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〜生きてお役に立つ〜(編集長)

 皆様いかがお過ごしでしょうか。

 6月は四国では空梅雨と言われ水不足も心配されましたが、7月を迎え一転して大雨となり水不足も解消されました。

 しかし、雨が降っても愚痴、降らなくても不足の声があちこちから聞こえて参りますが、考えてみて人間とは得手勝手な難儀が好きな生き物だと思うのです。

 人が集まれば、怪我でも病気でも、天候のことでも、仕事のことでも不幸自慢がすぐに始まる。

 けれども人が集まって、私はこんなに幸せですと幸せ自慢が始まったとは聞いたことがない。

 幸せになりたいのだけれども、手元にある幸せを素直に喜ばないで、あら探しをするように悪いところを探し、さもすべてが悪いように言い立てる。

 別の言葉で言うと「足(たる)を知らない」と言えるのでしょうか。

 本当に死ぬような程に悪くなったり、物品もすべて無くなってみないと、普段の時がいかに恵まれていたのか有り難かったのか、その有り難さが分からないというのは、本当に難儀なことであるなあと思うのであります。

 信心させて頂く中に天地のお働きの中には、実は無駄がないなあと常々に感じるのであります。

 日常的にあるからと思って無駄に浪費したりしておると不思議と足りなくなる。

 そうすると今あるということは、神様の予定ではないけれども、後で必要になるから先に渡して下されているということも、多くあると思うのであります。

 あることにしっかりと感謝し御礼を申し、またあるものが生きてお役に立つ働きとなりますようにと願わせて頂き、神様の祈りを感じて大切に使わせて頂く。

 その中に後になっておかげが現れ足ることになるのだと思います。

 難儀の中でも、良いところも一つ二つはあるものです。

 そこを探してでも、喜んで笑顔で御礼を申していれば、幸せが近づいてくれると思います。

 御教えの中に「ご信心しておれば、あだ口にも悪いことを言うてはならぬぞ。言うとおりになってくるぞ。」とあります。

 悪いことは言わずに喜ぶべきところは、しっかりと喜ばせて頂き、小さなおかげも生かしてお役に立たせて頂くような心に、幸せは生まれてくるのだと思います。

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