[とある少年の悲劇に対しての考察]

 第八章 [再び葛城家にて]

「でも…アタシには、二つ、用意があるわ。」
「なに?」
 わずかに体勢を建てなおすゲンドウ。
「一つは、司令についてのこの情報を未来永劫、握り潰すこと。
 もうひとつは、今晩…」
 この後数十秒、なんと、司令執務室のデータにさえ、意味不明の雑音が荒れ狂っ
たのである。
 そして…
「…問題ない。全ては死海文書の通りだ。
 現時点をもって、特務機関ネルフはオペレーション・サンダーボルトを発動。全
戦力をもってセカンドチルドレンをバックアップせよ。」
 司令直接の指示を受けて、隠してあったモニターがつぎつぎと点灯し、司令の指
示が各部に通達されたことを確認し、表示していく。
「合法・非合法、公的・非公的、全ての面においてだ。必要とあれば委員会からの
離反も辞さん。日本国政府への宣戦布告も用意しておけ。」
 つぎつぎとその場で指示を下すバカ親父。
「フフン。このアタシの貴重さが、ようやく理解できたようね。」
「赤城博士!」
「はい…」
 ゲンドウの声に応えて、執務室にあらわれる、伊吹二尉を従えた白衣姿。
「伊吹二尉と共に、MAGIを万全の態勢で待機させておけ。事態によっては、ド
イツ・中国・アメリカ・ロシアその他、世界中を同時に敵に回すこととなる。」
 一歩進み出て口を開く伊吹二尉。
「はい。この作戦の条件・実行メンバー・目標・行動予定…そして見返りを計測し
た結果、MAGIは全会一致で賛成を示しています。
 …蛇足ながら、現在、MAGIの処理速度は、設計段階の計算限界をはるかに超
えて、過去最高を示しています。」
 足元からの照明の反射で、奇妙に影のある表情でうつむく赤城リツコ博士。
〔母さん。娘より、自分の男…じゃなかった、その息子の美少年を選ぶのね…〕
 絶対、なにかがどこかでズレてると思うのだが。
 ともあれ、着々と築かれつつある包囲網を形成する人々は、お互いに不気味なオ
ーラを吹き上げて、共闘を誓いあうに至った。
「赤城博士…例のモノを。」
「はい。マヤ。」
 赤城博士と伊吹二尉、何やら怪しげな袋をそれぞれ一つずつ、アスカに手渡す。
コンビニの袋に偽装してあるところが、芸が細かい。
 渡すときに、それぞれ、わずかなやりとりがある。
「…アスカちゃん、[協定]だけは忘れないでね。絶対よ…!」
「わかってるわよ、マヤ。ただ、少し地位を確保しておきたいだけだもの。」
 次に、赤城リツコ博士。
「アスカ…例の報酬は、間違いないでしょうね?」
「…リツコ、鼻血とヨダレ、拭いたほうがいいんじゃない…?」
「あ…あら、あたしとしたことが…」
 袋を受け取ったアスカは、胸を張って、意気揚揚と司令の執務室をあとにした。
 部屋から出る寸前、一瞬ふりかえったアスカの高らかな宣言が、無意味に広い部
屋の隅々まで響く。
「報酬の件は確実よ!期待して待ってて!」
 それぞれの思惑を内に秘めながら、特務機関ネルフが、まるごとアスカの側につ
いた。碇シンジ少年は、自分に襲い来る運命を、未だ知らない。

