターンであるが、昨年のバレンタインでは綾香へそのチョコやプレゼン
トが殺到したのである。お嬢様で格闘技の女王、にも関わらず飾らない性格というキャラクターから、当時一年生だったにもかかわらず
同学年・先輩を問わず人気が集中したらしい。
昨年の例でいけば、今年も自分にある程度チョコが集中すると綾香は読んでいたのだろう。しかし、セリオが感情プログラムを搭載して
以来、状況が一変した。
これまでは、セリオといえばどこか近づき難いイメージがあったのだが、感情プログラムを搭載してからというもの、特に下級生たち
からの人気が集中しているのである。
曰く
「前と違って、やさしくて気さくなところがステキだな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って」
「来栖川先輩は遠くから見ているだけで充分だけど、セリオ先輩は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・少しでも近くにいられたらいいな、
なんて思ったりして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それでも、時々見せるクールなところもカッコいいのよね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「「「「はぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、セリオおねえさまぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!(はぁと)」」」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(汗)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とまあ、そんな訳で、セリオに贈られたチョコの殆どは下級生たちからのものだったのである。
セリオの机の上を見て、綾香が驚いたのも無理はないところかもしれない。

話を戻す。
「っと、そんな事より、この娘を何とかしないと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしもし〜〜〜〜〜〜、セリオさ〜〜〜〜ん、
大丈夫ですか〜〜〜〜〜〜?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?あ、綾香さま?!あ、わ、私なら大丈夫です!」
セリオの机の上の状況にしばらくの間驚きを隠せなかった綾香だったが、固まったままの彼女をいつまでもそのままにしておく
わけにもいかなかったので、彼女に声をかけ、現実の世界に戻ってくるよう促した。
綾香が声をかけてしばらく経つと、ようやくセリオから返事が返ってきた。まだ、目の前の状況が理解できないらしく、言葉の端々に
動揺しているのがうかがえる。
「それにしても・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゆうべ綾香様がおっしゃった事って、こういう事だったんですね。やっと分かりました。
でも、どうして女性同士でチョコレートを贈ったりするのでしょうか?本来は女性から男性に贈るものですよね?」
「それはねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一言で言ってしまえば、女子校のお約束というものよ」
「お、お約束ですか?!」
綾香の答えにセリオは思わず唖然としてしまった。もっと納得のいく回答が得られるものだと思っていたらしい。
「そ、お約束。深く考える必要はないわ。それに、人気があるからこそこうやって贈られてくるのだから、ありがたく受け取って
おきなさいよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。それでしたら、そういう事にしておきます。
それに・・・・・・・・・・・・・・・・、今は目の前のこれをどうするかが問題ですし」
「そうね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私も人の事は言えないしね。まあ、こんな事もあろうかと思って、これを用意
してきたのよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!

派手な効果音と共に綾香が取り出したのは、ロゴも鮮やかなユ○クロの紙袋だった。それも、一つや二つではなく、大きさも
かなりのものである。おそらく、フリースやジーンズを買ったり、3足900円のソックスをまとめ買いしたのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それにしても、えらく庶民的なお嬢さまだなぁ。
それに、その真○さん的なセリフ、人によっては誤解しかねないぞ。
それはともかく、綾香が大量に取り出したユ○クロの紙袋にセリオは圧倒された様子だった。
「なるほど〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、まさに、準備万端といった感じですね」
「でしょでしょでしょ〜〜〜〜。去年のバレンタインの時に持って帰るのに苦労したから、今年はこうやって紙袋を用意したってわけ。
ほら、幾つかあげるからセリオも片付けなさいよ。このままじゃ授業は受けられないし、先生に怒られるわよ」
「あ、そうですね。それじゃ急いで片付けないと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それじゃ、私の方も早く片付けるとしますか」
セリオがチョコを片付け始めると、綾香もまたセリオに負けるとも劣らない、自分の机の上に聳え立つチョコの山を片付けに
かかり始めた。
その最中、セリオは綾香からこんな事を言われた。
「ところでセリオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、昨夜言い忘れた事があったんだけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はい、何でしょうか?」
「休み時間も気を抜かない方がいいわよ。特に昼休みの充電中は要注意ね。私も時々様子を見に行くけど・・・・・・・・・・・・・・」
「?」
「まあ、これからが本番というところね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「綾香さま・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
綾香の言葉に、セリオはただ首を傾げるしかなかった。一体、休み時間に何を気をつけるというのであろうか?
「これからが本番」とはどういう事なのか?
それからというもの、その事だけが彼女のメモリを占めていったのだった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




