[とある少年の悲劇に対しての考察]
                               阿修羅王

 第六章 [暗夜]

「ー、さすがに、すこぉし、長湯だったかしら…?」
 アスカがマンションを出て三十分ほどたったころ、ミサトが上気した顔で、リビ
ングにその姿を表した。
「大丈夫ですか、ミサトさん?」
「あ〜、らいじょうぶよぉ…ック!」
 戦術指揮にあたっている時の精悍な表情はどこへやら、さすがに二十近いビール
飲んだうえに、ほどよく[煮込まれた]ミサトは、ツブれはしなくとも、すでに十
分すぎるほど酔っ払ってしまっていた。
「ぅ…うおっとぉ…」
 ぐら、とよろけたひょうしに倒れかかり、あわててシンジが支えた。
「飲みすぎですよ、ミサトさん!」
「うぅ〜…悪いわねぇ、シンちゃん…」
 シンジはミサトをソファまでなんとか運ぶと、ミネラルウォーターのボトルから
冷たい水を汲んで、ミサトに渡した。
「…んぐっ…ぐっ…くっはぁ〜!酔い覚めの水は値千金ってねぇ!
 ありがと、シンちゃん…」
 下手をするとそのまま眠り込んでしまいそうなミサトに、あらかじめシンジは釘
をさしておいた。
「ミサトさん、ちゃんと寝るときは、自分の部屋に戻ってからにしてくださいね。
 もう、ここで寝ちゃっても、運びませんからね。」
 以前、酔い潰れたミサトを部屋に運びこもうとしたときは、布団にねかしつけよ
うとした一瞬、いきなりそれまで伸びていたミサトに押し倒されたことがあった。
『ねぇ〜、たまには一緒に寝てもいいじゃな〜い?』
『いいわけないじゃないですか!…ちょっ、お酒くさいですよぉ!』
『だいじょーぶ、[保護者]の承諾つきよぉ〜?』
『その[保護者]がこんなことしてどうするんですか!』
 その時は、Tシャツをはぎ取られかけたところでミサトがついにつぶれて熟睡し
てしまい、シンジ少年は貞操の危機を逃れたのだが。
 ちなみにもう一人の[保護者]は、
「反対する理由はない。存分にやりたまえ…」〔にやり〕
 という一言を残したとMAGIの記録には残っている。
 ともあれ、前回の恐怖に少し引いているシンジに、ミサトは安心させるように、
穏やかな微笑を向けた。
「大丈夫、ちゃんと自分で、部屋まで戻れるから…」
 コップをシンジに返して、ソファから身を起こした。
「…くっ…」
 と、口元を押さえて、背をまるめる。
「もう、だから言ったじゃないですか!飲みすぎですよ!」
 あわて再び駆け寄り、ミサトをささえて背を撫でるシンジ少年。
「…ゴメン、シンちゃん…」
「ミサトさん…吐き気は?洗面所までつれていきましょうか?」
 ミサトは、少し蒼ざめた顔で軽く手を振った。
「ホントに、ゴメンね…」
 シンジは、困ったように微笑んだ。
「すぐあやまるなって、ミサトさんもアスカと一緒に言ってたじゃないですか。」
「そうね…すまないけど、部屋まで、肩かしてもらえるかしら?…はは、今度は、
襲ったりしないから。」
「ええ。よっ…と。」
 シンジは、ミサトの腕に肩を差し入れて、寝室まで、肩をかして、ゆっくりとミ
サトを運んでいく。
 顔を伏せたミサトの洗ったばかりの髪から、シャンプーとリンスの香りがかすか
に漂ってくる。酔ったうえに風呂上がりの、熱いミサトの腕や、嫌でも背や身体に
押しつけられる問答無用の胸の感触は、計算しつくしたかのように年少の同居者を
襲い続けていた。反抗が不可能なだけ、以前よりタチが悪いかもしれない。
〔う…また…〕
 シンジ少年の血液が、通常とは異なる場所に集中しはじめる。
〔逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…って…
 逃げることも出来ない場合は…どうすればいいの?〕
 シンジ少年は、目をぎゅっとつぶって、天に問い掛けた。なぜかその時、頭に浮
かんだ天使は、白衣姿に天使の輪と羽を輝かせた、彼の母親の姿である。
〔シンジ…子供は、いつか、大人への階段を昇ってゆくものなのよ…〕
〔母さんっ!!なにいってるの!!〕
 妄想を振りはらい、腰を引いた情けない姿で、ふらふらと前進するシンジ少年。
 なんか、彼自身が酔っ払いのようにも見える。
〔効いてる効いてる…!〕
 ミサトは、自慢の[うしバディ]の威力を確信し、邪悪な微笑を浮かべた。
〔若いツバメ…ああ、なんて甘美な響き…
 転んでもタダでは起きない、これぞイイ女の基本精神よねぇ…〕
 人によっては、[年の功]と言うかもしれない。
 ともあれ、彼女は、本当に飲みすぎ+ゆですぎでふらふらになっていたが、それ
に乗じて、よからぬたくらみを復活させていたのである。
 シンジは、みずからの身に降り掛かる複数の危険に気付くこともなく、倒れる寸
前のミサトにまで[身体の一部分の劇的変化]を起こしてしまったことで、ひたす
ら自責の念にかられていたのであった。
〔ごめんなさい、ミサトさん…!〕
 シンジ少年の思い詰めたような顔を見て、にまーっ、と笑うミサト。
 シンジが、女性に警戒心を本当に抱く日は、まだまだ先のようである。


