Sn-Dn-01 どなどなシンちゃん
DATA 第一話 すのーろーど 2000.03.21


 深夜、ふと目が覚めた。
 しばらくじっと天井を見つめる。視界の全てを占めていた染みで薄汚れた天井が、にわかに滲んでかき曇る。
 下半身の異変に気づいた少年のつぶらな瞳が涙のつぶでいっぱいになった。

 パンツ濡れてるよぉ……。
 くすん。

 いわゆる夜尿ではない。今までに味わったことのないベトっとした感覚に少年の顔がくしゃくしゃになった。しかし、少年のショックはそれだけではなかった。上半身を起こして今しがたの記憶を反芻する。

 ボク、さっき、変な見た夢みちゃったの……。
 その夢にアスカが出てきて、
 ぼくに、
 ぼくに……あんなことするなんて。
 ううっ。

 少年の嗚咽が一際激しくなった。
 やや茶色みがかった黒髪に覆われた頭を振るようにして、涙の飛沫を左右に散らせた。

 うわぁああああああああああん。

 ぼく、ボク……
 アスカが怖くてたまらないよぉ……!





どなどなシンちゃん
第1話  よわよわシンジクン、涙のデビュー





 少年の名前は碇シンジという。小さな頃から女の子とよく間違えられるほど愛くるしく、近所のおばさん達からも
「シンちゃんは、ホントに可愛いわねー」
「大きくなったらきっと可愛いお嫁さんになれるわよ」
などと、しょっちゅう頭をなでられていたような少年であった。
 母一人子一人の父親不在の家庭で育てられたせいだろうか、内面的にもかなり気が弱く、その点で、外見と内面が見事に一致していた。

 月日のたつのは早いモノで、そんな彼も14歳、すでに中学二年生だ。
だが、第二次性徴は少なくとも外面にはまだパッタリとおとずれず、天性の愛らしさは変わらなかった。もちろん今晩のような経験も初めてのものだった。

 そのシンジはまだ明けない夜の闇の中で洗面所の前にいた。流水の音と、じゃぶじゃぶという洗濯の音が聞こえる。

「ぐすっ……うう、ひどいよ、こんなの」

 なかなか止まらない涙を一生懸命、左右の腕でぬぐいながら、少年は洗面台で汚してしまった白いブリーフを洗っている。シンジは青いナイトローブ姿。もちろんその下には下着をつけてない。

「……シンジ、起きてるの?」

 音を聞きつけたのか母親のユイが起き出してきて、少年の背中から声を掛けた。ユイの抜けるような白い肌は病的なほどで、実際この母親は病気がちで半日床に伏せていることも少なくなかった。よろめきそうなユイに、しかし動転したシンジは駆け寄ることができなかった。

「あっ、お、お母さん……」
「どうしたの、シンジ?」
「な、なんでもないよ」

 ふるふると首を横に振って後ずさるシンジの表情に、ユイはさすが母親、ピンと閃くものがあった。よくよくシンジを見ると、後ろ手に白いものを丸めて隠している。濡れたブリーフだ。

「その下着、汚しちゃったの」
「う、ううん。違うよ」
「怒らないから正直に言いなさい?」
「……でも」

 ユイは息子を叱ったことは一度もない。本当に親の言うことをよく聞き、素直でいい子なのだ。シンジが真っ赤な顔になっているところからおおよその見当はついたが、それだけに恥ずかしがるばかりで話を聞き出すのに多少の骨が折れた。

「あのねあのね……いま目が覚めたら、パンツが濡れてて、おちんちんの先からなんか白いものが出てたの……」
「それでね、それでね……アスカが怖い夢に出てきて……ぼくのこと」
 それっきりシンジは口をつぐんでしまった。さすがに彼もこれ以上はしゃべりかねるらしい。こみ上げてくるものがあるのか、ダークブラウンのつぶらな瞳はうるみ、キッと結んだ唇の端が震えている。
「そう……」

 察してやって、ユイは複雑な表情でうなずいた。

 いままでほかの家の子と比べるとどうも成長が遅く見えていたシンジが、ようやく大人への一歩を踏み出したことについては喜ばしい。正しく導いてやりたいとも思う。
 だが、アスカという少女がどうやらそれに絡んでいるらしいということについては、どう対処すればいいのだろうか。ユイはシンジの部屋に遊びに来たこの少女に何回か挨拶されたことがある。表面的には大人しく利発で礼儀正しく、と非の打ち所のない少女だ。そこにかえって裏表のありそうな匂いを嗅いで、病床のユイは軽い反撥を覚えたが、恐らくは息子を溺愛する母親にありがちな嫉妬の心理であろうと自分を無理に納得させている。
 なにより貧しい母子家庭のシンジと違い、アスカは金融業を営む資産家の令嬢である。
その点、シンジが仮に彼女に慕情に近い想いを持っていたとしても、釣り合いが心配であった。

 それにしても、この息子のおびえ様と言ったらどうだろう。やはり、初めての経験にとまどいを感じているのだろうか。こんな時に亡くなった夫がいてくれれば、同性の息子に対して、強い力になってくれただろうが……。
 哀しい現実を認識して高ぶったのか、ユイはコンコンと悪い咳をつく。シンジがそれを心配そうに見つめて背中をさすってくれる。

「大丈夫よ、シンジ。アスカちゃんの夢見たってことは、シンジはアスカちゃんのことが好きなのね」

 結局、ユイは無難でそつのない情緒的な言葉で逃げを打った。希少価値の出るほどに純情と言ってよいこの少年に今、あまり細かな性知識を授けるのは、気が進まなかったのだ。

「えっ……でも、夢の中のアスカは、ぼくに……ボクに……」
「ううん、そうなのよ。男の子にはそういう時があるの。病気じゃないから心配しないで。その下着も洗っておくから……もう寝なさい」
「うん、でも……」

 少年は納得し難い表情をしつつも自室へと去っていった。
 …あんなに怖いアスカをボクは好きなの?
 でも、アスカがきのう、学校で自分にした仕打ちについて思い出すと、身の内から凍り付くような思いがある。
 ぶるっと震えながら布団に潜り込んだシンジの脳裏に、アスカの薄ら笑いを浮かべた白い顔が浮かんでは消えた。


 やっぱり、アスカってすごく怖いよぉ……

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どうも、作者のすのーろーどです。
ようやっと、よわよわシンジ擁護会に自分の作品を掲載することができました。
よわシンに関しては諸先輩方の功績に負うところが大きいので、ボクも追いつけるよう頑張ります(笑)

第二話以降も順次アップしていく予定です。
シンジは一体アスカに何をされ、何を恐れているのか?
どなどなシンちゃんというタイトルの謎は!?<解った人はメールを送ろう(笑)
一話が短いぶん、どんどん更新していきたいと思います。
…すくなくとも、二人の「初夜」までは(爆)

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