[とある少年の悲劇に対しての考察]

 十五章 [走れ正直者]

 加持リョウジは、本能的に、きな臭さを察知して極秘通信のラインを開いた。
彼のこの直感の鋭さこそが、彼をここまで生き延びさせたのである。
 喉につけた集音マイク…喉の振動を直接拾うため、声にださなくても会話可能…
と、これも、耳小骨を直接振動させるタイプのスピーカーによって、音を外部に一
切もらさずに通信を進めていく。
『…最悪の場合、君だけでも脱出したまえ…』
『…わかってます。』
 通信を終えると、退路を確認しつつ、彼はさらにメモを取り続けるのであった。

「ふふふん、ようやく、このアタシの番になったわね。」
「うう…えっぐ…ぐすっ……」
 アスカ嬢は、シンジ少年のまわりに散らかった、今までの撮影に使った衣裳一式
を全部きちんとたたんで片付けると、最後の一着を、ゆっくりと取り出した。
「アタシは、こう見えてもオーソドックスなのが好きなのよ。」
「…あ、それは…」
 彼女が取り出したのは、セカンドインパクト後には絶滅したといわれている、
黒の詰め襟学制服…いわゆるひとつの[学ラン]であった。
 さすがに、意外さそうにそれを見るシンジ少年に、にまぁっ、と笑いかけて、
「…なぁ〜んてね。んなわけないでしょ。ア・タ・シ・の希望は…」
 ズバッ、と学ランを投げ捨てて、別の一着を引っ張り出す。
「これっ!!」
「はぅあっ!!!」
 アスカ嬢が取り出したのは、なんと、[セーラー服]であった。
「やめて、やめてよアスカ!嫌だ、嫌だよ、そんなの!」
「この期に及んで往生際が悪いっ!…さあ、いくわよ!!」
 アスカの寝室に、一際高い悲鳴が響き渡った。

〔ああっ…そんな…凄い、凄いわこれはっ!!〕
 戦略自衛隊の先輩隊員たちを蹴散らして一番いい場所をがっちりキープした少女
…霧島マナ嬢〔14〕は、シンジ少年の媚態をしっかりデジタルビューカムで記録
しながら、[チャンス]を狙っていた。当然、シンジを[救出]して、[介抱]す
るためである。が…
〔も…もう少しぐらいはいいよね…〕
 つい、観察に夢中になってしまっていた。

 そして、また一人。リツコ達の記録した画像を、素人離れした凄まじいまでのハ
ッキングをかけて、自分の部屋で受信している少女が一人。
 第三新東京市から離れた場所にいるものの、アマチュアとは思えないほどの機器
を自在に使いこなし、映像を傍受・記録していた。
 彼女の名は、山岸マユミ。
〔…ごめんなさい、碇君。貴方の弱みは、握らせてもらいました…〕
〔…アスカさん、最初の一回だけは、あなたに譲ってあげます…〕
〔…でも、ふふふ…そのあとは、ずっと、私が…〕
 眼鏡を静かに外すと、シンジ少年の写真にむかって、黒髪の美少女は、そっと、
微笑みかけるのであった。

