第十二章 [酔いどれたちの贅沢]


〔…せっかく、うまく行ったのに…!〕
〔…ここまで準備しておいて…!〕
 ミサトは単純にアルコール濃度と量の問題で、アスカは未だ発達しきっていない
肝機能に加え、シンジ少年の「感謝の微笑」によって血の巡りが活発になってしま
ったことで、それぞれ作戦継続機能を失いつつあった。
 意識が混濁しかかりながらも、お互いの敵手の状態を確認しあい、抜け駆けの危
険がないことを確認しおえた執念というものであるが、次の瞬間ミサトはうつぶせ
に崩れ落ち、アスカはシンジ少年と並んでこちらもぺたんと座り込んでしまった。
 そこで、少しだけ予想外の幸運が、アスカに訪れた。
「…ふう……っ…」
 なんとも[色っぽい]熱いため息とともに、シンジ少年が、大きくゆれて、アス
カの肩にしなだれかかってきたのである。
「……?」
 自分の肩に不意に掛かった重みに、面倒臭そうにそちらをながめやったアスカは
状態を理解するまでに二呼吸ほどの時間が必要だった。
 そして、その時間の空白で、シンジ少年の方が事態に気付いたらしい。
 びくっ、と体を震わせて、跳ね起きようとしたところを、思いがけないほどやさ
しげに、アスカの手がその肩を押さえたのであった。
「…いいわよ。そのままで…」
「…えっ…?」
「いいじゃない、今日ぐらいは。
 アンタは酔っ払って仕方なく寄り掛かった。
 アタシは、酔っ払ってそれを払い除けられなかった。
 それでいいじゃない、今日ぐらいは…」
 すべての責任を酒に押しつけて、目元を上気させたまま、くすくすとそうつぶや
いたアスカは、やさしげな手つきのまま、シンジを引き寄せた。
 気が付いたときには、シンジの視界は横向きになり、頭には満足そうに髪を撫で
る手が、そして頬には、熱くてやわらかい、すべすべしたものの感触があった。
〔…もしかして、これって…〕
 世間では、相思相愛の〔そして周囲に配慮のない〕カップルのくつろぎのポーズ
の代表とも言うべき、世に言う、[膝枕]であった。
 前作戦[オペレーション・サンダーボルト]にて活躍した各国の情報機関の女性
隊員およびネルフの女性ガードのみなさんは、この光景を目のあたりにするや否や、
[監視レベルは、前作戦に比べて極端に低かったのが幸いではあった]一斉に殺到
し、アスカを蹴倒してその座を確保せんとし、各国の上官はその制止に必死だった
そうである。それでも、一部の部隊はその制止を振り切って独走し、ネルフの女性
ガード部隊と、すさまじい暗闘を繰り広げたりした。

 ちなみに、一番チルドレンの近くにいた小林、佐藤の両ガードも、当然、その防
戦には加わらなければいけなかった。
〔せせせ先輩!奴ら、警告抜きで撃ってきましたよ!〕
 頭を掠める曳光弾に、顔面じゅうに冷汗をかくガード小林。
〔状況を理解出来たならとっとと撃ち返せ!チルドレンもそうだが、自分自身が、
すでに生命の危機なんだぞ!〕
 年配のガード佐藤氏は、愛銃グロッグ17に3つめのマガジンを叩き込みながら
鋭くささやき返す。彼らはまだ、それでも冷静なほうで、女性隊員と女性ガードは
神への絶対忠誠を誓っている中世宗教戦士を思わせるような凄まじさで戦闘を継続
していた。口々に
「シンちゃあああん!!」
「シィィィィンジ君んんん!!!」
 と呪文のごとく唱え、目を血走らせて襲いかかってくるのが実に不気味である。
この時、ガード二名ははっきりと死を覚悟したらしい。

