続・とある少年の悲劇に対する考察
        [閉幕拒否する人々に対する考察]
                            2000 阿修羅王


第六章 [暗雲]

 食事というものは、単に栄養の摂取であるにとどまらず、古くから、多くの意味
を持っていた。仙道では、穀物の生命力を体内に取り入れて自らの力とするために
地丹法と呼ばれるものがあり、キリスト教では、パンと葡萄酒をキリストの血と肉
と呼び、祝福とともにそれを食する。
 近代では、空腹時は感覚が鋭敏になると同時に、多少、精神的に不安定になると
いう研究結果がでている。反対に、胃に食物が入っているときは、感覚はやや鈍く
なり、運動機能も低下するが、精神的には安定するという。
 ともあれ、食事とは、それ自体が、生活に必要なエネルギーを貯えるための一種
の儀式であり、それはここ、葛城家でもかわらない。
 ともあれ…
 シンジ少年は、唖然として、目の前の二人の美女の食事風景を眺めている。
 大皿の上で、まだ油の弾ける音を立てている肉を奪い取り、湯気を吹き分けてご
はんを頬張っては、肉団子をフォークで突き刺し、やや濃い目に味付けた白菜鍋を
掻き込むと、中継ぎに氷を浮かべたミネラルウォーターを流し込んで、と、一瞬
の停滞の迷いもないすばらしい勢いで、二人の美女は、皿の上から胃のなかへと、
シンジ少年の努力の成果を移動させてゆく。
「あの、まだ、沢山あるから、ゆっくり食べて…」
「っさいわね、バカシンジ!おかわり!!」
「シンちゃん、美味しいわぁ…んんん、愛してる〔はぁと〕私もおかわり!」
 シンジ少年は、圧倒されたように二人分のおかわりを丼によそうと、席を立って
炊飯器を覗き込んだ。5合炊いたご飯は、すでにつきかけている。
 一つ首を傾げて、有能な家庭管理能力者は、大型冷蔵庫の冷凍室から、一人分ず
つラッピングした冷凍されたご飯を、あるだけ全部…ちなみに五人分…とりだして
電子レンジに入れた。
 ミサトは好物の肉団子を大皿から自分用の小皿に移し替えて確保し、心底嬉しそ
うに味わっている。アスカはよそってもらったばかりの、熱いご飯に湯気の立つ豚
肉を乗せながら、無言のままに視線でミサトを威嚇している。
 あえておかずを大皿に盛ったのは、二人別々に皿に取り分けると、アスカ嬢は、
[成長期の少女の発育に必要な栄養素の補給の必要性]を、葛城ミサト女史は
[身長と体重において著しく勝り、軍務についているものの補給の重要性]をそれ
ぞれ主張して、少しでも自分のほうが少ないと食って掛かり、また平等にしてもご
ねまくるので、少し前から大皿形式になったというわけである。
 シンジ少年は、新鮮解凍しおわったご飯を、いったん、空になっていた炊飯器の
かまのなかに入れて軽くかきまぜると、二人をふりかえる。
 もうしばらくの間は、おかわりの指令がなさそうなことを確認し、やっと自分の
分を食べはじめたのであった。

 明日の朝ご飯か、昼の分まで作っておいたはずの白菜鍋があらかた消失し、ピラ
ミッドのごとく積み上げてあった肉団子がまばらに皿に散らばる程度となり、また
言うまでもなくご飯も肉もほとんどその物量を0に近付けることになって、ようや
く二人の美女は、満足のため息とともに箸を置いた。
「ご馳走さま…」
「ごちそうさまー!」
 小さなお茶わんに一杯のご飯と、おかず少々、白菜鍋をお碗に一杯分だけを、の
んびりと食べ終えたシンジ少年は、目の前に積み重なる空のお皿を見て、さすがに
呆気にとられた。
 健啖家のミサトとアスカと言えど、今日はいつもの二倍近い量を食べたのではな
かろうか?なにやら鬼気迫る食事ぶりであった。
 シンジ少年の視線に気付いたのか、少しだけ恥ずかしそうに笑う葛城三佐。
「…ふふ、笑わないでね。これで、シンちゃんのお料理、しばらく食べられないと
思うとね、つい、欲張っちゃって…」
「………ふん!」
 アスカは、この件についてはコメントしたくないのか、頬を膨らませてぷいと横
を向いてしまった。なまじ、今回の料理がめっぽう美味であったがゆえに、未練も
執着も一層増すのは、仕方がない。
「…ええと、じゃあ、やっぱり、保護者の変更の決定は…」
「ええ。決定したわ。」
 ミサトは、一つうなずくと、表情を引き締めて、口調を改めた。
「作戦部長より、サード・チルドレンに司令部からの命令を伝達します。
 サード・チルドレンは、あす12:00をもって、暫定的にその保護者を交替。
それにともない、居住場所も、変更になります。」
 そっぽをむいていたアスカが、さらに口を尖らせて組んだ脚をぶらぶらさせる。
「…実際には、明日、定時テスト終了時より、新保護者に権限は移ります。」
 さすがに、軽い緊張の色を隠せないシンジ少年。
「サードチルドレンは、以降、別命あるまで、E計画責任者、赤城リツコ博士の監
督下に置かれることとなります。」
 様々な予想のなかでも、上位3位に入るほどには以外であったらしく、目に見え
てうろたえはしなくても、驚きは隠せないシンジ少年。
「なお、この処置は暫定的、試験的なものであり、サードチルドレンは、この状況
下において、なんらかの不満や不都合があった場合は、即時、申告すること。ネル
フ内で、可能なかぎり希望にそえるように取り計います……
 以上よ。」
 シンジ少年は、確かめるようにアスカを見るが、アスカはますます不機嫌そうに
眉の角度を跳ね上げている。
「シンジ君、復唱は?」
 穏やかに促されて、シンジ少年は我に返った。
「あ……はい!以後、別命あるまで、赤城博士の監督下に入ります。」
 シンジ少年の声にうなずいてみせると、とたんに思いっきり表情を崩して、有能
な作戦部長から、あけっぴろげな同居人の顔にもどると、思いっきり拗ねた表情で
愚痴をこぼし始めた。
「いろいろあったんだけどね、なんでリツコなんだと思う?わたしは、副司令とか
日向君って案に賛成だったのに…よりにもよって、[あの]リツコよ!?」
 当然、シンジを襲う可能性のないものにのみ、ミサトが賛成したのは言うまでも
ない。が、保護者失格のハンを押されたミサトの発言力は、極度に減少していた、
「…ミサト、アンタ、人のこと言えるわけ?バカシンジと同居するときだって、完
全な事後承諾だったくせに…」
 ちなみに、前回のオペレーションの企画者であり実行者であり〔つまり主犯〕
さらに何重にも確認された[協定]を破ったうえに、シンジ少年を、貞操喪失一歩
手前まで追い込んでしまったアスカ嬢の発言力は、ミサトより弱かったりする。
 彼女もまた、必死に[ミサト邸シンジ残留]を主張し、それが聞き入れられなか
った場合は、男性陣の保護者案を熱心に支持したのであるが…ほぼ、完全に無視さ
れてしまったようである。
「そ…そんな過去の些細なことは問題じゃないわ!相手はあの、リツコなのよ!?
 シンちゃん、食物、飲み物にだけは気をつけてね!何を盛られるか、わかったも
んじゃないわ!!」
 実際、一服盛られたのはアスカが先であったが…まだ、リツコを、〔ミサトの友
人の、有能で冷静な科学者〕としてしか知らないシンジは、〔知らぬが仏〕ミサト
の心配は、首を傾げるばかりであった。

