[とある少年の悲劇に対する考察]
                              阿修羅王

 第二章 [訪れる破局、そしてその理由とは]

 暴走へのカウントダウンをなんとか遅らせようと努力するアスカをよそに、司令部
の会話は和やかにつづいていた。
「じゃ、シンジくんが嫌じゃなければ、レイに要点を教えてもらうといいわ。」
「はい、わかりました。綾波も、いい?」
「ええ。……あの、碇君…」
「なに、綾波?」
「また、今度、料理…作ってくれる?」
 そのとき、シンジ少年は…こともあろうに…綾波レイに向けて、あの邪気のない、
柔らかな微笑みを、向けてしまったのである。
「いいよ。綾波にその気があれば、教えてあげてもいいけど…」
 その言葉と微笑みの破壊力は、N2地雷に匹敵するものである。冷静沈着をもって
鳴る赤城リツコ博士が思わず小さくため息を吐いて見とれ、マヤが赤面する。微笑を
向けられた当のの本人である綾波レイ嬢はその程度ではすまず、真っ白な頬をすうっ
と上気させて、危うく倒れかかるのをすんでのところで立ち直り、そのまま真っ赤に
なって俯いてしまった。
 しばらく、無言のままであったが、小さな小さな声で、俯いたままうなずいた。
「…ええ…お願い…」
『バ、バカシンジィイィイイ!?よ、よりにもよって、だぁれもいないファーストの
家で、マントゥーマンで、[教える]ですってぇええ!?』
 …何か、少々誤解があるようであるが。
 ビシッ!という操縦桿に亀裂が入る音で、はっと我に返るアスカ。そこは、生来の
才能に加えて努力を重ね続けた天才少女、一刻も早くテストをおわらせて事態の打開
をはかろうと、建設的な方面へ意識を向けだした。
 大学では、心理学も履修していた。努めて冷静に、心を通常方面へと導いていく。
〔落ちついて…落ちついて…アタシは毎日シンジに料理を作ってもらえるし、あの人
形女より、シンジの手料理を、ずっと多く食べる機会があるのよ…
 そうだ、今度アタシが、シンジに料理を教わればいいじゃないの!
 うまく行かなかったらバカシンジのせいにして、それをネタにヤツに何かひとつ言
うことを聞かせたりとか…〕
 が、次の瞬間、成功しかけた集中は、見事に消失した。
「じゃ、リツコさん、あがらせてもらいます。」
「ええ、気をつけてね。」
「行きましょ、碇君…」
 つい、と綾波レイが、シンジ少年の手を取ったのである。
「あら」
「まっ!」
 意外さを隠しきれないリツコとマヤの声が、アスカに届いたのは不運であった。
 モニターに視線を向けたアスカの眼が、見開かれた。
 そして。
 綾波レイは、モニターのなかで硬直するアスカにむかって、ほんの少しだけ、口を
つり上げてみせたのだった。
 その瞬間、自制心も、心理学も、客観的考察もふきとんだ。全身から、灼熱したエ
ネルギーがほとばしる。
 そして、破局が訪れた。

 S2機関を搭載していないはずの弐号機が咆哮し、なんと、対使徒用兵器である、
スナイパーポジトロンライフル・改を最大出力で所構わず乱射しはじめたのである。
 もともとテスト用に低出力に設定してあったため、装甲隔壁は貫通されなかったが
次の瞬間、アスカは本能的に、スタッフ満載のテストルームの、強化防弾ガラスに、
その銃口を向けたのである。
 ヒト型コンピュータと異名をとるリツコ博士の反応は流石に素早かった。そしてそ
の後輩であるマヤもその指示によくこたえた。この二人の活動があと5秒遅ければ、
ネルフは多数の遺族に、莫大な見舞い金を払うことになっていたであろう。
 赤城リツコ博士は、その場で、緊急時用電源切断処置を指示、秒を置かず伊吹二尉
がそれを実行。テストに使用されていた区域の全電源がこの瞬間カットされ、いまま
さに電子を打ち出そうとしていた長銃は、弐号機ごと活動を停止したのであった。
 そして、それまでのデータも全て吹っ飛んだため、アスカは懲罰の意味も含めて、
15分のはずだった居残りが3時間延長。彼女が今まであげた功績と、貴重なパイロ
ットとしての地位を考えての処置である。本来であれば間違いなく兵器の私有化と命
令違反、殺人未遂等々で重い処罰は免れなかったところである。
 碇、綾波の両名は、今日は流石におとなしく、それぞれ帰宅したのであった。

