[とある少年の悲劇に対しての考察]

 第十二章
 [オペレーション・サンダーボルト]

 シンジ少年は、目や耳から受け取った情報が、脳内で受理されていない、といっ
た表情で、妖しく笑うアスカを凝視していた。今日一日は、本当に、自分の理解で
きないことばかり、立て続けに襲ってきてるような気がする。
 なんで、僕がアスカのベッドに寝てるんだろう?なおかつ、なんで、身体が動か
ないんだろう?
 しかも、それを発見されたにもかかわらず、なんでアスカは笑ってるんだろう?
「バカシンジ。自分のおかれた情況が、理解できてないみたいね?」
「え、あ、うん…」
 正直なのは美徳であろう。
「じゃ、優しいアタシが、教たげるわ…」
 押さえられた照明のなかでも、アスカ嬢が、楽しくて仕方がないような表情を浮
かべているのは、十分に見て取れた。さすがに少しは恥ずかしいのか、顔はわずか
に赤くなっているが、胸を張って、傲然とした口調で言った。
「アンタは、アタシの独占欲を刺激したの。
 それで、アタシは、アンタを独占することに決めたの。
 そして、実際的な手段として、アンタを、ここに連れてきたってわけ。」
 えらく端的な、状況説明である。
 シンジ少年は、しばらく理解不能といった顔だったが、一生懸命に混乱した頭で
考えて考えて、ようやく、ひとつの質問をしぼり出した。
「…なんで?」
 こちらも、えらくストレートな質問である。
「知らないわよ、理由なんて。」
 さらに、みもふたもない返答を返すアスカ。
「で、でも、アスカ…『独占』って…?」
「アンタ、バカァ?読んで字のごとく、自分だけのモノにするの。他人にわたさな
いの。アタシが、個人的にアンタを占有するの。」
 また、しばらく考え込むシンジ少年。普段のアスカの行動をあわせて考えてみる
と、どうしてもアスカの言葉が理解しにくい。
 あと5、6年も人生経験をつめば、この勝ち気な少女の、事実上の[告白]であ
ったことに気付いたかもしれないが、現在の彼は、純粋で、それだけにまったく朴
念仁な少年である。
「え…だって…アスカ、いつも、僕のこと怒鳴るし、怒るし、殴るし…
 バカとか、嫌いとか、いつも言ってるじゃないか…」
「ふふん。光栄に思いなさいよね、このアタシ自ら直接、怒鳴ったり殴ったりして
あげてるんだから。その価値もない奴らよりは、マシってことよ。
 感謝しなさい!アンタは、アタシにとって、手元においておきたいと思うだけの
価値がある人間って、認めてあげてるんですからね!」
 シンジ少年は、びくんと身を震わせた。アスカの口調にはもう慣れっこである。
 アスカは、そのえらく遠回しな言い方はともかく、自分を
「必要な人間だ」
 と言ってくれたのである。自分はその反対だと、常にいわれ続けていた少年にと
って、これは、はっきり言って至上の殺し文句であった。今まで、葛城ミサト女史
を含めて数人にしか、こんな言葉をかけてもらったことはない。
「…アスカ…でも、でも、僕のこと、嫌いだって、いつも…」
 それでも確認してしまうシンジ少年。期待と裏切りを何重にも受けてきた、彼の
悲しい習性である。
「ええ…アンタなんか…」
 アスカの手が、シンジの手を探る。やわらかく、指を絡ませる。
「大っ嫌いなんだから…!」
 もう片方の手が、シンジの頬をすうっと撫でる。
「ただ…
 ただ、ときどき、アンタを誰にも渡したくなくなったり、アタシの手でめちゃく
ちゃにしたくなったり、アタシ以外の奴らなんか、気にしてほしくないって、そう
思ったりするだけよ!!」
 世間一般では、それを[恋愛感情]というのではなかろうか?いかに鈍感なシン
ジ少年といえど、この状況では[ある程度]の理解をもたないわけにはいかない。
 と…それとほぼ同時に、彼の脳裏に、ひとつの疑問が沸き上がってきた。
 ここしばらくで、ミサト他、多数の女性に襲われつづけてきた彼の、[進化]で
あろうか?〔ただ単に、[すれた]とも言えるかもしれない〕
「あの…アスカ…
 僕のことを、[必要だ]って考えてくれたのは、本当に嬉しいんだけど…
 なんで僕、ここに、こんな格好でいるの?なんで、動けないの?」
 状況の把握とともに、建設的な質問がようやく発生する。
「うふうふうふ…野暮なこと、聞くんじゃないわ(はぁと)
 それでも、自分の[捕虜]に、状況を説明するのは嬉しいらしく、ベッドに腰掛
けていた姿勢をわずかに変えて、シンジの耳元にささやいた。
「アタシの戦術としては、まず第一に[既成事実]をつくっておくことで、アンタ
の所有権を確立すること。第二に、アンタにアタシの素晴らしさを[骨身にまで]
染みるほど味わわせて、アタシから離れられないようにすること。さらには、その
記録をとっておくこと。」
 普段聞き慣れない言葉に、首を傾げるシンジ少年。
「わかりやすく言うとね…
 ア・ン・タ・を・犯・す、っていうことよ!」
「そ、それじゃ、ミサトさんと一緒じゃないかぁああ!!」
 半泣きで顔をぶんぶん左右に振るシンジ少年。アスカは、さも心外、といった顔
