続・とある少年の悲劇に対する考察
        [閉幕拒否する人々に対する考察]
                            1999 阿修羅王
 第一章 [予兆は後日談から]

 世の中には、予期しえぬ、重ねて言うのなら、被害者に責任のほとんど無い不幸
が数えきれないほどある。このことについての討論は、おそらく必要ないだろう。
 例えば……
 誰かの噛み捨てたガムを踏む。お隣の番犬の鎖が突然ちぎれる。
 強風で瓦が落ちて来る。トラックの居眠り運転に遭遇する。
 預金してた銀行が倒産する。カルト教団のテロにあう…等々。
 ここをおそった不幸も、冷淡な目で見れば、そういった、[責任なき予期しえぬ
不幸]という事象の典型的な一例にすぎない。ありふれた、とはいいがたいが…
 そこまで考えて、モノトーンの制服姿の少年は、眼鏡を押し上げた。
 目の前には、どんなずさんな医者が診ても、即刻入院を申し付けたいような状態
の少年が無造作に転がっている。もとはジャージであったらしい衣服は汚れ、ほつ
れ、千切れ、中身の受けたダメージの深刻さを物語っている。
 眼鏡の少年…言うまでもなく、相田ケンスケは、目の前の、友人である少年…の
残骸かもしれない…を観察しつつため息をついた。
 鈴原トウジ。特徴、ジャージと関西弁。自分と、碇シンジという少年の、まあ共
通の友人だ。事実を再確認したところで、ため息とともに、また考え込んだ。
 どんな突発的に襲ってきた不幸にも、被害者の落ち度は、いくつかある。泥棒に
入られたのなら、家の防犯機構が整っていなかった。銀行の倒産は、社会を見る目
がなかった。が、彼の、この場合はどうだろう。テロや、通り魔と同じく、平和へ
の過信だろうか?いや、通常は、こういったことが起きるのは予想外だろう。あえ
て彼の行動の落ち度を上げろというのなら、この場に居合わせてしまったというこ
とぐらいのものた。
 …相田ケンスケは、肩に掛けたウッドランド迷彩がらの鞄を揺すり上げた。見慣
れたはずの風景がかわって見えるのは、自分を取り巻く状況がかわったからだ、と
いう言葉は、いったい誰のものだったか。ただ、こういう場合に対して引用するに
は、少だけ難がある。
 状況とともに、風景そのものも、確実にかわってしまっているからである。
 使徒との戦闘中ならまだしも、ごく平時の日本の通学路には、クレーターはなく
ていいはずたし、逃げ後れた学友たちがうめいてなくてもいいだろう。電柱が倒れ
ているのも気にくわない。通学先の校舎入り口そのものが半ば吹っ飛んでいるのも
常識的に考えて、あまり好ましいとは言いがたい。…そして、何より。そう言った
惨状を招いた、破壊行為が、現在進行形で続いているのも。
 さらには、その原因、諸悪の根源、平和の破壊者が、どうやら認めたくないほど
の低いレベルの原因で、この騒ぎを巻きおこしたことも…
 顔を上げれば、その原因が、いまだ堂々と闘争を繰り広げている。こんな状況で
なかったら、[天使の舞踏]とでも名付けたい眺めではあった。かつて、幾度とな
く、こっそり自分が撮影した二人…
 一人は、生命力のあふれた美貌に、栗色の長い髪をなびかせた美少女…セカンド
チルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。
 いま一人は、蒼みみががったプラチナブロンドの髪と、陶器のような肌をもつ、
月のような美少女…ファースとチルドレン、綾波レイ。
 姿の美しさはともかく、飛びかっている言葉を一部ひろってみると、
「何度いわせんのよ!とにかく、バカシンジを渡しなさいってばぁ!!」
「駄目…あなたは、冷静さを失っているわ…今は、渡せない…」
「事情を説明させるだけだって言ってるでしょおおおっ!?」
「碇君は、心身の疲労がひどいわ…説明なら、私がするから…」
