続・とある少年の悲劇に対する考察
        [閉幕拒否する人々に対する考察]
                            2000 阿修羅王
 第三章 [虎穴、侵入]

 今までに何度かあったことではあるが、シンジ少年の眼や耳は、きちんと目の前
の状況をとらえていたが、脳の理解が少し遅れた。まず、擬音をひろってみると、
 シュンッ…
 バヂッ!!
 しゃあああっ!!
 というものであった。
 少し考えてから、三歩ほど前を改めて見つめなおすと、自分の同居人であるアス
カが、とりおりピクピクと震えながら倒れている。視線を上げると、白衣姿の赤城
博士が緊張した面持ちで黒い懐中電灯のようなものを握っている。そこから伸びた
線のようなものが、アスカの背中に刺さっていた。
「…リツコ?」
 反射的に抜いた愛用の軍用拳銃、H&K・USPを、油断なく両手保持で構え、
アスカの背中に狙点を定めたまま、ミサトが問う。
 声をかけられて、リツコ博士は我に返ったようにため息をつくと、アスカに突き
ささっていたコードを引っこ抜いて回収しつつ、額の汗を拭った。
「大丈夫、改良型の有線スタンガンよ。豹や虎でも一撃で仕留められるように、1
5万ボルトまで電圧は上げてあるけど、ショック死しないように電流は低くしてあ
るから…しばらくしたら、目をさますでしょ。」
 …科学者とは、咄嗟の時に『こんなこともあろうかと!』と、何の脈絡もなく新
兵器を披露してこそ一流、という理念をもっている赤城リツコ博士の面目躍如。
 とはいえ、この改良型スタンガンの実用には、言うまでもなく、アスカに旧型の
装備〔低電圧・接触型スタンガンとアルミ合金の特殊警防、ジュラルミンの盾〕で
立ち向かって痛烈なダメージを受けた、保安部員たちの尊い犠牲があることは、言
うまでもない。
「…アスカちゃん、猛獣扱いですか…まあ、妥当かもしれないですけど…」
 こちらは使わずにすんだ、カラシの抽出液を主成分にした、メース催涙スプレー
をポケットにしまいながら伊吹二尉がため息をつく。あの一瞬の間に、シンジ少年
の前に立ちふさがっていたのだから、彼女のショタ魂も筋金入りである。
 こちらは、無言のままで、眼を見開いたまま気絶しかかかったシンジ少年を介抱
する綾波レイ嬢。シンジ少年は、床に倒れた姿勢のまま、しばらく呆気にとられて
いたが、やがて大きくため息をついて我に返った。と同時にレイに上半身を抱き起
こされていることに気付いて、恥ずかしそうに立ち上がる。
「ありがとう、綾波…。」
「…ええ。」
 注意深く観察しなければわからないほど、ほんのわずかに嬉しそうな表情を浮か
べてうなずくレイ。シンジ少年は、礼儀正しくマヤとリツコにも頭を下げる。
「あ、リツコさんも、マヤさんも。ありがとうございます。」
「え、あ、どういたしまして!」
「……」
 完全に舞い上がった声でこたえたのがマヤ、無言のままで微笑んだのがリツコ。
 ミサトがため息を一つついて、内線でネルフ職員を呼び出す。程なくネルフ医療
班職員が二名やってきて、タンカでアスカを運んでいく。それはいいとして、なぜ
か大型の麻酔銃を構えた対人部隊員が4名従っているのが少々不気味である。
 アスカが運びだされるとほぼ同時に、小さいがはっきりした声で、綾波レイ嬢が
めずらしく自分から発言した。
「…提案します。現在の状況から考えて、これ以上、サードチルドレンを、セカン
ドチルドレン及び作戦部長と同居させることは、サードに過度の負担をかけること
は、明白です…」
 おもいきり、ぎくりとするミサト女史。アスカの乱入でうやむやになったかに見
えた問題が、ここにさらに逃げ場なく展開されたのである。
「…暫定的にでも、サードチルドレンの保護・観察担当者の交替を提案します…」
 一気に、ブリーフィングルーム内に異様な緊張が走った。
 あうあうと狼狽していたミサトがまず、がっくりと肩を落とした。さすがに気鋭
の作戦部長、現状維持が完全に不可能なことを理解したのである。
 が、一瞬後には精神的再建をはたしたのか、目に力を復活させて、なりゆきを観
察する。こうなってしまったら、勝利はなくても、損害を最低限に押さえつつ、次
の機会に繋がるような手段を選ばなければならない。
 と、真っ先に発言したのは赤城リツコ博士である。
「…そうね。レイの意見が、この場合、一番的を射ていると思うわ。
 シンジくんは、葛城三佐の家に馴染んでいると思うけど、一時的に、他の環境に
移ってみたほうがいいかもしれないわね。なにより、このままじゃ、またいつアス
カが暴走するかわからないし…」
