その生き様

 

青草道 僅魂館

20数年前の事、京都に青草道の道場『僅魂館』(きんこんかん)があった頃の話である。多くの若者が青草の道を極めるため修行をしていた。ある者は万丈をめざし、ある者は漫怒淋を突き詰めておった。その中に実力の突出した二人の若い兄弟がおった。一人は年の割には何でも理屈をこねるが実践に対する努力も惜しまないところから『ご老人』と呼ばれておった。もう一人は道場の人気者で修行よりも勝負、勝つ技術は常に隠し持って置くことから、『ご頂点』と呼ばれておった。二人は仲も良いが敵対心も強く、それだけに道場を二分する勢力を築きつつあった。困り果てた道場主、青草道開祖の紋楼は二人を勝負させ、勝った方に道場を譲ることにした。また、負けた方は道場を去り修行の旅をして、己の青草道を開眼する事が条件となった。勝負はその年の8月の第一週末に行われた。

兵庫県 野原健康促進村

全国の青草道の修練場である兵庫県の野原健康促進村では木曜の夜から戦いが始まっていた。勝負は最も一般的な蛇無の三本勝負で行われ、一本目の青峰山小屋では練り上げた技術で『ご老人』の勝ち。二本目は手品師根路の得意技、手根師『ご頂点』の圧勝。そして、三本目は二人とも攻めあぐねていた、なぜなら勝負が新青草回帰立直だったからである。そう、立直は最後を何度も繰り返すので、終わりが付かないのだ。決着がつかぬまま、まもなく夜が明けようとしていた。そこへ青草道開祖の紋楼が突然現れた。『ご老人』『ご頂点』が開祖を見てひるんだ隙を逃さず必殺技、米国青草王様の得意技『ト長調走り止め』を強行して勝負に決着をつけたのであった。

2匹のちびザル

『ご頂点』は言った、「この卑怯者、しかも私の得意技で」。

『ご老人』は「確かに卑怯だ、しかし勝ちは勝ち」

紋楼は二人に向かってこう言った。
「勝負にはたしかに『ご老人』が勝った。しかし最後まで誠実に戦った『ご頂点』が己には勝ったのじゃ、二人ともこのままでは気がすまんじゃろ、どうじゃ何年か先に今度はお前たちの子供で勝負をしてみようではないか。」

「しかし私たちには子供がおりません。」

「案ずるではない、今そこの加州大磯の前に2匹のちびザルが捨ててあった。みたところ双子であろう、こちらの山に帰りたがっている方を『ご老人』に、黒い方を『ご頂点』に預けよう。そして、約束通り道場は『ご老人』にゆずる。『ご頂点』は旅に出るのじゃ。」

ちび山

自分がサルであることも、捨て子の双子の片割れであることも知らないまま大きくなっていくちび山『僅魂館』の跡取り娘として厳しい修行が待っていた。遊びと言えば針の穴を通すような弦巻きや、太鼓の上で橋を立てるなどの万丈技しかさせてもらえなかった。おのずと実力もつき青草道界の青紐と呼ばれていたが、本人にとってはつらくて、苦しいこととしか感じていなかったので、繰り出す技もどこか暗い陰が漂っていた。

ちびクロ

『ご頂点』ちびクロと共に旅の人となった、ちびクロの右肩には紋楼が別れ際に渡した、ちび万丈がかかっていた。『ご頂点』は思った「もう私の生きるすべはこのちびクロとちび万丈しかないのか、となれば青草を捨て、もっと独創的で人々に喜んでもらえる道を見つけなければ。」これから『ご頂点』の生活をかえりみない修行が始まったであった。
一方
ちびクロは修行に励む父を支える為、幼い頃から働きに出され、栃木では日光軍団の丁稚として、大分の高崎山ではえさの調達係として、また、箕面では民家に盗みに入ったことさえある。常に生活と背中合わせの為、青草はおろか、万丈技の使い方さえ憶える暇がなかった。
ちびクロがすこし大きくなった頃『ご頂点』神戸失街であらたな道を開眼しつつあった。どんなときでも明るく楽しく、みているちびクロには逆に切なく思えて、より父を哀れむ様になっていく。

ちびクロ開眼

神戸に長く逗留していたので、ちびクロ箕面温泉風呂庭と言うところで住み込みで下働きをしていた。毎日舞台に上がる演歌歌手のお世話をするのだ。演歌の歌手たちは皆、お風呂上がりのお客さんに悲しい唄で楽しませていた。ちびクロ「悲しい唄なのに何故人は楽しいんだろう?」 そういえば昔、『とっても淋しい事が青草の道だ』と父が言っていた事を思い出した。そして、しばらくしてちびクロにとって決定的な出来事が起こった。大物演歌歌手峰川西子が来たのだ、いつもの様にお世話をしていると、西子ちびクロ「あら、あなたいい万丈持ってるじゃないの、それは擬撫損なの」「いいえ、これは生まれたときから肩に掛かっていて使い方も、何も知らないんです。」「あら、もったいないそれをちゃんと使えるようになったらこの世界でも生きていけるわよ。生活も楽になるし、今日の舞台は百万円ほどいただいたわ。」
ちびクロ
はこれが父の捨てた青草の道なんだと勘違いをしたまま、演歌の道に傾倒していったのであった。