その休み時間

チョコの次に彼女を待ち受けていたのは、女生徒からの告白の嵐だった。

ある者は、使われなくなった空き教室で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「セリオ先輩、こ、これ、受け取っていただけませんでしょうか?わ、私の気持ちなんですけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

別のある者は校舎の裏で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「せ、先輩・・・・・・・・・・・・・・・・私、前から先輩の事が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そして、またある者はそこで告白すれば想いがかなうという伝説の樹の下(笑)で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「先輩!私、先輩の事が好きなんです!私だけのお姉様になってください!」

といった具合に、ほぼ100%といってもよいであろう、後輩たちからの告白を受けるハメになってしまったのである。
そして、その度にセリオは、
「気持ちはうれしいんですが、私にはお付き合いしている男性がいますから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
と断っては、彼女たちを次から次に泣かせてきたのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セリオって女泣かせ?
「違いますってば〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

合掌


そんなわけで、また一人後輩からの告白を断ったセリオは、教室へと戻るべく足を速めていた。
もうすぐ4時間目が始まってしまうので、どうしても急がざるを得ない。今回は一人だけで済んだが、時には二人から呼び出されたり
もするので、その時などは教室までダッシュで戻らなくてはならないのだ。おまけに、今回呼び出された場所は体育準備室だったり
するから尚更である。
「綾香さまのおっしゃってた事はこの事だったんですね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
歩きながら彼女は、綾香から朝言われた事を再確認するかのようにつぶやいた。
「綾香さまは女子校のお約束だっておっしゃってましたけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ぴたっ

と、そこでセリオの足が止まった。授業がもう間もなく始まるせいであろうか、廊下には生徒の姿はない。

「女同士で、しかもメイドロボに告白するなんて、そんな不毛なお約束はイヤです〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

セリオの叫びは、誰もいない廊下にこだまするだけだった。

再び合掌




昼休み

今はセリオの充電用スペースに用いられている空き教室の入り口で、綾香はセリオに何やら説明をしていた。
「それじゃセリオ、私も時々様子を見に来るけど、くれぐれも気をつけるのよ。あんたの場合、充電中が一番無防備で危ないんだから」
「はい、分かっています。それは今日身に染みて感じました」
「そうよね〜〜〜。今日のセリオ、校内で一番忙しかったみたいだし」
セリオの言葉に綾香は苦笑した。と同時に、かつての自分の姿をを重ね合わせているようにも見えた。
「話を続けるわね。それから、職員室からここの鍵は借りてるから、内側から鍵をかけておいた方がいいわ。これで私以外はこの部屋
には入れないようになるから、よほどの事がない限りは大丈夫だと思うわ。・・・・・・・・・・・・・・・・気をつけてね、セリオ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・綾香さま・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言われた事に気をつければ、大丈夫ですよ。それでは、また後で」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうね。それじゃ、また後で」

ガチャ

そう言葉を交わすとセリオは教室に入り、中から鍵をかけてしまった。綾香もまた、セリオが鍵をかけたのを確かめると、教室の前を
後にした。
「何事もなければいいんだけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だが、そんな二人を柱の陰から何者かが見つめていた事に、二人とも気付いてはいなかったのだった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


綾香の姿が見えなくなったのを確認するようにして、その何者かは柱の陰から姿を現した。どうやら一年生らしい。
背はいくぶん小柄ながら、ショートカットがよく似合う元気そうな娘である。
「どうやらいなくなったようね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セリオ先輩、待っててください」
彼女は、辺りを見回して人影がないのを確認すると、扉の前に取り付いて何やらゴソゴソ作業を始めた。
どうやら、鍵がかけられることも予想していたらしく、鍵開けのための道具も持ち込んでいたようだ。
恋する乙女というのは、想いを伝えるためなら手段を問わないのだろうか?

