続・とある少年の悲劇に対する考察
        [閉幕拒否する人々に対する考察]
                            2000 阿修羅王

 第五章 [作戦部長宅、その帰宅風景]

 シンジ少年を見送って、自分の部屋に向かった綾波レイは、とりあえずベッドの
上に鞄をおいて、少し熱を持ったような考えと身体をしずめようと、バスルームへ
向かった。手早く制服を脱いでたたみ、下着と靴下は後でコインランドリーに持っ
ていくため、まとめて旅行バッグにに入れる。バスルームに入ると、やや低温のシ
ャワーを少し強めに出した。
 細い水流に手を入れて、温度を確かめ、全身にシャワーを浴びた。
 少し上気していた顔や、造形の神々が大幅にひいきをして作り上げたような、整
った身体を、強い水流が洗い流していく。手探りで、完全天然材料のシャンプーの
蓋を開け、頭を、ついで顔と身体を洗っていく。ずいぶん大雑把にも見えるが、ち
なみに少し前までは、石鹸を使えば上等だった。このシャンプーは、シンジ少年が
買い出してきてくれたものである。
 完全に泡を洗い流して、シャワーを止めた。壁に掛かっていた、薄いブルーの
大きなバスタオルで、丁寧に身体を拭いていく。
『このシャンプーも、このタオルも、碇君が買ってくれたもの。』
『他の物より、大事な気がする…これが、愛着、というものなのかしら?』
 バスルームを出ると、見慣れた自分の部屋の風景が目に入る。
 無駄を極力省いた部屋。
 人は殺風景というが、住居は、休息ができれば、それだけでいいと思っていた。
 不意に、シンジ少年が、初めて部屋にきたときを思い出した。
〔そう…確か、あの時は…〕
 シャワーを浴びて出てくると、碇君がいた。いまは何となくわかるが、裸は、特
別なあいだがらでなければ、人に見せないほうがいいらしい。
 碇君は、パニックを起こしていたように思える。鍵をあけていたのは自分だし、
裸で出てくることを決定したのも自分だ。来客がくることが考えにくかったため、
チャイムを直しておかなかったのも自分の落ち度だ。
 にもかかわらず、彼は、こちらが驚くほどうろたえた。自分は、彼がかけていた
碇司令の眼鏡を…これも、以前は、唯一[愛着]があったものの一つだった…とろ
うとして、そして、足をもつれさせて…
 気が付いたら、碇君は、私のうえに倒れこんでいた。
 一瞬、何があったか、理解できなかった。それは、碇君も同じだったらしい。
 碇君の体重が、自分にかかっていた。碇君の手は、私の胸を押さえていた。
 声をかけた瞬間、碇君は、一層うろたえて、飛び起きて…
 そこまで考えると、なぜか、また身体や顔が上気しはじめたようだ。
 ラックから下着を取り出して身につけると、別のブラウスとスカートを着た。
 なんとなく、その時、倒れこんだ場所に目を向ける。
『場所や、物に、思い入れがあること。個人的に、特別な意味を付与すること…』
『これが、愛着を持つ、ということなのかしら?』
 綾波レイ嬢は、今までついぞなかったことではあるが、途方に暮れたように、首
を傾げてしまった。
『…あの提案は、本当に、余計なことではなかったのかしら…』
 生活感のない、と人に言われる自分の部屋でさえこうなのだから、親しい同居人
までいる葛城三佐の家は、やはり、『愛着』があったのではないだろうか?
 親しい、同居人…
 葛城ミサト三佐、二十九歳。
 弐号機パイロット、惣流アスカ・ラングレー、十四歳。
 その二人との生活の場。その記憶と愛着。
 そこまで、素早く連想した瞬間、彼女の表情が、むぅっ、と曇った。
『…正しい判断のような気がしてきたわ。』
 そして、今日の帰り道での、シンジ少年とのやりとり。シンジ少年の曇りのない
笑顔を回想すると、さらに、胸に強い決意が高まってきたような気がする。
 綾波レイ嬢は、ベッドのうえに、ルーズリーフとバインダーを広げると、前回の
一見でゲンドウからせしめたノートパソコンを起動させ、真剣な表情で、シャープ
ペンシルを握った。
 未成年どうしである以上、自分と碇君の同居の可能性はかなり低い。
 ならば、どういった方法で、自分の目標となる状況に近付けるか?
 ネルフで教えられた戦略理論、戦術理論が彼女の明晰な頭脳を駆け巡る。
『まず、すみやかに、できる限り正確な情報を、可能な限り数多く集めること。』
『情報の分析比較、取捨選択。客観的視野から状況の検討。』
『作戦効果と成功率の高いと思われるプランの作成。実行に必要な人材、費用、時間の算出。』
『それらの確保、のちに実行に携わるスタッフの選出、命令伝達の徹底…』
 キーボードが休みなくリズムを刻み、いくつもの作戦案を紡ぎだしていく。時折
そのための情報を、外部から収集し、それを整理していく。
 彼女の[戦闘準備]は、その深夜まで続いたという。