陽山道

『ご頂点』もこの頃開眼し自らの道を陽山道と名付け枚方の山中、岩舟あたりに道場を開いていた、陽山道青草道と違い、舞いまやかし等、技本来よりも視覚的に相手を圧倒する奥義であった。ちびクロもこの頃は父と一緒に暮らし、自らの演歌道青草道と勘違いしたまま父には内緒で修行していた。そんなある日道場に二人の来客があった。

再会

道場を訪れたのは紛れもなく『ご老人』ちび山の二人連れであった。『ご頂点』は二人に駆け寄り半分涙顔で言った。「姉さん!」

注、ここからは会話調でそのときの模様を再現します。頂=『ご頂点』、老=『ご老人』
山=ぢび山、クロ=ちびクロ、弟1=弟子1、弟2=弟子2

老、『ご頂点』久しぶりよのう。姉さんと呼ばれるのもなぁ、子供の頃は二人とも普通の姉と弟じゃった。青草の道を進みはじめてから私は女を捨てたのじゃ。慕撫嗚呼手酢『青草』と言う書にも『青草は盛装した男がするべし』と書いてあるのじゃ。」

頂、「姉さん、もうそんな時代は終わったのですよ。青草にこだわっていては真の芸を極められません。これからはどんな技をも吸収していく必要があります。青草にも新青草宇宙青草蛇豆青草など、鳥鹿と言う御仁は鳴り物まで添える様になったとか、また最近では道具という技も生まれておるそうです。紋楼様ももうお年、将来を真剣に考えるのであれば伝統的な青草だけでは弟子は集まりません。食うためには幅広い要素が必要なのです。
私たちの関係も元に戻そうではありませんか、これからは私の事も
『ご頂点』と呼ばず三郎と呼んで下さい、敏子姉さん。」

老、「ばかもん、そんないい加減な性格だから青草の道も極められず、能書きばかりたれて邪道なものまで世に広め、平等という名の不公平を平気な顔で行うのじゃ。『ご頂点』よ目を覚ませ。真の青草を極めるのじゃ。」

頂、「姉さんやめましょう。私たちはどこまで行っても解りあえぬ様です。久しぶりに会ってすぐ喧嘩では話にもなりません。で、今日は何か話でもあったのですか。まあ、家に上がってお茶でもいかがです。」

、「そうじゃなぁ、すこし折り入った話もあるしそうさせてもらおう」

頂、「おーい誰かおらぬか、お客様じゃ」

弟1、「はーい」

頂、「そちらに連れておられるのはあの時の」

老、「そうじゃ、こらおじさんに挨拶せぬか。」

山、「はじめまして、ちび山です。」

頂、「そうか、ちび山ちゃんか、おじさんの子供もちびクロと言うんだよ。」

老、「奇遇じゃのう、おまえもちびを名付けたのか。」

頂、「あたりまえでしょ。紋楼様と共に青草をはじめられた稚微和井頭様からいただいたのですから、」

老、頂、「ハッハッハッハッ」

山、「わたしちびクロちゃんに会いたい」

老、「そうじゃ、そのちびクロはどこにおるのじゃ」

頂、「最近わたしに隠れて裏山に良く出かけるんですが、なにをしているのか。誰か呼びにやらせましょう。おーい誰がちびクロを呼んできてくれ。」

弟2、「はーい」

クロ、「お父様どうしました。」

老、「これはちび山にそっくりじゃ」

頂、「当たり前でしょう、何せ二人はふた・・・おっと、いとこですから」

老、「これ軽々しく口に出すでない。二人はいとこであるぞ。」

クロ、「まぁー私にそっくり、あなたがちび山ちゃんなのね。」

山、「こんにちは、ほんとにそっくり、どこが違うのかしら」

クロ、「じゃあこっちに来て、お互い見せあって違うところを探しましょ。」

山、「いくいく」

老、「無邪気なもんじゃ。ところで話というのはほかでもない、あのちび山ちびクロじゃが、二人も、もう10歳になる、私はちび山にはかなりの奥義を教え込んだ、うちの弟子でもちび山にかなうものはおらん。とくに万丈技では飛び抜けておる。見たところちびクロも肩に掛かったあの紋楼様からいただいた、ちび万丈を使いこなしておる様子。どうじゃ二人を組ましてみぬか、名前ももう考えてある。ちび古図じゃ。」

頂、「姉さん、それは出来ません。ちびクロは青草はおろか、ろくに万丈技も教えてはおりません。あのちび万丈も、ないと体の重心が狂うので持っているだけで、ただのおもりとなっております。」

老、「なに、あの時の紋楼様の言いつけを守ってはおらぬのか、

頂、「私は青草を捨てました。もうその話は・・・」

山、クロ、「キャキャキャ、」

クロ、「お父様ちび山ちゃんと違うところがあったよ。」

山、「そうなの一カ所だけ違うところがあったのよ。」

頂、「それはどこだい」

クロ、「うーん恥ずかしい・・」

山、「それはね、」

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