で肩をすくめた。
「しぃっつれいね!あんなショタコン年増と一緒にしないでよ!」
 そして、反応を確かめるように、シンジの手足を何度か撫でた。
「ふふん、さすがに、マッドサイエンティストとして名高いだけはあるわね。
 身体の末端部付近にだけ限定的に作用する、痺れ薬とはね…しかも、触覚はきち
んと残してあるなんて…いったい、何に使うつもりだったのかしら?」
 先程、アスカが、前もってシンジのカップに睡眠導入剤〔メラトニンと呼ばれる
ビタミン系の薬で、熟睡時に分泌されるホルモンを抽出したもの。完全無害、副作
用ナシ〕を塗っていたのであるが、さらにその後、シンジが熟睡したのを確認した
うえで、無針注射機で注射したのが、マッド・リツコ謹製の痺れ薬であった。
 もともと、手術用の局部麻酔を改良したものらしいが、微妙な量の加減で、触覚
や痛覚を残したまま、本人の意思から身体を切り離せるのである。
 リツコ博士が何に使おうとして開発したものものかは、説明の必要はあるまい。
「アスカ…なんで、そこまで?」
「だって、暴れられたりしたら面倒だもの。」
 アスカは、姿勢を変えて、シンジの上に馬乗りになるような体勢をとった。
 天才画家でも土下座してモデルの依頼をしそうな美少女が、自分に密着している
という、男性であれば非常に喜ぶべき事態なのだが、シンジ少年は、何となく総合
格闘家にマウントポジションを取られたような感じがしてしょうがなかった。
 ここでは、生命を狙う殺気にの代わりに、貞操を〔さらに、その後の人生すべて
も、かもしれない〕狙う欲望が照射されていた、ということなのだが。
 アスカは、完全優位を確保すべく、身体全体を…ことに、十四才にしてCカップ
の自慢の胸を…密着させると、からかうように、シンジの耳に息を吹き込んだ。シ
ンジ少年が、目を閉じたまま、背筋を震わせる。
〔くくくくくっ、バカシンジ、震えてる…〕
 また、にまーっ、と邪悪に笑いつつ、そのまま囁きかけた。
「…アタシ、知ってるのよ。バカシンジ。
 アンタ、毎日、アタシをオカズに、シテるんでしょ?」
 九月すぎの森の木の葉のように、顔を真っ赤にしてそむけるシンジ少年。
〔知られた…知られちゃった!!〕
 この年令の少年に、意識していた女性に、[そういった行動]を知られるのは、
どれほど精神的ショック与えるかは想像に難くない。
「日本の建築物って、壁が薄いもんねぇ…一晩に、何度も何度も、ハアハア言いな
がら、アタシの名前を呻いてるんだもの、子供でもわかるわよ。」
 盗聴器に加え、アスカが競争馬の診察用の聴診器を使用していたことは知らぬが
花である。加えて、それを[副食]にして[自己処理]に余念がないのはアスカと
て同様だったりするのだが、不幸にもシンジ君がそんなことを知る由もない。
「はずかしがらなくていいわよ。男なんて、みんなやってるんだし…極上の美少女
が、こぉんなにそばにいるのに、反応しないほうがどうかしてるわ。」
 故意に、ゆっくりとした口調でシンジをいたぶるアスカ。反撃できない相手をい
じめるのは、基本的に大好きなところもあるらしい。
「ふんっ、ただ、ファーストやミサトも、同比率でオカズにしてるって言うのは、
気に食わないけどね。ま、メガネバカから買った写真はアタシのが一番多いから、
よしとしておくけど…」
 勝ち誇って、さらにいじめるアスカ。
「なんで、そんなことまで…知ってるの…?」
「う、うるっさいわねぇ!そんなにヤられたいわけ!?」
 鍵をかける習慣のない日本方式に、散々文句を言っていたはずなのだが、それを
最大限に利用し、シンジ少年の留守に、公安警察も裸足で逃げ出すような[探索]
をかけ、盗聴盗撮とともにシンジ少年のプライパシーを完全無欠に把握していた。
 ことに、シンジ少年のベッドの下に安置してある、[劣情をかきたてるような書
籍・映像コレクション]のつまった箱…通称、[パンドラボックス]…のチェック
は毎日欠かしていない。シンジ少年の好みの[傾向と対策]は万全であった。
 アスカは、ふと、なにかを思い出したように、少しだけ身体を離した。
「ま、でも、[協定]があってね…アンタを独占するにしても、流石に、今すぐっ
てわけにはいかないのよ。…先にやっておくことがあるの。
[オペレーション・サンダーボルト]、実行に移させてもらうわ…」
「オ…オペレーション…って?」
 名残惜しげに、シンジのそばから立ち上がると、パキッ!と鋭く指を鳴らした。
 と…部屋の常夜灯が、部屋全体を、薄明るく照らしだした。
 そして、アスカの左右にうずたかくつまれていた[器材]を、シンジ少年の目に
も確認させたのであった。
「バカシンジ、覚悟しなさいね(はぁと)
                           第十三章につづく

 ども、阿修羅王ッス。一月半以上のご無沙汰でした。すみません、殺人的なまで
にスケジュールが過密だったので…〔青息吐息〕
 では、またお会いいたしましょう。