 そして、ここぞとばかりにマヤが援護に回る。
「そうですね。ちょっと待ってください、シンクロ率のデータがあります…」
 彼女も[保護者交替]の提案を受けて、全身のショタ魂が暴走した状態である。
〔じゃあ、じゃあ、もしかしたら!!私が、私がシンジくんと同居なんてことも…
 …ああああぁあああっ!!同棲!同棲よぉおお!〕
 内心では妄想が百鬼夜行の状態になっていても、外見はあくまで冷静なままで、
パームトップパソコンをとり出して、前々から準備していたデータを読み上げる。
「たしかに葛城三佐宅に入ってから、シンジくんのシンクロ率は安定しています。
ですが、表層的な体調はシンクロ率にあらわれません。
 事実、シンジくんがここ数か月で過労が原因とみられる発熱やそれによる病欠の
回数は、アスカちゃんがきてから数倍にまで跳ね上がってます。」
 表情を引きつらせて一歩後退するミサト。一つ、重い呼吸をして、赤城博士が、
刺を含んだ視線でミサトを刺す。
「保護者である貴女が、家事全般を、シンジくんに押しつけているんですものね。
 学校の勉強に加えて、有事の際は命懸けの戦いに出るシンジくんに、よくもそこ
まで負担を強いられるものね…」
 ううっという表情でさらに後退するミサト。
「あの…待ってください!家事は、僕が好きでやってることだし…」
 ミサトが原因で、あれだけ悲惨な目に〔さまざまな意味で〕あっていたにもかか
わらず、一生懸命弁護するシンジ少年。善かれ悪しかれ、初めて[家族]として自
分を扱ってくれた人である。他人から見れば、地獄への案内人であったとしても、
シンジ少年にとっては恩人の一人でもあった。
「それに…僕自身、あの家が凄く好きです…
 僕のことを心配してくれたのは嬉しいですし、命令だったら他へ移りますけど。
 できれば、あの家にいたいです…」
〔ミサト…ここまで、シンジ君を篭絡しかかっていたのね…!!〕
 心中、舌打ちと冷汗を押さえきれないリツコ博士。
〔危なかった…このままだったら、ほぼ確実に、葛城三佐にシンジくんは…
 ああ…でも、やっぱり優しいわ、シンジくん…それに、そんなに家族の愛情に飢
えていたなんて…!なら、なら、私が…!〕
 やはり、伊吹二尉はまだ妄想の世界から復帰していない。
〔碇君…あなたも、…寂しかったのね…私と違って、ちゃんと、家族が居たのに…
 …そう、碇司令には、報復の必要が認められるわ…〕
 表情はそのままに、赤い瞳だけを殺気で光らせるレイ。
 ゲンドウは、全身に絡み付く殺気に冷汗を吹き出させつつ、自分の安全の為にも
さらに話をすすめた。
「シンジ。おまえの意見はわかった。
 だが、おまえ自身が貴重なパイロットだということを忘れるな。
 使徒が攻めてきたときに、おまえが過労で倒れていたならば、お前のクラスメー
トや学校は、誰が守る?
 レイや、セカンドチルドレンは、誰と協力して使徒と戦うのだ?」
「…それは…」
 苦手意識が全開の父親に正論で攻められて、うっという表情になるシンジ少年。
体調の不良は、自覚できているだけに、反論は封じられてしまった。
 そこで、穏やかな口調で、赤城博士が言葉をつなげる。
「シンジ君、最終的な判断はあなたに任せられるけど、少し考えてみてくれないか
しら?アスカや、ミサトだって、軍人である以上、自分の面倒は自分で見ることが
要求されるわ。私生活においても、例外じゃない。」
 そこで、相手を安心させるように少し微笑んで続けた。
「だから、少しの間、試しに、別の場所で暮らしてみない?気分転換にもなると思
うし、どのみち、あなたには休養期間が必要だわ。
 その間に、彼女たちが自分たちのことは自分たちでできる、という証明ができれ
ば、あなたがミサトの家に残っても問題はないわけだし。これは、アスカやミサトのためにもなると思うの。」
 実に巧妙に、[一時的に保護者交替、当然住む場所も]をシンジ少年に納得させ
ていく赤城博士。たぶん、レポートもこの要領で書いていったのだろう。
「…ええと…そうですか…そういうことなら…」
 本気で考え込むシンジ少年。ミサトを除く、年長組がギラリと目を光らせる。
 マッドの後継、妄想乙女マヤは、当然自分がシンジ少年と同居することを真っ先
に主張するつもりである。伊達に今までネルフ随一の良識派と呼ばれるように努力
してきたわけではない。
〔そしたら、そしたら、私は…シンジくんに手料理をご馳走して、洗い物をしてく
れるシンジくんの背中を眺めて…そして、そして、夜寝るときなんかは…!!〕
 伊吹二尉、半径1メートル以内に絶対妄想領域を形成しているようである。おそ
