第10話 部隊移動
「ハリス!」
その声と共にドアが勢い良く開け放たれ、マッケイが医療室に飛び込んで来た。
余りにも大きな声だったので、そこにいた全員が驚きの眼差しで見ている。
「あっ、すいません。」
とりあえず周りの人に謝り、親友のベットを探す。
「どこ行くんだよ、お前。」
途中、後ろの方で呆れたような声がする。
「いや、ハリスのとこに・・・。」
言いかけて、その声が嫌に聞き覚えがある事に気がつく。
「へっ・・・・?」
ぎぎぎっと、声のした方に首を回した。
「ここだよ。」
そこには、マッケイよりベット二つ分くらい離れたベットから上半身だけ起こしているハリスの姿があった。
「ハリス、無事かぁ!?」
「無事じゃねぇよ。全治一週間だと。」
「それだけで済んでよかったじゃん。」
さっきは気付かなかったが側にはカシスもいた。
「それよりハリス。お前エースになったんだってな!」
「そうなの?」
マッケイの言葉に、ハリスは目を大きくしただけだった。
「そうなの、ってお前。今回一機撃破したんだろ?」
「うん。」
「お前、今回五機目じゃん。」
「・・・、あっ、そっか。」
ポン、と、ハリスは手を打って納得した。
普通、MSのパイロットは敵MSを五機落とせばエースになれる。
ハリスはストーム隊に入る前に一機撃破しているのでシューンのガンダムが丁度五機目だった。
「まじかよ、いいなぁ。俺まだ三機しか落としてねえんだよ。」
「それだけ落とせば充分じゃねえか。」
カシスが漏らした一言に、ハリスは思わず突っ込んだ。
「へへ、甘いぜ。俺なんか実は六機落としてんだからな。」
そんなカシスに自慢するかのように、マッケイが鼻高々になって喋り始めようとした。
「はいはい、わかったから。」
そんなマッケイを黙らせて、ハリスは隣のベットに横たわり寝息を立てている青年を指差した。
「それより二人に紹介しとくよ。今俺の隣で寝てんのがスリカ。ここまで俺を運んでくれたらしいんだ。」
「へぇ。」
そんなハリスの言葉に二人はスリカに向き直った。
「起こすなよ。」
「起こさねぇよ。人聞きの悪い。」
「全くだ。」
「ほんとか?なんかやりそうだから嫌なんだよな。」
ハリスが二人に疑り深いような眼差しを向けた。
「てめ。」
こつん、と、マッケイがハリスの頭を小突く。
「怪我人だぞ、俺。」
「充分元気だ。」
医療室のには、しばらく三人のしゃべり声が聞こえていた。

〜それから三時間後〜
MSデッキで二人の男が話し合いをしていた。
マクロア大尉とフォレスト少佐である。
「久しぶりだな、フォレスト。」
「先輩も。御元気そうで何よりです。」
「ふふ、階級ではお前の方が上だろう。敬語を使う必要はないんじゃないか?」
「いえ、先輩はいつまでたっても先輩ですから。それは他の方達も一緒です。」
「良い心掛けだ。先に逝ってしまったランバ・ラルやガデムも喜ぶだろう。」
「皆さん、素晴らしい方ばかりでした。」
「特にランバ・ラルはな。あいつは良い奴だった。」
「私も、あの方からは多くの事を学びました。」
しばらく二人が昔の思い出に浸っていると、おもむろにマクロア大尉が口を開いた。
「・・・フォレスト、実は先日、ヒューストンが死んだんだ。」
「えっ!?」
「・・・連邦の奴等に奇襲を受けたらしい。」
「そ、そんな・・・。」
「やはり知らなかったか・・・。」
「はい。でも、あの時は元気だったのに・・・。」
「戦争とは無情な物だな。私の部隊も前回と今回の戦闘で何人ものベテランがいなくなった。」
「私の部隊もです。それから、新兵も一人・・。」
「そこで、だ。こちらの部隊の欠員が多すぎる。二人くらい兵をくれないか?」
「えっ?二人、ですか。」
「ああ、できればハリスをくれないか。もう一人は誰でも良い。」
「ハリスを?なぜです?」
「気に入ったんだ。それ以外の理由なんてない。」
「分かりました。ハリスも貴方の部隊なら喜ぶでしょう。もう一人はこちらで決めます。」
「済まんな、恩に着る。」
「いえ。それより、そろそろいかなければ。」
「そうだな。」
そういうと、二人はMSデッキを後にした。
途中、マクロア大尉が振り返る。
そこには、巨大なMSが居並んでいるだけだった。

〜一週間後〜
「よっ、ハリス。全快おめでとさん。」
そういってマッケイがハリスの肩を叩いて来た。
「おやおやこれはマッケイ・フレン中尉ではございませんか。ご機嫌麗しゅう。」
「なにそれ、新手の嫌がらせ?」
大仰にお辞儀をしたハリスを見て、マッケイが露骨に嫌な顔をする。
「へへ、中尉になれたんだろ?よかったじゃん。」
「お前だって少尉だろが!さっきのはきしょいからやるなよ!!」
「きしょいってなんだよ。ひでぇな。」
「はははっ。」
(ご機嫌だね。)
無邪気な笑顔を浮かべるマッケイに、ハリスの頬の筋肉も緩んでくる。
「なんかあったのか?」
そう聞かずにはいられなかった。
「まっね。」
しかしマッケイは焦らしてくる。
「なんだよ。教えろよ。」
「企業秘密です。」
「おい・・・。」
前言撤回。マッケイは焦らしているのではなく、完璧に教えないつもりらしい。
「あ〜、そうですか。分かりましたよ。」
拗ねてそっぽをむくハリス。
「そういやお前、さっき隊長に呼ばれてたぜ。」
「へっ?」
「急いだほうが良いぞ。管制室だと。」
「そっか、分かった。ありがとうな。」
「おう。・・・ってどこ行くんだよお前!!」
マッケイの返事を背中に受けながら、ハリスは管制室とは逆方向に走ろうとしていた。
「いや、管制室に行こうと・・・。」
この時点ではハリスはその事に気付いていなかった。
「あっちだよ。管制室は。」
呆れた顔でマッケイはハリスとは反対側を指差す。
「・・・悪い。」
ハリスは少し赤い顔をしながらマッケイの指差す方向に走っていった。