 そして…最後の、シンジ少年の[着替え]は終わっていた。
 白に水色、赤いスカーフという[標準的]セーラー服を着用し、白い髪留めと、
白いハイソックスを追加されたシンジ少年は、もはや説明のしようもないほどの
できばえであった。どこから見ても、もはや少年には見えない。
 ちなみに彼自身の感想はというと、もはや一言もなく、一生分の気力を使い果し
たように、横たわっている。無理もないことではあるが。
 そして…三歩下がって、シンジ少年の〔変身後の姿〕を確認したアスカ嬢はとい
うと…表情を一気に消滅させたまま、硬直していた。
 数秒たっても、その硬直はとけなかった。
 さらに数秒後、手から構えていたカメラが滑り落ちた。
 さらに数秒。心配になったシンジ少年が、そっと声をかけた。止せばいいのに。
「……アスカ…?」
 それが引き金となったのである。
 アスカの脳裏で、水をたっぷりたたえたダムが決壊した。
 そして、戦艦大和が46サンチ主砲を三連斉射した。
 さらに、何ものかが核のボタンを押した。
 つまり、世間一般で言うところの[ブチ切れた]のである。
「……も、もぉ、辛抱たまらーん!!」
「う、うわぁっ!?」
 絶叫、目標補足、跳躍が一動作で行なわれた。そして、一瞬後、悲鳴と着地音が
それに続いた。
「アンタが悪いのよ…そんな…そんな格好してるから…」
「アスカが着せたんじゃないかぁっ!!」
「聞こえないわ…何も聞こえないわ…」
 深いブルーの眼を血走らせて〔器用だ〕うわごとを言うように会話しつつ、素早
くスカーフを抜き取り、一気にセーラー服の上着をめくりあげるアスカ。
 普通の場合、男女が逆のはずなのだか、なぜか違和感がない。
「…ハァハァ…バカシンジ、覚悟はいいわよね…?」
「いいわけな…んんっ…!!」
 反論が、不意に断ち切られた。アスカ嬢が、両手でシンジ少年の顔をはさむと、
葛城ミサトがついになし得なかった行為…口付けを、その道専門の色事師も一歩を
譲るような素早さでくらわしたのである。
「…んっ……」
「…んくっ…むっ…!」
 シンジ少年、アスカとのキスは二度目ではあるものの、唐突さは変わらず、濃厚
さと危険度ははるかに前回を上回った。
 アスカは軽く眼を閉じていたが、シンジ少年にそこまでの余裕があるはずもなく
…というか何が起こったのか数瞬の間、理解することもできず…眼をあけていた。
なおかつそれゆえ、しっかりと一部始終を観察してしまった。
 さらに、止めとばかりにアスカ嬢の甘い舌が、シンジ少年の唇のなかに滑り込ん
できた。シンジ少年の眼が見開かれて、身体がびくりと動く。
 さらに数瞬がすぎ、シンジが、完全に抵抗しなくなった。表情も、どこかぼぉっ
としたようなものにかわっている。
 一度唇を離して、満足そうにアスカはシンジを見下ろした。きたるべきこの日に
備えて、アスカは、ネット、書籍、ビデオその他で[情報]を可能な限り集め、イ
メージトレーニングや自己鍛練を繰り返してきたのである。ここまでくると、既に
単純な[耳年増]というレベルではなくなっている。
「…はぁ…はぁ…っ」
 完全に脱力してしまったシンジ。
〔ふふん、サクランボの茎を連続12個、口の中で結べるように努力したことは、
無駄じゃなかったわね…〕
 アスカは改めて、ゆっくりとシンジ少年のうえにおおいかぶさった。誰はばかる
こともなく、思う存分に身体を密着させて、シンジ少年の身体の感触を堪能する。
「さっき、『明日は何でも言うことを聞く』って、言ったわよね…
 あ、ちゃーんと、MDに取ってあるから…」
 シンジ少年の腿に自分のふとももを擦り付けながら、アスカは微笑んだ。
「…アスカ…もしか…して…」
「そう。もう、日付は変更したわよ。
 『何でも』言うことは聞いてもらうからね…」
「そ…んな…うぁっ!」
 力のこもらないシンジ少年の反論を踏み潰すように、アスカの行動が続く。シン
ジ少年の手を取って、タンクトップの上から、自分の胸に押しつけたのである。
「はぁ…っ…」
 自分では動かすことはできずとも、幸か〔アスカにとって〕不幸か〔シンジにと
って〕痛覚触覚は残っている。それはもう筆舌尽くしがたい感触が、シンジ少年を
直撃していた。
「アタシの胸、そんなに…しっかり触って…バカシンジのH〜、スケベ〜!」
「アスカが自分でやってるんじゃ…んんっ!!」
 反論を聞く気は全くないようである。再び文字どおりの[口封じ]が炸裂する。
 さらに、アスカ嬢は容赦なく、残されたもう片方の手もしっかりとらえた。
 言うまでもなく、[目的地]は、この日のためにとパイロット給金の中から買っ
ておいた、シルクのショーツの内部である。
「アスカ…!ちょっと…!」
「きゃ〜、バカシンジ!!どこに手ぇ入れてんのよ!
 あぁっ(はぁと)この変態〜!」
 嬉々としてわざとらしい悲鳴をあげながら、シンジの手をホットパンツ内部へと
侵入させるアスカ嬢。動かせないことを良いことに、シンジ少年の指で、思う存分
に自分の身体を触り倒している。
「あぅっ…シンジが、アタシの[文部省じゃなくても検閲削除する単語]を[公の
場で叫ぶと分厚い壁の中に招待してくれる素敵な単語]して、[国会議事堂のまん
なかで叫んでみると面白いことが起こる単語]してるわぁっ…!」
 シンジ少年は、精一杯の抵抗か、顔を背けて眼を力一杯閉じている、が。
 繰り返すが、14才の少年にこの状況は酷というものである。彼の暴走する精神
回路は推して知るべしである。
〔あああアスカの手が僕の手を掴んでそんなところにってでも暖かくて凄く柔らか
いし幸せだけどああなんか中心に突起がってこれはもしかしてバストトップだめだ
だめだけどああアスカそっちの手までそんな所にって熱くて濡れてたりとかそんな
に強くしたら駄目だって言うのにどうすればかあさんそういえば明日は大根としら
たきがやすかったからお鍋にしようかなみさとさんにおねがいしてあやなみとかも
よんでじゃあはやめにじゅんびしとかなくちゃほかにひつようなのは…〕
 合掌。
 彼が常人には到達できない精神的高みに〔あるいは奈落のどん底に〕到達してい
る時も、アスカ嬢の行動は途切れなかった。
 そして、少年の悲劇は佳境へ突入していくのである。
                              続く