[とある少年の悲劇に対しての考察]

 第十章 目標の行動を阻止せよ

「あ…」
 シンジ少年、思春期てんこもりの14才である。
 そして、バスルームにたちこめていたフェロモンは抜けたものの…彼が身をゆだ
ねているのは、[ミサトダシ]たっぷりのお湯であった。
 起きているときは頭の8割が[その方面]のこと占めているといわれる中学生、
身体はやっぱり変化する。もうそれは元気たっぷりである。
 14才という年令で、[大人][女性]を感じさせるミサトを意識するなという
のは、完っ璧に無理である。ましてや、さっきあった事件が事件だ。
 赤城リツコ博士談・
『この年令の少年たちの下半身に理性を期待することが間違いね』
 それに、よく考えれば、これから今夜いっぱい、アスカと二人きりである。
 このまま欲望が理性を超越する可能性も十分すぎる。〔アスカがそれを虎視眈眈
と狙っているとはまさか考え付くまいが〕
〔少し、出しておこうかな…〕
〔ミサトさんに、襲ったり襲われたりなんてことよりは、ずっといいよね…〕
 若さゆえの欲望と同じく若さゆえの純粋さの妥協がすばやくなりたち、シンジは
ミサトの残り湯のなかで、[自家発電]と相成ったのであった。
 加持リョウジ談・
『フッ、[セルフバーニング]とも言えるな…』

「あ・あ…そ…え!?バ、バカシンジ…!?」
 突然その[行為]を目撃してしまったアスカ嬢。視線ははモニターに瞬間接着剤
ではりつけられたように完全固定、無意識に自分の身体に触れていた両手は、ピタ
リと停止してしまっていた。
〔ぁああああ…これは…これはっ!!!〕
 シンジの部屋に仕掛けられた盗聴マイクで[傍聴]したことは何度もあったが、
フルカラー天然色、かつリアルタイムで目撃したのはこれが初めてである。耳まで
真っ赤にしながら、鼻血をこらえつつ、瞬きもせずに[媚態]を凝視していた。
〔…………はっ!!いけない、こんなところで欲望を解放させちゃ!〕
 シンジには、当然、もっと[タメ撃ち]準備をしていてほしい。
〔それに、[無駄撃ち]で回数を減らすわけにはいかないしね…〕
 うふうふうふうふ、と奇妙な笑いを浮かべる惣流アスカラングレー嬢。名残惜し
げに、服の下に入り込んでいた手を出すと、モニターの録画を確認して、バスルー
ムに向かって疾走を開始した。

「…んくっ……ん……っ」
 眼を閉じたまま、自家発電に余念のないシンジ。ミサトの[うしバディ]や、髪
の甘い匂いは、嫌でも思い出されてくる。顔を上気させ、眼を閉じた姿は、後日、
おそらくまたしても地下で盛大に売り捌かれることになるであろう。〔アスカに内
緒で、ミサト自身も盗撮装置一式を仕掛けているのである。〕
 が、[任務完了]間近かと思われた瞬間、全く不意に、鋭い同居人の声が、バス
ルームに響いたのであった。
「バカシンジー!いつまで入ってんのー?
 次、アタシなんだから、早く出なさいよー!!」
〔はうっ!〕
 衝撃のあまり、心臓がニ秒ほど停止するシンジ少年。全身硬直である。
 ギリギリと後を振り向くと、曇りガラスの後のカーテンの向こうに、少女のシル
エットが見えた。
〔うううう…こんな時に…アスカ、酷いよ…〕
 やむなく継続を断念し、わたわたとタオルで身体を拭き始めるシンジ。
「わ、わかったよ、すぐ出るから!」
「早くね!」
 カーテンの向こうのシルエットが消えると同時に、シンジ少年は、思い切り長い
ため息をつくのであった。

〔どうやら、成功ね…〕
 ニヤ、と眼を光らせて、凄味のある微笑を浮かべるアスカ。目標の欲望解放阻止
に成功したのである。
 欲望を刺激する要素たっぷりにもかわらず、それが解放できなければ、自然、暴
走への近道となる。
〔ま、バカシンジなら、2、3回ぐらいどうって事もないんでしょうけど…
 ふふふ、夢精だってさせたげないわよ、当然…!〕
 シンジの一日平均の[射撃可能回数]については、しっかり調査済みである。
 さて、すでに打てるかぎりの手は打った。あとは…行動あるのみである。