 事の発端である二名〔三名中、一名脱落〕は、周囲の被害も知らず、お互いに
アルコールに上気した顔を、お互いにみせないようにしていた。
 アスカは、シンジが、力を抜いて、自分のされるがままに、自分のふとももに頭
をあずけている状況に、一人、口元を緩めている。
〔ふふふん、目的とは違ったけど、これだって、結構…いや、かなり贅沢よね?
 今まで、こんなことをやった奴って、あんまりいないでしょうし…〕
 また、満足気にくすくすと笑うと、シンジ少年の、少し嫉妬したくなるぐらいに
さらさらした髪を撫でた。もう片手は、シンジの脇腹を、そっと叩いている。
 シンジはシンジで、ぼぉっとした頭に、くるくると考えを遊ばせていた。
〔…アスカに、膝枕してもらってる…一時期は、あんなに、僕のことを毛嫌いして
いたのに…もしかして、これって、すごく贅沢なんじゃないかな…〕
 男であれ女であれ、
「あったりめーだこん畜生!!」
 のキーワードとともに蹴り飛ばして素早く自分がその座につきたいような状況で
あるが、アスカもシンジも、自分の状況に感謝しながら、ゆっくりと意識が沈んで
いった。
「ねぇ、シンジ…」
「…なに?」
 消えゆく意識のなか、二言三言、言葉をかわす。
「かえってきなさいよね、ここに…」
「うん…」
 「ここ」とは、どこを指したものか、シンジ少年は理解できていただろうか?
 眠りに落ちたのは、シンジ少年の方が先だったらしい。彼の意識がその日に最後
に聞いたのは、アスカが口ずさんだ、ジャズのメロディだった。
 4分の3拍子の、少し風変わりなそのメロディは、不朽のジャズの名曲、
「FLY ME TO THE MOON」
 だったが、シンジ少年は、それを知る由もなかった。
 程なく、二人は、互いに幸福な気持ちで、夢も見ないような深い眠りに落ちてい
ったのであった。
 追記として付け加えるべき点といえば、これも眠りに落ちる前に、執念でにじり
寄ったミサト女史が、シンジ少年の膝をしっかり抱き抱えていたこと、また死者こ
そでなかったものの、この晩の暗闘で、ネルフ・情報機関ともに三十人ほどの怪我
人が出たことであろうか。

「先輩…俺達の仕事って…」
「言うな。何も言うな…」
 チルドレンたちの至近にいた小林・佐藤の両名ガードが、目を血走らせて迫った
KKK〔ついに宗教団体も参入したらしい〕の女性隊員の団体に踏まれて蹴られて
それぞれアバラ三本を正確に骨折し、入院していた事から、その戦闘の激しさはう
かがい知れる。

 さらにもうひとつ、追記するのであれば、目をさましたシンジ少年は、アスカに
おおいかぶさられ、おまけに首筋に頬をすり寄せられた姿勢であることを確認し、
かつ、上司である作戦部長が、自分のTシャツとショートパンツの内側に手を侵入
させていることに気付いて、半径200メートルに響き渡るように悲鳴を上げるこ
とになるのであるが、それはまた別のお話。また、当然のごとくその日の学校を休
んだ二人の担任に、保護者ミサトが提出した理由に
[二日酔い]
 とはっきり記載されていたことも、また別のお話である。
                               十三章に続く


 中書き(連載再会のお知らせ)

 皆様、本当に長い間、ご無沙汰でした。ようやく、小説を書くという本来の生活に
復帰できました、阿修羅王です。もし、待って下っていた方がいらっしゃったら、ただ
ただ、平伏するしかありません。

 さて、無事に大学卒業し、社員15名ぐらいの会社に就職できたのでありますが、
そこがまた、凄い場所でした。詳しい説明は避けますが、試用期間の条件は、
 八時間労働+平均残業二時間、週5日働いて月給75000円でした。同時進行で、
自宅で会社のホームページ作成とネットビジネスの準備。一日平均一時間半ぐらい。
(合計、一日12時間以上労働)それで、
・社会保険ナシ    ・会社の年金の積み立てナシ
・有給ナシ      ・ボーナスナシ
・残業手当ナシ

というわけで、私が待遇改善を求める文書を提出したところ、
 社長と店長が、
「生意気だ」「新入り風情が」「ぶっ殺されるぞ」
「俺は昔400人からの暴走族に入ってたんだ」
 等々、非常に聞き苦しいことをわめいてました。その場で半殺しにしても
良かったのですが、法治国家の原則に従い、その場で辞め、労働基準監督局にいって
一人、労働争議を開始しました。逆上した馬鹿社長は、深夜、電話で脅迫してきまし
たが、そのまま録音し、警察に届けて、そやつは2週間後に捕まりました。
 と言うわけで、2ヶ月にわたった労働争議にも完勝し、会社は取りつぶし寸前、
こちらは未払い分の給与を全て獲得できました。
こういった紆余曲折枷あり、現在はフリーターとなりましたが、ようやく連載再会に
こぎ着けることができました。
 どうか、寛容の心でおつきあい願えれば幸いです。
 では、次章でお会いいたしましよう。

 阿修羅王




[管理者のコメント]

色々と大変な中に、連載再開ありがとうございます!
さて、作品の内容ですが、
アスカ(とミサト)によるシンちゃん酔い潰し作戦は失敗したものの、なかなかよい雰囲気のおふたりさん。
シンジはやっぱり羨ましいコン畜生でありますネ(笑)

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言霊祭