金光教祖のみ教えの中に、
「信心はたやすいものであるが、みな人間からむずかしくする
三年、五年の信心では、まだ迷いやすい。
十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ
日は年月のはじまりであるから、その日その日のおかげを
受けていけば立ち行くことができる。たやすく信心をせよ。」
と教えて下さってありますが、このみ教えは、信心に限らず、生活の全面、仕事のことなどの上にも当てはまるものではないかと思うのであります。
毎日の生活の中に、様々な出来事、難儀なことや、頼まれごと、自分で日課に決めてさせて頂くこと、色々とあるわけであります。
けれども、事の重大さ、責任の重さ、あるいは、続けてさせて頂くことの大変さ、そのことを目の前にした時に、逃げ腰になったり、あきらめや、愚痴や不足が出てしまうようなことがあると思うのであります。
ですが、どういうことであったとしても、まず大切なのは、物事を見て始めること、一つづつでもさせて頂いておれば、いつかはおかげになるわけで、あきらめないで最後まで続けることだと思うんです。
教祖様は、「神様にお願いをしてさせて頂くことに無駄事はない。」とも教えて下さってあるわけで、お取次を願うてさせて頂いたことは、事の成功、失敗に関わらず、何か自分の上にも得る物があるわけであります。
そう考えてみると、物事を暗く考えず、させて頂くことが生きるようなやり方、同じやるのでも、嫌々やるのと、させて頂こうと意欲を持ってするのとでは、やはりおかげも変わってくると思うんです。
まだこれだけしか出来てないと思うよりも、これだけさせて頂けた、有り難うございます。と、御礼を申してさせて頂く方が、自分のためにもなるように思わせて頂くのです。
何事も信心の稽古と思わして頂いてまず実行をさせて頂こうと思います。
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