カチャカチャ、カチャカチャ、カチャカチャ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「さすがに、練習のようにはうまくいかないわね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうやら、この日の為に鍵開けの練習まで積んできたらしく、彼女は一人呟いた。周りには人影はないが、思ったよりも鍵開けの音が
廊下に響くので、急がないと他の生徒や教職員たちに見つかってしまう恐れがある。
彼女は焦り始めた。このまま鍵は開かないのだろうか?そう思い始めた矢先、それまでと違う音が鍵穴から聞こえた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カチャリ

「!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・開いたわ!これで先輩に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
時間にすると5分かそこらであっただろうか、しかし、彼女にとってはその何十倍もの長さに感じただろう。ようやく鍵を開けることに
成功すると、彼女は周囲を見渡しながら教室の中へと足を踏み入れていった。


一方、セリオと別れたあと、綾香は教室へと戻るべく校内を歩いていた。校内は昼時ともあってか、学食へ向かう生徒もいれば
お気に入りの場所へ向かう生徒もいるといった具合で、賑やかさに溢れていた。
綾香もまた、昼食を取るべく教室へと戻っていったのだが、その心中はセリオの事で占められていた。
「あの娘、本当に大丈夫なのかしら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一応、あれで大丈夫だと思うんだけど・・・・・・・・・・・・・・・・・」
綾香がそんな事を考えながら廊下を歩いているその時、向こうから一年生らしき集団がやってくるのが見えた。
昼休みという開放感も手伝ってか、賑やかなことこの上ない。
特に気にする事もなく彼女がその集団とすれ違ったその時、綾香は一年生集団の会話に耳を疑った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それにしても、あの子のセリオ先輩好きも何とかならないのかしらね〜〜〜〜」
「そうね〜〜〜〜、いくら何でも充電用の空き教室に忍び込むために鍵開けの練習をする事もないのに・・・・・・・・・・・・・・・」

「鍵開けですって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しまった!そこまでは考えてなかったわ!!」
その瞬間、彼女たちの会話を最後まで聞く事なく、綾香はもと来た道を引き返し、疾風の如く空き教室へと駆け出していった。
「何考えてるのよ、今年の一年は!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セリオ、待っててね!!」


一方、充電用教室では・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えーっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、セリオ先輩はどこかしら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その彼女が、お目当ての先輩を探すべく教室を見渡していた。普段は使われていないため電気は付けられてなく、カーテンも
閉められているため教室の中は薄暗くて見えにくくなっている。
「こんなに暗くちゃ、、どこにいるのか分からないじゃないの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらくすると目が暗さに慣れてきたのか、教室の中が分かるようになってきた。と、後ろの窓際に人影があるのを彼女は
発見した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかすると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり!」
すかさず近寄って確かめてみると、彼女が想い焦がれていたセリオ先輩が紛れもなくそこにいた。充電中のためか、セリオは全機能を
カットしており、目を閉じたまま身動き一つせずにそこに座っている。その姿に、彼女は思わずセリオの元へと近づいて、自らの手を
セリオの頬へと摺り寄せていった。
「先輩の頬、すべすべしてる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気持ちいい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セリオの肌触りに、思わず彼女は声を上げてしまった。憧れの先輩が自分の目の前に身動きもせずにいる、その事が彼女の気持ちを
高ぶらせているのかもしれない。
「それに、先輩の髪の毛も・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんなにサラサラしてるなんて・・・・・・・・・・・・・」
今度は、うっとりとした表情で、彼女はセリオの髪を弄び続けていた。そして、しばしの間、セリオの栗色の長髪を宙に舞わせたり
して、そのサラサラとした感触を楽しんだりしていた。その度に、かすかに漏れ入る光に髪が照らされ、輝いて見えた。
「先輩の髪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・キラキラしてて綺麗・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それだけでは飽き足らなくなったのか、今度は彼女の顔がセリオの顔へと近づいていった。
「もう我慢できない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セリオ先輩・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・キス、してもいいですか・・・・・・・・・・?」
とうとう、彼女の目標はセリオの唇へと移された。彼女の顔が、セリオの艶やかな薄ピンク色の唇へと近づいていく。
「あ、私・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セリオ先輩と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・キスしちゃうんだ・・・・・・・・・・・・・・・・」
少しづつ、ゆっくりと近づいていく唇。
セリオの傍らにあるノートパソコンの画面には、「80%」と充電率が表示されていた。まだ彼女が再び目覚める気配はない。
このままセリオは唇を見ず知らずの後輩に奪われてしまうのだろうか?


