教会の庭(通路?)に置いてある植木鉢にセキチクの花が咲いていました。
花としては小さく、雑草と見まがう程のものですが、最初、花が咲いた時には色が薄く、日を追う事にピンク色の花は色濃くなって、一輪しか咲いていませんでしたがその存在感をまわりに誇示しているんです。
天地の間に咲いている小さな花ですから、生命というところから考えれば、人間と替わらないのです。
写真を撮った時には、もう萎みかけていたかも知れませんが、それでも最後の輝きを見せている。
自分たち人間はどうなのでありましょうか。
天地の間に生まれ、学び、輝き、そして次の世代に生命を残し、死んでいく。
その中で、どれほど生きれているだろうか。
誰かが「人生をあの時からやり直したい」と言ったら、ある人は「人生はやり直す必要のないものだ。ただ今を生きているだけだから、どれだけ今を精一杯生きれるか、それには年齢も何も関係ない」と言ったんです。
若くても老いていても、今を精一杯生きれない人は、やり直しても同じ繰り返しをすると思うんです。
「明日やればいいや」「後でするから」多くの人は、そんな思いが心に浮かぶと思うんです。
悪いこととは言いません。でも、本当に後があるのか、明日があるのかは神様でもない限り判らないのです。
ただ、急かされるように生き急ぐように行動するわけではないけれど、後で後悔することがないような生き方はしておきたいと願う今日この頃です。
小さな花の生命が教えてくれる。そんな出来事にも気がつける。日々が新たに和賀心でありたいものです。
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