「…もうすぐ、できるからね。」
「クキュ。」
 シンジの背中ごしの声に、ペンペンは期待をこめて一声鳴いた。
 これもパイロット給金で購入した魚沼産コシヒカリを五合、やや軽めに研いで、
炊飯器にかけ、昨日から、日本酒と生姜と醤油につけこんでおいた豚肉を手早く炒
める。レタスを洗ってちぎり、刻んた人参・トマト・セロリと一緒にガラスボウル
に盛り付ける。
 次に挽肉にパン粉と牛乳と卵を混ぜ、よくこねてからしばらくおき、一口大に丸
めて中火で焼いていく。これに、とろりとした甘辛いタレを搦めたものが、ミサト
の好物の肉団子である。
 同時進行で、白菜、ゴボウ、人参、豆腐、豚肉、ジャガ芋、大根を鰹だしで煮、
醤油と味噌、隠し味に日本酒と生姜を入れた、白菜鍋もつくっていたりする。
 シンジ少年の奮闘も終わりに近付いた頃、ミサト邸の玄関のドアが開く音と共に
同居者たちの賑やかな声がキッチンに届いてきた。
「ただいまー!」
「ただいま。」
 シンジ少年は、タオルで手を拭いて、振り返った。
「お帰りなさい!」
 リビングに、どことなく疲労のあとがうかがえる、美女と美少女が入ってくる。
入るなり、ミサト女史はカーペットの上に大の字に寝転がり、アスカ嬢はソファに
うつぶせに倒れこんでしまった。
「…大丈夫ですか?」
「んん…シィイィンちゃぁあんん…おなかすいたぁあああ…」
「あうぅ…つっかれた〜…」
 どうやら、あのあとの[会議]が、すばらしく疲労するものだったらしい。
 アスカまで疲れ果てているのは、なぜかはわからないが。
「ご飯、もうすぐできますから。着替えてきたらどうですか?」
「…ご飯…嬉しいわぁあ、シィンちゃぁん…」
「肉類は、あるんでしょうね…?」
 なにやら、地を這うがごとき二人の声である。声が綺麗なだけに、なんか恐い。
「豚肉の生姜焼きと、肉団子…それに、豚肉の白菜鍋です。」
「ううぅう…シンちゃん、愛してるわああ…」
「ふんっ…シンジにしては…気がきくわね…手は抜いてないでしょうね…!」
 食事に備えてか、ずりずりとアメーバのように自室へ移動開始する同居者二名。
「本当に、大丈夫ですか?」
 シンジ少年の声に、匍匐前進の姿勢で首を振るミサト。
「駄目…動けない…シンちゃん、部屋まで送って…」
「ええ、いいですよ。」
「ちょっと待ちなさいよ!!『いいですよ』じゃないでしょ!!」
 跳ね起きて、スパァン!とシンジ少年の頭をスリッパで張り飛ばすアスカ。
「あんた、ついこないだ、何をされたか覚えてないの!?」
「あ…そうだった…ゴメン…」
「ほんっとに、バカシンジなんだから!」
 シンジ少年は、叩かれた頭を撫でながら、それでもミサトを見て言葉をつなぐ。
「でも、ミサトさん、こんなに疲れてるんだし、そんなことしないと思うけど…」
「あんたバカァ!?この前は、ヘベレケに酔っ払っててても、あんなことしてたの
よ?いくら疲れてるったって、仮にも軍人なのよ。今は素面だし!」
〔…チッ…〕
 うつぶせの姿勢のまま、顔を伏せてひそかに舌打ちをするミサト。
 例の一件は、シンジ少年を[手放す]原因になったのにまだ懲りてないらしい。
