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〜一年を振り返りて〜(編集長)

歳末に 思い返せし 一年を よくぞここまで 生かされてあり。
起こり来る 事柄の中 受け入れて 喜び生かす 和賀心かな。


12月を迎える中に、この一年どうであったのかを思う。

当教会では「喜び生かす生き方」を年頭の祈願とさせて頂き、取り組ませて頂いたのであるが、どこまでさせて頂けたのか。

日常生活させて頂く中には、いろいろなことが起こって来るもので、もちろん良いことばかりではないのであります。

当然のように悪いことも起きてくる。

生身の人間でありますから病気もすることもあるし怪我をすることもある。

知り合いの方が亡くなられることもあったり、天災なども今年は特に多かったように思う。

信心させて頂く者として、どう受け止めればよいのか。

私個人としては、いろいろある中にも生かして頂けたとの感謝の気持ちが多い。

しかし、難儀の渦中にあって、自らも共に死んでしまいたいとまで思われている人も多いのも、また確かなのである。

信心させて頂く者として、そのような方に何を伝えればよいのか。

他人のことについて言葉にして伝えても単なる私個人のエゴかも知れない、またきれい事を並べても希望でしかないのかも判らない。

しかし伝えるべき言葉としては「生きていてもらいたい」。

祈りとして「どうぞこの人が生きる希望がもてますように助かりますように」と祈らずにはおれないのであります。

願えば何でも成就すると思っているわけではない。

場合によっては一時の祈りで済んでしまうこともあると思う。

けれども難儀な氏子を知ってしまったその時には「助かってくれ」と祈らずにはおられないのも、また事実なのであります。

亡くなられた人のことは御霊の助かりとして祈る他はないのであります。

ここからも苦しいことも多いかも判りませんが、ここまで生かせて頂いた者同士として「よくぞここまで生かされて生きて下された」と命のあることを喜び合える一年の最後を迎えさせて頂きたいと思うのであります。

人のことまで祈らせて頂ける心、どんな中でも少しずつでも喜ぶことが出来ていくことが出来る心、生きていたいと感じられる心が和賀心なのではないかと感じるのであります。

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