とその時、

「充電中のメイドロボを襲おうとするなんて、最近の娘はいい度胸してるわね〜〜〜〜〜〜」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

背後から聞こえてきた声に、キスまでもう少しだった彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。
そして、恐る恐る声の聞こえた方向へ振り向いてみると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そこには、綾香が立っていた。
「く、く、く、来栖川先輩っ。ど、ど、ど、どうしてこ、こ、こ、ここへ?」
綾香の姿を確認すると、彼女にはそれだけ言うのが精一杯だった。
そんな彼女に、綾香は不敵そうな微笑を浮かべながらこう答えた。
「教室へ戻る途中、あなたの同級生の会話を聞いちゃったのよ。鍵開けの練習までしてる娘がいるってね。それで急いで引き返して
きたのよ。そうしたら、これだものね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・危ういところだったわよ」
「あ、あの娘たちね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれだけ人前では話すなっていったのに!」
心当たりがあるらしく、彼女は怒りを露わにしていたが、綾香はそれには構わず話を続けた。
「それにしても、まさに間一髪ってところね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おまけに、こんなものまで用意しちゃって」
彼女が使ったらしき鍵開けの道具を手に取ると、綾香は呆れた様子で呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これって、ピッキング強盗に使われているのと同じ道具じゃない。犯罪者紛いの方法だなんて、何考えてる
のかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、そ、それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ピッキング強盗と同じ手口で鍵を開けて、メイドロボを襲うなんて、寺女始まって以来かもしれないわね。この事が学校外に
漏れたら、どう責任を取るつもりなのかしら?」
「!」
綾香の言葉に彼女の体が一瞬ビクッとし、そのまま固まってしまった。この事が世に知れたら、謹慎や停学といった処分では
済まされない事が予想されたのだろう。しばらくすると、半泣きの状態で彼女が弁解を始めた。
「うっ、うっ、も、申し訳ありませんでした・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セリオ先輩の事を考えているうちに、自分でもどうしたら
いいのか分からなくなってしまって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つい、こんな事をしてしまったんです・・・・・・・・・・・・
ほ、本当に申し訳ありませんでした・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんんんん」
「まったくもう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・泣くんだったら最初からやらなければいいのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いいわ。この事はここだけにしておきましょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?ほ、本当ですか?!」
綾香の言葉を聞いて、彼女の泣き声がぴたりと止まった。現金なものである。
「た、だ、し!今後は一切セリオには近づかない事!それから、この事は一切誰にも言わないこと!これが守れなかったら、
その時は・・・・・・・・・・・・・・・・分かってるわね?」
「は、はい、分かりました!約束します!」
「だったら、早く行きなさい。もうすぐ五時間目が始まるわよ」
「分かりました。本当に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・申し訳ありませんでした!」
そう言うと、彼女は駆け足で教室を立ち去っていった。
「ふぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
溜息をひとつつきながらに彼女を見送ると、綾香はセリオの傍にあった椅子に腰をかけた。
ノートパソコンの画面に表示されていた充電率は、すでに98%にまで達していた。もう数分もすればセリオは再び目覚めるだろう。
そんな彼女のもの言わぬ横顔をじっと見つめながら、綾香は一人つぶやいた。
「まったく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・世話焼かせるんだから」
ただ、そうは言ったものの、綾香の顔には柔らかな微笑みが浮かんでいたのもまた、確かだった。
それはまるで、我が子をいとおしむ母親のような、そんな笑顔だった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!それじゃ、もう少しのところで私の唇が奪われそうになったんですか?!私の唇は、浩之さん
だけのものなのに〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
綾香から充電中に起きた事を聞かされたセリオは、いつもの彼女では考えられないほどの大声を上げて叫んでいた・・・・・・・・・・・