「アスカー、お風呂あいたよー。」
 元気な[分身]を苦心して仕舞い、タオルで頭をふきながらシンジ少年が出てき
たのは、それから三十秒後である。
 [平常心]のプリントの入ったタンクトップにショートパンツといういでたちは
見慣れたものではあったが、今日はその文字に決意が表れているような気がする。
 さらりとシンジを眺めて、改めてシンジが[自己処理]していないであろうこと
を確認したアスカは、作戦行動を開始した。
 座っていたキッチンの椅子の上でぐうっと背をのばすと、返事をかえす。
「ん…でも、その前に、シンジ、お茶いれてくれない?」
「え?あ、ああ、いいけど。」
「そうそう、アンタも付き合いなさいね。」
「うん…」
 自己処理を中断させられたとはいえ、アスカはミサトの魔手から救ってくれた恩
人であるし、また、数時間前に[許してもらった]こともある。シンジ少年は一つ
うなずくと、お湯を沸かしはじめた。
 アスカが何となく幸福そうにキッチンのテーブルに頬杖をついてぼぉっと見守る
なかで、シンジ少年はてきぱきとお茶の準備を進めていた。
 ミネラルウォーターのボトルからヤカンに水を入れて火に掛けると、お湯が沸く
までの間にお茶うけのクッキーを小皿に並べて、紅茶の葉…アスカが好きなのはダ
ージリンである…を用意する。お湯が沸いたあと、一分ほど待って火を止めると、
一度ティーポットに熱湯を入れて捨て、ポットを暖めてから、葉を入れると、お湯
を注いで蓋をして、ティーコゼーを被せた。
 ゆっくりした時間のなか、アスカの考えも、緩やかに流れていく。
〔ドイツにいた頃は、こんなに、のんびりしてたことなんて、なかったかな…〕
 努力と、その成果こそが、アスカの支えだった。自分の才能を信じ、並みの人間
なら、間違いなく潰れていくような努力によって、その維持、向上に努める事が、
日常だった。自分を自分でほめられるように、他人から必要だと思われるに十分な
人間に成長できるように…
 同年代の、学校生活とやらだけに埋没している[怠惰な][意識の低い]少年た
ちなど、はなから眼中にはなかった。別の世界のものだと思っていた。
 だが、いま自分が、こんなのんびりした時間を…ひなたで寝転んでいる猫のよう
な気分を持つことができた原因の一つは、間違いなく、目の前の、この人付き合い
の苦手な少年だった。才覚自慢なだけあって、アスカは、きちんとそのことを把握
していた。ただ、多感な少女の気持ちは、それをなかなか認めたがらなかったが。
〔…ふふん、バカシンジにしては、よくやってるわよね…〕
 そして、アスカ自身は気付いているのはわからないが、ミサトやヒカリ、シンジ
と接しているときは、有能で貴重な適格者でも、若き天才少女でもなく…
 年令相応の、わがままで勝ち気な少女として振る舞える。そして、彼らは、それ
を当然としてうけとめてくれていた。
 穏やかに細い眉を緩めたアスカは、シンジが一連の行動を終えようとしているの
に、ふっと気付くと、くつろいだ姿勢のまま声をかけた。
「あ、そうだ、あたしのは、ブランディもね!」
「酔っ払っても、知らないからね?」
 時計に眼を走らせたシンジは、これも一度熱湯で暖めたカップに紅茶を注ぎ分け
ると、ミサトの酒棚からブランディの瓶を取り出すと、茶色のごつごつした砂糖や
クリームの小瓶と一緒に盆に乗せて、テーブルへと持っていった。
「はい、アスカ。」
「ん…」
 アスカは自分の前に置かれた紅茶のカップに、ブランディを少したらした。暖め
られたブランディのまろやかな匂いがふわりと広がる。アスカは、満足そうにゆっ
くりと紅茶をすすりはじめた。
 シンジは、自分のいれた紅茶をアスカが気にいってくれたのが嬉しいのか、にこ
にことクッキーをつまみながら紅茶を楽しんでいる。彼は、少し砂糖とクリームを
加えたもののようである。
「…そうだ、シンジ。さっき、アタシの部屋で約束したこと、覚えてるわよね?」
「え?あ、うん…なにか一つ、アスカの言うことを聞くってやつでしょ?」
 アスカはもう一口、紅茶をすすった。
「バカシンジにしては上出来ね。さっき、少し考えてみたんだけど…
 そろそろ新しい服とアクセサリーも買いたいし、いい小物のお店を見付けたから
行ってみたいの。だから、明日一日、アタシの雑用係をやるっていうのはどう?」
 普段から、雑用係扱いではないだろうか?が、それゆえに、それぐらいならと、
なれっこになってしまっているシンジ少年は、頷いてしまっていた。
「いいよ。荷物持ちぐらいなら…」
「いーえ、雑用だから、他にいろんな事をしてもらうわよ!覚悟しときなさい!」
 一度は本気で機嫌を損ねた〔しかも、その後で、自分にも借りを返す、と言って
くれた〕アスカの指示なら、これぐらいは笑ってできる範囲内である。
「いいけど…あんまり買い込まないでね。ただでさえ、部屋いっぱいなんだし…」
「ふふん。なら、ネルフの貸し倉庫にでも預けとけばいいのよ。それぐらいは権利
のうちでしょ!明日は、最低でも、店を八つはまわるからね!」
「はは…」
 微笑ましい会話の中で、シンジ少年は空になったカップに次の一杯をそそいだ。
少しだけ、ブランディを入れてみようと、瓶に手を掛ける。
 こちらも空になったカップを置いて、アスカがしなやかな動作で席を立つ。と…
「あ、あれ…?」
 シンジの視界が、ぐらりと揺れた。瓶にかかっていた手が、するりと落ちる。
 ついで、視界をゆっくりと斜めにせりあがってくる板に、頬が触れた。
 自分がテーブルに崩れ落ちた、と理解することもなく、シンジ少年は、夢の世界
の住人となってしまっていた。
 シンジの寝顔を確認して、ほほ笑みながらその頬を一度だけ撫でると、アスカは
[決戦準備]のために、悠然とバスルームにむかうのであった。

                            第十一章に続く

 はい、というわけで十章をお届けします。
 すでに、初期予定の二倍の量になってます〔馬鹿者〕
 しかも、まだ伸びそうです〔大馬鹿者〕
 ここれもひとえに、作者の技量不足の為せるわざ、笑って許してください〔阿呆〕



管理者より
自家発電…シンちゃんも可愛い顔して「おっとこのこ」だったのネ(笑)
でも想像すると切ないぐらいに愛しさがこみ上げてきます(爆)