ハリスが管制室に来た時には既に、少佐改めフォレスト中佐とマクロア大尉おまけにカシスまでもがハリスを待ち構えていた。
「中佐、俺に何かようですか?」
ハリスが敬礼をして、フォレスト中佐に問い掛ける。
「来たか。遅いぞ、ハリス。」
「すみません。それより、何故俺は呼び出されたのでしょう?」
「それについては私から話そう。」
今まで黙っていたマクロア大尉が口を開いた。
「私は余り口の巧い方ではないのでね。悪いんだが単刀直入に言おう。」
大尉はそこで一端言葉を切り、こう続けた。
「実は、君とカシス君は私の部隊に配属される事になったんだ。」
「えっ!?」
ハリスが驚いた顔でカシスの方を見ると、彼は事前に聞かされていたらしく、その視線に頷いて答えた。
「正式な部隊移動は明日だ。明日ここを出発する。今日は仲間達と過ごしてこい。」
マクロア大尉はそういうとハリスの顔を見た。
未だに驚きの表情をしている。
「そういう事だ。他の奴等には既に話してある。」
フォレスト中佐はハリスの肩に手を置いてそう言った。
「はっ、はい!」
ようやく我に返ったハリスはそう返事をして、マクロア大尉の方に向き直った。
「宜しくお願いします。」
「こちらこそ。」
丁寧に礼をするとマクロア大尉も答えてくれる。
それが嬉しかった。
「だってよ!今日は祭りだパーティーだ!!朝まで飲み明かそうぜ!!」
いきなりカシスが首に腕を回して来た。
「はは、用件はそれだけだ。突然呼び出して悪かったな。」
マクロア大尉はそういうと管制室から出ていってしまった。
「今日は広間で飲み会だ。借りるのに苦労したがな。」
フォレスト中佐もそう言い残して出ていってしまった。
「聞いたか!?飲み会だってよ!ひゃっほう!」
「失礼しました。」
隣ではしゃいでいるカシスを無理矢理引っ張って、ハリスも管制室を後にする事にした。

朝。
清々しい空気に満たされたベルヒテスガーデンで、一人だけ暗い顔をしたハリスが滑走路に出て来た。
「よう、どうした?そんな顔して。」
「うう、頭ががんがんする。お前良く平気だな。」
けろっ、とした顔で話し掛けてくるマッケイについ八つ当たりしてしまう。
それも昨日、ストーム隊総出でハリスとカシスの部隊変更お祝を種に大規模な飲み会をやらかしたからである。
「なんだ、二日酔いかよ。相変わらず酒に弱いな。」
「お前等が普通じゃないだけだ!!」
ハリス以外の者は全員彼の二倍ぐらい飲んでいた。それはマッケイも同じだが、何故か皆二日酔いの気配が無い。
「お、どうした?そんな不景気な面して。」
そんな所にカシスが転がり込んでくる。
「カシス。お前何とも無いのか?」
「なにが?」
人一倍酒を飲んでたカシスが今朝こうして普通に現れること事態がハリスには不思議だった。
「それより、そろそろ出発だってよ。」
「・・・分かった。」
元気ゼロの生返事を返すと、ハリスが歩き出す。
「おいおい、しっかりしろよ大将。大丈夫かぁ?」
「だいじょぶ・・・。」
マッケイが心配して声をかけてくれる。
そんな彼の心遣いに少々感激しながらもやはり元気の無い声で返事を返すハリスだった。

プロケル隊を乗せたザンジバルがベルヒテスガーデンにある基地を飛び立っていく。
親友を乗せたその船を一人見送るマッケイの姿がそこにあった。
「マッケイ、そろそろ私たちも出発だってさ。」
メイアがマッケイに話し掛けて来た。
「ああ。」
そう頷いてメイアの方に歩いて行く。
「なに、まだクヨクヨしてんの?しっかりしなさいよ。男の子でしょう!?」
「いや、男の子って歳でもないんだが・・・。」
「そんなんじゃ私のお父さんに認めてもらえないよ。」
「ははっ・・・。」
メイアの厳しい言葉に苦笑いを浮かべるマッケイ。
彼がハリスに隠していたこと。
それはメイアと恋人関係になった事だった。
「いいだろ別に。・・・隙あり!」
いきなりマッケイがメイアに抱き着いた。
「きゃっ!・・・ちょっ、ちょっと!!」
その突然の行動に赤い顔をしてうろたえる。
「ん。も、ちょっと。」
「もう、しょうがないなぁ。」
恋人の甘えるような行動に赤い顔をしたまま渋々体をマッケイに預ける。
二人は周りに誰も居ない事を良い事にしばらくそうしていた。
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第11話 新天地