 一方その頃。
 アスカは、ネルフのガードや、監視用カメラに不法アクセスしていたマヤ、リツ
コなどの大方の予想を裏切らず、ネルフ実力者に対して次々に手を打っていた。

「アスカ…パイロット用の緊急回線を、私用で使わないで。一体、何の用なの?」
「リツコ、アンタなら、とっくに予想していたんでしょ?
 [オペレーションサンダーボルト]発動するわ。」
「そう、ついに、やってしまうのね…」
 人気のない夜の公園にサブノートを持ち込んで、緊急回線でリツコと交信するア
スカ。何やらわけのわからぬ取り決めがあるらしい。
「でもアスカ…私もMAGI全般に関するアクセス権をもってはいるけど、皆が思
っているほど万能じゃないわ。近ごろチェックも数倍に厳しくなってきてるし。」
「何よ、いまさら!」
「司令がね、貴女がシンジ君に必要以上に干渉するのに、否定的みたいなの。機会
があれば、別居も考えてるって。貴女を遠ざけたがってるみたい…」
「なんですってぇ!?」
「MAGIの記録の改竄も、面倒になってきてるわ…」
 アスカは、ゲンドウに対する決定的であった不信感を、124%ほど上乗せする
ことに決めた。
「…わかったわ。司令のほうは、アタシが直接話をつける。アンタは、頼んでたモ
ノを用意するだけでいいわ。」
「でも、アスカ…」
「リツコ、ここだけの話だけど…あのね、アンタには…」
 ブツッ!!
 ここで何があったかは不明である。ただ、この瞬間、数分にわたって緊急回線用
の記録すら、映像、音声両面でブラックアウトしている。
 復活した記録画面には、鬼気迫る形相で伊吹二尉を捕まえてる姿が映っていた。
「…マヤ!何やってるの、起きなさい!仮眠?永眠したいの!?したくないなら、
さっさとMAGIを全面起動しなさい!」
「先輩、何ですか…あの作戦は、司令も不許可で、私だって…え?」
 ここから数十秒にわたって、今度は記録に、激烈なノイズが入っている。
「はい!わかりました!伊吹二尉、全力で任務にあたります!街の機能維持、本部
の全システム、全てに優先して、作戦プログラムを実行します!!」
 一体何を約束した、セカンドチルドレン。
「ふふん、頼んだわよ。」
 パタ、と満足気にサブノートを閉じるアスカ。
 人気のなくなった公園をぐるりと見回すと、立ち上がってスカートの埃を叩き、
ガードの車を探して視線を飛ばした。
 と、その時。
 するっ、と、夜の闇を切り取ったように、3人の黒の戦闘服の男たちが、噴水前
のベンチにたたずむアスカを取り囲んだ。
 頭部を覆うキャップにハイテック軽量ブーツ、防弾素材製らしい厚手のグラブ。
 色はいずれも、SWATのような純黒ではなく、黒にほんの少し赤を混ぜた、も
っとも暗闇に溶け込みやすい色。古来、日本忍者が愛用した色でもある
 上半身がわずかに厚ぼったく見えるのは、防弾ヴェストのためだろう。銃は所持
していないようだが、艶消しした黒色のブラックジャック〔殴打武具〕やスタンガ
ンをすでに構えている。
 三人共に一言も発せず、鋭い視線を向けているアスカに、包囲の輪を縮めた。
「ぐぅっ…!」
 と、不意に、静寂を破って、あまり耳にしたくないような音と、こもったうめき
声がほぼ同時に響いた。戦闘服の一人が、崩れ落ちる。
 たとえるなら、ぶ厚い布で包んだ太い枝をへし折った時のようなものだろうか?
 一瞬後、鋭く宙を奔った閃光が、二人目に突き刺さった。わずかな痙攣とともに
身体を仰け反らせる戦闘服。
「…!?」
 一瞬、判断力の混乱した最後の戦闘服の目が、栗色の髪を捕らえた。
 次の瞬間、彼の意識は、そこで途切れた。
                              第七章へ続く

 ども、皆様。阿修羅王ッス。
 今回もお読みいただき、ありがとうございますッス。なにやら、予定を大幅に超
過しつつあり、10章では納まらなくなりつつあります。どうか、もう少しお付き
合いのほどを。ご意見、ご感想、ご要望等は、
 ashuraou@mtf.biglobe.ne.jpまでどうぞ。
 アスカ嬢のシンジ少年に対する[行動]は、もう少しお待ちくださいッス。