皆様お元気でおかげを頂いて下さってありましょうか。
今年も早最後の月、師走を迎えさせて頂きました。
今月今日、毎日日々新たな日を、おかげを頂き、私も至らぬながら信心の稽古をさせて頂き、御用に使って頂いておりますが、今年を振り返って思わせて頂きますのに、世の中にも本当に様々な色々の問題が起き、その中で人々は悩み苦しみ、又、亡くなっていかれた人、早く皆が幸せな生活、日々の暮らしが出来られることを願わずにはおられません。
その中で土佐高岡教会でも、信者様の中にも、色々の病気、問題、又、亡くなっていかれた人、私もなんとかおかげを頂いて助かって頂きたいものと、至らぬながらも私なりに一心に神様、霊様に心を向けさせて頂き、お願いさせて頂きますが、嬉しいこと悲しいこと、色々起きてまいりますが、起きてきました事柄を一つ一つ考え、思わせて頂きますのに、神様はその中に心の救いのおかげを下さってある事に、ありがたいことといつも御礼を申し上げさせて頂くのでございます。
私は十六歳の時、土佐高岡教会へ御神縁を頂きましたが、その時、始めてお広前に座らせて頂きました時、何とも今まで感じたことのない、フアッと体全体が心温まる思いに感ぜられ、子供ながらに、神様のお広前は外の所とは違うのかなと思わせて頂いたのが、本当に昨日のように思われますが、御結界から先代親先生が、私に
「これからは、自分で困ったと思うこと、又、お願いしたいことは、毎日御結界へ来てお願いしなさい。この場所は目の前に人はいなくても、いつも生神金光大神様がお座りになっていて御用して下さってあるので、願い事をそのまま申し上げてお願いさせてもらいなさい。そうすれば良いことも悪いと思えることも、みな神様が助かりになるよう導いて下さるから。」
と教えて下さいました。
それから私は、先代親先生が教えて下さったことを、このことが金光教の信心だと信じ切り、毎日、どんな時も生神金光大神様に御取次を願い御取次を頂いて信心の稽古をさせて頂き、亡き命も助けて頂き、至らぬ中にも、おかげを頂き通しに頂いて、今年で四十七年にならせて頂き本当に勿体ないありがたいことと御礼を申し、神様、霊様に御守りを頂き、多くの人々のお祈りお世話になっていることに感謝をして御用に使って頂いております。
御取次を願い御取次を頂くということは、御取次の願いっ放しだけでも生神金光大神様の御徳で神様が助けて下さることもありますが、御取次を願うと共に頂くという事が大切で御取次を頂いた御教え、又、お願いをさせて頂いたことを、自分自身も一心に神様に心を向け、実践に移し、稽古をさせて頂く、それで生神金光大神様の御取次と合わせて、あいよかけよで助かるという神様からのおかげが生き生きと現れ、救い助けられていくのではないでしょうか。
それが金光教の信心の稽古ではないかと、私も思わせて頂き、稽古をさせて頂いております。
今年最後の月も共々に信心の稽古を進めさせて頂き、平成十五年を御礼を申し喜びで迎えさせて頂きたいものでございます。
皆様にもお元気で十二月も万事の上に、立ち行きのおかげを頂かれますようお祈り申しております。
教会だよりトップページへ戻る
投稿の雑記帳へ行く
投稿いただいたお話一覧へ戻る
Copyright(C)2001-2023 Konkokyo Church of TosaTakaoka. All rights reserved.