[とある少年の悲劇に対しての考察]
                               阿修羅王

 第四章 [雉も鳴かずば]

 アスカは、不意に聞こえてきた、遠慮がちなノックの音に、ばっと身を起こした。
 知らない間に、少し、眠ってしまっていたようだ。
 わずかに間を開けて、もう一度。
〔バカシンジ…!?〕
 アスカは、ベッドの近くの姿見を覗き込んで、眼や顔が腫れていないことを確認す
るとベッドに座りなおして、深呼吸した。
「…アスカ…」
 なにか切羽詰まったような、シンジの声。
 アスカは、なぜか、とてもほっとした。そして、意識して声と表情を引き締めた。
「…何よ、バカシンジ…?」
 少しの沈黙。
 シンジが逡巡しているのが、目に見えそうだ。アスカは、ふっとまた弛みそうな顔
を、あわててまた引き締めた。
「あ…あの…謝りたいんだ!その…」
 一気にいったのはいいが、語尾が小さくなっている。
 アスカは、少々意地悪な気がしたが、ことさらに冷静な声で追い打ちをかけた。
「あやまる?ふーん…アンタ、いつもあやまってばっかりよねぇ。反射行動じみてる
わ。…本当にあやまりたいんなら、どこがどう悪かったか、何に対してあやまりたい
のか、きちんと説明してみなさいよ。」
 平凡な中学生のうえに、自分の考えを伝えることが苦手なシンジ少年に向かって、
これは少々酷な言葉である。アスカ本人も、言い終えたとたん、少しやりすぎたかな
とかなり後悔した。
〔…しまったわね。せっかくバカシンジから、あやまりにきたのに…〕
 しかし、予想した沈黙は、ほとんどなかった。シンジの声は、震えてはいても、は
っきりしたものだった。
「あ、アスカがせっかく、勉強を教えてくれようとしてたのに、無視するようなこと
ばかりしちゃって…その、本当に悪かったって思ってるんだ!本当だよ!」
「………」
 アスカは、意外なシンジの声に、すこし唖然としてしまった。
 鈍感極まりないシンジが自分の不機嫌の原因を、少しずれてはいてもちゃんと分か
ってくれたのである。
 いや、普通は、濡れ衣同然の理由で怒鳴り付けられ、張り倒され、さらに蹴りまで
食らえば、まず謝りにこようとは思うまい。
 [反射的に]あやまられただけでも許そうと思っていたのだ。アスカは、胸をふさ
いでいた不機嫌も完全に消失してしまったようで、思わずくすりと笑ってしまった。
〔バカシンジのくせに…アタシのわがままで、あんなめにあわせたのにさ。なによ、
必死な声して謝っちゃって…ホント、馬鹿なんだから…〕
「…アスカ…」
 反応がないことで、不安になったのだろう、シンジが、重ねて声をかけてきた。
 アスカは、ぶっきらぼうに声をかけた。
「入りなさいよ。」
「…え、ええっ!?」
 予想もしなかった反応に、二、三歩後退するシンジ。
「聞こえなかったの?入ってきなさいって言ってんのよ。ドアごしにあやまられたっ
て、よくきこえないわよ。」
「だ、だけど…」
 アスカは、今までシンジを、というか自分以外の人間を、自分の部屋に入れたこと
は一度もないのであった。例外は、シンジに命じて荷物を運び込ませたときとか、散
らかった部屋を掃除させたときとかである。
「…それとも、アタシの部屋に入るのが恐い?そうよね、ここじゃ、だーれもアンタ
を助けてくれないもんねー。」
「こわくなんかないさ!た、ただ…」
 張り倒されるぐらいはあまり恐いわけではないが、アスカの容赦のない悪口や、冷
たい眼でじっと見下ろされるのは、何より恐かった。
「ただ、なによ?」
「なんでもないよ!」
「じゃ、入ってきてみなさいよ。」
「う、うん…じゃあ…」
 シンジは、何度か深呼吸をすると、そっとドアに手を掛けて、扉を開けた。