放課後。

なおも二人にチョコを渡そうと待ち構えている生徒達を何とかかわしつつ、二人は学校を後にした。
その二人の背後からは、「綾香先輩ぃ〜〜〜〜〜!」とか「セリオおねえさまぁ〜〜〜〜〜!」などという声が聞こえてくる。
おそらく、二人にチョコを渡せなかった下級生の叫びなのだろう。
そんな彼女たちの叫びを耳にしつつ、二人はいつものように神社の境内へと向かっていた。
その途中、綾香からことの真相を聞かされたセリオが発したのが上の言葉だったのである。
「どこでそんな言葉覚えたのよ、一体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。まあ、これからはあんたには近づかないって約束させた
から、許してあげなさいって」
「でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・泥棒紛いの手口で鍵開けまでするなんて・・・・・・・・・・・・・・・・・ブツブツ・・・・・・・」
「あははは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なおも気が収まらないのか、ブツブツ文句を言い続けてるセリオを見て、綾香は苦笑いした。
「ところで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よくもこれだけもらったものね〜〜〜〜〜〜〜。それだけ、セリオの人気がある
という事かしら?もしかしたら、今回は負けたかもしれないわね、私」
いつまでもセリオがブツブツと文句ばかり言ってるので、話題を変えようと思った綾香は、セリオが両手に持っていた紙袋に
話を振る事にした。結局、セリオがもらったチョコその他諸々は、紙袋3つ分にまで膨れ上がっていた。
一方の綾香もそれには及ばないとはいえ、紙袋二つを両手に下げていたのだから、相当なものである。
が、その事に触れられたセリオの表情が今度は複雑なものへと変わっていった
「その事なんですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ん、どうしたの?うれしくないの?」
黙り込んでしまったセリオに綾香は問い掛けた。
しばらくしてセリオは口を開いたが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「女同士で、しかもメイドロボにチョコを渡すなんて、そんな不毛なバレンタインはイヤすぎます〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

ずるっ

その言葉に、思わず綾香はズッこけてしまった。そんな綾香に構わず、なおもセリオの言葉は続く。
「やっぱり、バレンタインは女性から男性にチョコを渡すに限ると思います〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
さあ綾香さまっ、早く練習場所へ行きましょう!浩之さんが待ってますよ!」
「セリオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんたって娘は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かったわ、それじゃどっちが先にチョコを渡せるか競争よ!早くしないと、私が先にチョコを渡すからね!」
ようやくいつもの調子に戻ったセリオを尻目に、綾香は浩之の待つ神社へと駆け出していった。
「あ、綾香さまずるいです!私の方が荷物が多い事を知ってるのに!!」
そして、彼女の後を両手に荷物を下げたセリオが、文句を言いながら慌てて追っていった。だが、口では文句を言っても顔が笑って
いたのは、最愛の男性にチョコを渡せるという喜びに溢れていたからだろう。
何しろ、二人が苦心して作り上げたチョコレートなのだから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「「これが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私たちの気持ちよ(です)、浩之っ(さんっ)!!」」





了





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