 そのころ、どこまでも鈍感なシンジ少年は、あれだけの教訓を生かす事無く、し
っかりと葛城ミサトの寝室に踏み込んでしまっていた。
 流石に今度は用心に用心を重ねてミサトを布団に寝かせると、凄まじいありさま
のミサトの部屋をぐるりと見渡して、ため息をついた。
〔こんなところじゃ、もっと具合が悪くなっちゃうよ…〕
 〔主夫〕としての本能に着火したものか、シンジ少年は指定ポリ袋と掃除機とゴ
ム手袋、科学雑巾などを素早く準備し、クリーニングしたものを届けにきた部下で
ある日向マコトをして[魔窟]と言わしめたミサトの寝室と全身全霊をかけた[格
闘]を始めたのである。
 主夫としての仕事に全力を傾けているかぎり、[膨張]その他のことは一応、忘
れていることかできる。
 シンジ少年の日頃の管理維持のおかげで、ミサト宅は非常にクリーンに保たれて
いたが、女性の寝室まで掃除するわけにもいかず、ここだけはミサトに任せていた
のが命取りであった。
 コーヒー、ビールの缶がうずたかく一方の壁ぎわに積み重ねられ、夜食らしいパ
ンの包み紙、文庫本のカバー、脱いだままのスカートや上着、包装の破かれた化粧
品のお試しセット、鼻をかんでまるめたティッシュ、くしゃくしゃになった女性週
刊誌、何に使うかわからない健康器具、その他、その他。
 床が見えないほどに徹底した、素晴らしい散らかり方である。
「シィインちゃああん、何から何まで、ごぉめぇんねぇ…」
「…えーと…あ、い、いいですから、ミサトさんは寝ててください。あと、20分
もあれば、片付く…と思いますから…」
 とりあえず[ゴミ]と完全に判明しているものを片っ端から分別してポリ袋に放
りこんでいく。これだけで、結構な運動量であった。が、時間とともにシンジの奮
闘の成果はあがり、50L入りのゴミ袋が4つほど空になる頃には、なんとか部屋
も人間の住まう場所、といえなくもなくなってきた。
 さらにそれからシンジの戦闘は激しく続き、本を本棚に並べ、デスクの上のもの
を分野別に分け、ゴミに埋まっていた預金通帳とカードを貴重品入れに並べおわり
膨大なインスタント食品や飲料〔中身が残っているものも結構あった〕を始末し、
デスクや机、その他の場所を科学雑巾で懸命に拭き、最後に洗濯物を種類別に分け
て洗濯機に放りこむと、名高き[魔窟]が、文句なしの[整った部屋]へと変貌を
げたのであった。
 カーペットに付いたシミや万年床などはともかく次回に置いておくとして、シン
ジ少年はエプロンとゴム手袋を外すと、疲労のあまり、部屋の中央に座り込んでし
まった。が、その、薄く汗をかいた顔は、無邪気で、満足気そうな笑顔が浮かんで
いる。
「で…できた…」
 所要時間は約24分。これは[ミサトの部屋]の成立以来、[部屋の片付け所要
時間]の文句なしの最短レコードであった。
 油断であろうか。いや、彼にとっては十分な警戒態勢のつもりだったのだろう。
だが、30代にリーチのかかった葛城ミサト女史にとっては、餓狼のうろつく荒野
に全裸でたたずんでいるのと、そうそうかわらない状態である。
 自らの[巣]に招き入れることに、完全に性こ…いや成功し、なおかつ、少年の
卓越した技術による[おそうじ]の特典まで得た。流石に作戦部長である。きれい
好きのシンジ少年が自室の惨状を目にして、ほおっておくはずがないと確信してい
た。かつ、自分の現在の完全無欠の酔っ払い、という情況もそれに有利に働くであ
ろうことを予測していたのである。
 ともあれ、[主夫]としての満足感にひたっていたシンジ少年に、[毒牙]が迫
っていた。
 ひた、とシンジの首筋に、ミサトのしっとりとした感触の腕が巻き付く。
 ついで背中全体に、やっと頭脳から追い払いかけていた、ミサトのデンジャラス
な身体の感触。
 完全にぼーっとしていた状態からの奇襲に、神経回路に過度の不可がかかったら
しいシンジ少年。とっとと脱出するなりガードに助けを求めるなりすればいいのだ
ろうが、あいにく、[少年]であるところのシンジ少年は、もはやそんな理にかな
った行動がとれる状態ではなくなってしまっていた。
「み…ミサトさん?なんで、こんなに近くにいるんですか…?」
 喉にからむ声でようやく搾り出したのは、まったく意味のない質問であった。
 彼の混乱の度合いを見て取り、またしてもにまーっ、と邪悪に笑うミサト。
「それはね、こうやって、シンちゃんに抱きついてみたかったからよ…」
 こちらもわけのわからない言葉でかえすミサト。
 万年床は、元あった位置から、ミサトごと1メートルほど水平移動して、シンジ
から15cmほどの距離にきていた。
 と、シンジ少年の左前方に、見覚えのあるタンクトップがパサリと舞い落ちた。
「…ミサトさん、なんで、あんなところにミサトさんの服が落ちてるの?」
「それはね、シンちゃん。これからの行動に邪魔だからよ。」
 祖母宅で、コスプレ狼に襲撃された、グリム童話の某少女とは、こういった心境
だったのかもしれない。違う点としては、シンジ少年は、これから自分に迫る[危
機]を、ほぼ正確にこの時点で予想し得た、という点であった。にもかかわらず、
危機に対してまったく無力であるということは、某少女と一緒であった。
 有無を言わさぬ勢いで、布団の中へと引きずり込まれていくシンジ。半泣きにな
りつつも、本能的な反射で、カーペットに爪たてて必死にしがみつくシンジ少年。
「…ミサトさん、なんで僕は引きずられてるの!?」
「それはねぇ、シンちゃん、あなたをもっと知りたいからよ!」
 食欲、睡眠欲以外の本能的欲望に両目をきらめかせてこたえるミサト。
「…あぅうっ!!」
 ぶわさっ、という音ともに、必死の抵抗虚しく、ついにミサトに[捕獲]される
シンジ。[悪の巣]ミサトの布団のなかに、からめとられてしまったのであった。
 コンフォート17に、悲痛に響くシンジ少年の悲鳴。
 そして…
 幸か不幸か、その叫びを、幾人かの人間は、耳にしていたのであった。

                              第九章に続く

 ども、阿修羅王ッス。
 やっぱり、脱線しています〔大馬鹿者〕しかも、ミサトさんです〔たわけ〕
 ですが、次章からは、ちゃんとアスカ嬢がきちんと〔よわシン的行動〕に走る予
定であります。
 執筆速度は遅いですが、のんびりお待ちくださいませ。
 ご意見・ご感想・ご要望などは、常時募集しております!
 では。



阿修羅王さんの「とある少年〜」六〜八章公開です。
赤頭巾シンちゃんかぁ…また新たなる妄想ソースの開拓ですな(笑)
シンジを巡るショタ人間どもの間でだんだん話がおおごとになっていく過程が、
“これぞコメディー”していて、シリアス部分との落差といったらタマリません(爆)

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