 そして、コンフォート17、葛城家でも、また波乱は待っていたのである。
 エヴァを投入した使徒迎撃戦の作戦部長である葛城ミサト三佐は、使徒との本格的
な戦闘に入って以来、連日、まさに不眠不休の活動を強いられていた。よって、司令
部の判断で、直接作戦指揮にかかわらない、日々の雑務などは、葛城三佐の範囲外に
なりつつあったのである。
 そして、その日、ミサトは、やっと仕事が一段落つき、久しぶりに自宅のリビング
でペンペンをおともに、ビールとつまみを楽しみながらテレビを見ていたのである。
「おかえりぃ、シンちゃん。…あれ、どうしたの?やつれた顔しちゃって…」
「あ、あの…今日のテストで…」
 シンジは、かくかくしかじか、今日のアスカの暴走にいたるテストの一件をミサト
に話すと、ミサトはむきだしの形の良い足をぱしぱし叩きながら笑い転げていた。
「あっはーっはっはっ!!そぉりゃ傑作ね!シンちゃん、やっぱりモテるんだぁ!」
「茶化さないでよ、ミサトさん!」  
 鈍感なことでは1中随一、といわれるシンジである。未だに、なぜアスカが暴走し
たのか、理解しきれていない。
「今頃リツコも、眼を血走らせて修正に大わらわでしょうねー!司令と副司令が、会
議で上にでてる以上、あいつが責任者だもんねー!」
「…作戦部長の、責任問題は…?」
 ミサトは、ただでさえ豊かな胸を張って、機嫌よく指を振った。
「んふふ、作戦部じゃなくて、技術開発部の方の管轄でしょ?今回のテストは、あた
しは一切口出ししてないもの!オッケーよん(はぁと)
 シンジは、薄手のタンクトップから薄く浮きあがった乳首から、顔を真っ赤にして
目を逸らした。
「どーしたの、シンちゃん?」
 ミサトは、人の悪い笑いを浮かべて、胸の下で両手を組んでみせた。当然、さらに
ミサトの形の良い胸は強調される。
「し…知りません、もう!」
「まままま…おっこらないでよぉ、そうだ、厄落しに、シンちゃんもいっぱいどお?」
 思わず振り返ったシンジに、ミサトはエビチュの350ミリ缶を振ってみせた。
「いいわよぉ、これは!人生の楽しみの3分の1位は、これに集約されてんのよ!」
「ミサトさん個人の意見でしょ、それ…」
 とはいえ、シンジも多少の興味はある。いつも、ミサトの晩酌を間近で見ている。
というか、おつまみをつくるのもいつもシンジである。あの、ミサトの、
「生きてるって素晴らしいぃい〜!!」
 と絶叫しているような、飲みっぷりは、ごく普通の中学生に[そんなに美味しいの
かな?]というごく当然の疑問を抱かせるには十分すぎた。
 ミサトは、どんなに機嫌が悪い時も、エビチュをたっぷり飲んで、シンジのつくっ
たおつまみを食べて、ぐっすり寝たあとは、生まれ変わったようにさっぱりした顔で
出勤していくのである。〔ミサト曰く…酒も、命の洗濯よ!〕
「どうせ、アスカが帰ってきたら、なんか文句言われるんだし…今のうちに、ね?」
「そうだった…」
 アスカが帰還してきたときのことを考えると、気持ちが沈んでくる。何が、[今の
うちに]かはよくわからないが、気晴らしは、確かに魅力的ではあった。
「じゃ、あの…少しだけ、少しだけですよ…」
「偉いっ!そーこなくっちゃ!」
 アルコールは初めてのシンジは、ミサトにとっていい酒のさかなであったようであ
る。たちまち真っ赤になってふらふらするシンジをからかっているうちに、ミサト自
身も、すでに飲んでいた1ダース以上のエビチュと、ここ数日の睡眠不足のせいで、
どうにも身体がぼうっと熱くなってきた。目蓋が、重力に抵抗できなくなってくる。
 ふと見ると、シンジは、カーペットに横たわり、上気した顔のまま、幸福そうに寝
息を立てている。少年ではあるものの、その姿は問答無用に[色っぽい]。
 ショタ好きなおねいさんであればその場で襲っているに違いなく、また写真を撮る
ことができれば、これまた高値間違いなしではあろう。
 ミサトはショタコンの血はさほど濃くないものの、目の前に、まったく無防備に、
上気した顔の美少年が横たわっているのである。この情況を、ミサトが逃すはずがな
かった。…しかし、少々の悪戯心、というには少しやりすぎであったかもしれない。
 さすがに14才の部下、兼家族を[襲う]のは少し問題があるであろうし、第一、
もう睡魔には抵抗しきれない。…と、なれば…
「シンちゃーん、ちょおっと失礼するわねっ(はぁと)
 すやすやと寝息を立てるシンジに、そうっと覆いかぶさるように寄り添うと、上気
した顔と華奢な肩を、ネルフ職員中で第一位といわれる豊かな胸に抱き締めた。
「ん…んんっ…」
 シンジ少年は、くすぐったそうに眉を寄せたが、眠っている時に、人に抱き締めて
もらったのは赤ん坊の時以来である。ミサトの体温と、髪を撫でられる手の感触に、
安心しきったように安らいだ表情で、また寝息をたてはじめたのであった。
〔っきゃーっ!可愛いっ!!最高の抱きまくらだわん(はぁと)
 そして、このまま目をさましたら…『ミサトさんっ!僕、ぼくっ!』なん…て…〕
 妄想に暴走したまま、葛城ミサト女史も、嬉しそうに眠りに就いたのであった。
 遊び疲れて、そのまま眠ってしまったような姉と弟のように、そのまま二人は、安
らかに眠り続けていた。
 そして、事後処理と追加のテストで疲労困憊、さらに機嫌最悪のアスカが帰宅した
瞬間当然のごとく、二度目の破局が訪れた。これが、世に言う、セカンドインパクト
である。〔大嘘つくな〕
 リツコ博士曰く、『事実は往々にして隠蔽されるものなのよ』
 激怒するアスカ、自分の置かれた情況を理解して鼻血を吹いて気絶寸前のシンジ少
年、「照れなくってもいいのにぃ…」と火に油を注ぐミサト。
 一連の阿鼻叫喚の情景がコンフォート17を一時駆け抜け、そして、冒頭の場面と
なるのであった。
                               三章に続く

 どうも、阿修羅王ッス。今回も拙い作品をおよみいただき、ありがとうございます!
 よわシン小説ではありますが、まだまだアスカ嬢の活躍は控えめです〔笑〕
 5章編成のつもりが、10章ぐらいになりそうです〔冷汗〕申し訳ない…
 後半からは、アスカ嬢が暴走しはじめる予定ですので、どうかご一覧を!