続・とある少年の悲劇に対する考察
        [閉幕拒否する人々に対する考察]
                            2000 阿修羅王


 第七章 [最後の晩餐]

 さて、こういった事を経て、女性陣に候補者が絞られると、俄然、会議は、熱を
帯びてきた。当然のように、あるいは極秘裡に、あるいは公然と、そのなりゆきに
注目しつづける各国の諜報機関の間を神風的スピードで情報が交錯し、盗聴やハッ
キングに関する機器の生産が、全世界レベルでフル可動で進められていく。株価や
市場経済の混乱さえ招きつつも、会議は、なおも波乱を秘めて続いていく。
 葛城ミサト三佐が失脚し、主催者のアスカが脱落し、必死の挽回工作も敢えなく
散ってしまった。そして、影の支配者綾波レイ嬢が不参加となると、シンジ少年の
次期保護者候補は、マッドシスターズにしぼられる。
 だが、候補者がこの二人になったとたん、さまざまな意味で、
[…リツコ博士に渡すぐらいなら!!]
 というムードがネルフを席巻し、ネルフの良心回路伊吹二尉と比べると
[彼女ならまだ許せる]
[改造はされなさそうだし]
[シンちゃんの将来を本気で考えるなら]
[彼女なら、家事もできるし人格的にも理想的]
[こうなったらシンちゃん二世の成長を待ってそっちを狙う]
 等の意見が激しく飛びかい、マヤ保護者担当案が人気を集めたのであった。
 だがしかし、ここは地位と、それにともなう組織内の実力、MAGIに関する操
作運営の能力の一日の長、といった点がからみ、微量とも言える僅差で、赤城リツ
コ博士が逃げ切ったのであった。
 これは、上記の差の他に、どれほど冷徹に撤しようと、やはり育ちがよく、どち
らかというとのんびりもので、お人好しでもあったマヤちゃんと、
[電脳に魂を売った女][アブソリュート・ゼロ][氷雪の泣きボクロ]等々の異
名を持ち、その明晰な頭脳と冷徹さで裏世界と張り合い、幾度となく[ヨゴレ]の
役目もくぐり抜けてきたリツコ女史との違いが、[極限状態の明確な差]として、
現われたのであろう。
「科学者は、真の目的の為なら、すべてを捨てられるのよ、マヤ…」・赤城博士談
ちなみにネルフ内部では、やっぱり
[マッドサイエンティストの手からシンちゃんを守れキャンペーン]
 が勃発し、全職員の8割が参加したといわれているが、やっぱりMAGIの不正
操作によって鎮圧させられていた。
 こういった経緯により、さまざまな不満や波乱を秘めつつも、激闘5時間に及ぶ
[シンちゃん保護者決定会議]はその幕を閉じたのであった。

