[とある少年の悲劇に対しての考察]

 第九章 [恩人による危機]

 反射的に身体を縮めて、目を閉じるシンジ。
「み、ミサトさん、なんで、こんなことを…」
「それはね、シンちゃん…
 あなたを、[食べる]ためよぉおおお!!」
 半泣きのまま、視覚による情報を遮断しつづけるシンジ。が、嗅覚はしっかり、
布団と実物、両面から、ミサトの甘い匂いを伝え、聴覚は耳もとでくすくす笑うミ
サトの声と荒い呼吸音を、そして触覚はなにやら柔らかくて暖かいものの感触を伝
えてくる。
〔王手よぉおっ!!〕
 最後に残された[味覚]をも征服すべく、両手でしっかりとシンジ少年の顔を万
力のごとく固定し、自分の顔をゆっくりと近付けていくミサト。
「…シンちゃん…大人のキスよ…!」
 シンジ少年は回路が完全にショートしたらしく、すでに完全に脱力してしまって
いた。祈りを捧げるように両手を組み、意識はすでに天上界へと去っている。
〔…母さん、母さんの言うとおりだったの?このまま、僕は征服されちゃうの?〕
 彼の脳裏に浮かんだ天使…研究員姿の美しい母親は、微笑を浮かべていた。
 ただし、少し息が荒い。なんか、目も少し充血しているような気がする。
〔シンちゃん…そう、貴方は今、大人への階段をのぼるのよ…
 私がちゃんと見守ってるから、頑張るのよ!レッツトライ!〕
 何を考えている、碇ユイ女史。
 と…
「ぉおおおうりゃああああっ!!!」
 午後9時のコンフォート17に響き渡る、肺を空にするような気合いの声。
 ゴグッ!!
 背骨に響くような鈍い音とともに、わずかに震える葛城ミサト。
 後頭部に、少々致命傷のような気がするほどの打撃を食らって伸びていた。
「ふうーっ…ふうーっ…」
 怒りのあまり、肩を上下させ、真っ赤な顔で息を整えている少女は、当然、惣流
・アスカ・ラングレーである。
 ただ、右手には、樫より重くて頑丈な[そして10倍近く高価な]黒檀の木刀を
握り締めている。
 柳眉を逆立てた凛々しいその姿は、かの名高き戦乙女、勇気の精霊ヴァルキリー
のようにも見えたが、鬼が金棒もって立ってるようにも十分見えた。
「こォのッ!」
 ごす、と布団ごと、上半身裸体のミサトを蹴りとばすと、なんとかシンジが[無
事]であったことを確認し、ひそかに、安堵で全身の力の抜けたようなため息を吐
く。
 しゃがみこんで、半泣きで震えてたシンジをつついて、そっと声をかける。
「…バカシンジ?無事だった?」
「…あうう?」
 ひとまず危機が去ったらしい、と恐る恐る目を開けて、心配そうな表情のアスカ
を確認すると、シンジは、泣きながらアスカに駆け寄った。
 アスカ、その機を逃さず、シンジの細い肩をそっと抱きとめた。通常であれば、
シンジ少年は普段との行動の違いに愕然としただろうが、いまは混乱してててそれ
どころではない。現在は[危機]を救ってくれた恩人である。
 アスカも、[精神的ショックを受けたシンジを落ち着かせる]という大義名分が
成り立つ。アスカは、ゆるみそうな顔を、意識して心配げに曇らせて、シンジの背
中を撫でていた。
「あうう…アスカ、ミサトさんが、部屋が散らかってて、ビールで酔っ払って、部
屋を片付けてたら、赤頭巾が狼に食べられそうになって、あう…」
 顔面を涙でぐしゃぐしゃにして、混乱しつつも必死に説明しようとするシンジ。
 アスカはため息をついて、シンジの額をまたパァンと叩いた。
「…バカシンジ、あれほど、気を付けなさいって言ったのに!何回襲われれば気が
済むのよ?」
「だって、あの…」
「わかってるわよ、もう…酔っ払ったミサトを、ほっとけなかったんでしょ?
 バカシンジだもんね…」
「…うん…ゴメン…
 ありがとう、アスカ…」
 まだ濡れた目のまま、安堵と感謝のほほ笑みを、おずおずとアスカに向けるシン
ジ。胸の奥をじかにつかまれるような、笑顔である。思わずその場で押し倒したい
欲求がアスカを襲うが、それではミサトの二の舞である。ぐっと自制した。
〔そう…アタシは、もっと徹底的、かつ洗練されたやり方で行くのよ!〕
「あ、そうだ、ミサトさんは?」
 シンジの声に、アスカは、黒檀の木刀を足元にぽんと投げ出すと、攻撃力絶大の
Eカップをあらわにしたまま、壁ぎわでのびてるミサトのそばにしゃがみこんだ。
〔チッ…し損じたか…〕
 布団にくるまっていたことが幸いしたのだろう、後頭部に全力の一撃を食らった
にもかかわらず、でっかいタンコブができてるだけであった。
 とりあえず、打撃部位が頭部だったため、シンジ少年は大事を取って、ネルフの
ガードに医療班を呼んでもらった。
 ミサトが[退場]することに関しては望むところのアスカは全面的にそれを賛成
したため、ミサトは本部の医療施設へと運ばれていった。
 後に、治療を直接担当した赤城リツコ博士談では、
「打突を加えた側には、手加減しようという意識が全くなかったのは間違いない」
「常人であれば、布団がショックを吸収したにせよ、まず脳挫傷は起こすはず」
「にもかかわらず、患者はコブができた以外は全く問題無し、精密検査もシロ」
 という結果が報告されたが、それはまた別のお話。
「あんた、こんな状態じゃ、オフロは、まだよね?
 落ち着くにはちょうどでしょ、早く入ってきちゃって!」
「うん…」
 シンジは、自分の着替えを持つと、またひっくひっく言いながら、バスルームに
入る。その後ろ姿を見送ったアスカは、放り出していた荷物を抱え直すと、自分の
部屋に駆け込んでいった。