 というものでありそれはともかく、すでにぐったりしている細身の少年を、二人
が気迫と技術を尽くしてひっぱりあっている辺りがまず最大の問題だと思う。
 この広域破壊活動も、やっぱり、予期しえぬ、そして責任の問えない突発的な事
故の一つだ。あえて言うなら、[表情をなくした美少女]綾波レイが、どことなく
うれしそうに、友人であるシンジとともに登校してきた時点で、危険を察知するべ
きだったのだ。自分の危機管理能力が足りなかった。…そう思おう…
 相田ケンスケは、砕け散った秘蔵の300万画素・デジタルカメラの残骸を抱き
締めて、必死に涙をこらえた。
 二人の、惣流アスカラングレーとの遭遇。三人の歩行停止。殺気をまとったアス
カの前進。その前に立つレイ。美少女たちの睨み合い。逃げ散る一中の生徒たち。
 そして、綾波レイの、ほんのわずかな微笑…
 そして、破局。
 その一連のプロセスを、自分は記録したいと思ってしまった。それが、自分のミ
スなのだろう。自分にカメラを向けていることに気付いたアスカは、木曜日によく
やる特番のヤクザのように、『なに撮ってんじゃ、オラァ!?』とばかりに画面を
ふさぎ、ついでにカメラを破壊してったのである。
 相田ケンスケ少年は、涙を流しながら、携帯電話を取り出した。とりあえず、ネ
ルフに連絡を取ろう。もしかしたら、弁償してもらえるかもしれないし。それが、
いまできる最善の対策だろう。
 なにせ、目の前には、チルドレン一人につき三人、護衛兼監視についていたらし
いダークスーツののネルフのガードが9人、全員倒れているのだし…。
 相田ケンスケは、また一つ、切れた電線から火花を散らし、傾き、倒れていく電
柱を見やりつつ、PHSを取り出すのであった。

 カーテンを引いた薄暗い部屋に、女性職員の声が響く。
「…本日、07:55、目標乙の攻撃を受け、一中の生徒玄関が中破。」
「同時刻、目標甲の攻撃を受け、周囲の送電施設及び道路数ヶ所が破壊。」
 相田ケンスケが撮影したらしい貴重な映像が、スライドで映し出されていく。画
像メモリのいくつかは、再生可能だったらしい。
「保安部員たちは作戦遂行能力を維持できず。なお、07:59、一中生徒の通報
により、特殊対人戦闘部隊の出動を決定。」
「08:04、部隊到着。即時、無力化ガス弾、スタンフラッシュ、有線スタンガ
ンの集中砲火により、目標を鎮圧。なお、その際、部隊に2割の損害。」
 スライドには、ランチャーで次々に催涙ガスを打ち出す特殊部隊員やワイヤー射
出スタンガン、それに強力なストロボライトで激しく攻撃する部隊員が映し出され
ている。切り替わると、手負いの獣のように反撃に移るアスカが大写しになる。
 綾波レイは、この時、ATフィールドを使用すれば、難なくこの程度の特殊部隊
は薙ぎ払えたのだが、この場はアスカを排除してくれそうなこの部隊に任せること
にして、自分はガスで昏倒したふりをした。その時も、しっかり捕まえて離さなか
ったシンジ少年を、極薄のATフィールドで包み続け[二人の闘争に巻き込まれつ
つも、これのおかげで損害は軽微だった]ガスから守っていたのであるが。
 暴れまくったアスカも、高濃度の催涙ガスと7万ボルトのスタンガンを波状攻撃
で食らってはいかんともしがたく、6人の部隊員を道連れに玉砕したのである。
 スライドの最後の一枚は、涙など流しつつ、抱き合って勝利を〔生存を?〕喜び
あう対人特殊部隊員たちの姿でしめくくられていた。〔テロ集団よりよほど恐い相
手だったらしい〕
「…また恥をかかせおって…」
 冬月の苦いつぶやきはまさにもっともである。
 ネルフ内、ブリーフィングルーム。殺風景と言うか簡素というか、飾り気の少な
い部屋に、碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、赤城リツコ、葛城ミサトら幹部、及びパイ