 と、唐突に、アスカがすとんとその場に崩れ落ちた。
「…アスカ?どうしたの?」
「…うるさいわね。こっちだって死ぬほど疲れてるのに、無駄な体力を使わせるか
らよ…ちょっと、身体が言うことをきかなくなっただけ!」
「アスカのほうこそ、大変じゃないか…部屋まで行くの、手伝おうか?」
「ふん、手伝わしてあげるわよ。光栄に思いなさいよね。」
「ちょっと待ったぁ!!」
 と、今度はミサトが復活して跳ね起き、アスカの額をスリッパで張り倒す。スパ
ァン!という音と共に、その場に倒れるアスカ。
「…ったいわね!!いきなり何するのよ!」
「人のこと止めといて、あんただって同じことしてるでしょーが!」
「な、なに言うのよ!!アタシはミサトとは違うわ!」
「もっとスゴいことするつもりだったんでしょ!!」
〔…チッ…〕
 図星であった。
 お互い、一触即発の緊張感を全身にみなぎらせたが、かたや作戦部長ミサト女史
は疲労のため足腰が立たず、暴走した初号機[四足歩行バージョン]のごとき態勢
であり、こなた弐号機パイロット、アスカ嬢はコートハンガーにすがってようやく
立っている状態である。しかも、お互いに獲物がスリッパなので、何やらシュール
な図形である。
「あの…二人とも、とりあえず、着替えるのは、ご飯食べて、少し休んでからにし
たらどうかな…」
 家庭の平和を守るべく、シンジ少年が妥協案をだすと、二人の美女は、数秒間の
沈黙の後、無言のままにずりずりとキッチンへ移動を再開した。どうやら、それで
いくつもりらしい。
〔見てなさい、身体がまともに動くようになったら、シンジにトドメをさしてやる
んだから…!〕
〔まずは体力の回復が先!軍人の掟よね。〕
 様々な思惑をはらみつつ、夕食の支度はほぼ出来上がっていった。
 二人を椅子に座らせて、あたためていた皿を並べ、料理を盛り付けてと甲斐甲斐
しく働くシンジ少年を、何を感じ取ったのか、[戦友]ペンペンが感慨深げに眺め
ていたのであった。
                               続く


 ども、皆様、お久しぶりです。阿修羅王です。
 予定より、かなり遅れてしまいましたが、4、5章をお届けいたします。
 就職活動・格闘技の稽古・掲示板あらしとの戦い等が重なり、予定が大幅にくる
ってしまいました。申し訳ありません…
 今回は、わりと穏やかなものでありましたが、構想をまとめてみたところ、何と
なく前作より長くなるような予感がしてます[笑]
 よろしければ、ご感想などお聞かせくださいッス。



[管理者のコメント]

お久しぶりの阿修羅王さん、連載最新章です。

今回は、綾波さん中心の章ですね。アスカやミサトが性格そのままに攻め属性全開のため、
必然的にレイは冷静・知的にシンジをガードする側に回ることになるのでしょうか?
その美味しい立ち位置に、何となく「続・とある〜」の真のヒロインはレイのような感じがします(笑)
アスカや他の女性陣の今後の反撃にも期待ですね。

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