 さて、なぜ、赤城リツコ博士にその大任が委ねられてしまったのか。これは、い
ささか複雑な理由が、重複したことによる。
 会議の内容をざっと要約すると、ミサトが脱落した以上、発言権の強さでは、バ
カパパゲンドウ、副司令、そしてリツコ博士という順となる。
 実の親子であり、ネルフのナンバーワンであるゲンドウがまず第一候補にあがっ
たが、前回のオペレーションにて各員から脅されていたことからわかるように、現
在、弱みを握られまくっていて、彼は、かつてほどその力を奮えない。
 また、シンジ少年を幼児期からほったらかしにしてたという〔前科〕は、強力な
ペナルティとなって、某委員会からすさまじい圧力をかけられるにいたり、また、
[冷酷な父親のもとにシンちゃんを渡すなキャンペーン]
 というものが勃発し、全ネルフ職員の7割ほどがそれに参加するに至って、つい
にゲンドウは候補者の座を追われるにいたったのである。〔ちなみに、ネルフの男
女比はほぼ5対5であったが〕
 さらに、シンジ少年に孤独を味あわせまくったゲンドウに、レイが極秘裡に脅し
をかけていたという極秘情報もあった。
〔…司令のもとでは、碇君は、また孤独を味わうことになると思う…〕
 なぜかその後、闇に浮かぶ、紅く輝く瞳に睨み付けられる幻に、昼夜問わず襲わ
れ続けたゲンドウが、精神病棟に担ぎ困れたという噂が、一時期流れたりもした。
 となると、シンジ少年を襲う可能性もなく、人格者としても知られる冬月先生が
次候補としてあげられたが、意外にも、彼は、枯れた笑みを浮かべながら、その座
をおりたのであった。
「こんな、気難しい一人暮らしの老人と同居では、シンジ君も疲れるだろう。
 こういった任務は、適材適所が基本ではなかったかね?」
 そう発言した冬月副司令が、その苦笑の奥で、何を考えていたかは闇のなかであ
るが、意外とその発言も、本心の一端を示していたのかもしれない。
 さてさて、そうすると、男性陣に注目が浴びせられたが、発言力の低さのみなら
ず、影の薄さも手伝ってか、周囲の集団票があったにもかかわらず、青葉シゲル、
日向マコトの二名はあっさり脱落させられてしまった。
 集団票の威力は、またしても目的の為に手を組んだマッド師弟〔別名、ネルフの
鋼鉄の電脳姉妹〕にあっさり不正操作されて砕け散ったてしまった。
 1990年代後半から爆発的に広まった、コンピュータ産業の例を取るまでもな
く、情報処理機器の性能と運営能力は、そのまま情報力と直結し、そして、大体に
おいて戦闘とは、情報というものの質と量でその勝敗が決することが、ほぼ常識化
しているという。蛇足ながら、リツコ博士の愛読書は、[黒ベレーの魔術師]とい
う本だとか。
 一時期は、その能力の高さと人生経験、シンジ少年の信頼度などなどで、加持リ
ョウジもその名があがったが、
[シンちゃんがあんな女ったらしになるのだけは、絶対に嫌っ!!!]
 という、ネルフ全女性職員のほぼ統一された意見で回線が完全にパンク状態にな
り、上層部・委員会も完全にこれに賛成したため、あっさりとこの段階で、男性職
員の保護者案は、根こそぎ壊滅したのであった。
                             第七章につづく