 ミサトは、穏やかな食後のテーブルで、[危険な箇所]を抜かして、大雑把に以
上のことを説明した。シンジ少年は、自分のためにお茶でも入れようと、お湯を沸
かす手を止めないまま、再度、首を傾げるのであった。
〔…たしかに、僕にとっては一大事だけど…こんなことで、特務機関が、全体で何
時間も会議をするなんて…普段は自覚がなかったけど、やっぱり、サードチルドレ
ンって、そんなに重要視されているんだ…〕
 苦労人であるにもかかわらず、同時進行で朴念仁でもあるシンジ少年は、会議が
[サードチルドレンの重要性]
というより、
[ネルフのショタコニアン・スピリッツ]
 の産物であるということを、幸か不幸か、未だ知らない。
 ふと、ミサトのなにか言いたそうな視線を受けると、ちょっと笑って、シンジ少
年は、ミサトの湯呑みも棚から取り出す。すでに、阿吽の呼吸である。
 それを目撃したアスカも、負けじと声を張り上げた。
「あ、バカシンジ!アタシも今日は日本茶!!」
「うん、ちょっと待ってて…」
 アスカの分も湯呑みを取り出すと、熱湯から程よく温度の下がったお湯を、静岡
の玉露茶葉を入れた急須に注ぐ。少し待ってから、暖めてある湯呑みに、同じ濃さ
になるように、順に注いでいく。
 じーっと観察していたアスカであるが、不意に、シンジ少年に食って掛かった。
「あーっ、バカシンジ!最後の一滴、なんでミサトの方に注ぐのよ!」
「そ、そんなこといったって、順番についでたら、最後がミサトさんで…」
「いいじゃない、そんなことぉ…前は、アスカだったんだしぃ…」
「よくないわよ!そんなこと、っていうんなら、アタシの方に注がせなさいよ!」
 何事にも通人を気取りたいアスカに言わせると、紅茶緑茶問わず、十分に葉の開
いたお茶の最後の一滴が、一番美味なのだとか。
[日本茶にも、ゴールデンドロップはあるのよ!!]
 ガサツでズボラなミサト女史も、実際にシンジ少年のいれてくれたお茶を飲んで
みると、たしかに、そんな気もするので、絶対に譲らなかったりする。
 ともあれ、それぞれが自分の湯呑みを手にすると、しばらく、のんびりした居心
地のいい沈黙が降りた。
〔…同じ、無言の時間でも、一時期とは大違いね…〕
 ミサト女史は、さわやかな深緑の香を楽しみながら、感慨深げに、食卓を眺めて
少し、目を閉じた。
 幾度となくアスカはミサトに反発し、[家庭]にとけこめないシンジ少年は、身
の置き所がないようで、おろおろした視線をさまよわせていた。
 気が付けば、数か月…
 いつから、この風景が当たり前になったのだろう?
 アスカも、ぼんやりと両肘をテーブルにつきながら、意識をふわりふわりと食後
の雰囲気のなかに浮かべていた。
〔アタシ、変わったのかな?〕
 少年の自作らしい、稚拙な絵のついた湯呑み…確か、小学生のとき、遠足先で焼
いてもらったとか言っていた、本郷流紋焼きの湯呑み…を手に、にこにこしている
少年を眺めつつ、アスカも、思考の中を散策していた。
 いつから、他人のいれたお茶を、飲むようになったんだろう?
 いつから、それを自分だけのものにしたくなったんだろう?
 ドイツのネルフ施設内でさえ、アスカは、常に飲食物には注意を払ってきた。
 もっとも効率的な訓練を受けた、初の、完成型とも言えるチルドレン。
 桁外れのIQと美貌をもつ、勝ち気な少女でもあった。
 ネルフ内部の内通者や、対抗勢力のエージェントに、毒物を盛られたことも一度
ではない。大学内や、未発達な少女趣味をもつものも少なくない、軍高官の集まる
パーティでも、怪しげな薬を盛られかけたこともある。
 正規のチルドレンとなり、十分な保護を受けられるようになったから、といっ
てしまえばそれまでだが、そういった時期の習性か、他人の用意した飲み物は、生
理的に受け付けなかったはずなのだが…
〔もしかしたら、アンタ、凄いことをやったんじゃないの?バカシンジ…〕
 そして、当のシンジ少年も、にこにこしながら、無言でお茶をすすっていた。
〔良かった、一生懸命つくったけど、二人とも、喜んでくれたみたい…〕
 いつから、自分は、他の人の為に、料理を作りはじめたのだろう?
 いつから、人が、それを食べてくれるのが楽しいと感じはじめたのだろう?
 最初は、言うまでもなく、自衛手段に他ならなかった。カロリーは、十分に取れ
るとしても、栄養にたっぷり疑問の残るレトルトのオンパレードか、対使徒兵器と
も呼ばれたミサトの手料理か、さあ二択、それ以外は不可、という状況では、なけ
なしの家事技術をふるう以外に選択肢はなかったといえる。
 が、それが、大げさなほどの歓喜で迎えられ、美貌で、さらに優秀だけに、近寄
りがたくもあった、新しい同居人と打ち解ける原因の一つとなったりしていた。
 一方は、あけっぴろげな好意と感謝で。
 もう一方は、高飛車な注文と、ちょっとひねくれた賛辞、そして、それを食べる
ときの熱意で。
 はじめて、[努力]に、きちんとした評価と賛辞をもらったような気がする。
 と、器用にタオルを手にして浴室へ歩み去るペンペンを目にして、微笑む。
 もう一人、期待をこめた視線と、奇妙な鳴声でも、評価と感謝はされていた。
 付けっ放しになっていたテレビのほかには漂う音もなく、無言のままに、穏やか
な時間は、ゆっくりと流れていった。
 三人三様に、この、[最後の晩餐]を、楽しんでいたのだった。

