[とある少年の悲劇に対する考察]
                              阿修羅王

 第一章 [破滅への序曲]

 コンフォート17の一室、葛城家。
 世界の命運を一手に担う、と言っても過言ではない重要人物、それこそSPやSS
が一個中隊は警護してもおかしくはない重要人物が、3人も生活する場である。
 一人は、天性の適応性で、単独での使徒撃破数一位の、[エヴァ]初号機専属操縦
者である14才の少年、サードチルドレン・碇シンジ。
 一人は、卓越した作戦立案能力と、また実戦指揮能力で弱冠二十代で三佐の地位を
得、また使徒を撃退しつづけた有能な作戦部長、葛城ミサト。
 そして…
 十四才にして学士資格を得、また一般の大卒者をはるかに上回る知識、知能、考察
能力を持ち、幾度もその危機を乗り越えてきた美貌の少女[エヴァ]弐号機専属者、
セカンド・チルドレン…
 惣流・アスカ・ラングレー。
 もし、マンションのこの一室に、ナパーム弾の一撃でも叩き込めば、歴史はほぼ完
全に変わるであろう。それだけの重要さを持つ、人々である。
 が…
 夕食時の葛城家のなかでは、彼らのその重要さとはまったく関係ない光景が展開さ
れていた。
「…いいんじゃないの、シンちゃんだって、わぁかいんだから…」
「そおいう問題じゃないでしょう!?」
「あ、あの…二人とも…」
 二人の、妙齢の美女と美少女が論争を繰り広げているのを、中性的な顔立ちと細身
の身体をもつ少年が、おろおろ顔で止めようとしている。
 片方の女性…実際の年令は29歳ではあるが、年令よりかなり若く見える…は、ノ
ーブラでタンクトップ、ショートパンツといった世間一般の男性の十人のうち七、八
人は感動するであろうラフな格好で、ビールの缶を片手に陽気に笑っている。
 今や、世界の命運の半分ぐらいを握っている、特務機関ネルフ。そのネルフの気鋭
の若手作戦部長、葛城ミサトその人である。
「しょーがないでしょ、この頃徹夜が連チャンだったんだから。食べられるときに食
べる、眠れるときに寝ておく、軍人の鉄則よん(はぁと)
 へらへら、という形容がぴったりののんきな笑い声に、向き合っていた少女の眉が
跳ね上がった。さらに一歩詰め寄って、右手を突き付ける。
「なっんっで、バカシンジに抱きついてたかって、聞いてんのよ!!」
 左手を細い腰にあて、右手で真っすぐにミサトの眉間を指差しながら柳眉を逆立て
た、たっぷりとした栗色の髪と蒼い目を持った少女は、さらに声を張り上げた。
 弐号機専属操縦者、セカンドチルドレン。惣流・アスカ・ラングレーである。
「ア、アスカ、落ちついてよ、お願いだから…本当に、そんなつもりじゃ…」
 おろおろした表情がなぜか本当によく似合う、エプロン姿の細身の美少年は当然、
サードチルドレン・碇シンジである。
 傲岸不遜・冷血非情を絵に書いて額に入れて壁に飾ったかのような父親、碇ゲンド
ウからは、奇跡的に、人付き合いの苦手さとやや後向きな性格のみを受け継ぐにとど
まり、こちらは[理想的]と言う言葉の体現とも言うべき、才色兼備で性格も申し分
なかった母親、碇ユイから、人に羨ましがられるに十分すぎる容姿を受け継ぐことが
てきたのは、幸運以外の何物でもなかっただろう。
 なぜか彼、碇シンジには、途方に暮れたような表情や困ったような表情がよく似合
い、その写真は、無邪気な笑顔の写真ともに、彼の同級生である、某軍事マニア兼カ
メラ小僧少年の貴重な収入源となり、また、その写真はクラスの女子+ネルフの女性
職員のひそかな楽しみとなっている。
 その、困ったような表情を浮かべたシンジ少年は、高出力レーザーメスのような凄
まじいアスカの一瞥を受けて、半泣きで沈黙した。
 事の次第は、そう複雑なものではなかったのだが。
 現在の時刻は、午後7時。事件発生は、その3時間ほど前にさかのぼる。