〔あんなことで泣いて、アスカに助けてもらうなんて…僕、もっと、男らしくなら
なくちゃ…せめて、綾波とかを守れるぐらい…〕
 アスカが聞いたら怒髪天を突くに違いない独り言を胸の中で呟きながら、シンジ
は服を脱いで、まとめて洗濯機に入れていった。
 洗面台の鏡に目をやってみると、華奢な体付きの、線の細い少年が、赤い眼をし
ているのがぼやけて見えた。シンジは、顔を手の甲でこすって、バスルームに入っ
ていった。

「うっ…また…」
 シンジ少年は、バスルームに一歩入るなり、また赤面した。
 当然、アルコール臭と、さっきトラウマになりそうなほど堪能したミサトのフェ
ロモンがバスルームには充満していたのである。
 直ぐ様、壁の換気ファンのスイッチを入れはしたが、そう簡単には匂いは抜けそ
うにない。シンジはあきらめて、シャワーを出すと、身体を洗い始めた。
〔そのうち、消えるよね…シャンプーの匂いとかもあるし…〕
 シンジ専用の[ヘチマ]にボディソープで身体を洗い、シャンプーを泡立ててす
すぎ、トリートメントをつかって、洗顔用のジェルで顔を洗っていく。
 シンジ少年本人は、あまり身だしなみにはこだらわないほうなのだが、アスカの
「アタシの同居人が、そんなガサツでいいわけないでしょう!!」
 という限りなく命令に近い指示により、アスカの選んだもので、念入りに洗うこ
ととなっていた。
 当然、アスカの主観による[来るべき時]にそなえてのみだしなみであるが。
 最後に少し熱めのシャワーで全身を丹念に洗い流すと、ゆっくりとバスタブに身
を沈めて、ようやく、のんびりしたため息をついた。

 その一連の動作を、惣流・アスカ・ラングレー嬢は、少し眼を血走らせて、荒い
呼吸とともにじーっと見つめていた。
 照明を全ておとした部屋の薄闇のなか、14インチモニターが白く浮かび上がっ
ている。
 当然、これは、アスカがその豊富なパイロットとしての給金にものを言わせて買
い漁った[特選・春の盗撮セット]を使用しているのである。
 高性能、かつコンパクト、メンテナンスもほぼフリーで耐用年数も高い、相田ケ
ンスケも裸足で逃げ出すような凄まじい器材であった。直径2ミリの特殊レンズは
そこらの業務用そこのけの画質を提供し、録画用ディスクは某テレビ局の納入品を
卸し元から横流ししてもらったものである。
 浴場はもとより、シンジの部屋、リビングその他に、同様の物が数十セット仕掛
けてあり、この画像はどこにも流してはいない。余談ではあるが、アスカの部屋に
仕掛けられていた監視用ネルフ謹製カメラもマイクも、残らずアスカ自身の手で処
分してある。見るのはいいが見られるのは嫌いらしい。
 なお、隠密に事を進めたため、セットと調整に大分時間が掛かり、実働は今日が
初めてであったのだ。
〔オペレーションの前祝いには、もってこいだわぁ…
 うっわー…!バカシンジのくせに、これはなかなか…〕
 無意識に舌なめずりなどしつつ、身動き一つせずにじっくりと[観察]を続ける
アスカ。第一中のアスカのファンが見たら泣くに違いない。
 が、その時…モニターのなかのシンジ少年の行動に、変化があったのである。

                               第十章に続く

 ども、阿修羅王ッス。ようやく、予定の七割ほどを通過しました。
 いや、キャラクターが勝手に動くこと。このままだと、また予定を大幅に超過し
そうな感じです〔無計画〕
 いま少し、お付き合いの程を。



管理者より
女の人に襲われて半泣きで震えるシンジってば……きゃわゆい(爆)
ああ、アスカになって彼を胸の中にぎゅっと抱きしめて上げたいナァ(笑)