 どれほどの時間が経ったものか、シンジ少年が、キッチンで、後片付けの水音を
たてはじめ、ミサトが、名残惜しそうに、お代わりしたお茶の最後の一口を飲み干
し、ペンペンが湯上がりのビールを開け、アスカが猫のようにあくびとのびを一緒
にして立ち上がると、ようやく、時間が通常の流れを取り戻した。
「ふぁあああ…じゃ、次、アタシがオフロね。」
「シンちゃんも、明日は早くから引っ越しだから、今日は早く寝てね。」
「はい。」
 深鍋をみがきおえて、すすいで鍋かけに掛け終えたシンジ少年が、洗った手を、
エプロンで拭きながら振り返った。
 と、キッチンから出掛かっていたアスカが、振り向くと、ぎゅっと、くしゃみを
我慢するような表情で、つかつかとシンジ少年の前まで歩いてきた。
「………」
「…ア、アスカ?どうしたの?」
 面食らったシンジ少年の問いに、一呼吸おいて、真っすぐにシンジ少年を見据え
たまま、アスカの張りのある声が飛んだ。
「バカシンジ!アンタは、アタシの料理人なんだから!
 また、アタシに料理をつくるって、約束しなさい!」
「え?」
「いいから、約束しなさいって言ってんのよ!出来ないっての!?」
「え、あの、いや、できるけど…」
「なら、いいわ!…約束だからね!」
 ふんっ!と、一つ鼻を鳴らすと、蒼い眼の美少女は、くるりと背中をむけて、足
音も荒く浴室へと去っていった。
〔…いなくなるから、さみしいなんて…そんなこと、あるわけないでしょ!!〕
 何かの呪文のように、胸中で、そう繰り返し呟きながらではあったが。
 アスカの消えた廊下を眺めて、首を傾げたシンジ少年だったが、
 「…わあっ!」
 不意に、やわらかいものが首に巻き付いて、悲鳴を上げた。
「んねぇえええ、シィインちゃああん、きっと、帰ってきてくれるわよねぇえ?」
 言うまでもなく、ミサト女史である。
「うわ、は、離れてくださいよ、ミサトさんっ!」
「もう、シンちゃんの料理なしじゃ、生きてけないわぁああ…」
「や、やめっ…どこに手を入れてるんですか!」
「こんな身体にした責任は、とってよねぇええ?」
「なっ…!誤解を受けるような発言はしないでくださいってば!!」
 [うしバディ]をこすりつけながらシンジ少年に抱きつき、耳たぶを噛むわタン
クトップをはぎ取るわと、シンジにからむミサト。まるで酔いどれ中年オヤジだが
今日はまだ酒は飲んでない。素面のまま、出来上がってしまっているらしい。
「私にも、約束してくれなきゃ、離れないもぉおん〔はぁと〕…ガッ!!」
 短い悲鳴とともに、いきなり白目をむくミサト。バスタオルを身体に巻き付けた
アスカが、いつぞやの黒檀の木刀で、ミサトを背後から一撃したのである。
 ギッ!と、アスカににらまれて、反射的に必死になって答えるシンジ。
「えーとその、あ、ありがとう!うん、今度から、気をつけるから!そう、ミサト
さんと二人でいるときは、絶対!」
 無言のまま、一つうなずくと、木刀をぽいと捨てて再び浴室へ歩み去るアスカ。
 シンジ少年は、止めていた息を一気にはきだすと、よろよろと自室へむかった。
 こうして、葛城邸の[最後の晩餐]は、ゆっくりと終わっていったのだった。

                             第八章へ 続く

 ども、二ヵ月のご無沙汰でした!阿修羅王です!
 私の小説にお付き合いいただいている皆様、お待たせしました。時間を割いて
読んでいただけるだけの価値があればいいのですが。
 さて、私生活面でのさまざまな混乱をなんとか乗り切って、六章七章を、お届け
いたします。
 同人小説、ファンフィクションについて、とあるオフラインの親しい人から破滅
的な意見を受け、転げ回って苦悩したりしてましたが、なんとか復活して、現在は
オリジナルともどもガリガリ書いてます。
 就職も内定取れましたし、また、次章に向けて頑張ります!よって、感想など
いただけると、作者は転がって喜びます〔実話〕
 では、次章で、またお会いいたしましょう!!



[管理者のコメント]

かくて“最後の夜”はかくも騒がしく過ぎゆく…。
アスカに肩入れしてると、ちょっと寂しいかな(^^)
がんばれ、オンナノコ!(一部おば○ん含む(笑))

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