 午後4時、この日のシンクロテストは無事に終了し、ファーストチルドレン・綾波
レイとともに、シンジ少年はテストを終えた。
 テスト自体はごく単純なエヴァとのシンクロ率の計測と、その向上の練習という日
常的なものだったが、アスカだけが15分の居残りを命じられた。
「えぇえ!?なんでよ!?なんでアタシだけ居残りなのよ!」
「我慢して、アスカ。シンクロ率が一番安定しているのあなたに、新しく配備された
新兵装のテストをしてもらって、そのデータを採りたいのよ。」
 ショートの金髪と白衣姿が印象的な女性…赤城リツコ博士の言葉に、アスカはぐっ
と次の言葉を飲み込んだ。
〔そうね、アタシはエースパイロット、トップの操縦者だもの。有能な人材は、多く
の義務を課せられることもあるわよね。〕
「仕方ないわね、早くしてよ!」
「わかってるわ。マヤ、お願い。」
 赤城博士の指示を受けて、黒髪のショートカットの若い女性がキーボードに指を走
らせる。[総司令の趣味全開]と言われるほど、ネルフの女性職員には美人が多い。
彼女、伊吹マヤ二尉も、さっぱりとした美貌の持ち主である。
 マニピュレーターの低い音と共に、エヴァ弐号機のもとへ、白く塗装された巨大な
長銃が運ばれる。
 長距離狙撃用陽電子砲、改良型…かの、ヤシマ作戦にて使徒を殲滅した名高いスナ
イパー・ポジトロンライフルの改良型で、流石に出力は落ちるものの、携帯性と連射
性、そして安全性は飛躍的に向上しているはずである。
 実戦配備を前に、そのテストであった。
 しかし、問題であったのは、司令部からのモニターとマイク接続を、[広域]のま
ま接続しっぱなしであったことであろう。
 テストを終えて指示を聞きにきた碇シンジ・綾波レイの両名は、司令室の中で、ア
スカにとっては危険な会話を始めたのである。
「あの…リツコさん、今日は、予定はもうないんですか?」
「あら、シンジくん。ええ、今日はもう、あがっていいわよ。
 確か、テストが近かったでしょ?音楽と現代文は優秀だけど、物理と数学が少し危
なかったわね。頑張りなさい。」
「ええっ!なんで知ってるんですか!?」
「第三新東京市の全てのデータは、MAGIか掌握しているわ。」
「うううう…」
 それを聞いていたアスカは、自慢の頭脳で素早く計算をめぐらせいていた。
〔ふっふーん、バカシンジにこの能力を見せ付ける、いい機会だわ!このアタシが、
効率的、かつ解りやすく、ヤツの苦手分野を教えてやるのよ!
 そして、二人で深夜まで勉強を続けて…
 アタシは、その見返りに…そうね、薄着でバカシンジにマッサージでもさせて…
 くくく…ヤツの真っ赤になる顔が見えるようだわぁあっ!!〕
『ねぇ、シン…』
「碇君…」
 アスカの少し上擦った声を断ち切ったのは、綾波レイの言葉だった。くいくい、と
シンジのシャツの裾をひっぱって、小さな小さな声で呼び掛けていたのである。
「な、なに、綾波?」
「私、良かったら、勉強、教えるけど…」
「えっ?」
「碇君が、嫌じゃ、なかったら…」
『ちょっ、ファースト…』
 アスカの小さな叫びは完全に無視され、リツコ博士は、某ゲームのキャラクターら
しい[アニョーン]と猫が笑っているマグカップを持ったまま、ひとつ頷いた。
「レイは、数学関係は得意だったわね。計算が早くて…」
 彼女を事実上育てたのは、博士号を乱獲しまくった赤城リツコ博士その人である。
 詩の読解や小説の解釈など、感情にかかわるものは苦手だが、計算で答えが導きだ
される学科において、綾波レイが秀でているのは納得できる。
「めずらしいわね、レイが自分から、そんなことを提案するのは…」
「…この前、学校の帰りに、料理を作りにきてくれたから…その、お礼。」
『ぬ、ぬわんですってぇ〜!?
 シンジを家にひっぱり込んだ上に、手料理まで!!』
 操縦桿を握り潰さんばかりの表情のアスカ。ちなみにその時、MAGIのデータに
は、握力が左右共に50kgを軽く超えていたことが計測されていた。
「料理?」
「…ええ。固形食ばかりじゃ、味気なさすぎるからって…サラダとか、煮付けとか、
プリンとか…」
 リツコの軽い驚きの視線を受けて、シンジは少し赤くなって手を振った。
「あの、簡単なものだけですし…綾波も、女の子なんだから、そういうものもいいか
なって…それだけです…」
 アスカが、凄まじい目付きでモニターの綾波レイを睨む。暴走した初号機もかくや
という形相である。
 運悪く弐号機内のモニターを見てしまったネルフ職員は、泡を吹いて昏倒し、
[眼が…青い眼がぁ…!!]
 とうわごとを言い続けて、長期の療養生活を余儀なくされたという。
『バカシンジの料理は、アタシのためだけにあるのよ!!そのアタシですら、ミサト
と同じもので我慢してやってるのに、この女は、この女は…!!特別に、じ、自分一
人だけの料理ををっ!?』
 高価も高価、下手な人工衛星よりよほど金のかかっているエヴァの操縦桿が、ミシ
ミシと不吉な音をたて始めていた。
 第一中学で[鉄人]とまで呼ばれた碇シンジ少年の手料理は、ネルフ全職員&第一
中学全校生徒の今年度[食べてみたい料理ベスト1]に輝き、シンジ少年の容姿と共
に、[結婚するならこの男アンケート]堂々一位に彼を押し上げた原動力であった。
 これは、チェロと同じく、彼にとって数少ない自己表現の機会であり、また、
「…みんな、誉めてくれたんだ。誉められれば、嬉しいんだ!」
 というちょっとずれた感情とあいまって、彼に素晴らしい努力をさせつづけた。ユ
イの血を引くシンジのこと、努力は正しく報われ、彼の技量はすでにプロを凌ぐもの
である。
 アスカは、その料理を独占することが、今年下半期の目標であった。彼女の激怒を
知るべくもなく、なごやかに司令部の会話はつづいていた。
 しかし、それは…破局への序曲であることを、まだだれも知らなかった。

                               二章につづく

 ども、皆様、初めまして。阿修羅王と名乗る、物書き見習いッス。
 すのーろーど氏のご好意により、小説を投稿させていただく事とあいなりました。
まだまだ未熟なうえに状況もなかなか進みませんが、どうかよろしくお願いいたしますね。