ロットがならび、[不祥事]の証拠画像を確認していた。
 顔の前で手を組み、机に肘を突く相変わらずのゲンドウスタイルを維持したまま
総司令・碇ゲンドウが口を開く。
「パイロット両名…」
「…はい。」
「…………」
 こたえたのが綾波レイ、ぶすっとした顔でそっぽを向いたのがアスカである。ち
なみにもう一人のパイロット、碇シンジ少年は気絶していたので大事を取って医務
室で寝かせてある。
「君達の任務はなんだ?」
 間髪入れず、速答する二人。
「…サードチルドレンの確保!」
「碇君を…守ることです…」
「違〜う!」
 思わずユニゾンしてつっこむ幹部一同。
 アスカはまたぶすっとして黙り、レイは表情をかえないまま、呟くように言う。
「…エヴァンゲリオンを操縦し、使徒を殲滅することです。」
 ゲンドウスタイルを維持したまま、続ける
「その通りだ。ならば、それに集中しろ。まちがっても、こんな破壊活動は二度と
繰り返すな…」
 実は、レイの発言がショックで、泣きそうになってたりするのだが、あくまで表
情は冷厳な総司令のまま、さらに続けるゲンドウ。裏では巨費を投じてシンジ少年
の写真や動画を買い漁り、親馬鹿でネルフを私用しているバカパパには見えない。
「パイロット両名の処分はおって通知する。それまでは自宅謹慎とする。」
 処分が下されると同時に、アスカがレイに食って掛かった。
「こぉのバカファースト!あんたのせいで、アタシまで怒られたじゃないの!」
「自分の責任を、故意に無視しないで。私は身をまもっただけ。」
 がしがしと艶のある髪をかいて、作戦部長・葛城ミサト三佐が口を開く。
「…アスカには悪いけど、これは、どうみてもレイに分があるわね。」
「ええ。」
 短く同意するリツコ博士。
「な、なんでよ!あ、アタシは、テロがあった後、あのバカシンジが行方不明にな
ってたでしょ!?こっちは必死で探したのに、あの馬鹿、連絡もよこさないで、一
人暮らしのファーストの部屋に泊まってたのよ!
 事情を聴こうとしたら、ファーストが邪魔したんじゃない!」
「事情を聴こうとした…ねぇ…」
 画像を巻き戻す赤城リツコ博士。レイとともに登校してくるシンジを発見した瞬
間のアスカの表情がアップで映る。…はっきりいって直視しがたい。
「うっ……」
「…レイは、シンジ君をテロ部隊から救出して、さらに自宅にかくまったわけね。
 連絡をしなかったのは、あまりいいとは言えないけど…敵のハッキングを警戒し
たのかしら?」
 無言で頷くレイ。アスカの眼が、一気に釣り上がった。
「そ、そんなのこじつけだわ!バカシンジのやつ、きっと…」
 その時。プシュ、という軽い音と共に扉が開き、一人の少年が顔をのぞかせた。
 額に絆創膏を貼ったその少年は、碇シンジその人だったのである。
                                続く

 ども、阿修羅王ッス。約2ヵ月間のご無沙汰でした。ありがたいことに、たくさ
んの人々から、新作・続編希望のお手紙をいただきましたッス。というわけで、
[閉幕拒否する人々に対する考察]
 第一章、まずはお届けします。いろいろと前作で使わなかったネタもあり、今回
は後日談というか日常というか、そういったものをやってみようかと思ってます。
LASからは少々ずれるかも知れませんが、お暇なかたはお付き合いください。
 自分でも、大まかな線しか現在は決めておりません。どうなるかは、キャラクタ
ーたちに一任しております〔笑〕では、またお会いいたしましょう。


大好評だった前回の連載「とある少年の悲劇に対する考察」の続編がついに帰ってきました。
新たな物語は始まったばかり。さてこれからどうなるんでしょう。
阿修羅王さんへの感想の宛先は、ashuraou@mtf.biglobe.ne.jpまで。
もしくは、よわシン愛好板の方で、感想やリクエストをどしどしどうぞ。