 電気を消した部屋のなかに、廊下からの明かりが差し込んでいくる。その光のなか
に、細身の少年の姿が、逆光のシルエットになって浮かび上がっていた。
 表情はよくわからないが、手や足が、少し震えているようだ。
〔…くくく…切羽詰まった顔しちゃって…〕
「アスカ…?」
「…早く閉めなさいよ。電気はつけないで。」
 シンジが、戸惑ったようにドアを閉めた。部屋が、再び薄闇に包まれる。
 薄闇のなかで、不意に部屋に招き入れられたシンジは、いったい何を考えているだ
ろうか?いや、混乱しきっていて、何も考えられなくなっているだろうか。
 アスカは、ベッドから飛び降りると、わけもわからず立ち尽くすシンジにつかつか
と歩み寄った。
「あ、アスカ、じゃ、ちゃんと、あやま…んんっ!?」
 突然、シンジの鼻が、アスカの手で、ぎううっとつねられていた。
「あ、あひゅか…ひゃにを…」
「ふふふふ、バカシンジ!!アタシのわがままで、あんな目にあったってのに。
 こんなにガチガチになってあやまりにくるなんて…
 ホントに、バカなんだから!」
「……?」
「前にも言ったでしょ、アタシは、借りをつくるのは嫌いなの。ついでに言うと、貸
しをつくるのも、好きじゃない。」
 鼻をつねっていた手を離すと、パァンとシンジの額を叩いた。
「いたっ!」
「わかった?わかったなら、もういいわ、バカシンジ!
 この借りも、近いうちに返すからね!」
 鼻を押さえたシンジ少年は、何を言われたのかよくわからなかったらしいが、少し
の間考えると、あわてたように言った。
「ま、待ってよ、アスカ!僕が、あんなことしたのに…そんな、反対に…」
「アンタ、本当にバカね?まあだ、わかんないの?
 ふふん、まあ、しょうがないか。バカシンジだし…」
 もともとシンジは、鈴原トウジの一件でもあったように、少し自虐的な性分はある
にしても、とても律儀な少年である。その件は知らないアスカも、思わず、笑いがこ
ぼれてしまった。たしかに、シンジの性格なら、こう言いだしても不思議ではない。
「…気が、すまないって言うの?」
「あ、う、うん…」
 アスカの自慢の頭脳が、この時、再び凄まじい速さで回りだした。そして…
〔これよ!これしかないわぁあっ!!〕
 天啓、と言いたくなるような妙案が、彼女の頭脳に浮かんだのである。
「そうね…じゃ、こうしましょう。
 アタシは、アンタに謝らせてはあげないけど、代わりに、アタシの言うことを一つ
だけアンタに聞いてもらうことにするわ。」
「え?」
「それで、アンタはアタシに負い目なし。アタシも、アンタに一歩譲ったって事で、
貸し借りなし。これでどう?」
 ずいぶん強引な理論であることは、アスカ自身は百も承知である。
「え…ええと…アスカがそれでいいなら…」
 シンジには、あまり理解されなかったようではあるが…それでも、アスカが歩み寄
ってくれたように思えて、シンジには嬉しかった。
「そう、じゃ、これでいいわね。
 アタシの命令は、あとで教えるから。決まったところで、ご飯にしましょ!」
「え、う…うん。」
「アタシ、今夜はハンバーグがいいな。ちゃんと、魚とポテトも付けてね。」
「ええと…ちょっと時間がかかるかもしれないけど…」
「かまわないわよ。ほら、早く準備しなさい!」
 アスカは、さっさとドアを開けると、リビングへと戻っていってしまった。シンジ
が、あわててその後を追う。
 アスカが部屋からでてくるのを見て、反射的にマーシャルアーツの構えを取ったミ
サトは、つい10分ほど前とは凄まじいまでの落差のある表情のアスカを見て、恐ろ
しい悪寒が全身を襲うのを自覚した。
 軍隊の訓練経験も豊富なミサトには、かつて何度となく経験したものだ。
 人はそれを、[いやな予感]と呼称する。
 加持リョウジと自分の仲が戻りつつあるいま、しばらく見なかったほどに、アスカ
は上機嫌であった。エプロンを付けなおして料理するシンジをにこにこと見ている。
 自分が教えた事情で、シンジがアスカの不機嫌の原因について、正確にあやまった
としたら、アスカの不機嫌がなおることも、それほど意外でもない。
 しかし、これは少々異常である。
〔本部に、連絡するべきかしらね…?〕
 ミサトは、この[いやな予感]が現実に最悪の結果をもたらさないよう、心中ひそ
かに祈りつつ、料理を続ける愛すべき同居人の背中を眺め続けるのであった。

                           五章に続く

 ども、阿修羅王ッス。
 いやー、ようやく前半が終了いたしましたッス。
 文法も表現も、死ぬほど怪しい小説ですが…寛容の心で、お付き合いくださいッス。
 では、素早く次回に向けて執筆活動に専念するここといたしますッス。
 では、またお会いいたしましょう。


ついに公開となったよわシン小説。作者阿修羅王さんには大大感謝です!
周囲の女性のショタ心を否応なく刺激するシンジに思わず目尻が下がりますが(笑)、私の無粋なコメントはあえてつけません。
代わりにみなさんが、阿修羅王さんにどしどし感想を届けて下さい。宛先はashuraou@mtf.biglobe.ne.jpまで。
あるいは、よわシン愛好板の方で、感想やリクエストに盛り上がりましょう!