らくスナイパーポジトロンライフルも貫通は不可であろう。
 その先輩、赤城リツコ博士もまた、虎視眈眈と保護者の座を狙っている。煩わし
い人間関係を嫌う彼女だが、あの控えめな心遣いと穏やかな容姿を持った少年と同
居する可能性がある、と考えると、心中なかなかに穏やかには済まない。普段の自
分からは考えられないことだが、まるで学生時代に戻ったように気分が高揚する。
〔シンジ君…最初は、ずいぶん緊張するんでしょうね…でも、そのうちに打ち解け
て来て、やがては〔私生活面での交流〕も…
 母さん、貴女の仇は討ってあげる…あのヒゲ親父、自分のやったことをそのまま
その身に返されなさい…!〕
 どうやら逆光源氏計画、もしくは反撃の逆親子丼計画を発動するつもりらしい。
 さてその恨まれ先であるゲンドウ親父。彼もサングラスを光らせて、自分なりに
妄想に耽っている。
〔…ここで、父親としての威厳を復活させて、シンジの尊敬を集めるのだ!
 同居か、それも悪くない…それに、レイとシンジをくっつけてしまえば、レイの
追求もかわせる上に、戸籍上もレイを[娘]にできるわけか…
 むううう…シンジとレイ、二人をそばで観察できるとは…〕
 ひねくれもののバカ親父、彼は彼で思惑があるようである。レイにあれだけ凄い
目に遭わされてても、まだ懲りていないようだ。
 さてそれを眺めているのは冬月コウゾウ副司令。彼もまた彼なりの打算がある。
 彼は、ゲンドウには恨みたっぷりだが、シンジ少年に対してはまったく無い。
 また冬月も苦労人であるから、シンジには何とはなく共感するところがある。
 ゲンドウ親父や委員会の老人達ほどの熱烈ファンというわけではないが、家族の
いないせいもあって、シンジ少年はどことなく孫のような気もしている。というわ
けで、一番シンジ少年にとっていい結果、そしてゲンドウが破滅するような結果を
導いてくれるものに助力するつもりである。
〔…そうすれば、ユイ君が帰ってきたときに、喜んでくれるかもしれんしな…〕
 ポーカーフェイスに思惑を隠したまま、冬月は沈黙を続ける。
 両手で頬をばしばし叩いて気合いを入れなおしているのは葛城ミサト三佐。シン
ジ少年が葛城邸に愛着を持ってくれているのはわかった。となれば、シンジの住居
移動期間中、完璧に家を保って、一日も早いシンジ少年の[帰宅]を促すのが上策
だ。この際、アスカとの[共闘]も不可欠だろう。シンジも、少し距離と時間をお
いたことで、一層強く家族としての自分を意識してくれるかもしれない!
〔失敗は、チャンスに変えるわ!!〕
 シンジ少年は、周囲の年長者達が、いかに危険な考えに浸っているか、残念なが
ら全く気付いていない。ただ、もし葛城家からどこかに移るのならば、どこに移動
するんだろう?と、漠然と考え事を続けていた。
〔本部内で一人暮らしをして、誰かが護衛につくのかな?〕
 …全開の事件であれだけの[学習の機会]に恵まれながらも〔笑〕シンジ少年は
まだ、自分の身に迫り来る危険に、全く気が付いていいのであった。

                                続く

 ども、ご無沙汰しています、阿修羅王です。
 前作からずいぶん間が空いてしまいましたが、2章と3章をお届けいたします。
今回は、前作より執筆ペースはゆっくりめですが、どうかお付き合いください。
 ご意見・ご感想・ご要望は常時受け付け中です!
 なお、前作も含めて、パロディ小説なども面白いかも知れませんね。
 では、またお会いいたしましょう。
                          1999・12・15
                          阿修羅王
                       ashuraou@mtf.biglobe.ne.jp



[管理者のコメント]

作品自体は旧年中に頂いていたものの、当方の個人的多忙により掲載が遅れました。
さて、内容のほうですが、ついに豹・虎なみの猛獣待遇にされてしまったアスカ。
私は、彼女がシンジを付け狙う猛獣であるという「解釈」に、諸手をあげて賛成したいっす!
これぞアスカだ(笑)
続編に入ってからいっそう過激さを増すシンジ少年争奪レースですが、彼の貞操は果たして散るのか?
大期待しつつ、続きをお待ちしております(^-^)b

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ashuraou@mtf.biglobe.ne.jp
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